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「ヒエラルキーや階層を超えて、、」

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 社会勉強を始めて思うことの一つに、この社会はよく見えない階層があって、よく解らない階級闘争のようなものがある、ということだった。右翼と左翼、ブルーカラー、ホワイトカラー、資本家とプロレタリアート、保守と革新、貧困層と富裕層、などなど、、、様々なメジャー(定規)を尺度に、だいぶ分類できるようになったとはいえ、どこか釈然としないでいる。ヒエラルキーというものがどういう構造になっているのか、、、

 そして改めて自分のライフスタイルがどの階層にも属していないことに、なんとも言えない浮遊感を感じてしまうのだ。それぞれの世界や階層に生きている人のリアリティーが解らないのだ。そこに住んでいないのだから、当然のことだとは思う。例えば実際の話し、どの階層にいる人と会っても話がわからないのだ。共通話題がない。彼らへのシンパシーを持ったとしても、彼らからすれば偽物にすぎない。

 ただ、ある場所に行くと、それぞれが帰属する階層や世界とは関係なく、出会えることがある。それは瞑想合宿やワークショップ、座禅断食会などでだ。ワークや瞑想や断食は、その人の帰属する社会とは全く関係がない。あらゆる人種が参加しているのだ。ワークショップや瞑想や断食をする目的は人それぞれあるかも知れない。ただワークショップも瞑想も断食も、現実世界から一歩退いて、あえて言うならば何らかの超越的な何かに触れようとする実際的な行為だ。そこではそれぞれが帰属する世界での役割は一切意味がなくなる。社長だろうと技術屋であろうと主婦であろうと関係がない。ある意味人間そのものになっていく。そして人間としてお互いに出会うのだ。

 瞑想や断食、ワークショップなどで、社会でのそれぞれの役割を捨て、一人の人間存在そのものになるような体験をした人は、どこかで「慈悲心」のようなものも生まれてくる。仏教用語で言うなら、それぞれの出会った人から「仏性」のようなものを見抜く力がつくのかもしれない。もしヒエラルキーを超えて、それぞれの階層が深く結びつくことが出来る「場」があるとするなら、多分そこでしかない。人間は現実世界での役割や階級を背負う限り、人と出会うことは出来ない。一度それぞれのペルソナ(仮面、役割)を外すことが出来れば、自分自身にも出会う契機にもなる。

 人は言うだろう。「瞑想や断食やワークショップに参加する人はごく一部の人だ」と、、、多分そうだと思う。余程のことがない限りこの社会で瞑想や断食やワークが一般的なことになるとは思えない。だけど、ハッキリ言えることは、言葉の誤解恐れず言うならば、人間は本質的に「霊的存在」なのだ。たとえそのことに気づかずにいても、人生の最期、死に直面した時、人は必ず霊的存在そのものになり、そのことに嫌でも気づかざるをえないだろう。その時はもう遅いかもしれないが、、、

 今の社会は階級闘争で成り立っているという人は多いだろう。そうだろうか?もしそうなら今頃はもっと殺伐として世界になっているのではないだろうか。たしかに年間自殺者3万にも出ているこの社会が、慈悲心にあふれているとは言いがたい。でも、それでもわたし達の世界は慈悲心で成り立っていると私には思えることがある。お互いがお互いを必要としているのだ。ひとたび自分が「存在そのもの」であることに気づく人々が増えるなら、この社会はもっと成長し発展し、住みやすくなるだろうにと、夢見るのは私だけだろうか、、、
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by wtwong | 2014-02-23 14:56 | essay
美枝子さんの文章ですが、ブログを持っていないので、私のブログにアップします。読んであげて下さい。ウォン

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みなさま ありがとう ピンクよ、よの中を 明るくね
2013.12.7.に旅立たれた私達の敬愛する広島のK.T子先生(愛称ベテイさん)がピンクのペンで書き遺された言葉です。
・・・心からの哀悼を込めて・・・


