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パパさんの葬儀
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(フラワーデコレーション:ウォン美枝子)

さて、昨日、5月16日の午後、パパさんの葬儀が行われました。
私たちのやり方を通した、本当にアットホームな葬儀でした。

パパさんは随分前から、自分が死んでも誰にも知らせてくれるなと家族に言っていました。
パパさんは日本のお葬式に疑問を持っていました。
延々とお経を聞かされて、正座ができないパパさんは苦痛だった。
多動症の私にとっても葬式は苦痛でした。
形ばっかりで、みんなで酒を飲んで盛り上がっている。
あの雰囲気が大嫌いだったみたい。
個人を悼んでなんかいないと、そう感じていたのでしょう。
私たち家族も全く同じ意見でした。
なので、本当に近しい人たちだけで無宗教の告別式をやりました。

全員で17人、家族以外は最も近しい親戚、いつもパパさんに可愛がってもらっていた姉の友人、サトワミュージックのスタッフ、そして献身的に介護してくれたホームのスタッフたち。
お花だけを持って来てくれとお願いし、お香典は一切お断りしました。
それでも送ってくる人がいたので、送り返すことになります。

「はい、私が喪主です。もシュイマシェン〜」で始まった告別式は、いたって和やかに、とっても温かい雰囲気で、行われました。
昨年11月下旬に入院、そして二ヶ月後にホームへの入居。
病院生活や、ホームでみんなに愛されたこと。
その後4月中旬ぐらいから老衰が進み始め、そして5月13日、家族に見守られて息を引き取ったことなど、写真を交えて紹介させていただきました。
その後、パパさんの一番昔を知っている叔父貴が、戒厳令下でのダンスパーティーで親父とお袋がタンゴを踊っていた思い出とかを話してくれました。
また従姉妹からは、最初にパパさんに私の妹から紹介された時、とても怖い印象だったとかを話してもらいました。

そんなこんなで、あっという間に小一時間が過ぎてしまい、話し足りないまま、出棺の時間が迫って来ました。
私たちは献花をした後、棺にそれぞれのパパさんに送る言葉を書き込みました。
私は「パパさんからやっと自立できます。見守ってくださいね、、」と書いちゃいました。www
音楽葬にするはずでしたが、献花の最中に美音志くんとBGMを演奏するのがせいぜいでした。

斎場に着き、棺が炉の前に据えられ、そして炉の中に押し込まれます。
そしてこうべを垂れているうちに、あの重々しいドアが閉まり、パパさんの肉体と最後の別れとなりました。
97年間、パパさんの魂を宿し、パパさんを支えて来た命としての肉体が、その役割を終えて、焼却される。
空襲や胃潰瘍など、幾たびかの危機を乗り越えて、97年間という時間を生き抜いて来た身体、本当にお疲れ様でした。
パパさんは自分が生き延びたことを振り返って、感慨深く「運命、あります」と何度も言っていたな〜

荼毘に付されている間、私たちはパパさん話題で盛り上がって、小一時間がやっぱり、あっという間に過ぎてしまいました。
炉から取り出されて、骨だけになった姿を見て、ちょっとショックを受けました。
なんだろう、言葉にならないショックです。
パパさんが息を引き取ったその時、魂が抜けていくのを感じました。
遺体にパパさんはいない、そう感じていました。
それでも、肉体が焼却され、遺骨となって私たちの前に現れた時、なにかまた違う存在として、パパさんが立ち現れたような、そんな気がしたのでした。

パパさんは今、青磁の骨壺に入って、我が家に帰って来ました。
居間に安置されて、私たちはなんとも深いため息が出て来てしまいます。
全てを終えることができた、そんな安堵感と開放感です。

パパさんが旅立つ時が、一番幸福な時間であってほしい、そう願っていました。
パパさんの生まれた環境、両親との関係性、兄弟との関係性、社会との関係性、、、、
2007年に引退した時、その全ての淀みとでもいうものを抱えていました。
ある意味、引退後、初めて家庭というものの中でどう生きるかが、彼のテーマになりました。
私たち家族は、そんなパパさんを迎い入れました。
様々な葛藤や齟齬の中、徐々に頑なな心が溶けて行きます。
その話はまたいつかゆっくりしたいと思います。

そしてこの5年間が、パパさんの人生で一番幸福な時期であったろうと思います。
家族からの愛を受け取ることが下手だったパパさん。
最後は、家族からだけでなく、病院の先生や看護婦さんや理学療法士さん、ホームの介護スタッフや介護士さんたち、そしてホームで同じテーブルでいつも一緒のお食事をしたホーム友達、彼らから沢山の愛を受け取りました。
社会の中で愛されることを学んだパパさん、本当に良かった。
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(4月中旬、ホームにて)

