カテゴリ:Poem( 4 )

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 資本主義経済システムが、その構造原理として必ず格差を生む。その事を理論的に証明したのがカール・マルクスであり、統計学的に証明したのがトマ・ピケティーなのだそうです。私の師匠は「資本主義は必ず奴隷を生む」などと言っていました。資本主義は搾取の上に成り立っているのでしょうか。

 東西冷戦時代は共産主義革命を恐れたのか、社会保障制度を充実させていましたが、冷戦が終わり、グローバリズムとともに世界は資本の無法地帯になったようにすら思います。北欧など民主主義が発達している国では社会保障を充実させていますが、グローバリズムの台頭ともに苦悩している現実もあるようです。何れにせよ資本主義の矛盾を超えるシステムや制度は、今のところ見当たりません。

 しかし手をこまねいているわけには行きません。私達個人はどう生きるのかが問われる時代になりました。資本主義経済システムに飲み込まれたまま、どうすることも出来ない人生を歩まなければならないのでしょうか。その中で沢山の人がそれぞれの答えを模索しながら生き始めています。その一人がこのパン屋さんです。私の大好きなパン屋さん「ルヴァン」のお弟子さんだったということあって、シンパシーを感じます。彼のマルクスの説明もとっても勉強になりましたが、そして彼の考え方「自ら生産手段を持つ」ということに強く共感しました。なぜなら我が「Satowa Music」のスタンスも同じだからです。とっても解りやすく楽しい本です。

田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 渡邉 格 http://www.amazon.co.jp/dp/4062183897/ref=cm_sw_r_tw_dp_yEEKwb1DRB2V2 @amazonJPさんから
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by wtwong | 2016-02-08 03:25 | Poem
小蕪亭(こかぶてい)は長野県上伊那、千人塚公園にあるギャラリー&カフェだ。
http://www.valley.ne.jp/~kokabu/
私はそこで毎年コンサートをさせていただいている。
コンサートのチラシにはいつも小蕪亭のお母さんがモデルになってもらう。
そのお母さんが昨年2011年の4月19日、亡くなられた。
92歳だった。

その日、私たちは、被災地である気仙沼の知人宅でワイフの美枝子の誕生日を祝っていた。
累々と積まれた瓦礫の間をぬって行くと、少し高台だったお陰でなんとか津波から逃れた知人の家がある。
私たちはそこで、知人たちが苦労して手に入れたバースデーケーキで祝ってもらいながら、訃報を受け取ったのだ。
お母さんが亡くなった日は、ちょうど美枝子の誕生日であり、しかも私たちは被災地のど真ん中にいた。
その日は満月の次の日で、月光に不気味に照らされた薄暮れ時の瓦礫の街が、目に焼き付いている。
そのすべての事象が折り重なって、「4月19日」という日がなにか特別な意味を持って私たちの記憶に留められている。

お母さんは最期までお元気だった。
亡くなる二週間ほど前「わたし、老衰みたい」と言われて横になる。
長女の百合子さんは察して、縁者たちを呼び寄せ、最後の二週間を皆と共に過ごした。
そして、まるで寝るように自宅で息を引き取った。
子供や孫たち、曾孫たちに看取られて、苦しむこともなく幸福に旅立っていった。
私たちは20日には気仙沼から東京に戻り、そのまま千人塚公園にある小蕪亭に駆けつけた。
お母さんはまるで人形のように横たわり、皆に見守られていた。

お母さんは本当に健康で、ほとんど医者にかかるようなことはなく、西洋薬は飲まなかった。
医者から薬をもらうと仏壇にお供えをして拝んでいたという。
最後の二週間ですら、ご自身でお手洗いに行ったそうだ。
ほとんど介護というものを必要としなかったのだ。
ピンピンコロリという言葉があるが、まさに其の様な亡くなり方だった。

お母さんからはいつも笑顔が絶えることがなく、そばにいるだけで私たちも嬉しくなるのだ。
「お母さんはどうしていつも幸せそうに、ニコニコしているの?」
「さあ、きっとお父さんと、旦那様が良かったからでしょう。」
お父上も、随分前に亡くなられた旦那様も、お母さんにとても優しかったし、大事にされた。
その事はとっても大きいと思うけど、もう一つ大きいのは、お母さんは仏教系の学校を卒業されているのことだと思う。
そこで仏教的な世界観、人間観、死生観を、体の底から学んだのでなないだろうか。

人は死に方を、選ぶことができない。
どんなにピンピンコロリを望んで努力をしても、人の運命はわからない。
いつ何時、それがどのようにやってくるのか、誰にもわからない。
そのために人々は死を恐れ、不安に苛まれる。

しかしお母さんはなにも恐れているようには見えなかった。
日々を楽しそうに、編み物や、植物の手入れや、娘さんのお手伝いをしながら、過ごしていた。
いつか来るべくものを、そのまま受け入れる準備ができているように見えた。

この世界で何一つ変わらないものはない。
ならばその日その時を、ただただ生きていればいい。
何ものも嘆かず、恨むこともない。
小さなことを大切にし、小さなことを喜び、
今を生き切っていれば、それでいいのだ。
お母さんは、其の様な生き方を全うした人だったと思う。

お母さんは、私の写真の専属モデルだった。
2004年から、お葬式のその日まで、2000枚以上は写したと思う。
それでも振り返ると、写しきれた成就感がない。
一瞬の掛け替えのない微笑を、いったい何度とり損ねたことだろう。
もっともっと撮り続けたかった。

