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「モンサントの不自然な食べ物」の最後の方に話をされているヴァンダナ・シバ女史の素晴らしいインタビューを発見しました。内容が素晴らしいので
ケンジュウの会(http://homepage2.nifty.com/kenju/ )に承諾いただき、ブログにアップすることにしました。

youtubeのリンクと、佐々木薫さんの翻訳をアップします。ご本人によると「ざーっと翻訳しただけなので(ボランティアだし。それでも2日かかりました)誤訳や知らない出来事もたくあんあります。そのあたりを明記してください。*印は、わからない部分です。読んだ人に加筆・修正を呼びかけるといいかも。十人寄ればなんとやら、です。誰かがコピペすると、改訂版を追いかけられなくなるので、転載は禁止にしてくだい。Facebook上で訳を改善していきましょう。」とのことです。
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HYPERLINK "http://www.youtube.com/watch?v=q3d9k23UyQQ" http://www.youtube.com/watch?v=q3d9k23UyQQ


カナダは私にとって特別な場所です。博士号をとるために、インド以外で一番長い時間を過ごした国ですからね。

当時は量子物理学を学ぶ人は少なかったです。カナダは当時量子物理学に力を入れていて、世界中から集まった人たちが研究を行っていました。

私は当時最先端だった核物理学者で、奨学金を得て原子炉実験にあたっていました。

インドに戻った私は得意満面な若者となりました。そうした研究に携わったインド人女性は私ひとりでしたからね。すると医師である姉が、放射能被爆について私に基本的な質問するのですが、私には何の知識もありませんでした。それで、「大学ではすべてを教えてくれるわけではない」ということがわかったのです。核融合の方程式や連鎖反応については異常に詳しいのですが。それで私は、科学は偏った見方しか教えないことに気がつきました。原発が環境に何を放出してしまうのか?その影響は?ということについては、考えていませんでした。

そこで私はもっと基礎を学ぼうと決意し、量子理論の勉強を始めました。

私の論文テーマは、「量子理論における非局所性(註1)」でした。現代思想の基礎となった科学上の様々な考え方は、機構的還元主義mechanistic reductionism*に基づいたものです。断片化fragmentation*・霧化atmization*などが中心となりましたが、実際の世界は、自然界も社会も、互いにつながり合っており、量子理論では百年前にそれに気がついていました。生物学の世界では、遺伝子工学を押し進めるために、それを手放してしまいました。

註1 非局所性 http://ja.wikipedia.org/wiki/非局所性

(学問的バックグラウンドが、地球の現状を俯瞰できる能力の助けになったことについて)私は量子理論の勉強により、還元主義の間違いに気がつきました。物理学の勉強のおかげで、力学的思考が身につきました。量子理論の二つ目の部分は、確固とした元々ある物質quantity*というものは、なにひとつない、ということです。すべてのものが進化・変化しつつあるのです。そして不確実なものです。

私が現在のような困難の多い時代に楽観的でいられるのは、ものごとが直線的で因果関係により進んでいくとは限らないと知っているからです。私たちがもうちょっと努力し、いままでと違った考え方をしたならば、そしてコミットメントの高い責任ある市民と進んでいけば、予測とは違う場所に到達するかもしれません。

可能性はあるかですか? 答えはYesです。私は物理学者として成功をおさめ、エコロジー運動を支援する研究財団をつくりました。その前に、「緑の革命」の悲劇(註2)、ボパールの悲劇(註3)がありました。’87年に私はバイオテクノロジーのカンファレンスに真奈涸れましたが、企業がすべてのものの特許をとろうとする動きがありました。農薬会社は同時に製薬会社であり、いまではタネの会社になりました。彼らは、世界の食糧と健康を牛耳るトップ5企業になろうとしたのです。

註2 緑の革命: HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/緑の革命" http://ja.wikipedia.org/wiki/緑の革命
註3 ボパール: HYPERLINK "http://ja.wikipedia.org/wiki/ボパール化学工場事故" http://ja.wikipedia.org/wiki/ボパール化学工場事故 のこと?