家族の要だったパパさんがいなくなった後、私たちがどんな人生を歩むのか、天国から見守ってくださいね、パパさん。
ありがとう、パパさん。
そして、パパさんを愛してくださった皆さんにも、息子の私から深い感謝の気持ちを送らせてください。
ほんとうに、ありがとうございました。

ウォンウィンツァン
2017/05/17
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<元気になる草間彌生展>
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じつは草間彌生展は衝撃だった。

 私は現代アートとかってジャンルを、はっきり言って軽蔑していた。
美術館やあちこちで見かける草間作品も「何じゃこれ?」と、いささか苦々しく思っていた。
ここでくどくど現代アートについて批判するつもりはないけど、まあ、虚しいよね。
内容ないし、泡のようで、何の価値も感じられない作品がほとんど。
惹きつけられるものなんかないわけさ、、、、
なんで皆こんなものに騒ぐの?
なんでこんな作品にこんなお値段がつくの?
馬鹿みたいだよね。
現代美術館はスノッブな虚しいアミューズメント以外の何物でもないね。
(って言いながらよく行きますが、、、)

 じゃあ、翻って、価値のある作品ってなんなの?って話になる。
勿論、あります。
でも、価値があるとか、無いとかの次元の前に、所謂、美術展ってなんだろう?
私たちは美術が好きなので、美術展にも割とよく行きます。
多分友人の中でもよく行っている方だと思う。
しかし、じつは美術展って、疲れるんだよね。
もともと、多動症の私は、圧倒的な量が展示してあって、圧倒的な量の鑑賞する人の中で、ヘトヘトになっちゃうんだよ。
せいぜい一時間ぐらい、二時間は見てられない。
息も絶え絶えになって、会場から出てくるんだよ。
結局、図録を買って、家でじっくり見たほうが、よほどシッカリ見れる。
でも、所詮、図録だから、オリジナル原画から伝わってくるものは、ない。

 そんなわけで、美術が好きだし、美術館にあしげく通うのに、いつも「もう二度と行くもんか、、、」みたいな気持ちになってる。
なんだろう?
本当は美術なんか好きじゃないのかも、、、
カッコつけてるだけかも、、、

 だから草間彌生展も行く気なかったよ。
ミュシャ展には行ったのに、同じ美術館なのに行く気なかった。
たまたま、ミッドタウン界隈で時間が余ったので、じゃあ、寄ってみようか、ってなった。
一応、かなり大きな展示会になってるし、一度は見とかないと、批判するにも話題にできないよね。

 で、中央の展示室は、広々として、ど真ん中に「咲く花」シリーズが並んでいて、壁面全体に、隙間なく「わが永遠の魂」シリーズが展示されている。
写真撮影OKで、観客が皆それぞれスマホで撮りあったり、自撮りしたりしている。
 これは面白いとばかり、私たちも、作品の前で撮影ごっこを楽しみ始めた。
作品はどれもカラフルで、まるでアポリジニーを起草させるような、ネイティブなモティーフ満載だ。

 いろんな作品の前で美枝子さんを撮影して楽しんだ。
そして、ふっと我に返ると、なにか、自分に大きな変化が起きていた。
なんと、元気になっているんだ!
いつも美術館でヘトヘトになって、陰鬱になるのに、、、、
なんだろうこの違いは??
なにか、開放されて、明るい気持ちになっている。
私は驚いた!!
よりによって美術展で元気になるなんて!!!

 そうなると美術の価値って、一体なんだろう?って話になっちゃう。
勿論、自分の今までの、美術に対する価値だと感じていたものを、だからといって否定しているわけじゃない。
でも、草間彌生の元気!これもありじゃないか、と感じたのは、今までにない美術への見え方、感じ方だ!!!
国立新美術館のあの大きな展示室で、明るい照明の元(美術館って概して暗い)、原色の作品群の中にいると、人は明るくなるって、エネルギーが充填される。
これも、美術の価値と言って、当然いいんじゃなか。
「魂のアミューズメント」!!

 なにか、新しい世界観を、草間彌生に、気づかせてもらえた、そんな草間体験だった!
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「大切な人の看取り方」デニー・コープ著
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 「死」について、私たちは、何故考えねばならないのだろうか?
考えることによって、果たして、「死」に抗うことができるのだろうか?
必ずやってくる「死」を、怯えながら、待たねばならないのだろうか?