みなさま、2014年いかがお迎えですか。
昨年中もたくさんお世話様になり、ありがとうございました。
昨年11月2日に実父が96歳にて旅立ち、
お年賀ご挨拶を遠慮させて頂いておりました。
とりわけ昨年は私と縁の深かった多くの方々の旅立ちを見送る年でした。
その方々との出会いとご縁に心より感謝し、新しい年2014年に新たな決意を込め、長い文面で恐縮ですが、年頭のご挨拶にしたいと思います。

多くの方に多大な影響を与えたハワイ在住のセラピスト、 著述家の吉福伸逸氏が旅立たれのは昨年4月30日でした。
4月9日、私達家族にとって大切な恩人である吉福氏の突然の余命宣告を聞き、家族3人が同時即決で「会いたい!ハワイへ行こう!」と4月14~19日までの1週間ハワイのご自宅を訪ねました。一緒に過ごさせて頂いたその時間は最も「悲しくも幸せな」濃密な時間となりました。吉福氏に出会えた事で、どれだけ私の人間観、人生感が深く豊かなものになったか知れません。 旅立たれる方に直接感謝の気持ちとお別れを魂から伝えられ、受け取って下さった実感を持てた初めての体験でした。 帰国便に乗り込む空港でダイアモンドヘッド から ワイキキ全体に大きな虹のアーチが架かり、奇しくも私の誕生日と重なり大いなる祝福を実感し感動でした。大事な時期にもかかわらず受け入れて下さった吉福さん、奥様、2人の息子さん、そしてその素晴らしい時間をご一緒に共有させていただいたみなさまに心から深い感謝申し上げます。※参照:http://wtwong.exblog.jp/19625301/   http://wtwong.exblog.jp/19527366/

は2001年に母に先立たれ、昨年96歳までの12年間を横浜で一人住まいを続けておりました。昨年後半は食事と夜間の世話が必要になっておりましたが、これまで感心するほど孤独を好み自立した人生を送ってきました。
よくウォンが 「お父さんの自立精神はほんと素晴らしい!」 と言ってくれておりました。 勿論、近隣に在住する 弟(長男)家族(夫婦とその娘3人)の存在が大きな支えであり特に可愛い孫娘3人は何よりの生きる喜びでした。又、一時期は両親と同居してくれていたもう一人の弟(次男)夫婦も海外赴任や地方赴任が続く中、貴重な休み期間ほとんどを父と過ごすことをメインに帰省してくれ、私や長男とは10歳ほども離れた次男を父は「末っ子可愛がり」しており嬉しそうに楽しみに待っているのが常でした。私といえば2人の弟家族の存在に甘え、ほとんど盆と正月しか実家に顔を出さず、 よく両親から冗談の本音で 「美枝子は横浜が海外より遠いみだいだぁー(東北訛りで)」と言われていた不詳な娘でした。それでも私達家族の活動に興味を持って喜んでくれていることは伝わっていました。

父が96歳まで一人住まいが続けられたのにはシベリアでの体験がベースにあったと思っています。両親は満州からの引き揚げ者です。
終戦直後、母は父と別れ別れになり当時8ヶ月の赤子(私の姉)を抱えソ連侵攻から逃げる途中、奉天(現:瀋陽)にて娘を亡います(栄養失調)。その後、男装もしながらの過酷な引き揚げ話を母からよく聞きました。 一方、父は厳寒のシベリア抑留3年間、とても筆舌しがたい厳しい体験のようでしたが当時のことをほとんど語らない父で(その上、耳が強度の難聴)近年幾度となく試みようとしたのですが、断片的な話ばかりで本意を聞き出すことは叶いませんでした。父の難聴はシベリア時代に殴られたことが原因だとずいぶん後になって弟経由で知りました。衛生検査技師を職業とし人付き合いが苦手、寡黙で偏屈な性格は戦争体験が大きかったと今は理解できます。晩年の父の「俺は意地で生ぎでるんだぁー。(東北訛りで)」その言葉が強く残っています。

