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福島駅に到着したのはお昼ごろ。早速線量計を見ると約0.9マイクロシーベルト/h(RD1706)。南相馬市までの車で移動中、線量は幾度となく上下したが、最高は2.1マイクロシーベルト/hをしめした。さすがに車中に緊張感がはしった。そこは飯舘村だった。車の中はこのぐらいだが、外は3〜4ぐらいにはなると言う。道沿いの民家には人の気配はない。飯舘村は計画避難区域に指定されている。こんなに広大な地域を除染など出来るのだろうか。住民は帰ってこれるのだろうか。台風のため、激しい雨が車を叩きつける中、車は南相馬に向かってひたすら走る。南相馬市役所に到着、櫻井市長と懇談。すごいパワーがある人だと思った。様々な話題をお聞きすることができた。ビデオに撮影したので、そのうち紹介したい。

南相馬市の図書館に到着。とても大きな立派な図書館。しかも絵本がとても充実していて驚いた。南相馬市は子供たちを大切にしていると思った。ここで絵本作家のいせひでこさん、柳田邦男さん、鎌田實さんによる、読み聞かせをする。読み聞かせがこどもたちの成長にとってどんなに大切か。私は小さなカンテレを持参したので、いせ女史の読み聞かせに参加させてもらった。いせさんはどんぐりの話。子供たちは熱心に聞いていた。蒲田さんや柳田さんの読み聞かせもちょこっと聞かせていただいたが、お三方とも本当に子供がスキなんだと思った。

さて、私は彼らと離れて、一足先に会場へ。会場準備のためにスタッフたちが待ち構えていた。会場は南相馬市民会館「ゆめはっと」。1000人規模の立派なホールで、ビックリしたのがスタンウェイのフルコンサートがなかなか良質、とても弾きやすかった。調律も良質、スタッフの動きも軽快、リハーサルは何のストレスもなく、無事終了。後は開演を待つのみ。

楽屋でのんびりしていると、入れ代わり立ち代わり、関係者が入ってきてお話をする時間があった。南相馬の方たちはとても人なつっこいと感じたのだが、スタッフたちだけでしょうか。彼らから断片的に、311以降、どのような実情だったか聞き始めた。今はいかにも明るくお話されているが、当初はほんとうに大変だったことでしょう。差し入れのホッキご飯とお漬物が最高。

6時15分、主催者の一人「つながろう南相馬」の進藤英治氏の挨拶。そして櫻井市長の挨拶。櫻井さんのスピーチに私は感動して、つい舞台袖に戻った市長に強い握手を求めてしまった。そして震災犠牲者に対して一分間の黙祷。私はその黙祷を受けて演奏したくなった。進行の方に「私の紹介はいらないから、そのまま演奏したい」とわがままを言ってしまった。突然の私のワガママに面食らったようだが、おかげでとても自然に演奏を始められた。約25分の演奏、「旅のはじめに」「運命と絆」「勇気と祈り」そして「浜辺の歌」「ふるさと」を演奏。静かな演奏を神妙に聞いてくださっていたが、トークでダジャレを一発やってしまったら爆笑してもらった。笑いって大事だな〜〜。

私の後は鎌田實先生のお話。低線量被曝について、チェルノブイリの体験を含めて、とってもエネルギッシュにお話されていた。絵本作家いせひでこさんは、ご自身の紹介を兼ねながら、ゴッホと宮沢賢治への研究を本にされたこと、そしてドングリが大好きなことなど、、、。最後は柳田邦男さんのお話。事故がなぜ起こるのか、飛行機事故や水俣を絡めながら、とってもリアリティーのあるお話でした。原発事故調査会、是非頑張って欲しい。みなさんのお話をもっとお聞きしたいと思った。