 私達はあまりに「死」について、無知なのではないだろうか?
世界には「死」に関する哲学書や宗教書は、数え切れないほどある。
にも関わらず「死そのもの」の書物は殆ど無い。
哲学的な思考や、宗教的なビリーフを重ねることよりも、死の現場の経験を通して、ありのままの「死」を語る者の言葉に耳を傾けてみてはどうだろう。

 この本の著者、デニー・コープは、30年近くを、死を迎えつつある人々と、その家族のケアに捧げてきた。
彼女の語る「死」は、家族たちや友人、知人を看取った私の経験から得られた死の知識と重なる。
そして、彼らを看取る前に、この本に出会ったなら、もっとより良い看取り方が出来たことだろうと、強く思う。
デニーは看取りとは「大きな贈り物を受け取ること」だと書く。

 「死」は避けることが出来ない運命にも関わらず、「死」に対するヴィジョンを持っている人は殆どいない。
また看取る側も、同じように「死」の知識をもっていない。
その為に、人はなかなか「その人らしい死に方」が出来ない。
大抵は、混乱の中で、気がつくとその日がやってきてしまうのだ。
語弊を恐れず言うならば、看取る側の恐れと混乱は、豊かで最もスピリチャルな時間を台無しにしてしまうこともある。

 デニーは著書の冒頭に「生きているすべての人は、自分自身のためにも、大切な人のためにも、そして社会のためにも、死のプロセスについて学ぶ義務があります」と書いる。
この本は私達が、いつか来るだろう「死のプロセス」を歩むために、どれだけ勇気を与えてくれただろう。
そして、私を看取ってくれる人にも、是非この本を読んでもらいたいと思う。

 人には、その人の魂に赴くままに死ぬのが、私には一番自然に感じるし、苦しみも少なく、そして何よりも豊かな時間が流れる。
殆どの人が、川の流れに逆らって、泳ぎきろうとしている。
流れに身を任せるなら、それはなんとスムーズで、実り豊かなものになるだろう。
「死のプロセス」は、私達の人生で、最もスピリチャルで豊かな体験なのだ。
だから、私たちは「死」について、おおらかに、ごく普通の、あたりまえのこととして、語り合おうと思う。

大切な人の看取り方 デニー・コープ https://www.amazon.co.jp/dp/4864100810/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_QXsNybJJ2CYHY @amazonJPさんから
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<親父の自立心>ウォン・ウィンツァン
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 自立して生きるって、どういう事なんだろう?
97歳の親父は青年時代のある時に、自立して生きることを選択した。
彼の自立心は、人に迷惑をかけない、一人で生きること、そう決めた時から始まった。
親父の生涯は、ものの見事に自立した、迷惑というものを人にかけたことがない、立派な生き方だった。

 しかし意固地なほどに強い自立心は、融通がきかないものでもあった。
そうしないと生きていけない、防衛的な背景があったのかもしれない。
自立を決意したその背景には、見放されたことへの怒りや、悲しみと、人間不信があったのかもしれない。
「よし、わかった。俺を見放すなら、それでいい。もう面倒など見なくていい。俺は自立する。そして誰も信じない。」
そんな叫びが聞こえてくる。
時代背景や家庭環境もあったと思う。
特に戰爭を体験した、あの世代の老人たちによく見かける傾向でもあるだろう。

 しかし、人はいつか年老いて、あるいは病気や怪我などで、人に世話にならないと生きていけなくなる。
必ずその時期は来る。
いつか彼らの自立心を手放さねばならない。
しかしどうやって?

 20代の頃から、人に甘えるということを体験したことのない97歳の老人が、甘えることを自分を許さなかった人間が、どうやってそれを受け入れるのだろう。
甘えたり、面倒を見てもらうのは、迷惑をかける事なのだ。
そして自尊心が傷つくことでもあるのだ。
相手がどんなに負担に思わなくても、彼にとっては迷惑をかける事であり、プライドが許さないことなのだ。

 しかし面倒を見てもらうこと、迷惑をかけることを、いつかは受け入れねばならない。
人は必ず老いる。
面倒を見てもらわないと、生きていけないのだ。
プライドを捨てねばならないのだ。
否認や、駆け引きや、怒りや、そして鬱になりながら、いつか面倒を見てもらうことを受け入れるだろう。
私達が出来ることは、彼のプロセスを待つことだ。
彼の今までの生き様を尊重することだ。

 鎧は脱がそうとすれば、むしろ意固地になる。
私達が出来るのは、イソップ物語の「風と太陽」の話じゃないけど、温かい光を当てて、待っていれば良いのだと思う。
いや、鎧が脱げないのなら、脱ぐつもりがないのであれば、それでもいいではないか。
彼はもう、否認しながらも、受け入れているし、心の底では感謝もしている。
そんな親父を可愛いと思うのは息子からの不遜な上から目線だけど、www