今思うと絶妙なタイミングで自宅介護と看護、入院が進行したように思います。介護が必要になった時期は丁度、長男が定年、次男は海外赴任から帰国、私も時間調整ができる状況の時でした。長男家族が中心となり交代のローテーションを組み「各自が無理なく出来る範囲での介護を」と合意しあえました。特に長男夫婦の頑張りには敬服でした。父が嫌っていた入院生活も最後の2週間だけで「それぞれの家族との別れ」に相応しい「見送りの時間」を作ってくれた「子孝行」の為の入院に思えました。私とウォンは最後の4日間の夜は徹夜で付き添い貴重な体験をしました。丁度、ウォンも「死」「看取り」に特別な興味をもって様々な情報研究・コーマワーク講座・体験を重ねていた時期でもあったので、父との実体験を共有し多くの事を学べたのは大きなギフトでした。

危篤や昏睡と言われる状態でもしっかりコミニュケーションが取れ、私達の言葉かけにはっきりと反応しました。強度の難聴だったのが嘘のようでした。口を動かし何かを話したがったり指で空中に文字を書き何かを伝えようとします。試しにペンを持たせたら必死に書き出し私達を驚かせました。解読不能もたくさんあった中、はっきりと大きく書いた「行」が特に印象に残りました。「逝く」「往く」の意味? それとも「家に行く」? 確かめようと「もういきたいの?」と 曖昧に問うと反応が今ひとつ。 さらに「もう家に帰りたい?」やはり反応は曖昧。意味が通じた時は大きくうなずくのでどうも違うらしい。又手が様々に動き明らかにそこに存在しない誰かを見てるようであり、何か作業をしている様子だったりで、その都度の言葉かけへの反応はとても興味深かいものでした。特に亡くなるその日の夜は「現次元とあの世への次元と同時に存在する中」に父がいることが明確に確認できました。「誰々さんそこに居るの?」と亡くなった近親者や昔の知人の名前を次々に問いかけると、頷いたり首を振ったりでイエス・ノーをはっきり答えました。 「お迎えに来たの?」に首を振り、「じゃ、まだなんだね?」の問いかけにイエス。さらに「そこに仏様はいるの?」にはっきり頷きました。 私はブッダのつもりで聞いたのだけれど・・・父はどう解釈したのでしょう? 確かめることも出来ぬまま、この会話が父との最後になるとはその時は思いませんでした。 酸素マスクを嫌がりすぐ外してしまい「一息一息を全身全霊で」している父の姿はまるで「激しい修行」の最中のように思えました。退室の言葉かけも憚られその日は「又来るね」の帰宅の挨拶もせずに私達は黙って病室を後にしました。 その数時間後に「その時」が来るとは・・・

必ず来る「その時」を粛々と心の準備をし、緊張感をもって過ごしていたつもりの家族全員、呆然としました、、、 最後の最後、息を引き取った時、父の側には家族誰もが居ない時だったのです。
最後のその日に限って、弟達も家族達も誰もが帰宅の挨拶をしないで退室したそうです。皆が「いつ何時」「その時」が来るやも知れず、握手したり声かけしたりでしっかり挨拶して帰宅していたのに・・・
あまりにもあっけなく「その時」が来てしまい、それぞれがぽっかりと取り残された気持ちになりました。が、すぐに「これは父の選択! 最後まで自立精神を貫き、みんなに平等の子孝行」だったと思えました。父は決して熱心な仏教徒ではありませんでしたし精神世界に興味があるようにも思えませんでした。が、死に顔は神々しくまるで「行者」のようでした。(身内のひいき目でしょうが)

父の書いた「」の意味が私の中で符合し始めたのはその時辺りからでした「最後の入院は子孝行だったけれど、父にとっては辛い行だったのでは・・」「一息一息を、全身全霊の激しい修行」「まるで行者のような形相での旅立」「死は終わりではなく新たな修行の始まり」と葬儀で語ったお坊さん。多分、私が解釈したいように解釈してるだけに過ぎないかもしれません。
もし今、父に確認出来たとしてもやはり曖昧な返答で、真意はわからないでしょう。 それは永遠の」なのかもしれません。