さて、打ち上げは「だいこんや」そこでは南相馬の皆さんから、311以降、どのようなことが起きていたのか、たくさんお話を伺うことができた。余りに多岐にわたる内容だし、一概に報告できない。原発事故直後のどさくさ。保証問題など東電に対する怒り。低線量被曝から子供たちをどう守るかというお話。汚染マップが出来たこと。除染作業をどうすすめるということ。如何に街を復興させるかという話。お互いを批判しあうのではなく、認め合って「ありがとう」が言えるということ、「つながろう南相馬」はそんな気持ちをベースに始まったこと。そして皆本当に頑張ってきたということ。最後は私のカンテレの演奏をバックに鎌田氏が詩の朗読。「日本中の人が1%を思いを持ち、それが集まれば、、、、」

さて、次の日は「つながろう南相馬」の高橋美加子さんに連れられて、原発20Kmのゲートの前や海岸沿いの津波被害の惨状を見に行った。瓦礫はかなり撤去されて、今は一面の草の原になっている。その中に無残に壊れた家がいくつか今も残っている。原発に併設された火力発電所も津波で廃墟のようになっているのが遠くに見える。海風を受けながら茫漠とした気持ちになってしまった。

南相馬は日本の最前線だと思った。帰りは須藤氏の車で、飯舘村を経由して福島駅まで送ってもらった。線量計はやはり高い数字を示していた。それを見ながら、再びもここに戻るときには、この線量計の値はもっと下がっていて欲しいと、祈らざるを得なかった。この南相馬の旅は私に多くのことを教えてくれた。たくさんの出会いもあった。私には何も出来ないけど、出来うる限り彼らの想いを皆に伝えていきたい。
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by wtwong | 2011-09-23 13:37 | essay
『一部の利権や強欲のために、日本の産業や経済、そして命が踏みにじられてはならない』ウォンウィンツァン

大江健三郎さんや落合恵子さんの呼びかけで、5万人規模の集会とパレードが企画されています。私も参加しようと思っています。Twitterで脱原発ツイートを重ねてばかりでなく、皆と共に歩むことで、なにか熱いものを感じ取りたいという想いからです。シュプレヒコールを上げて主張するのではなく、5万人の中の一人としてそこに存在したいと思っています。
http://sayonara-nukes.org/2011/09/0906seime/

しかし、私は彼らの声明文を読んで「ああ、やはり」という落胆する気持ちが湧いてしまいました。脱原発派に対するいつも感じる違和感と重い気持ちを思い出してしまったのです。その声明文は野田政権に向けられたもので、その趣旨は「経済活動は生命の危機より優先されるべきものなのでしょうか。」と言う、脱原発派が常に推進派と言われる人に向かって投げつける常套句でした。「お前らは生命よりお金のほうが大事なんか」と言う、ある意味、人格批判と受け止められてめ仕方がないものです。

声明は政権に向けられたものではあるのですが、それは同時に一般国民に向けられたものにもなるはずです。一般国民とは日本の産業を支えている中小企業や製造業、そしてその雇用者と家族です。彼らは日々、円高や雇用の問題などを抱え、空洞化が懸念される日本経済の中、貧窮し、強い危機感の中にいます。そして今回の311原子力発電所事故による電力供給危機です。行政は彼らに15%の節電を強制し、従わない企業に罰金を課するほどの強硬な処置をしました。そして経団連やメディアや経産省は彼らに向かって「ほら、原子力発電が止まると電力危機が来て、製造が止まるぞ。」と脅しています。今まで長い間、彼らは中小企業に向かって「原子力発電を推進することによって経済が上向く。原子力が止まれば電力供給が止まり、日本は破綻する」と情報操作を続けてきて、彼らはそれを黙って受け止めざるをえないところにいたのです。

