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http://www.satowa-music.com/dl/dl-90s.html
 昨年末から、やったり、休んだりしながら、1990年、秋に行われた北海道ツアーの録音アーカイブのマスターリングを続けてきたが、ようやくサウンドの方向が決まってきた。サウンドの作り方に正解はなく、こだわりや感覚や、不確定な要素が色々絡んで、結局、その時に自然に落ち着く所が見つかれば、とりあえずそれでヨシとしたい。なかなか自然な仕上がりになってきた。

 ミックスダウンもマスターリングも、録音された時の音のクオリティーに大きく左右される。あの当時使っていた機材はAKG414EBというヴィンテージマイク、マイクアンプはあの当時、高品位なサウンドで有名だったGML(ジョージ・マッセンバーグ・ラボラトリー)、DATレコーダーがデジタル・デンスケの最初のヴァージョンのSONY TCD-D10。ケーブルの引き回しが短いこともあって、ビックリするほどクオリティーの高い音で録音されていた。あれから20年以上経ち、いろいろ新しい高性能な機材が開発されてきたが、もしかして当時のサウンドのほうが良いかも。印象が当時と違っていたのが、AKG414EBだ。これが結構ドンシャリ系の美味しい音がしているのだ。

 さて何度も何度も聴き返し続けてきたけど、あの当時、音楽に対する意識のあり方で、時を経て、失ってしまったものが、なんと多いことだろう。すごく反省した。もう一度あの時の気概を取り戻すべきだとすら思ってしまった。勿論、稚拙な演奏だし、今のほうがテクニック的にも、音楽性も深くなっている。でも、あの当時にしかあり得ない、いうなれば背水の陣での演奏、崖っぷちに立たされた覚悟のようなものがあって、自分で言うのもなんですが、シビレてしまった。

 録音というものは、どこか写真と同じように、その瞬間の空気感というか、感覚のようなものを、再体験させてくれる。ああ、俺は演奏しているあの時、苦しんでいたな、とか、会場での響き感、雰囲気はああだった、などフラッシュバックするのだ。そして、そのツアーで出会った人々のお顔や雰囲気も思い出す。今でも交流させていただいている人たちもいれば、なかなかお会い出来ない人もいる。皆元気でいてくれるといいな。

 さて、近々、ダウンロード販売しようと思う。またインプロヴィゼーションだけの三枚組のCDもリリースしようと思っている。是非、若い時の(といっても40歳でしたが)演奏を、聴いてほしい。

ウォンウィンツァン
2013/03/09
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 私が敬愛する何人かの友人に「ウォンさんは優しすぎるよ」と指摘される。これを翻訳すると「ウォンは自分に嘘を付いている」ということになる。もうちょっと受け入れやすい言葉で言うならば「相手の想い、希望、あるいはエゴ、無自覚な私への侵襲、あるいは本人が嘘を付いている状態を肯定し、受け入れようとする。そして本当に感じていることを言わない、表現しない。それは嘘を付いていることに等しい」ということだろうか。その指摘は、当たっていて、最近、つらつらとそのことを考えている。

 私は優しくなんかない。優しく振舞おうとはする。相手を肯定したり、受け入れようとしたりしながら、でも結局肯定も受容も出来ないでいる。つまり、結果的に嘘は付けないのだ。他人ごとなら優しくなれる。関係性に距離があるなら、仮面は剥がされることはない。でも自分自身に振りかかることは、結局嘘などつくことは出来ない。

 例えば音楽という場では、嘘は付けない。出来るわけがない。音楽を演奏する、作曲をするということは、たましいが裸になることに近い。素肌丸出しになるのだ。だからとても傷つきやすい。自分の音楽をなんとか保つために、音楽に魂を注いでいる音楽家ほど、ぎりぎりの綱渡りを強いられている。なので、そのような場では優しいふりなど、いつかすっ飛んでしまうのだ。つまり、自分のエゴを統合できずに、結局傷つけ合うことになる。私は音楽歴は長いほうだと思うが、一緒に演奏を続けている音楽仲間は思いのほか少ない。自分自身を委ねられる仲間がとても少ないということだ。そんな仲間でさえも、長い間に何度も別れたり、再会したりしているのだ。

 真にクリエイティブな関係とは、相手の本質を理解し、咀嚼し、お互いに自分に嘘をつかずに、相手に対して感じていることを、しっかり向かって伝えること。でも、なかなか難しいことだと思う。必ず傷つくことになるから。だからお互いに強さを求められることになる。仮面を脱ぎ捨て、素肌を見せ合うほど自分自身になりながら、傷ついても尚且つ、関係性を再生できる強さが、やはり必要なのだろう。

 強さとは、たとえ傷ついたり、自我が揺さぶられても、自分を再生させることが出来る、蘇生力だろうか。傷つかないでいることなど出来ないし、揺さぶられないなんてこともない。必ず傷つくし、揺さぶられる。それでも蘇生する力とは、実は今を生きることにつながっていく。過去を引きずらないで、手放し、もう一度立ち上がることにほかならない。こんな風に書くと、無理に立ち上がろうとする人が出てくるかもしれないからエクスキューズすると、過去を統合した上で手放す。統合するための時間や思考の超越は、やはり必要なのだろうと思う。