 さて、かく言う息子の自立の道は、父親のそれと比較して、どのようなものであったろう。
いや、自立なんかしてないんじゃないの?
今はプライドなんて無いので、人に迷惑かけながら、思い切り甘えたい。
甘えたい〜〜
甘えさせてくれ〜〜
冗談じゃないわよ、って言われたら、どうしょ〜〜(汗)
いや、もう甘えているだろうって、、、(冷汗)

思い切り甘えたいピアニストより、、、
2017-01-01
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「内臓さん、有難う!2016/01/14」
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 きのう、腹部超音波検査というものを受けた。妊婦さんなんかが受けて、お腹の中の赤ちゃんが映しだされている映像は見たことがあるけど、自分が受けるとは思いもよらなかった。初めての体験でワクワクどきどき。お腹にゼリーを塗って、一通り検査が終わった後、先生がディスプレーを見せながら、私に説明をしてくれた。「これが肝臓ですね。疲れているとギザギザが出るんですが、キレイですね。これが大動脈で一番大きな血管ですね、、、」などと、内臓の一つ一つを見せてくれた。肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、胆嚢、膀胱、前立腺、全部異常なし。「きれいですね。問題無いです。」やった〜〜無罪だ!みょ〜に嬉しかった。と言うか、ほとんど感動していた。

 癌などの問題がなかったからということもあるけど、なんか、自分の内臓を見る体験は初めてだった。ディスプレイで映しだされるそれぞれの内蔵は、実に個性的な形で、それぞれ息づいているように見えた。普段意識することがない自分の内臓が、それぞれが、それぞれの役割を一生懸命働いて、私という生命体の全体を支えている。私という命はそれぞれの躍動によって保証されているんだ。

 なんかそう思い至ると、じわ〜〜と感動と、感謝の気持ちが湧いてきた。普段無意識の向こうにいて、密かに、でもしっかりと私を支えてくれている。彼らのおかげで私は日々、考えたり、行動したり、ピアノを弾いたり、ひとと会話したり、愛したりすることができている。ああ、「内臓さん達、ありがと〜〜。大切にするから、これからも宜しくね〜」と言いたくなってしまったのでした、、、とは言え、たぶん、お酒とか呑んだり、仕事やり過ぎたり、遊びすぎたり、しちゃうんだろうな〜〜その時は、よろしく〜〜(^_^)/~
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2013年 年末のご挨拶と総括
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 皆さん、年末をいかがお過ごしですか。恒例の言い方ですが、歳をとるごとに月日がたつのが早く感じられますね。今年は実に色々なエピソード満載なので、改めて振り返ってみることにしました。年末にかぎらず、自分の活動を振り返るなどということは、なかなかやらない人なのですが(目の前のことで精一杯なので、、、)今年はいろんな出来事があり、自分の気持を整理したい気分も手伝って、ついスケジュール帳を見返してしまいました。「ああ、あんなことがあった、こんなことがあった」と感慨深く思い返すのは、歳のせいでしょうか。でも、見返してみて、今年はほんとうに特筆すべき年だと、改めて思いました。

 CD「月の音階」のリリースは、CD「ムーントーク」からちょうど一巡したような思いがあります。インプロヴィゼーション(即興)による表現というものが、とくに「歌い方」が、この数年、新たな見え方が始まり、ようやく安定した段階に入ったという手応えを刻印できたのがCD「月の音階」だと感じています。これからさらにインプロヴィゼーションによる魂の深化を推し進めてみたい。10月の浜離宮朝日ホールの練習に、インプロヴィゼーションのレコーディングをしていたのですが、今一番よく聴き返しているのがそれらのテイクです。いつかまとめてみたいと考えています。

 またアヴァンギャルド系のCD「ミズスマシ」のリリースも私には大きな意味がありました。20代に活動していたニュージャズや現代音楽は長い間封印されていました。数年前に当時のグループ「白カラス」が再結成され、それを期にアバンギャルド系の演奏活動も増えてきました。そんな中で今年の前半、大阪の金満里氏率いるパフォーマンスグループ劇団態変の公演にジョイントし、その時の録音の中からピアノソロに今までにない音楽性を感じ、まとめたのがCD「ミズスマシ」です。まだご存知のない方は是非聴いてくださいね。今後グループやジョイントなどで、アヴァンギャルドの活動も進めたい。