(微笑みながら)でもその一方で、たくさんの農業従事者がタネを保存し、世界の25%が有機農業を行なっています。

私たちは、「真実のすべて」を知らされていないことに気がつきました。「真実のすべて」とは、「多様性によりどれだけ多くのものを生み出せるか」であり、それが私が行なっている仕事なのです。多様性のアップにより、食料保障を実現することができます。

地球を守り、同時に人々が必要なものを提供する方法は、ひとつしかありません。それが生物多様性です。

<インドの農民の自殺について> たくさんの人々が死んでいます。政府統計によると、25万人もの人々です。自殺は、タネの独占が確立されたコットン・ベルトから始まりました。農民がタネを奪われると、それが起こることなのです。

<農民たちは真実を知っているか?> 商業的に販売されているタネの76%が、10社の手により販売されています。遺伝子操作されたタネの大部分は、一社のみにより売られています。悲しいことに、私たちは8,500種の植物を食べているはずのところが、穀物栽培はたった4種に限られてしまいました。そして遺伝子操作されています。

私はタネの保管プロジェクトを始めましたが、企業は特許を通じて生命を支配したがっています。特許というものは、「発明したもの」に関してとるべきものです。植物は「発明したもの」ではなく、「以前からあったもの」ですよね。

<新大陸を発見した植民地主義者が「無人」だと考えたことに関して> まったくです! 私は現状を「第二のコロンブス」と呼んでいます。(笑)オーストラリアに着いて、「無人だ」と決めつけ、「人間らしきもの」がいたとしても「動植物の一種」として片付けてしまいました。植民地化された側の人間性を奪ってしまうことは簡単なのです。植民地化は土地と領土、そして金の権利に関するものでした。現在はそれが「緑色の金」つまりすべてのタネ、植物そして地球全体が再生産する能力に関することにとってかわりました。

<生物学的窃盗biopiracyということですか?> 特許という「扉」を開けてしまうと、企業という名のコロンブスたちは、遺伝子操作された植物を強制的に販売するのみならず、次々といろいろな種の特許をとってしまいます。ニーム(インドセンダン)(註4)にも同じことが起こりました。

註4 ニームの特許申請
http://mitsui.mgssi.com/issues/report/r1004q_hirata.pdf

インド料理で使うバスマティというとてもいい香りのする長粒種のお米がありますが、もし私たちが闘わなければ、テキサスのライステック社が販売する偽物のバスマティを食べなければならないところでした。そのお米は「テクスマティ」という名前でした。バスマティは「香りの女王」という意味ですが、テクスマティは「テキサスの女王」となります。(笑)

<企業は各国政府に交渉するのでは?> ローマ法王が「王・女王たちは、白人でクリスチャンでない王女が統べている土地は支配してよろしい」と言うようなものでしょう? ヨーロッパ以外には白人のキリスト教がなかったのですから。

現代のバチカンとも言える存在は、WTOです。モンサント社は知的所有権条約*、生命特許条約*などを自ら作り*ました。モ社は、患者と診断者と医師をぜんぶ一人で演じているようなものです。なぜなら、問題(=病気)は、「農民がタネを保存していることだ」と断定したからです。そして、タネの保管を違法としました。ですから私はタネを保存し、かつ違法とならないような活動を始めたのです。

条約はアメリカ合衆国に持って行かれ、世界中の国々に強制されることになりました。インドはそれを受け入れました。インド大使がかつて「生命や植物に関する知的所有権は違法である」と述べたとき、各国はXXXXXXX(不明)*

私たちはWTOに強制されたのです。WTOは立法・行政・司法の全ての役割を担っているようなものです。

最初にWTOに持ち込まれたのはインドに対するケースでした。第一に、タネと生命の特許を取れるようインドに強制すること。第二に---これが世界にとってもさらに深刻なのですが---医薬品の特許を許すことにより、代替医薬品やジェネリック医薬品を作れなくするというものでした。これはインドではたいへん大きな問題となりました。

私たちは生物学的窃盗を防ぎ、農民の権利を守る為に、いろいろな活動を通じて企業による独占を防ごうとしてきました。

私たちは「本物のauthenticな発明には特許が与えられる」という条項も作りました。企業に対抗するためです。企業は特許を取った後に、30-70%だった医薬品の成分を25%-75%に変えるだけでそれを「新薬」と呼びます。これは「ever-greening(いつも新薬)」と呼ばれています。

それは「本物の発明」ではありません。インドの法律では、もし私が何かを作る新しい方法を発見したら、その「プロセス」に対して独占権をとることができます。しかしもし「製品」そのものに対して独占権を持つと、人々に関しても健康の権利に関しても有害なものとなります。10,000ルピーのジェネリック薬は、特許下のノバルティスの薬だと175,000ルピーになります。農民を債務者に追い込んだ綿のタネは5ルピーだったものが今では4,000ルピーで売られています。8,000%の値段です。従来の5ルピーのタネはずっと使うことができましたが、今のタネは毎年買う必要があります。