たいへん個人的かつ拙い文章を長々書いてしまいました。
私の2014年へ向けての意識として
昨年の知人達や父の死から大事なメッセージを得たからです。

今、この憂慮する状況の日本や世界、
はたして「我々はどこへ向かうのだろう!」
    「私達は何をどうすべきなのだろうか!」
3・11以降、政治・社会の構造仕組みがどんどん明らかになり
    益々希望を見失ってゆく・・・この現実、
    やりきれない思いが空回りするばかりの・・・この現実。
しかし今、私は愛と知恵そして勇気あるたくさんの人々と繋がっていることにも気が付きます。そのみなさまと共に暗沌としたこの現実に光を探求することに意識を向ければ、何をすべきか必然と見えてくる「希望」も感じております。 日々、心身の精進を重ね、直感判断力を養い、
一瞬一瞬を全身全霊で向き合うように生き「行き」たい。
「いいかい、今、今にいてくださいよ・・・」独特なトーンの言い回しで吉福氏の言葉が聞こえてきます。さらに「だからぁー、もうメロドラマはいいんじゃないの・・・」も重なって。(苦笑)

永遠の「行」に向かって、決意を込め、
2014年どうぞよろしくお願いいたします。

            2014.1月吉日 Wong美枝子
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by wtwong | 2014-02-18 23:49 | essay
[「新しい日本を考える人達へ」]

今回の選挙で、田母神氏が60万もの票を集めたとことに、底知れない恐ろしさを感じながら、でもしっかり直視せねばと思う。
田母神氏と細川氏、宇都宮氏と際立った違いの一つに歴史認識がある。
日本はアメリカの属国にすぎないと、左右関係なく、誰もが認めるところとなった。
孫崎氏を始め、多くの論客がそれを説いた。
では、どうするべきなのかとうことについて明確に言えている人はいるだろうか。
自虐史観という言葉があるけれど、若い人を始め多くの人が、日本はそこから脱却して、プライドを取り戻すべきだと思い始めている。
それはその通りではないだろうか。

戦争を始めたのは日本だ。
そしてアジアの人々に多くの犠牲と屈辱を与えてきた。
そのことは深く反省せねばならない。
では、アメリカは日本に対して何をした。
広島や長崎、沖縄、そして爆撃によって一般人の多くの犠牲者が出た。
そのことは弾劾されないのか、、、、
そして、70年も前の戦争を今でも引きずって、反日教育を平然と行っている。
そんな国と対等な関係が結べるものなのか、、、
普通の日本人ならそう考えるだろう。

その事に細川氏や宇都宮氏、そしてリベラル側は明確に答えているのだろうか。
憲法はGHQから押し付けられた屈辱憲法だという人がいる。
憲法改正を目論む人たちは、平気でそのようなプロパガンダを流す。
でも、それに対してリベラル側がそうではないと言っても、日本のプライドを取り戻すつもりがないのであれば、彼らにはとどかないだろう。

今日本は、過保護で威圧的な親から自立を始めているように思う。
自分たちを思い起こせばわかるが、そのような親からの自立はだいたいグレたり、反社会的になったりしながら、自立の道を始める場合が多い。
とても危ういようにみえる。
しかし日本の多くは良識を兼ね備えた人が基本的には多いと感じる。
安倍政権や田母神に違和感を感じる人は600万の無投票という形で表現された。
彼らを取り込むためには、どのようなメッセージを発する必要があるか、わたし達「新しい日本を考える人達」はもっともっと議論する必要がある。
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by wtwong | 2014-02-12 18:14
<雑感:東京都知事選を終えて細川氏に思うこと>

さて、選挙が終わった今、、細川護煕氏を応援しようと決めてから、今日までに感じたことを大雑把に記しておきたい。

彼が立候補すると聞いてから、様々リサーチした。
彼を直接知っている人から、特に熊本での県議時代や知事時代、そして日本新党を立ち上げたこと、そして彼の人格などについても聞いた。
友人談「正義感は人一倍強い人で、また慈愛の精神も高い人です。決めたら絶対にやり通す信念もあります。地元経営者等の異業種交流会で、細川さんはを中央政界におくり日本政治を国民の手にということで日本新党を立ち上げ、そしてそこから改革を行う予定が当時の老練な自民党に潰されてしまいました。
また、奥さんの佳代子さんはスペシャルオリンピックスを日本に持ってきた人です。知的障がい者に対する力いっぱいの活動は日本全国に広がっています。」