 ワークショップという場を考えてみる。人は自分で言うほど自己変革をしたいとは、思っていない。出来れば自分に向かわないで済むなら、済ませたいのが人間だ。私もそうだ。しかし、それでも自己変革の場に出向くエネルギーのある人と、そうでない人がいる。わざわざ出向いてくる人は、やはり変革への思いが強いのだろう。しかしワーク中に、自己変革の扉を開けられるほど切迫していても、それでも、様々な理由をつけて、変革をためらうのが人間だ。変革するその先が見えないことは、ほんとうに怖いのだ。私はそういう参加者の近くにいて、まだ変革のタイミングに来ていないのだ、と考えて見逃してしまうのか、それとも否が応でも扉の向こうに押し込んでしまうのか、、、私はいつも前者だ。すると師匠が言う「ウォンさん、優しすぎるよ」

 私にはまだわからない。人の変革の場に、いったい私になにができるのだろう。私は自分の独善が怖いのだ。もしかしてそのタイミングではないのに過剰に介入して、つまり変革のタイミングを見誤ることによって相手を傷つけることが、怖いのだ。恐れを超えて、自己の魂の声に従うこと、それが出来るようになったなら、私にとっての自己変革が訪れるのかもしれない。

 優しさとはなんだろう。それは魂のひとつの側面、ひとつ表現にすぎないのではないだろうか。魂には、怒りや悲しみや喜びや心地よさを、感じ、そして表現しようとするエネルギーが宿っている。魂の躍動の強度が高まれば、自ずと表現の色彩も鮮やかになっていく。優しさは魂の全てではないのだ。優しさだけでは魂は成り立たないのだ。魂の強度が高まれば、自ずと表現される、その一つの側面が優しさなのではないだろうか。優しさは愛の眼差しの表現であり、怒りは愛が踏みにじらることへの表現であり、悲しみとは愛の喪失の表現であり、楽とは愛に漂うことの表現なのだ。そのすべての側面を十全に表現しうることが、魂が開放されているということなのだと思う。「優しさ」と言う言葉を契機に、つらつらとそんなことを考えてみた。

ウォンウィンツァン
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 私が骨折をしたことをご存じの方も多いと思います。以前ブログにも書きましたとおり、昨年11月下旬、私の不注意で、壁にオブジェを掛けるためにのっていた椅子から転倒、左手首を骨折してしまいました。約一ヶ月半後、今年の1月上旬にはギブスが取れ、今はリハビリに励んでいます。皆さんには大変ご心配をおかけしています。徐々に回復し、最近はだいぶピアノも弾けるようになって来ました。

 ただ幾らかの障害は残りそうです。最近の医療では骨折はほとんど手術で治すそうです。私は手術せずに保存治療を希望しました。手術の場合は綺麗につながるのだそうですが、ギブスを付けるときの技術の問題か、20度ぐらい斜めに骨がついてしまったようです。そのためにいろいろ支障が出ています。目に見えて大きな問題は、今まで何とかかろうじて届いていた10度の和音が弾けなくなっちゃったことです。10度の和音とは例えば下からドーソーミの和音ですが、なかなかゴージャスな響きがします。でも親指が1cmぐらい引っ込んでしまったようで、今は9度の和音を抑えるのがやっとなのです。

 左手の形が全く違ってしまったようで、10度の和音だけでなく、今までの指使いでは弾けなくなってしまったフレーズも多く、全く新しい左手さんになってしまいました。演奏している時の左手の感覚も、まるで借りてきた猫の左手みたいです。www、ある意味とっても新鮮です。しばらくは新しい左手になれるまで時間がかかりそうです。でもある程度は演奏できている訳で、自分で言うのもなんですが、本当に不思議です。

 今はとっても楽天的ですが、一時は曲がった左手を見つめながら、少しはめげていました。あの時、ああすればよかったのでは、こうすればよかったかも、自分のせい、先生のせい、などなど、、、でも過去を取り戻すことはできません。今の自分の気分は、現状を受け入れて、先に進みたいという気持ちのほうが勝ちました。もし元に戻るのなら、そのうち戻るでしょう。親指がいつかニョキニョキ生えてきて、また10度が弾けるようになるかもしれない。でも戻らなかったとしてもそれはそれでいいのでは。いままで出来ていたことが、出来なくなったという体験はこれが初めて。それは大きな学びです。でも、大した喪失じゃないですよ。これで右手を失ったピアニストの気持ちがわかるなんて言えない。日本には9度しか届かない手でも、プロとして活躍しているピアニストはいくらでもいます。

 左手の骨折から今日まで、実にいろいろ考え、色々体験し、いろいろな意味を見出し、自己の成長の契機になったと思います。でも、左手を奪われたわけではないし、大した怪我ではなかったのだと思います。事故や病気で、大きな喪失をされた方に比べれば、本当にたいしたことないのです。今でも左手で演奏できるのですから、私は本当にラッキーです。

 さて、曲がってしまった左手を慈しみながら、人生を生きていきます。左手がこうなったのは、どんな超越的な理由があるにせよ、どんな宇宙的意味があるにせよ、私の意識を超えて、私の体を通して表現された、小さな小さなエピソードです。この事で私は多分、何かを感じ、そして感じ方を変えることになったと思います。それは掛け替えの無い私の人生のエッセンスです。旅立つ時まで、この曲がった左手を愛して、生きて行きましょう。みなさん、最期まで見届けてくださいね。有難う御座いました。


ウォンウィンツァン
2013/03/05
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by wtwong | 2013-03-05 07:39