そうした綿花栽培は、タネや殺虫剤の価格により、コストのかかるものになっています。それに自殺問題という人的コストを加えると、とても高くつきます。

消費経済の中で安く綿を供給できるのは、まず膨大な助成金があるからです。豊かな国々では、アグリビジネスに4,000億ドルもの助成金があてられています。二点目は、独占です。私がもしもトウモロコシの唯一の購買者だとしたら、安く買うことができます。綿も同じことです。それに助成金の助けを得て、ダンピングして価格を低下させることもできます。

いわゆる「自由経済」、助成金、ダンピング、独占の組み合わせにより、たいへん高いコストのかかる産業化した農業で生み出される産品を、スーパーマーケットに低価格で並べられる、という矛盾した状況が生まれています。

<人口増加と維持可能性について> アメリカでは、農業従事者の10%が余剰(多過ぎる)とされています。カナダは農業国であるにもかかわらず、同じことです。刑務所には余剰人数は適用されないのに、おかしいでしょう?

2つのポイントがあります。まず、経済的不安が創り出された時に人口は増加を始めます。---これは理解するのが難しいかもしれないのですが--- 土地を取りあげると、人は安定を得る為により大きな家族を持つようになります。土地を人々に任せると、人口は増減しなくなります。1915年までのインドででは、そうでした。南にあるケララ州では革新的自治体により土地が人々の手にゆだねられた結果、人口が減少しました。

2つ目は、70億もの種が存在しいているのですから、私たちはもっとずっと思慮深い方法でそれを利用する必要があるという点です。産業としての食料システムでは10ユニットの資源を使って1ユニットの食料を生産していますが、これは狂気の沙汰です。

<それはほぼ暴力的ですよね> そうです。暴力的です。土に住む微生物を殺してしまうという点においても、生物多様性に対しても。私たちは75%の種をすでに殺してしまいました。水に対しても暴力的です。カナダでも水の75%を感慨に使って、残りを汚染するかブタ小屋で使った挙げ句に、「エコピッグ」を育てたいと言っているなんて。可哀想なブタは自由に放してあげた方がいいんです。また、気候にも大きな影響を与えています。気候に悪影響を与える温暖化ガスの40%は、劣悪な食料システムにより排出されています。維持可能性が低く不当で、農民を自殺に追いやっているシステムです。それが10億の人を飢餓に追い込んでいます。

<それと女性の地位との関係は?> 産業革命によって生まれた「男性的な」と定義づけられた考え方と現在の問題には深い関係があると思います。それまでは、多極性や多様性という智恵に満ちた価値観がありました。単一栽培的思考や機械的思考が「男性的な」の意味です。

それがいまは、資本主義や金儲け、利益と「結婚」しました。知識と権力の「結婚」が、いま私たちが直面している環境上の大問題を引き起こしました。それは女性の周縁化と支配にもつながっています。

「自然は死んでしまった」というのと「女性は第二の性である」というのは、同じことです。女性はカギを握っています。

女性は産む為の能力ではなく、「文化を引き継ぐ」という役割を担っています。その「文化」とは、「思いやりを持ち他の世話をする」「分かち合う」「保護する」という文化です。それがいま私たちに必要な文化なのです。

二番目に、女性は水を運ぶ役割を担い、水を守ります。ケララ州のコカコーラの工場により水質汚染が起こると、闘って工場閉鎖を勝ち取りました。ボパールでもいまだに闘っています。タネ保管を始めた女性たちもいますし、「自然と共に生きることが、人類が現在と将来、繁栄する唯一の道だ」と考えている女性たちもいます。

<人類の考え方は、単一栽培的なのでは?> 私はそれを「人類の考え方」とは呼びません。「男性的な考え方」と呼びます。私たちは多様性に満ちており、いろいろな考えを持っています。インドの女性神で私が好きなのは、「私たちは千の手を持つことができる」と思い出させてくれるからです。私たちは千の側面を持った存在です。あなたはここではTVのホストでは、家に帰れば違った存在として、いろいろな関係性を持っていますよね。

単一栽培的な考え方では、多様性や多機能性を閉め出してしまいます。コメや麦の生産みたいにね。食料は体に滋養をもたらし、他の種とも分かち合うものから、たんなる商品へと変化します。

単一栽培的思考の最大の問題点は、自然や人間社会が機能するための関係性を切り離してしまうことなのです。

<牛はもはや動物ではない?> はい、牛乳をとる時には「ミルク・マシーン」、肉をとる時には「ビーフ・マシーン」になっています。インドでは牛は宇宙全体のシンボルとされていますが、食料システムでの牛は部品や機械、そしてドル札でしかありません。(笑)