わたし達は奥様には直接あったことがあるし、細川氏の「森の長城プロジェクト」のことも知っていた。

「瓦礫を活かす森の長城プロジェクト」を応援する市民ネットワーク
http://morinochojo.jimdo.com/

そして、この人を応援しようと決めた最も大きなポイントは「陶芸家インタビュー」の彼の言葉から、自分にとても肌が合う人だと直感した。
「千利休は天才プロディーサーだが、私はもっと自然体で生きたい」と言う。
アーティストに政治をやらせてみたい。

<陶芸家インタビュー 細川護煕さん>
http://www.yufuku.net/yakimono/monthly/interview/interv025.html

そして、出馬決意表明の内容は、本当に我が意を得たりというほど、自分の考えている未来像に合致していた。

<細川護煕元首相 東京都知事選挙出馬会見 2014年01月22日>
http://okos.biz/politics/hosokawamorihiro20140122/#OTyqtVu.twitter_tweet_count_no_m

ただ最も懸念されていたのは小泉氏の事だった。
やはり、選挙期間中、様々な憶測が飛んだ。
また「国家戦略特区」に対して、細川陣営は明確な説明がなかなか出来ないでいた。
私は細川氏が新自由主義経済を認めているなどとは少しも思わなかった。
その理由は、彼の嘗ての政治活動が、むしろそのような経済優先、弱者切り捨てとは真っ向から対立する理念を持ち続けてきたからだ。
そしてインタビューでも「脱成長」「強欲資本主義からの脱却」という言葉はそれなりにリアリティーがあった。

日刊ゲンダイ|細川都知事候補直撃(上)「乱心しなければ安倍止められない」
http://gendai.net/articles/view/news/147618 @nikkan_gendaiさんから

日刊ゲンダイ|細川都知事候補直撃(下)「強欲資本主義では国が滅亡する」
http://gendai.net/articles/view/news/147619 @nikkan_gendaiさんから

しかし「脱成長」とか「強欲資本主義から脱却」などと言うなと選対に言われたと、どこかで漏らしていた。
アベノミクス幻想が未だ剥げ落ちていない時に、選挙戦略的に「脱成長」などと言ってくれるなというのが選対の要望だったのだろう。
つまりは、細川陣営そのものが選挙に対して明確な意思統一と態度表明ができていないことを伺わせた。
そんなこともあって細川氏は持論を展開しきれない状態の中にいたと思う。
選対内部は寄せ集めのメンバーで錯綜していることが伺われた。
それに思いの外ディベートが下手なことも露呈した。
まあ、基本、ボクトツとした人なんだよね。

私は今でも細川護煕氏が政治の場で活躍してほしいと願っている。
(それはとても大変で、茶碗や日本画の世界に戻ってもいいと、どこかで思うところもあるけど、、、私だって音楽の世界に戻りたい、、、www)
もしこれからも戦い続けるのであるなら、やはりたくさんやらねばならないことがある。
細川氏が持っているビジョン、脱原発なり脱成長なりの、より具体的な、人を納得させることが出来る言葉やビジョンを打ち出せるかどうか。
本人の勉強も必要だけど、ひとりの人間が完璧なビジョンを提示するのは難しいはずだから、それぞれに自分のビジョンにあう有識人のグループを作るべきだ。
細川氏も当選したら「エネルギー戦略会議」を設けると言っていた。

それに経済政策会議も立ち上げてやるべきなのだ。
本人も言っているように「脱成長」は未踏の地だ。
いまだ脱成長に関する具体的なビジョンを、ネガティブなイメージ無しで、充分説明できる人はいない。

