アッキーに思うこと 「良い子症候群」

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<アッキーに思うこと>
「良い子症候群」という造語があります。良い子であることによって愛情を受ける。親から承認されるために良い子になりすぎて、自分自身を失ってしまった子供のままの大人の話です。そんな人は、誰にでも良い人であろうとする。親の言いつけを守りすぎた其の娘は、自分の考え方や心情は希薄で、アイデンティティーも揺らぎやすい。総理大臣夫人ともなれば、彼女に近づきたい、利用したいという人はいくらでもいる。良い子症候群は利用されることによって、永遠に満たされない承認願望を底なし求め続ける。総理夫人というステイタスも承認願望を充分満たさない。もっともっと良い事をして認められたい。八方に良い子であり続けることは、とても難しい。ましてや政治的背景が複雑に入り組んでいる世界に生きていればなおさら。いつか不具合が発生。今まで彼女を利用している人たちからもバッシングが始まる。本人はなぜバッシングされるのか解らない。良いことをやっているのに、なぜ?、、、そして転落が始まる。自分を保つために否認が始まる。なぜこんなに注目されるのか、私にはわからない。だから否認、無視。そうしないと自分が保てない。さて悪いのは彼女だけじゃない。良い子と、良い子を求め、利用する側との共犯関係だから、、、、
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 人は、人から承認されないと生きていけない。この社会は相互承認関係だともいえます。関係性だけでなく、お金や地位、学歴、役職、などなど、自分のアイデンティティーを支えるものならなんでも身につけようとします。でも承認されるためになら、なんでも良いとうわけではありません。その人がその人らしい生き方に対し、周りからの温かい承認こそが、その人を支えるのです。

 私は音楽家ですが、どんな音楽でも認められればよいというわけじゃありません。私が私らしい音楽を提示し、それを受け止めてもらえることが、私への社会からの承認なんです。私らしい音楽が社会の中で少数の人にしか承認されなくとも、です。
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