 また、今年はシンセサイザーによるソロ活動と、エスニック系のグループ(Manul Cats)とフュージョン系のグループ(Context)を息子の美音志くんと結成し、活動が開始されました。これも新しい音楽の可能性が満載で、これからがとっても楽しみです。来年はレコーディングに挑戦したいと考えています。シンセサイザーを色々グルメしているうちに、今年だけで5台も購入してしまいました。こう書くとお金あるな~と思われるでしょうが、プロ用の1台を除けば、ほかは3万円代から、一番高くて9万円代で、全部アマチュア用なのが、うれしいですね。お気に入りは全てKorgで、micro、レッド、ゴールドの3台をその時の状況や気分で使い分けるのがとても楽しい。シンセサイザーを背中に背負ってツアーに行くのが楽しい。www

 そして、故・吉福伸逸氏の意志を継いで、兄弟子たちと「体験的グループセラピー」の活動を開始したことも実に大きな出来事です。2005年に吉福氏に出会って以来、ワークショップに頻繁に参加し、後半はアシスタントとしてセラピーを直接的に指導していただきました。しかし残念ながら今年の4月に癌で死去されました。昨年の秋に参加したワークショップが最後になってしまいました。亡くなられる一週間前、ハワイのご自宅に家族で通いつめた日々が忘れられません。そして8月31日9月1日の二日間「体験的グループセラピー」のワークショップが開催され、参加者から好レスポンスをたくさんいただきました。来年から本格的に活動を始めたいと思っています。

 昨年、一昨年もそうでしたが、知人友人が他界しています。とりわけ11月2日に美枝子さんのお父上が96歳で亡くなられたは大きな出来事でした。亡くなる前の4日間、徹夜でお父さんのそばに居て、旅立つ前にお父さんに起こる様々な体験を見守りました。人は亡くなる直前に最もスピリチャルになることを改めて感じさせてもらいました。お陰で「死に行くこと」がどのような事なのか、私なりに見極めがついたような気がします。今年亡くなられた方に心から哀悼の意を表します。

 以下にコンサート以外の出来事をリストアップしてみたのですが、やはり今年を振り返ると、実に大きな変化が始まっていることが判ります。でもどれをとっても始まったばかりで、どの活動も結晶するには10年はかかると思っています。その意味で、今年は種を蒔いた年なのだと思います。これから少しずつそれらの種を育て、いつか大きな実りになることを願ってやみません。と言うことは74歳までは生きる予定か、、、www

さて、皆様にとっても、平和で稔りの多い年でありますよう、祈っております。
では、良いお年を、、、

ウォン・ウィンツァン
2013/12/29
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<コンサート以外の主な出来事リスト>
左手ギブスから開放、リハビリテーション開始
劇団態変「ミズスマシ公演」に参加、大阪に一週間滞在
高橋全氏バッハレコーディングのプロディース
●CD「月の音階」リリース
突然ハワイに一週間家族で滞在
恩師、吉福伸逸氏逝去
94歳の父親介護申請
●シンセサイザーによるソロ活動開始
●エスニック・グループ「Manul Cats」結成、活動開始
●フュージョングループ「Context」結成、活動開始
高校時代の親友の自死
内田家と九州9日間キャラバンツアー
●向後善之氏、新海正彦氏と「体験的グループセラピー」活動開始
小出裕章助教のデモにジョイント
「原発いらない秩父人」イベント、ダニーネフセタイ氏と脱原発トークセッション
●CD「ミズスマシ」リリース
及川恒平氏、イギリス館ライブ再開、、、
重子さんとジャズが始まった、、、
美枝子のお父さん逝去、享年96歳
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 私が敬愛する何人かの友人に「ウォンさんは優しすぎるよ」と指摘される。これを翻訳すると「ウォンは自分に嘘を付いている」ということになる。もうちょっと受け入れやすい言葉で言うならば「相手の想い、希望、あるいはエゴ、無自覚な私への侵襲、あるいは本人が嘘を付いている状態を肯定し、受け入れようとする。そして本当に感じていることを言わない、表現しない。それは嘘を付いていることに等しい」ということだろうか。その指摘は、当たっていて、最近、つらつらとそのことを考えている。

 私は優しくなんかない。優しく振舞おうとはする。相手を肯定したり、受け入れようとしたりしながら、でも結局肯定も受容も出来ないでいる。つまり、結果的に嘘は付けないのだ。他人ごとなら優しくなれる。関係性に距離があるなら、仮面は剥がされることはない。でも自分自身に振りかかることは、結局嘘などつくことは出来ない。