今年2012年4月19日、追悼写真展とコンサートを小蕪亭でさせていただくことになった。
お母さんの笑顔が溢れる中で、演奏するのを今から楽しみにしている。
2012/01/01

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by wtwong | 2012-01-01 21:43 | Poem
私はメアリー・テネン・パカと申します。
アフリカの西部、リベリアから来ました。
今日、私たちは平和について考える日を持ちました。
皆さん、よろしければお立ちいただけますか?
平和のために命を落とされた方々を思い、
黙祷を捧げましょう。

平和という言葉を聞いた時に何を想いますか?
平和という言葉を聞いたときに、何をイメージしますか?
平和ってなんでしょう? 
どんな時を平和と云うのでしょう? 
どこで何故

私の国リベリアでは、15年間に渡る内戦がありました。
国際部隊が介入しなければならない状況になりました。
内戦はとても激しいもので大量虐殺や大量破壊が起こりました。
教育の機会は無くなりました。
食べ物も無くなりました。
大勢の人がホームレス状態に追い込まれました。
手足を失くした人も出ました。
女性はレイプされ、父親や母親の無い子供ばかりが残されました。
父親達や母親達は、子供を失いました。
今でも多くの人が世界中の難民キャンプに住んでいます。

しかし、今日ではやっと、神様の加護のもと平和になりました。
平和です。
平和です。
平和です。

平和とは、戦争からの自由、内戦や紛争からの自由です。
平和とは、静けさと心の落ち着きです。
平和とは、人種の間で、国の間で、部族の間で、
宗教の間で調和をもって生活することです。
平和にあっては、偏見や差別があってはいけません。
平和とは、特別な時間ではありません。
平和には、特別なはかりはありません。
平和とは、いつでもどこでもどんなときでもある日常でなければなりません。

家族と隣人と、全ての人種と共にともに平和に住みましょう。
愛をもって、平和について学び、知り、教えあいましょう。
全身全霊を以って積極的に平和構築に関わりましょう。
より明るい未来を、まだ生まれ来ぬ世代に、この世界を引き継いでいきましょう。
立ち上がって隣の人を抱きしめ、手を握り、
「ピース、平和」と言って平和を分かち合いましょう。
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by wtwong | 2010-09-30 19:19 | Poem
私は立っている
しかし片足だけが
何故か、つま先立っている
左腕はあなたに向かって
差し出されている
しかし右腕が
差し出された左腕に駕っていて
その重みに
耐え続けていなければならない
どうすることも出来ない
この姿勢を続けながら
もうとっくに後悔している

あなたは私を見ている
あなたは私をどう見ていいのか
わからない
ますます右手の重みと
痛みが増していく中で
私はあなたをどう見ていいのか
わからない
どんな眼差しで見ていいのか
わからない

筋肉が硬直し始め
震えと痛みが
腕から全身に広がっていく
痛みに耐えかねて
唸る
唸りながら
全身が揺れる
倒れそうになりながら
姿勢をくねらせている
右腕にますます強く抑えられて
左腕は耐えかねている
上げ続けられない
徐々に腕が落ちていく
それでも、やめようとはしない

つま先立っている片足は
激しく震えている
私は何が何だかわからなくなって
泣いている
耐えかねて
大声をあげながら
激しく泣いている
倒れそうになりながら
ただただ激しく
泣いている
錯乱した意識の中で
私は、それでも
あなたの涙を見逃しはしなかった

激しい痛みと震えの中で
嗚咽はいつか激しい呼吸に
変わっていった
早くなったり
激しくなったり
詰まらせたり
いきんだりしている
細かく震えながら
全身で強くいきむ
なんども何度も
いきんでいる

痺れと熱が全身をかけめぐる
ガーーーと音が聴こえる
強い全身のしびれ
燃え上がり
突き上げる熱い流れ
意識が真っ白になり
気を失いそうになっている
全てはもうどうでもいい
このまま倒れてしまえ

私はこのまま倒れるだろう
「もうどうでもいい」
漂白された意識の片隅で
そう誰かが言っている
その時
私は何かを手放した

・・・・・・

嗚咽が
うたに聴こえる
叫ぶように歌っている
どこかの、遠吠えのような
原始の、何かを呼ぶような
遠くの向こうに、歌っている

私はまだ立っている
相変わらず震えているが
痛みが無い
震えるに任せると
それは振動となって
全身を揺さぶる
振動と共鳴が全身を包む
相変わらず
どうすることも出来ない姿勢なのに
もうその事に囚われていない

私はわたしを見ながら
古代のうたを歌っている
震えと振動は
ああ、なんと気持がいいのだろう
静かにあなたを見る
あなたは透明になって
そこに居るだけだ
うたは徐々に穏やかになって
あなたに向かっている
差し出された左腕は
あなたに触れるほどだ

震えはようやく収まり
痛みも感じない
私はうたに任せながら
あなたを見つめている
あなたの眼差しを感じながら
同じ姿勢で
静かに立っている
ああ、このままでいい
そして、うたは終わった

私は倒れていく
ああ、私はもう逡巡しない

「、、、ママ、、たすけて、、、」

倒れていく私は
あなたに
抱きとめられる
あなたに
抱かれて
倒れる
あなたから
ゆりが
かすかに
かおる

ウォンウィンツァン
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by wtwong | 2010-04-29 06:43 | Poem