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ヘルマン・ヘッセ著「シッダールタ」
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 一人の青年が、晩年に悟りの境地に達するまでの、実に美しいドラマチックな物語!
若い頃に読んで、理解できずに途中で投げ出していたのですが、友人の僧侶に「いいよ〜〜」と言われて、もう一度読む気になりました。
1922年、ヘッセが45歳の時の作品です。
ヘッセが仏教やインド神秘主義、そして心理学者ユングとの交流、当時流行り始めていた実存主義とかの知識を総動員して、「解脱」というテーマで書き上げた、ファンタジーアドベンチャーと言う感じ!!!
あの当時、第一次大戦直後の不安の時代に、きっと多くの人を魅了したと思う。
今だったパウルコエーリョの「アルケミスト」のように受け入れらて、ニューエイジムーブメントに影響を与えたかもしれないな〜

 でもやはりこれはファンタジーなんだよな〜
私ごとで言えば、87年に瞑想に出会い、インド思想にどっぷり浸かって、瞑想によってエンライトメントに導かれると本気で信じていたけど、その10年後ぐらいにそれは幻想だとはっきり思った。
瞑想によって、さまざまな恩恵に預かることが出来たけど、それが解脱に導くことはないとはっきりした自覚があった。
いやむしろ瞑想は、時に直視せねばならないことを覆い隠すことすらあると思った。

 その頃オーム真理教事件などが起こったわけだけど、何故あのような事件が起きたのか、私なりの解釈は、解脱幻想への執着が、ありえないことを可能にしたと思った。
理性的に考えれば罪以外の何ものでもないものを、東大出の優秀な青年がやってしまう。
そのぐらい解脱への幻想は、奥深いものがあると思う。

 瞑想修行、あるいは伝統的な宗教修行は、自我の問題をクリアーできないと、私は考える。
健全な自我を確立しない限り、本当のスピリチャリティーを獲得することは出来ないと私は考える。
「シッダールタ」では、主人公が美しい理知的な娼婦や商人に出会い、愛欲と金銭欲や物欲にまみれ、浸りきった末に自我を超えるストーリーになっているけど、どうだろう?
私たち人間が自我を超えることって、出来るだろうか?

 我が師匠、吉福伸逸氏が私たちに提供したワークは、自我をテーマにしたものが多かった。
私たちは彼から自我の自覚化と、相対化の方法を学んだように思う。
そしてあらゆる未完プロセスを完了させ、存在不安からの脱却、そして開放の実現だった。

 「シッダールタ」は最晩年、渡し守りとなって解脱に至り、そこで得た「さとり」を修行仲間の友人に開示するのだけど、それはやはり深い瞑想の中で体験する「梵我一如」あるいは「統一場」というものだったと思う。
古典的な文体で、読みにくいところもあるけど、とっても格調高い、ファンタジー・アドベンチャーだと思う。

シッダールタ (新潮文庫) ヘッセ
https://www.amazon.co.jp/dp/4102001115/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_TPjAzbGQHS3D0
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by wtwong | 2017-07-14 19:23 | essay
<言葉と自己イメージ>
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今日一日で「言葉は難しい」というコメントを何人かから頂きました。
このコメントは今回だけでなく、ツイッター時代から今日までに、幾度となく頂いています。
彼らのコメントには、伝えたいことが伝わらないもどかしさや、いらだちがあります。
怒りや不安が伴う場合も、多くあります。
勝手に解釈されているという怒りだったり、誤解されたのではないかという不安だったりですね。

確かに言葉は、不完全なコミュニケーションツールというハードルがあることは確かです。
それにコミュニケーションスキルという問題もあるでしょう。
これらは学習したり、スキルアップすることで、ある程度は解消されると思います。
(話はそれますが、私は小学校一二年は、いわゆる中華学校にいました。
なので、日本人が小学校低学年で学ぶ日本語の基本みたいなものが私には抜け落ちていて、ちょっとコンプレックスみたいなものがあるんですけどね、、、)

さて、「言葉は難しい」と嘆くときに、何かしらの感情が伴う場合、そこには言葉の問題よりも、自己イメージの問題があるように思うのです。
「自己イメージ」とは、自分はこのようにあるべき存在として、実在の自己とは別に、無意識に描いている虚像のようなものです。
この「自己イメージ」は、実在の自分とかけ離れていればいるほど脆く、傷つきやすいイメージです。
自分が伝えたい「自己イメージ」が「言葉の問題」によって、うまく相手に伝えられないと、不安になったり、怒ったりするわけです。