 例えば音楽という場では、嘘は付けない。出来るわけがない。音楽を演奏する、作曲をするということは、たましいが裸になることに近い。素肌丸出しになるのだ。だからとても傷つきやすい。自分の音楽をなんとか保つために、音楽に魂を注いでいる音楽家ほど、ぎりぎりの綱渡りを強いられている。なので、そのような場では優しいふりなど、いつかすっ飛んでしまうのだ。つまり、自分のエゴを統合できずに、結局傷つけ合うことになる。私は音楽歴は長いほうだと思うが、一緒に演奏を続けている音楽仲間は思いのほか少ない。自分自身を委ねられる仲間がとても少ないということだ。そんな仲間でさえも、長い間に何度も別れたり、再会したりしているのだ。

 真にクリエイティブな関係とは、相手の本質を理解し、咀嚼し、お互いに自分に嘘をつかずに、相手に対して感じていることを、しっかり向かって伝えること。でも、なかなか難しいことだと思う。必ず傷つくことになるから。だからお互いに強さを求められることになる。仮面を脱ぎ捨て、素肌を見せ合うほど自分自身になりながら、傷ついても尚且つ、関係性を再生できる強さが、やはり必要なのだろう。

 強さとは、たとえ傷ついたり、自我が揺さぶられても、自分を再生させることが出来る、蘇生力だろうか。傷つかないでいることなど出来ないし、揺さぶられないなんてこともない。必ず傷つくし、揺さぶられる。それでも蘇生する力とは、実は今を生きることにつながっていく。過去を引きずらないで、手放し、もう一度立ち上がることにほかならない。こんな風に書くと、無理に立ち上がろうとする人が出てくるかもしれないからエクスキューズすると、過去を統合した上で手放す。統合するための時間や思考の超越は、やはり必要なのだろうと思う。

 ワークショップという場を考えてみる。人は自分で言うほど自己変革をしたいとは、思っていない。出来れば自分に向かわないで済むなら、済ませたいのが人間だ。私もそうだ。しかし、それでも自己変革の場に出向くエネルギーのある人と、そうでない人がいる。わざわざ出向いてくる人は、やはり変革への思いが強いのだろう。しかしワーク中に、自己変革の扉を開けられるほど切迫していても、それでも、様々な理由をつけて、変革をためらうのが人間だ。変革するその先が見えないことは、ほんとうに怖いのだ。私はそういう参加者の近くにいて、まだ変革のタイミングに来ていないのだ、と考えて見逃してしまうのか、それとも否が応でも扉の向こうに押し込んでしまうのか、、、私はいつも前者だ。すると師匠が言う「ウォンさん、優しすぎるよ」

 私にはまだわからない。人の変革の場に、いったい私になにができるのだろう。私は自分の独善が怖いのだ。もしかしてそのタイミングではないのに過剰に介入して、つまり変革のタイミングを見誤ることによって相手を傷つけることが、怖いのだ。恐れを超えて、自己の魂の声に従うこと、それが出来るようになったなら、私にとっての自己変革が訪れるのかもしれない。

 優しさとはなんだろう。それは魂のひとつの側面、ひとつ表現にすぎないのではないだろうか。魂には、怒りや悲しみや喜びや心地よさを、感じ、そして表現しようとするエネルギーが宿っている。魂の躍動の強度が高まれば、自ずと表現の色彩も鮮やかになっていく。優しさは魂の全てではないのだ。優しさだけでは魂は成り立たないのだ。魂の強度が高まれば、自ずと表現される、その一つの側面が優しさなのではないだろうか。優しさは愛の眼差しの表現であり、怒りは愛が踏みにじらることへの表現であり、悲しみとは愛の喪失の表現であり、楽とは愛に漂うことの表現なのだ。そのすべての側面を十全に表現しうることが、魂が開放されているということなのだと思う。「優しさ」と言う言葉を契機に、つらつらとそんなことを考えてみた。

ウォンウィンツァン
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2012年、年末年始のご挨拶

皆様へ

さて、大晦日になってしまいました。
今年(2012年)も大変お世話になりました。
取り立てて過去を振り返ってみようとは、あまりしない方ですが、2012年を総括する意味で、スケジュール表から、抜粋してみました。
(下に掲載)

こうやって見返すと、実に多岐にわたった活動をしているのに、我ながら驚きです。
私自身がやりたいこと一杯なのですね。
音楽に関してはソロだけでなく、ジョイントやアバンギャルド、エスニック・ミュージックなどなど、、、
社会活動やワークショップ等、、、、
これも、皆さんに応援とサポートされて実現できたことばかりです。
改めて感謝です。

そして9月にはCD「エリック・サティ」をリリースし、美枝子さんのジャケットデザインともに大変好評をいただいています。
私的にも、数あるサティのCDの中で「これは、ちょっと、そんじょそこらには、ないよ」と自画自賛しています。