彼らは、倒産やリストラや解雇などの危機的な状況の只中にいて、もし電力が止まって製造が滞ってしまったら、一体どうしたら良いのかわからいような事態に直面しているのです。其の様な人々に向かって「生命より経済が大事なのか」という言葉を一体どのように受け止めるでしょうか。其の様な人格批判に対して、言いようのない憤りを感じるのは当然ではないでしょうか。彼らは原発推進派などではなく、電力が止まることに脅かされている、いうなれば「死活派」あるいは「実利派」とでも言う人々で、twitterであちこちで見かける、こころない、お互いに相手を踏みにじるような、やりきれない議論の相手は、多分殆どが其の様な人々なのではないでしょうか。

私たちの戦う相手は、いわゆる原子力ムラという、原子力発電を推進することによって利権や暴利を得てる、学者、財界、官界、政界、メディアなどに巣食う、一部の人々です。彼らは人数的にどれだけ居るか私には判りませんが、実は私たち脱原発派が見誤って推進派だと思っている人々は、私が先に上げた「死活派」や「実利派」がほとんどではないでしょうか。戦う相手をお互いに見誤り、それを原子力ムラはほくそ笑んで高みの見物をしているのではないでしょうか。本当に脱原発を実現したいと思うのなら、私たちはもっともっと丁寧な議論を、死活派や実利派と続けるべきなのではないでしょうか。

「生命より経済が大事なのか」このメッセージの意味は「原子力発電の稼働は命の尊厳を踏みにじっている。」そして「原子力をやめると経済は下向くが、それでも止めるべきである」と取ることが出来ます。これでは完全に原子力ムラの情報操作にやられています。

前者の「原発は生命を踏みにじる」は今回のフクシマ原発事故で起きた数々の悲劇を省みるまでもないでしょう。そして私たちが知っているのは、ウラン鉱山で働く名もない労働者のこと、原子力発電所を誘致するときに地域を従わせるためにお金にモノを言わせて蹂躙していく様、被曝しながら働かされる原発ジプシーと呼ばれる人々のこと、処理方法も決まっていない使用済み燃料の10万年続く危険。そして原子力発電を推進するために行われた様々な捏造、事故の隠蔽、虚偽、やらせなど、原子力ムラの人々の腐敗。それらの事は「死活派」「実利派」の人々もうすうす判っていると思うのです。

「原子力をやめると経済は下向くが、それでも止めるべきである」これは「原子力による電力供給によって経済は成り立っている」という原子力ムラのプロパガンダをそのまま裏返しただけです。少なくとも今すぐ原子力発電をやめても電力供給は止まらないことを確認するべきです。原子力発電所は不安定な電源は、いつ止まるかわからないので、必ずバックアップに火力発電や水力発電などを併設することが義務付けられています。
http://red.ap.teacup.com/kysei4/492.html
(原子力発電は過去10年の間に事故のため三回も電力危機を起こしています。)


現在稼動しているのは54基中11基ですが、仮に全てが止まったとしても併設されている火力や水力による発電で、電気供給が止まることはないのです。したがって、供給不足によって製造業などが困ることはまず無いと考えることが出来ます。むしろ原子力発電は高コストで、政府が原子力コスト試算案 1キロワット時16~20円という数字を出しています。
http://www.shimbun.denki.or.jp/news/main/20110823_02.html
そのコストは全て電気料金に上乗せられています。つまり原子力発電は一部の原子力ムラの方たちには暴利ですが、日本経済にとってはむしろ足かせになっていると考えられないでしょうか。原子力発電は一民間企業では経営が成り立たないことが、隠蔽されていた数字から徐々にハッキリしてきました。

もし原子力発電が全てと止まり、一時的にも不足分を火力発電で補うために必要な燃料費がはたしてどれほどなのか、それがどれだけ電気料金に跳ね返るのか、きちんと算出し、提示し、それでも二回目のフクシマのリスクは、もうとれないのだということを、日本国民の大勢がしっかり理解、受容する、其の様な丁寧で相手の立場にった議論が必要のではないでしょうか。一方的に「生命より経済を選ぶのか」といった間違った主張をつきつけるやり方は、反感を買うだけで、脱原発ムーブメントにとって、私にはマイナスになるとしか思われません。