祖父はフェミニストでした。私が2~3歳の頃、地域で最初の女子のための学校を作りました。それまで女子は学校に行っていませんでしたからね。学校がうまくいき、祖父は大学を作ろうとしました。

当時も今も、ガンジーがなんらかの訴えをする時には断食をしていたことに私たちは影響を受けています。祖父は大学設立に向けた大統領の許可を待ちながら断食をしていました。祖父が断食で亡くなった翌日、その許可が下りたのです。

数日前、その大学からお招きを受けたのですが、彼らは私と祖父との関係を理解しています。

母も熱心なフェミニストでした。地域では一番高い教育を受け、教育関係の政府職員になり、海外赴任もしました。帰国すると、農業を始めました。私はそれに大きな影響を受けています。輝かしい学歴・職歴を経て、最終的には農民になったんですからね。私も核実験研究所にいたのに、いまではタネ保管や有機農業、そして自然・コミュニティー・女性から学ぶ学校を運営しています。

<国際女性デーについて思うことは?> 私たちにもし未来があるとしたならば、それは「女性的な未来」でなければなりません。ガンジーは男性でしたが、毎日の祈りでこう言っていました。「女性性を持つということは、たんに”女性である“ということではない。”人間である”ということである」

<どうやってそれを伝える?> それを分かち合い、祝い、喜び合うことによってです。攻撃的で独占的で欲深い企業たちに、「あなた方の考え方は、人間的ではない。真の人間性とは、愛・思いやり・互いを支えること・互いを抱きしめること」だと言ってやるのです。ジョージ、あなたもハグしましょう。

今の若い女性たちは、すごいスピードで学んでいます。破壊のスピードが速いからです。最近のoccupy movement*にも、たくさんの女性が参加していました。誰かが大儲けする一方で、誰かが生活も仕事も奪われて切り捨てられてしまうことに、occupyではNOと言ったのです。「私たちはシステムを変える」とね。

おそらくウォール街のことでしょう

私は1%、99%という数字は、大切な数字だと思います。

<落ち込んだり絶望することは?> ありません。次に何をすべきかを考えるだけです。機械的・習慣的にそうしているのではなく、誰もがそういう責任を負っているからであり、同時にクリエイティブで満足をもたらす活動だからです。自分自身に暴力を向けたり、絶望で諦めるなんて、やるべきではありません。支配に屈することもありません。それが私にとっての国際女性デーの意味です。女性たちはこう言っています。「私たちは、たんなる“第二の性”ではありません。私たちは男性と平等なだけでなく、ものごとによっては、リーダーをつとめるべき存在なのです」

~終わり~
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by wtwong | 2012-09-29 09:09 | essay
63歳にもなってしまった。人生を振り返ってみると、年令を重ねるごとに幸福度が増して来ていると実感できる。どんな人でも人生の様々な局面で起きるだろう問題をある程度はクリアーし、還暦を超え、残りの人生をどんなふうに楽しめるだろう、などといい気になっていた。それなりに「幸福とは何か」などと判ったつもりでいたとも思う。そんな、いささか浮ついた気分の時に起こったのが3・11の震災とそれに続く原発事故だった。

3・11以降、私はとりつかれるように原発問題をはじめ、いわゆる社会問題の情報をtwitterやFacebookから得たり、シェアしたりし続けてきた。十代後半の安保闘争さえ参加しなかったのに、還暦も過ぎてから脱原発デモには何度も参加した。それは社会意識と言うよりは、内的な衝動というか、そうするのが自分の人生に起きた必然的な流れと感じていた。311以前と以降では、ライフスタイルそのものが変わってしまった。自分のダイナミックな変容に驚くほどだ。

しかし社会問題というのは、本質的に否定性が強い。日々否定的な情報にまみれていると、いつの間にかその毒にやられてしまう。ネガティブな情報に凌駕されないよう、なるべく瞑想やヨーガやウォーキングを増やし、肯定性を増幅するよう、日々注意を払ってなんとか否定性に振り回されずに、ここまでやってきた。しかし領土問題が勃発し、陰湿な民族間の応酬に、どうやらすっかり飲み込まれてしまったようだ。

脱原発運動というのは、原発という本質的な悪に対する、いうなれば正義の戦いみたいなものだ。原子力ムラを弾劾することは、むしろ爽快といって良い。「原発は悪だ」私たちは心置きなくそう声高に言っていればよかった。しかし領土問題は全く次元が異なっていた。双方ともが正義だと言いはり、お互いを罵り合い、侮蔑しあっている。どちらも自分は善だといいはって、お互いに憎しみ合っている。