それと自分のビジョンを十分理解している選挙対策事務所が必要だ。
彼のビジョンを十分理解し、意志を同じくする選対メンバーの結束が必要だ。
そしてメディアから遠ざかって久しく、若い人たちの知名度は低い。
メディアを使うなりの広報戦略も必要になる。

有権者1000万人に届く、脱原発後のエネルギー政策、そしてこれからの時代に則した政治理念をどう打ち出し、どう展開することが出来るか。
この17日間の戦いの労を称えるとともに、今後の展開を期待したい。
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by wtwong | 2014-02-11 20:25 | essay
<ゴーストライタースキャンダルに思う>

 これをスキャンダルというのだろうか。同じ作曲家として、なんともやりきれない気持ちで読んだ。作曲家は作曲することで、どのような見返りを、あるいは対価を求めているのだろうか。音楽は何ものにも交換不可能な、すなわち「価値」というものを持たないものだと思う。つまりお金に変えられるものではないのだ。音楽に価格というものを付加するために、ぎりぎりの飛躍をして、ようやくそれは市場に出る。そして曲は、どうしょうもなく作曲家と不可分なのだ。曲は自分の分身であり、切り離すことは出来ない、永遠に、、、逆に言うなら、自分の音楽を突き放すことも出来るのかもしれない。

 モーツアルトが最晩年に書いた「レクイエム」もゴーストライターとして依頼された曲だった。あるアマチュア音楽家であった伯爵は、依頼した曲を自分で写譜した上で自らの名義で発表するという行為を行っていた。モーツアルトはレクイエムを作曲し終えること無く天国に召されていった。才能がありながらも無名のアーティストはたくさんいる。逆にメディアに捏造された「物語」を羽織って、イメージだけで売れているアーティストも、たくさんいる。麻薬や、精神を病んで、世に出ること無く消えていった天才的なアーティストを、私は何人も知っている。

 あるアーティストは世に出て認められ、あるアーティストは認められることもなく、密やかに消えていく。その分岐点には何があるのだろうかと、いつも思う。私はなんてラッキーなのだろうか。有名にはならなかったけど、生きていけるだけの応援してくれるオーディエンスに恵まれている。メジャーにはなれなくとも、自由に自分の好きなように音楽をやりながら、大好きな仲間たちと、大好きな聴いてくれる人たちと、大好きな家族たちと、一緒に、この日本の片隅に生きている。
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by wtwong | 2014-02-07 16:19 | essay
<投票日まで残り2日間、今までのことをクリアーして、ゼロから考えてみたい。>

2月7日になっちゃいました。投票日まであと2日です。この二日間を使って、選挙で誰を応援したいのか、今までのことを一度クリアーして、ゼロから考えなおしてみようかなと、思っています。後悔しないために。

様々な憶測や、戦略的なことや、見えない背景や、諸々まつわることや、これが選挙だからとか、政治家としてどうなのかとか、一切考えないで、ただただ、人間として好きか嫌いかで言うならば、自分の肌に合うのは細川氏なんだよな〜。家入氏も好きかな、、、

宇都宮氏は社会の底辺で実際に苦しんでいる人たちに手を差し伸べ続けてきたということでは、やはり信念の人なんだと思うし、社会運動をしている人を政治の場に送り届けたいという気持ちはある。

小泉氏は日本に格差社会を作った張本人だし、限りなく疑わしい人だ。でも言明したことは、実際にやって来た。脱原発をここまで言った以上、後には引けないでしょう。それでも裏があるのではという疑心は拭えない。

細川氏は小泉氏の応援にもかかわらず伸び悩んでいるという世論調査。そりゃそうかもな〜 脱成長とか、強欲資本主義を辞めるとか、地産地消とか、経済成長幻想からまだまだ冷めていない都民には、とどかないかも。

原発の本質は核兵器製造の潜在的能力の維持のためにある。その事を知ったのは2011年の秋だったけど、その後、そのことが議論されることが、殆どなかった。正直な石破氏がメディアでしゃべっていたことを聞いたことがあるけど、黙殺されたのかしら、、、