新譜CD「エリック・サティ ERIK SATIE」
STW-7023/ウォン・ウィンツァン【クラッシック・ピアノ】9月リリース!
http://www.satowa-music.com/cd/cd-satie.html

実は、、、浜離宮朝日ホールコンサートの次の日の朝、11月19日、
不安定な椅子の上に乗って、転倒してしまい、なんと左手を骨折してしまいました。
詳細をブログに書きましたので、良かったらご覧ください。

[左手の骨折について]
http://wtwong.exblog.jp/18270586/

11月下旬や12月にもライブやコンサートがあったのですが、右手だけで、なんとか乗り越えました。
ギターの美音志くんやグループのメンバーに支えられて、本当に感謝です。

年明け早々にギブスは取れるのですが、本格的に左手が使えるようになるには、半年ぐらいはかかるのでは、と考えています。
来年2月には劇団態変の大阪公演に参加、
3月にはホロトロピック・ネットワークやフレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーなどのイベントに参加しますが、その後、しばらくリハビリと内面の充実を理由に、半年ほどコンサート活動をお休みしようかと考えています。
(と言っても、じっとしていない可能性は多々ありですが、、、)
しばらく行っていない瞑想合宿などにも行きたいと考えています。

長期に活動をしないことは今までなかったので、自分がどうなるか、どう感じるか、なにを育むのか、なかなか面白い実験かなと思っております。
その時その時の自分にモチベーションに寄り添って、充実したリハビリ期間にしたいものです。

さて、先の選挙では、比例代表16%という獲得票で自民党が政権を取り戻しましたが、全体の投票率も低く、これは国民が日本の未来のヴィジョンを見いだせないで、迷いの中にいる結果ではないでしょうか。
2013年がどのような年になるのか、不安を抱えている方も多いことだと思います。
しかしそれも日本の集合意識の選択なのでしょう。
覚悟というほどのものはありませんが、その時その時のベストな生き方をしたいものです。

昨日、「魂の旅」という拙文のブログに載せました。
それを新年のご挨拶に代えさせていただき、秋から本格的にはじめる新たな音楽活動を応援していただきたく、来年もどうかよろしくお願い申しあげます。

[魂の旅]
http://wtwong.exblog.jp/18301948/

ウォンウィンツァン
2012/12/31
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<2012年の主な活動>

◎映画「東京に来たばかり」映画音楽ミックス 北京 1月8日 (日) ~11日 (水)
(生まれてはじめての北京でした)
◎Yas-Kaz live 二子玉川 KIWA 1月27日 (金)
◎ジョー奥田さんの「地球ラジオ」に出演 with 山本公成 2月2日 (木)
◎白カラスlive 二子玉川 KIWA 2月3日 (金)
◎加藤家 ピアノソロ ホームコンサート 東京・目白 2月12日 (日)
◎ダイアログフェスティバル 南相馬 ピアノソロコンサート&対話 2月19日 (日)
◎南相馬災害FM 「柳美里のふたりとひとり」収録 with 高橋美加子→3月11日(日)放送
◎ホロトロピック・ワールド2012にてピアノソロ 浜離宮朝日小ホール 3月4日 (日)
◎USTREAM配信ピアノソロ Live「レクイエム・サトワより祈りをこめて」3月11日(日)
◎WIM Live 永福町ソノリウム 3月14日 (水)
◎及川恒平ジョイント 横浜 イギリス館 3月27日 (火)
(クラビコードという古楽器で挑戦)
◎Yas-Kazグループ Live 二子玉川 KIWA 4月2日 (月)
◎小蕪亭 上伊那 写真展 4月6日 (金) ~ 5月1日
(小蕪亭のお母様の追悼写真展でした)
◎小蕪亭 ピアノソロコンサート 4月19日 (木)
◎NY ピースアート ピアノソロコンサート 5月11日 (金)〜12日 (土)
(セントジョンデバイン教会という世界最大のカテドラルで演奏)
◎ひびきの森 宇部 ピアノソロコンサート&ワークショップ 5月19日 (土) 20日 (日)
◎イルカさんアルバム「ほのぼの倶楽部」レコーディング with 美音志 5月
◎小出裕章助教講演会 静岡 インタビューと演奏 プラムフィールド主催 6月9日 (土)
(インタビューアーとして小出助教に質問させていただきました)
◎青森 ピアノソロコンサート 6月23日 (土) 昼/夜 2回
◎EPOライブ 福山 6月29日 (金)
◎EPOライブ 広島 6月30日 (土)
◎上畑正和ジョイント 三鷹・風のホール 7月6日 (金)
(2台のピアノ、2台のオルガン)
◎ソマティック・エクスペリエンス・ワークショップ 札幌 8月5日 (日) 〜11日 (土)
(心理療法のワークショップに参加)
◎ギャラリー門馬 札幌 ピアノソロコンサート 8月13日 (月)
◎いのちの祭り 朝霧高原 大塚まさじグループ、真砂秀朗グループ 9月14日 (金) 9月15日 (土)
◎村上建設 木心知のいい家 秦野 Live with 川岸宏吉&美音志 9月22日 (土)
(新しいエスニック・グループ)
☆CD「エリック・サティ」 9月下旬リリース
◎日本トランスパーソナル学会 第10回大会 10月 6日 (土)
(パネリストとして参加)
◎そば処さくら 上伊那・辰野 ピアノソロコンサート10月13日 (土)
◎吉福伸逸ワークショップに参加 10月19日 (金) ~21日 (日)
◎米子 ピアノソロコンサート11月1日 (木)
◎浜離宮朝日ホール SATOWA MUSIC主催 ピアノソロコンサート 11月18日 (日)
★11月18日早朝、骨折記念日
◎東京・生と死を考える会 メモリアルサービス 四谷 コンサート with美音志 11月24日 (土)
◎NHK FM 公開収録 WIM +1( 美音志)11月29日 (木)
(※「SESSION 2013」としてオンエア予定。放送日確定後お知らせします)
◎EPOコンサート 原宿クエストホール 12月1日 (土)
◎WIM Live 二子玉川 KIWA WIM +1( 美音志)12月9日 (日)
◎朝日カルチャーセンター湘南教室 レクチャー&コンサート with 美音志 12月22日 (土)