面白いエピソードがあります。
ある方が「私はこうだ」と言ったとします。
そこで私が「あなたはこうですね」と言い返すと、間髪入れず「いや、ちがう、私はああだ」と言い直すんですね。
そこで「あなたはああですね」というと「いや、私はなになにだ」となにか違うことを言い出します。
そして、いらだちと怒りが溢れてきます。
このような、誰かに自己イメージを壊されることに、強い不安を感じている人は、結構たくさんいます。

私の師匠、吉福さんはあらゆる場面で「ウォンさんはこうだよね」とか決めつけます。
それって自分とはぜんぜん違うので、私は言い返して修正しようとします。
「いや、吉福さん、私はそうじゃないよ」
すると「言い訳なんか、聞きたくない」ビシャwww
結局、彼は生前、私の話なんか、殆ど聞いてくれませんでした。www
でも、お陰で、私は誰に何と言われようとも、動じることもなく、自分自身のままでいられるようなりました。
人が、私の「自己イメージ」をどのように持とうが、どう決めつけようが、どうでもいいことなのです。

自己イメージが危うい人は、いつも戦々恐々としなければなりません。
でも、人にどのように思われようが、誤解されようが、決めつけられようが、かまわないと思えば、どうでもいい事なのです。
だって、自分のことを、だれかに理解されるなんて、思えないし、、

私達が自分に課することは、
●自己イメージが実存とあまり違わないということ
●柔軟な広がりのある自己イメージを持つこと
●影やネガティブな部分も自己イメージに取り込むこと
●動じないための存在力を養うこと
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by wtwong | 2017-06-01 22:02 | essay
自己防衛(嫌われるセラピー)
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我が師匠、吉福さんは人に嫌われるのが平気だった。実際、彼の親しい人たちは離れていった。最後に残った弟子たちも、吉福さんから、結構厳しい言葉を浴びせられている。それぞれそれなりに傷ついている。それでも残ったのは、彼を信奉しているからじゃない。

「なぜ人に嫌われることが大切かというと、僕の考えるセラピーは、当人が絶対に認めたくないことを認めてもらうということだからです。」(吉福伸逸. 世界に中にありながら世界に属さない)

吉福さんの言う嫌われるセラピーを自分はできるだろうか?真似事をするのだけど、その後、なにか後味の悪い思いを引きずることが多い。人に嫌われたくないという自己防衛が相当強く、私にある。「良い子症候群」について以前書いたけど、自分はいかにもそうではないかのように振る舞いながら、まさしくそれそのものなのだと思う、、、自分に嘘はつけない、、、
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by wtwong | 2017-05-19 00:26 | essay
お知らせです。
私の父、ウォング チョング タク(黄 頌徳)は、
5月13日(土)夜の11時45分、
静かに息を引き取りました。
享年97歳でした。

ライブの演奏中に、ホームから血圧が測れない状態になったという電話が入りました。
私がライブを終えて、ホームに駆けつけた時、すでに下顎呼吸が始まっていました。
それから、私たち家族は、父の手を握ったり、身体をさすったりしながら、口々に「パパ、ありがとう」「パパのおかげでみんな幸せです」などと声がけを続けました。
父は私たちの声に反応し、涙を浮かべていました。
そして、30分ほど経った時、軽いシャックリのような動きがあり、呼吸が止まりました。
私たちはそれでも声がけや、身体をさすることをやめずにいました。
呼吸が止まっても、まだ意識は残っていると思ったからです。

そしてしばらく経ってから、看護師さんや介護士さんと一緒に、身体を拭いたり、パパさんのユニホームである、ワイシャツ、ネクタイ、スーツを着させ、死化粧をしてあげました。
それもパパさんを見送るための、大切な儀式でした。

葬儀はパパさんの遺言通り、家族だけで執り行うことになります。
私の妹の時と同じように、自宅で、美音志くんや私が演奏して、父を見送ろうと思います。

私のパパさん話題をお読みいただいた皆さんは、心配されていたと思います
またFBFにはパパフアンが沢山いらっしゃると思います。
私のパパさん話題には、皆さんから温かいお言葉を沢山いただきました。
心から感謝いたします。
ありがとうございました。
私にはパパさんとの思い出が沢山あるので、パパさん話題はまだまだ終わりません。
楽しみにしていてください。
本当にありがとうございました。
合掌