脱原発運動はこれからも続くって言うけど、今はとっても大きなポイントにいると思っている。それは2018年8月で満期を迎える日米原子力協定の更新で、どのように書き直されるので決まるという人がいる。

日本政府は、なんとしても再稼働をし、原燃サイクルを成功させたい。さもないと2018年の原子力協定の更新の時「一括同意」が破棄されてしまう可能性が強い。逆に言えばこの四年、再稼働させなければ、脱原発運動は大きく前進する。

でも、アメリカは、中国と親密になった今、日本に核兵器の潜在能力を持たせることは、非常に危険と考えると思う。なので「一括同意」は破棄されると、希望的観察、、

残った44トンのプルトニウムはどうするという問題が浮上してくる。石原慎太郎や田母神、石破とか、核爆弾を保有したいヤバイ人たちは日本にたくさんいる。でもアメリカは当然それって怖いから、かなり厳重に管理させるのではと思う。NPT(核非拡散条約)もやめさせない。

安倍政権はますます中国に対して挑発的だ。しかも秘密保護法や憲法改正など、日本を戦争の出来る国にしようとしている。戦争まであと一歩感というのは、私の強い危機感だな〜

安倍政権の暴走に危機感を持ったのアメリカは、今までの中庸曖昧な日本の政治に戻す役割を小泉氏にやらせているという説があるね。アメリカは日本を中国とは戦争の出来ない国にしたいのでは、、、嘗てはともかく、今は、、、

アメリカは日本を戦争の出来ない国にして、グローバリズムの、多国籍企業の餌食にはしたい。前者はOK,後者はとんでもないな〜 TPP交渉が行き詰まっているようだけど、そのまま破棄されますように。

アメリカに都合が悪くなってきた安倍政権の暴走を阻止するために、小泉氏を刺客として送り込んだ。そう憶測することは出来るよね。脱原発も織り込み済み、つまり、もう日本を戦争の出来ない国にしたい。少なくとも核兵器は持たせない。

私たちのオプションは、a.舛添ー安倍政権暴走路線(右傾路線)、b.細川ー安倍政権ブレーキ路線、しかしグローバリズムの懸念あり(今までの中庸曖昧路線)、c.宇都宮氏ー社会運動路線(左傾路線) かなり大雑把で異論のある方いるかもしれないけど、、、

a路線は一番最悪だな〜 票割れしてaに漁夫の利をかっさらわれることだけは避けたいと、ずっと言われてきたけど、、、今のままだとそうなるのかな〜。でも、そうなってもアメリカにとっては安倍はウザいから、挿げ替えは行われると思う、、思いたい、、、

だからもう、それぞれがそれぞれを応援する人に投票すればいいんじゃないかな。たとえaが当選しても、アメリカさんの裏の力で追い落とされると思う。いままでの選挙と同じように、自分の思いを反映する候補へ投票すればいいと思う。

今回の選挙は今までと違うので、戦略的にやるべきだという人は多い。私もそう思うことがおおい。あのK助教も「舛添を勝たせることだけはあってはならない」と言わせちゃった。でも戦略的にってどこまで可能なの?

戦略的になりきれないのは、あまりに政治は泥沼で、その先が見えない怖さってあって、戦略的に細川氏を選んでも、裏切られるんじゃないかっという不安、小泉氏が後ろにいる限り、あるよな〜 疑心がある人は細川氏本人が好きじゃないのに、戦略的にだって選べないでしょう。

だから、あとは浮遊票しだいだな〜。自分の贔屓の候補者に投票して、結果として票割れしても、舛添が当選しても、しょうがないな、、、だって、戦略的にって、むりだもん。。

舛添が当選した時は、うわ〜考えたくない。そうなったら、もうアメリカが安倍政権を追い落としてくれるよう祈るかな〜 安倍政権の暴走への危機感、やっぱり私は拭えないな〜 

なんてグルグル考えを巡らせていたらニュースが入った。
「もんじゅ「増殖炉」白紙 政府、エネ計画から削除」nikkei

やった〜〜
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by wtwong | 2014-02-07 07:08 | essay