もし私たちが声を上げるとするなら『一部の利権や強欲のために、日本の産業や経済、そして命が踏みにじられてはならない』となるのではないでしょうか。

野田首相の就任演説は、どちらかというと脱原発、あるいは減原発ともとれる内容です。今、いわゆる原子力ムラのかなり強い圧力が野田政権にかかっていると考えられます。和を重んじる(?)野田政権、今後どのように転ぶかわかりません。菅政権の時、国民は彼を支えませんでした。今、私たちは野田政権の経済優先傾向を批判するのではなく、脱原発傾向を後押ししなければならないと私は思っています。私たち国民の脱原発への強い思いを示し、野田政権の脱原発傾向を評価すべきだと思っています。鉢呂吉雄経済産業相の今までの言動を見ると脱原発方向を明確に進めていますが、やはり相当な圧力があるはずです。

脱原発を実現するために、原子力ムラをしっかり見定め、それ以外の原子力ムラのプロパガンダに脅かされている中間的な人々を理解し、彼らの立場になって丁寧に想いを伝えていく作業を、根気よく続けていかねばならない。そして多くの国民の理解を得て、一方的ではない、揺るぎのないメッセージを政府や原子力ムラに送る必要があるのではないでしょうか。

経済重視と脱原発は二項対立ではありません。再生可能エネルギー発電(私は非枯渇系エネルギー発電と呼んでいます)はこれからの日本の産業や生活を支え、新しい産業を創出します。輸入エネルギーから自立し、技術立国だからありえる無尽蔵の自然エネルギーを謳歌する時代が私たちの夢です。

ウォンウィンツァン
2011/09/08
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by wtwong | 2011-09-08 10:14 | essay
「近況報告と、秋のコンサートのお知らせなど」

容赦無い太陽がコンクリートとアスファルトを焦がしている猛暑ど真ん中ですが、皆様、お元気でいらっしゃいますか。インターネット(Twitter)では毎日、怒涛の書き込みをしていますが、DMでは一年ぶりのお便りになります。

今日は8月11日、「あの日」からちょうど5ヶ月が経ちました。
「5ヶ月が経った」という言葉が、ある虚しさを伴う以外のなんの手応えがないことに、無念な思いがします。
「お悔やみ」とか「お見舞い」とか「いち早い復興を」等、通り一遍の挨拶文がいったいDMを読まれる方の心に届くわけもなく、いっそ何事もなかったように触れないことが、むしろ心遣いなのかもしれないと思ったりします。

3月11日直後から数週間、東京にいる私達家族も言い知れぬ不安と緊張の中いました。
東京を脱出せねばならない事態にもなりかねない、そんな危機感の中、テレビやインターネットから有用な情報を必死に集めたものです。
そのような緊迫した空気は、精神的には追い詰められたような感覚ですから、なるべく身体を活性化しようと、よく家族でウォーキングをしました。
今振り返ると、放射能汚染が一番ひどい時期だったのですが、、、

そして閉塞感を打開するために、息子の提案もあって、インターネットによる音楽配信をやってみようということになりました。
被災地ではインフラのほとんどが壊滅状態でしたから、インターネットが届くわけもないのは判っていました。
しかし「ジッとしていられない」「何かせねば」「今、出来ることをやらなくちゃ」という、むしろ自分たちの自己満足や自己治癒のために始めることにしたのです。
「サトワより祈りを込めて」というUSTREAMによる音楽配信は、3月16日からほぼ毎日、35回にわたってサトワ・スタジオからコンサート形式で続けられました。
35回も持続的にコンサートをするのは、私にとっては初めてで、自分の限界を知る上で貴重な体験にもなりました。
(アーカイブをHPにアップしましたので、お時間のある方はご試聴ください)