ウォンウィンツァン
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by wtwong | 2017-05-17 06:23 | essay
<社会の中に生きる>
ウォン・ウィンツァン
2017-01-14
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以下の文章は、名古屋市の鶴田商会さんが発行してる通信紙「ゆっくりずむ」に投稿したものです。
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 初めまして。ウォン・ウィンツァンと言います。ピアニスト・作曲家・心理ワークのファシリテーターなどもしています。私が作曲した曲で現在NHKで放映されているのは「にっぽん紀行」「目撃!にっぽん」「こころの時代」のテーマ曲です。お聴きになった方もいらっしゃるかもしれません。

 私の父や母の家系は殆どが商売人です。父は自身を商売人と呼んでいます。香港の華僑の家系ですから、、、でも母方の祖母は神戸の芸者さんでした。私の音楽の遺伝は日本人の祖母から受け継いだに違いありません。

 19歳からプロとして活動をはじめました。とは言え自分の音楽スタイルを確信するには、40歳になるまで、ほぼ20年かかりました。その後もそれなりに錯綜するのですが、、、自分の音楽スタイルを見つけることが出来ず、暗中模索、五里霧中時代はやはり苦しい毎日でした。そして生きるために、所謂音楽業界の中で働いていました。スタジオミュージシャン、タレントさんの伴奏や、テレビCMの作曲などをして、生き繋いできました。

 とっても苦しい時代でした。でも今思い出すと、その修行時代は私が精神的に自立するのに必要な時代だったと確信します。特にTVCM制作は、、、、私の上には音楽プロデューサー、音楽制作事務所、映像制作プロデューサー&事務所、広告代理店、クライアント、そして社長と、それこそ士農工商作曲家、みたいな感じです。私の制作したCMを、上にいるあらゆる部署の偉いさんたちにプレゼンせねばならないのです。

 その試練は、私にコミュニケーション力や、相手の気持を察する能力や、自分の思い込みを手放す修行、自分の思いを伝えるスキル、何を言われようが自分を失わない強さ、それらを学ぶにはなかなか得難いシチュエーションでした。プライドを踏みにじられることも、決して少なくなかった。今思い出してもムカつきます。(笑)97歳になる父は「あなたは社会に出たことがないから、苦労を知らない」と決めつけられたりします。香港から戦前に留学し、戦中戦後と生き延び、華僑が日本で起業して、引退するまで、それ相当な苦労だったと思います。頭が下がります。

 さて、私は40歳になったとき、ようやく人前で演奏したり、自作の曲を披露できるほどになりました。その時、業界から身を引いて、奥さんと二人でインディーズレーベル(SATOWA MUSIC)を立ち上げました。あの当時は「自主レーベル」と言って、業界からデビューできなかったアーティストが仕方がなく、自費でレコードを出すことを指していました。

 でも私たちには業界で培ったスキルがありました。(因みに奥さんは店舗デザイナー)すなわちレコード業界のシステムでは作れない音楽やCDジャケットを、インディーズであるからこそ作ることが出来ると、私たちは確信していました。あるレコードメーカーの方が私たちのCDを見て「これはメーカーでは絶対制作できない」と感嘆していました。やった〜

 SATOWA MUSICはこの25年ぐらいの間に30タイトル以上のCDをリリースすることが出来ました。それも20年間の修行時代に、制作スキルと、コミュニケーションスキルなど、社会でしか得られない技量を得られたからに他ならないと思います。人間は社会の中でしか成長する機会がありません。どんな人も、自身の生き方を生きるためにも「社会化」は絶対必要なのだと思っています。

 さて、私たちは昨年、平和をテーマにした楽曲「光を世界へ」をリリースしました。このCDの制作では、沢山の友人達がボランティアで参加してくれました。CDの収益は友人の平和活動をしている5つのNGOに送られます。そんな活動ができるのも、友人知人、そしてオーディエンスに支えられているからだと、感謝の気持ちが湧いてきます。