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2013年の予定は、こちらをご覧下さい。来年もどうぞよろしくおねがい申し上げます。
http://www.satowa-music.com

みなさまにとって2013年が素晴らしい年でありますように
心よりお祈り申し上げます。
SATOWA MUSIC
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「もう、おれさ、こういう事やっている自分がさ、
ほんと、情けなくなって、もう泣きたくなっちゃうよ、、、」
「信じられないよ、そういう事、
平気でやる人がいるてこと、、、、」

「守ってくれるはずの例の何とか協会もさ、
たらい回しにされて、結局やる気ないしさ、、、」
「まさか自分の曲が、全く知らない人の名前で、
世界に配信されているなんてさ、びっくりだよ、、、」

「権利とか、道理とかをさ、一生懸命主張すのって、
何でこんなに辛くって、情けないことなんだろう、、、、」

「やっぱ、おれおれ、俺のものって、
言い張らなくちゃならないじゃない、、、」
「エゴを超えようとしているワタシ、
としてはさ、結構辛い作業よ、、、」

「もちろん、これはこれ、
あれはあれ、、、とは思うよ、、、」
「でもさ〜〜、シンドいさ〜〜」

「でも、考えてみればさ、
自分の曲が、世界に配信されているんだぜ、、、」
「これってさ、考えてみれば、
すごいことなのよね、〜〜はははh、」

「ゼンセカイだぜ、、、、ははh」

「でもさ、お金、全然無い訳よ、、、」
「何とか生活しているけど、
トシもトシだしさ、、、」

「自分からオンガク、取り除いたらさ、
ただの生活破綻者だし、
それに人格破綻者でもある訳だし、、、、はははh」

「でもさ、最後は、ストリート・ミュージシャンで、
いいと思っているんだよ」
「音楽の原点さ、
ストリート・パフォーマンス、、、、旅芸人、、、」
「たびの途中で、野垂れ死ぬのが、
ミュージシャンの業だよね、、、はははh」

「それでいいのさ、、、俺たち、、、」
「俺たちってさ、すご〜〜い幸せだよね、、、ははははh」

いつまででも
歩き続けていたい
夕暮れの川沿い

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(これらはすべてフィクションであり、
符合する事実や人物、団体は存在しません)
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老人の裸身に光乱舞
初夏にそよぐ樹間から
ちょうど斜光ゆれて
さらにあふれる水面の乱反射

湯気に煙る
スチームルームは
幽閉のしずけさ
ハーブの香り
水滴のリズム

何に煽られてか
つかれたように
激しく身悶えながら
水中歩行のチョビ髭壮年

淡クズになって
死海に浮かべば
千の痛みに耐えかね
慌ただしくタイサン

(ああ、やっぱりいいな〜〜かれは、、、)
(あじをしめちゃうと、もどれないわね)

とろけ顔に、なごみ顔
寝ぼけ顔に、ゴキゲン顔

喜びも
悲しみも
苦しみも
幸せも

何一つ留まるものはないのだから
今この時を、命がけで
感じ尽くすこと

消え果てるまで
生ききること

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