また、4月6日には三鷹市「風のホール」で鈴木重子さん(歌)田口ランディさん(朗読)ウォン美枝子さん(朗読)を迎えてチャリティーコンサートを開催することも出来ました。
たった一週間しか準備期間がない中、沢山の協力を得て約500人の方にご来場いただき、支援金を被災地で活動するNGOに送ることも出来ました。
コンサートの最後、会場に来てくださった皆さんと「ふるさと」を演奏しながら、涙が止まらなかった。
忘れがたい奇跡的なコンサートになりました。
ご来場くださった皆さんに心から御礼申し上げます。

そして4月18日、私たちはプリウスにお水や救援物資をのせて、ワイフの美枝子さんの出身地である本吉町(気仙沼の隣町)に向かいました。
現地では被災された方や地域コミュニティーで頑張っているボランティアスタッフたちのお話を伺い、避難所ではピアノを演奏させてもらったりしました。
また、津波に飲み込まれた本吉町、気仙沼、陸前高田を見て回りました。
全てが飲み込まれ、全てが綯い交ぜになってあとには瓦礫と混沌だけが残されていた被災地。
目の前に広がる夕闇の中に橙色の満月がのぼり始め、とても地球上とは思えないような光景を生涯忘れることはないでしょう。

さて、今回のDMは秋のコンサートのお知らせです。
10月23日大阪・サンスクエア堺、11月12日東京浜離宮朝日ホールです。
「透明な水」というコンサートタイトルは、釧路でいつも主催してくださる川原智道氏の文章から頂きました。
氏の放射能への悲惨と哀しみについて書かれた文章は、私の想いを代弁してくれたように思います。
原発事故による放射能汚染は、掛け替えのないものを奪い、健康被害の脅威にさらしています。
もうすでに子供たちの被曝が検査の結果わかりはじめています。
特に子供たちや妊婦を、できるだけ早い時期に被曝から退避させねばなりません。

311以降、原発事故に関して色々勉強する中、電力企業と行政の隠蔽と捏造を目の当たりにし、唖然とする思いでした。
いわゆる原子力ムラと称される、企業、学者、政治家、官僚、新聞TV等メディアの利権とお金による、アディクショナル(嗜癖的)な共依存関係は、まるで薬物中毒者のそれを見るようです。
彼らは既得権益と癒着を維持するためには、改ざん、隠蔽、捏造、も平気でやる存在であることを目の当たりにしました。
そして彼らは、良心ある科学者、アーティスト、識者、一般人を社会的に抹殺してきました。
このような「悪」が習慣的に行われているのは、構造や制度に問題があるというほかありません。
そのような自己中な組織に、原子力発電などという危険な事業を任せて、安全の保証など有りえません。
もう二度と原発事故を起こしてはなりません。
そんな事になれば、日本は終わってしまいます。
「地震国日本で原子力発電をやるのは余りに危険が大きすぎる。なるべく早く原発は止めるべき」というのが、今の私の強い願いです。

311以来、Twitterで、すっかり政治的な発言が多くなっている自分に驚きです。
今はそれも必要なことなのでしょう。
中断しているエリック・サティの録音も再開したいし、映画「純愛」のジャンチンミン監督の新しい映画のための音楽の製作も今月中に終わらせなくてはいけません。
(映画音楽は殆ど美音志くんに任せているので私は楽なんですけどね)
また、映画ガイヤシンフォニー7番の最後に歌っている吉野大地くんの新しいCD「聖なる空間」も北海道ツアー(10/30帯広、11/1釧路、11/3札幌)の前にリリースされる予定です。
今年1月に再結成されたフリー・インプロヴィゼーション・グループ「白カラス」も活動を始めたいし、ジャズやソウルもやりたいし、、、
やりたい事はいっぱいありますね、、、

長くなってしまいましたが、311以降の活動と秋のコンサートのご案内でした。
ではでは、コンサート会場で、皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。

ウォンウィンツァン
2011/08/11
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by wtwong | 2011-09-05 18:15 | essay