 人間は一人では幸せになれない。ひとりの人間として、しっかりまっとうな、健全な人格を成長させ、沢山の愛する友人に囲まれてこそ、本当の幸せがあるのだと、つくづく思います。
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by wtwong | 2017-04-27 22:32 | essay
<即興演奏についてーマイルスに学んだこと>
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 私は19歳から、ジャズピアニストとして演奏活動を開始しています。
あの頃はチックコリヤやキースジャレット、ハービーハンコックなどを追い求めていました。
自分はアソコまでたどり着けるという不遜な自惚れがあったので、憧れという言葉は使ってなかったけど、今思うと憧れていたんだな〜www

 何をお話したかったかというと、私にとって「即興」はデフォルトとしてあったのです。
ジャズは即興こそがその醍醐味です。
なので「どうやって即興を学べばいいのか?」という質問にいつもうまく答えられないのです。
先日、経王寺で、同じピアニストの上畑正和さんと即興デュオをやりました。
彼とは、これまでもデュオを何度もやっていることもあり、息もピッタリ。
聴いてくださった方たちから、まるで楽譜があるかのようだと感想をいただきました。
私は茶化して、テレパシーだよ、なんて言っていますが、、、

 でも、私も「即興とは何か?」と思い悩んだことがあります。
「即興とは、一つの出来事に対し、どのように反応するのか?」と言って良いかと思います。
まず最初に「一つの出来事」があり、それに対し「次の出来事」とどのような関係性があるのか?と言うことです。
音と音の間にある関係性とは何か?
それが全くわからなくなってしまったのです。

 それまで手癖、足癖のように音を出していた訳です。
即興演奏は慣用句を多用することでも、成り立ちます。
沢山、或いは少し、フレーズのストックがあって、それを順番に出していっても即興演奏と言うことも出来る。
でも、ある時、それがどうしょうもなく嫌になっちゃった。
と言うか、自分が嘘臭くてしょうがなくなったのです。

 即興ってなんだろう?
思い悩みましたね〜。
そんな時、出会うべき音楽に出会ったのです。
青天の霹靂というか、そのぐらい衝撃でした。
それはMiles DavisのBitches BrewというLPのなかのMiles Runs The Voodoo Downという曲でのマイルスの即興演奏です。

https://youtu.be/Wsw8fERaGrY

 即興は、或いは音楽は、音と音との関係性です。
マイルスのフレーズを辿っていくと、その音と音との関係性の密度というか濃度というか、飛躍性というか、有機性というか、私には衝撃的に解った、というかドカ〜〜ンと受け取ったというか、、、
目からウロコ、棚からぼたもち(違うか、、)、開眼しちゃったのです。
彼の即興には、フレーズからフレーズを辿っていくその奥底に、濃密な、有機的な「物語性」があるのです。
「物語性」です。

 即興とは、ひとつの語り、から、もう一つの「秘められた語り」を、紡ぎ出すこと、あるいは、探し当てることが、ようやく判ってきたのです。
グループで演奏している時はグループと、一人で演奏している時は、自分自身に、語り続けることなんだとわかったのです。
音と音の間にある、秘められた有機性を見出すこと、それが即興演奏といえると思います。

 最近、坂本龍一さんの2009年ごろのコンサート録音のピアノ即興を聴いていました。
坂本さんは、押しも押されぬ世界的音楽家です。
ですから、勿論、今までも高く評価していました。
でも、ピアノ即興を聴いて「この人はすごいな」と思いました。
非常に真摯な演奏をされていると思いました。

 現代の音楽は、ある意味、あらゆる「物語性」は使い古されて、もうどこにも新しい地平がない感じです。
フロンティアが成立しないのが現代です。
そんな中にあって、坂本さんがピアノに向き合う時、その事と熾烈に戦っていることが、私には手に取るように解りました。
翻って、自分の演奏が、ともすれば安直に陥っていると、ちょっと恥ずかしく思ったりしました。

 嘗てマイルスの「物語」に衝撃を受けたときのように、もう一度、自分自身に「即興とは何か?」を問い詰めてみたくなりました。
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by wtwong | 2017-03-24 11:12 | essay
パパさんのホーム生活
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 私達家族は、父親の変容ぶりに、嬉しい驚きでいっぱいだ。「もう、悲しいこと、悪いことは思い出したくない。楽しい思い出、楽しい人との出会い。ここは天国です。良くここを見つけてくれました。」今までネガティブなことしか言わない人が、そんなことを言うようになった。人はどんなに年をとっても変わることが出来る。