日本に生まれ日本に育っているので、実は中国のことは殆ど知らない。今年の1月に生まれて初めて北京に行った。チベット問題や文化大革命、はたまた天安門事件など、私にとって中国は不気味な怖い国だ。北京に行くのはそれなりの緊張を伴ったのを覚えている。しかし私の身体には3/4が中国、1/4が日本の血が流れているのだ。中国の血とは香港の血だ。父親は香港で生まれたが、その時代、香港はイギリス植民地だった。私はなぜか国籍的にはイギリス人にされてしまった。イギリスにも行ったことがないし、英語も話せない。私にとって国籍とは書類上のこと以外の何物でもない。

日本人の血と中国人の血、そしてイギリス国籍という、その様なアイデンティティーの曖昧さは、長いあいだ私を苦悩させたと思う。しかしある時期から、それらを統合するような視点で見れるようになってきた。自分は日本人であり中国人であり、アジア人であり地球人である。そして宇宙人でもあるのだ。より大きな包括的な視点から見ると、民族や国という排他的なものを超えて、全体として捉えられるようになっていた。しかし今回の領土問題は、そんな個人レベルの、ある意味スピリチャルな達観は、世間様には通用しないようだ。

領土問題などの国家間の緊張は、日本と中国の血が流れている私にとって、いたたまれなく、抑うつ的な気分がつづいた。どうやったら隣人同士が仲良くなれるのだろうか。回らない頭で、その事ばかりを考えている。日本全体が幸福になるには、平和が脅かされないことが必要だし、その為には隣人たちとの和解は欠かせないと私は考る。しかし、それを阻むのがある。

 戦争はいとも簡単に始まってしまう。アメリカの911,アフガン戦争、イラク戦争を見ればだれでもすぐわかる。結局一部の支配層の利権のための戦争だった。犠牲者はアフガニスタンやイラクの一般人だけでなく、米国の兵士たちも沢山亡くなり、今もって帰還兵の自殺が絶えない。人々に深い癒えない傷を残してしまった。利益を得たのは軍需産業と石油利権者だけ。アメリカが疲弊した今、軍需産業が次に狙うのは極東ではないのか、と勘ぐってしまうのは私だけだろうか。このまま行けば憲法9条は改正され、核兵器配備をするのだろうかと、時々悲観的になる。軍需産業にとって核兵器は兆単位の商いだ。

 戦争はどんなふうに始まるのだろうか。戦争を始めさせたい工作員が、それぞれの国でナショナリズムを煽ればいい。工作員たちは人々の不安とエゴを挑発するのはお手のものだ。「敵は領土を奪おうとしているぞ。敵がせめてくるぞ。」古来から戦争の原因は領土問題だった。尖閣や竹島は戦争をしたい人たちにとって格好の材料でしょう。日本籍でも中国籍でもない私がどうしろということは言えない。ただ、「もともと地球も土地も誰のものでもなかったし、国境という線もなかった」と言いたい気がする。

 平和を実現するのはとても難しい。例えば911が起きた時、アメリカ国内で報復すべきでないと訴えた人はごくごく僅かだった。911の犠牲者の家族が、自分たちを戦争の理由にするなと訴えて、非国民にされてしまった。近代の戦争で、見えない支配層による謀略の匂いのしないものはない。しかし、誰もそれに気づかずにいとも簡単に戦争に突入して行った。あの第二次大戦もしかり。平和を実現するためには結局、私たち一人ひとりが、絶対戦わないことを覚悟するしか無いのだと思う。ある方が「平和を実現するためにはすごい努力が必要だ」と言っていた。勿論努力も必要だ。しかし、それにもまして必要なのは、「覚悟と勇気」ではないかとおもう。報復をしないこと、踏みとどまること、それがどれだけ難しいことか、私たちの想像力を、そのことへこそ使わねばならない。「有事」と言われることが起きた時、踏みとどまる決意と勇気を持てるのか、まずその事を自分に問わなければならない、まだ何も起きていないいまだだからこそ、、、、。

 日米中韓の現在の経済的なスティックホルダー(利害関係)はかなり親密で、戦争など起きようもないと、私も考える。でも、決して油断してはならない。出来ることなら経済だけでなく、政治的にも文化的にも親密になり、お互いの交流を深め、より平和でクリエイティブで、それぞれが個々の幸福を実現するための、平和が脅かされない、豊かな環境を実現するために、みんなで努力していきたい。そして自分自身も日本と中国の架け橋になって行きたいと、密かに心している。ぜったい平和を守りたい、守らねばならないと、ジョン・レノンのイマジンを聴きながら、この文章を書いている。
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by wtwong | 2012-09-11 05:57 | essay