 昨年11月下旬に転倒大腿骨骨折をし、二ヶ月以上入院をしていたけど、退院を契機に老人ホームに移り住んだ。父と私で話し合って決めたことだった。退院に近づくにつれ不安でいっぱいになっていた。あれから一ヶ月以上経った。揺らぎもいろいろあったけど、今はホームのスタッフやほかの入居者とも仲良くなって。毎日が楽しそうだ。退職して以来、人と会うことを嫌がっていた父が、スタッフや同居人とお話するのが楽しそうだ。

 病院にいた頃は「生きている意味はありません。早く死なしてください。」と老人鬱状態が続いた。なんとか励ましながら、リハビリを続けていたけど、病院に馴染んだ頃、退院を迫られた。ホームに入居してからも不安定な毎日だったけど、今は健康を取り戻し、生き甲斐すら見出している。起きたり、寝たりすること、お食事や、お三時、お食事の前の体操や、週二回の入浴。ちょっとしたアクティビティ、そんな些細な事が喜びとして感じられているようだ。

 父はやはりラッキーだ。ホームに入居できたんだから。年金のない父の貯金だと、あと2年ぐらいしか居られない。まあ、其の時になったら家族で考えよう。彼の人生の殆どは仕事だった。今はすべてを手放し、ホームに流れる瞑想的な時間の中で、Rest of Lifeを楽しんで欲しい。私達家族は病院に入院して以来、日参してきたけど、ホームも家の近くなので、行かないわけにはいかなさそうだ、、、、ふ〜む、、、
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by wtwong | 2017-03-08 03:06 | essay
<表現と、表現者の間(あわい)にあるもの>
メリル・ストリープのスピーチと、アメージング・グレース異論から
ブログ:ウォン・ウィンツァン
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 表現者と、表現されたものとの間に、一体何があるのだろう?
世間的にはその2つは一致したものとして受け止められているようだ。
表現、作品=表現者、芸術家
果たしてそうだろうか?

 一世を風靡した植木等や渥美清は、映画の役柄イメージが本人のパーソナリティーとして認知され、其のことで彼らが苦しんだことは度々話される。
大衆の間に彼らのイメージが定着し、他の映画に出演できない。
敬虔な仏教徒であった植木等は、世間で無責任な男として弾劾された。

 知性派の女優であるメリル・ストリープがスピーチで、ドナルド・トランプの排外主義に対して、強烈に批判した。
FBでは其の内容を皆がシェアしているので、ご存じの方も多いだろう。
私もシェアした一人だが。

 すると、ストリープがヒラリー・クリントンと懇意であること、また彼女が1%を与する立場にいることを指摘する人が出てきた。
スピーチの正義の内容には、何らかの意図が隠されてるやもしれない、、、
私は、スピーチの内容を相対化する意味でそれもシェアした。
それに対しある方から以下のコメントを頂いた。
「誰が言ったか、というのではなく、何を語ったか、だと思います。」
すなわち、表現と表現者を切り離して考えてはどうか?と、、、

 何故か同時期に「アメージング・グレース」の作者の逸話を私はシェアした。
皆さんも御存知「アメージング・グレース」は奴隷船の船長が嵐から命拾いをし、恩寵の感受し、感動的な曲として世に出た。
今では最もスピリチュアルな曲として、多くの人に歌われている。
私も演奏している。

 それに対して異論を唱える方がいた。
彼は「(3人に1人は死んでしまうような残酷な奴隷船で)暴利を貪っていたイングランド男が、海難事故で改心して信仰に目覚めたと言いながら、それからさらに6年も奴隷貿易船の船長をしていて、6年経って牧師になって、こんな歌詞を書いたことが美談ですか? 」と書いた。
私も知らなかったのでショックを受け、シェアした。

 それに対しても様々ご意見を頂いた。
「6年はかかったかもしれないけど、最終的には悔恨し、奴隷船の改善や廃止に努めた」
「神に告白して祈れば罪はチャラ。個人的な話はそれでもいいけど、ビューティフルストーリーに仕立て上げちゃあダメでしょう」と言う意見もあった。
ここでは船長を告発したエッセーも、擁護するコメントも、表現者と表現は、概ね一致したものとして語られている。

 ピカソのことが思い起こされる。
彼の作品を評価する人は、例えばピースフルな鳩の絵や青の時代の絵、ゲルニカを見て、彼の人間的な深さ、たましいの自由さを称える。
しかしピカソの人生と、彼に関わった6人の女性たちの末路を知る人は、彼の反社会的な人格を到底許せなくなる。
(一人フランソワーズ・ジローだけが生還したが、、、)

 さて、表現(作品)と表現者(アーティスト)の間(あわい)にあるものは、一体なんなんだろう?
私も長い間、作品とアーティストの間で困惑してきた一人だ。
多分、その間(あわい)にあるものは、本人も含め、誰にもわからない。
完全に一致するものでも、完全に離反するものでもない。
その間の、しかも様々なレイヤー、様々心的次元で、測られる。
パーソナルな次元、ソーシャルな次元、リレーショナルな次元、スピリチャルな次元、、、

また受け取る側のそれぞれの心性に照らし合わされて、その都度、流動的に測られるものなのかもしれない。
つまりは「わからない」、、、
本人にさえ「わからない」モノなのなのだ。

 それでも表現者と表現の間にあるものを、思い馳せる喜びは、鑑賞者である私たちの、掛け替えのない楽しみでもあるのだけど、、、

 このピカソの自画像は、多分本人「そのもの」ではないかと、私には思われる。
死ぬちょうど一年前に描かれた「若い画家の肖像」から私が受け取るものは「虚無」と「孤独」だ。

ウォン・ウィンツァン
2017-01-12

このブログに対して、内海さんより、大切なご指摘がありましたので、ここに掲載させていただきます。

内海 信彦 さん
 「ウォン・ウィンツァンさんのブログで、アメイジンググレイスに関する私の投稿について書いていただいております。ウォンさんに直接お伝えしたことを、ここで書いてみたいと思います。ウォンさんの問題意識をこれからも大切にしていきます。ウォンさん、どうもありがとうございました。

 表現者と表現の乖離という点では、作家と作品に多々ある矛盾であり、むしろ意図的に挑発的に行われるのが文学性の問題であるかと思います。ただし奴隷貿易船の船長ニュートンの場合、牧師になったことが奴隷貿易の犯罪性からの悔恨だったかどうか、はなはだ疑問だということです。音楽それ自体の自律性は存在しますし、作家と作品の乖離や矛盾があるからといって、すべて作品が否定されることはできないのです。

 私が批判的に言うのは歴史性の欠如によって音楽や美術が超越的に甘く考えられていることに抵抗があることです。アメイジンググレイスという曲が好きだという方がいらしても、それ自体は個人の問題です。ただし好きだというだけでは見えてこない歴史を、特殊日本的な態度として曖昧にしたまま過去を水に流してしまおうとする一種の歴史修正主義が、音楽や美術の世界にもありますね。戦争画や軍歌が不問に付されて免責されたのは、表現の問題とは異なるのではないかと思います。

 ウォンさんの提起は心から受け止めて、継続して書いたり考えていきたいと思います。ウォンさんとの対談でも出来たら、さらに生産的に発展させられるように思います。ありがとうございました。」

内海さんのご意見は「作品それ自体の自律性は存在します」が、では「作家の意図や悪意も含め、一切免責されるものか」という疑問は残ると、とても重要なご指摘だと思います。
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by wtwong | 2017-01-12 04:58 | essay
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 さて〜12月4日の「光を世界へ」コンサート、無事終了しました。今の心境はと問われれば「ホッとしている」です。

 12月4日のイベントは、さとわミュージックの企画としては一番大きな類でした。嘗て10年以上も前に2〜3回、大きなイベントをやっています。でも今回は、それらとはまた違う趣がありました。よく解らないのですが、イベントに対する向き合い方が全く違う、と言うか、、、、

 結果としてステージの上で繰り広げられた音楽は、とてもディープで、何より「光」に満ちていた。内田達也さん、鈴木重子さん、及川恒平さん、大塚まさじさんの四人の歌い手は勿論、急遽助っ人で参加してくれた枝元一代ちゃん、そしてTLCの皆さん、指揮の長田雄大さん、VOJAの高木美奈子さん、ギター・パーカッション・コーラスのウォン美音志君、彼らの音楽から表出されていたものは、一言で言えば「たましいの輝き」でした。そしてCD「光を世界へ」制作から今回のコンサートまで、私を支えてくれた湯川れい子さんの存在!

 打ち上げで大塚さんが言うように、それぞれみな個性的で、それぞれの音楽スタイルだけど、でも追い求めている音楽の本質というものは皆同じものでした。そしてその本質のようなものの価値を、何よりも大切に思っている歌い手たちだったのです。その掛け替えのない「ひかり」を聴いてくれている人たちに届けられた。その手応えが、今私を大きな満足感と成就感となって、満たしてくれています。

 ステージの上に上がって素晴らしいパフォーマンスをしてくれた、シンガー達、そしてそれをオフステージで頑張ってくれたステージマネージャーの中小路太志さん、音響の都甲さん、ホールスタッフ達、撮影の岩切等さん、調律の中村幸己さん、ロビーでお客様たちを対応してくれたいつものスタッフや家族達、そして何よりも数か月前から当日まで、そして本番の数日前はほとんど徹夜で下準備を重ねてきてくれた石井明子さん、そしてウォン美枝子さん。何よりも高いチケット料金を支払って、聴きに来てくれたお客様達。そして車椅子で駆けつけてくれた97歳のパパさんと、介護スタッフ達、どれだけ感謝しても感謝したり無い気がします。今の幸福感は、生涯忘れがたいものになるでしょう。本当にありがとうございました。やって良かった!!

ウォン・ウィンツァン
2016-12-06
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by wtwong | 2016-12-06 03:31 | essay
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 人は普通、弱音や愚痴を言いたくなるときって、必ずある。

弱音を吐くな、愚痴を言うな、という「ねばならない」状態を続けると、いつか人は倒れる。

最近では電通の女子職員が痛ましい死に至ってしまった。

弱音や愚痴を言うと何故か攻撃される。
フェイスブックやツイッターも言いたいことを自由に言える安全な場所ではない。



 攻撃する側はいつも偽善の衣をまとっている。
例えば「貴方の為を思って、、、」とか
「私の言葉はエールなのよ、、、」とか、、、

「あなたを愛しているから殴るのよ」と言って子供を虐待しているのと同じことをやっていることに気づかない。

結局相手の弱みに付け込んで、自己主張したいだけ。
上から目線のナルシズムだと気づいていない。

だいたい自分が喋りたいだけで相手のことなど見ていない。
「一流は弁解しない」とか言ってる。二流で悪かったな〜プンプン



 ずいぶん昔になるけど、あるセラピスト三人とお食事をしている時、私は父について愚痴を言い始めた。その頃父との関係は最悪で鬱憤が溜まりに溜まっていた。

その時二人のセラピストが「お父様はウォンさんを愛してらっしゃると思いますよ」とか「親孝行ができるのも今のうち」とか言い出す。
私は何も言えなくなって黙ってしまった。

でも残りの一人のセラピストは「そうね〜。そうだよね〜。」とひたすら私の愚痴を聞いてくれた。
そのセラピストの対応が私にとってどんなにありがたかったか。
その方は野本律子さんと言って、その後私にとって友人であり理解者になってくれた。

でも、彼女は今はもうこの世にいないけど、、、、



 私は「光を世界へ」の歌詞に「弱い命に寄り添って、感じ合えればいいよね」と書いた。

障害を持った人や病気の人だけが弱い命じゃない。
命は、そもそも弱い存在なのだ。

私達は互いに寄り添って、感じ、分かち合うことが必要なのだ。

もし相手の立場になることが出来れば、助言とかエールとかの偽善で攻撃などできなくなる。

ただただ相手の立場になって感じるしか無い。

そして相手の立場になりきることが出来ないことを痛みとして感じるかどうかと言うことでもある。



 愚痴や弱音を吐く人の立場になって聞いてあげるだけで、実は本人は自分で解決の方法を見出す。

聞く側が相手の立場になって感じようとすればするほど、話す側はちゃんと自己セラピーが始まって、自分で立ち直る方法、次のステップをちゃんと見出すことができるようになる。

つまり答えはちゃんと自分でわかっているのさ、、、

助言など余計なおせっかいだということです。



さて、私も此処で弱音や愚痴を言うことがあります。
それに対して無骨な、無神経な助言などする人は友達ではありませんので、容赦なく友達削除しますので、よろしく、、、
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by wtwong | 2016-10-12 13:41 | essay