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「生きている」ことと「生かされている」こと
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私は(私達は)「生きている」と同時に「生かされている」
現実世界でうつろい続ける流体としての存在だ

「生きている」ことは願うことであり
「生かされている」ことは感謝することだ

「生きている」だけの人は、いつも失望と怒りにさらされる
「生かされている」だけの人は、無責任で不遜だ

「生きている」ことと「生かされている」ことを「同時に生きる人」は強靭で柔軟だ
あらゆるものに積極的でいながら、それが遊戯であることを知っている
目的を持ちながら、目的を手放すことも知っている
物事に抗いながら、起こるべきことが起きていることを知っている

自我を手放そうとするのは徒労だ
自我は私たちには必要なことなのだ
瞑想中と死ぬ時、自我は自ずと手放されている
現実を生きる時は、自我の成長を不断に努め、瞑想中の自我を手放した印象を思い起こせばいい
(ちなみに「自我を手放した」と言葉で説明する人を私は、おやおや、と思ってしまう)

自我の成長とは、分断があることを認め、受け入れ、境界を曖昧にするのではなく、明確にし、そして多様性を認め、不断に受け入れていくこと
強固で柔軟な成長した自我とは、すべてを受け入れることが出来る、ということだ
それはあたかも自我がないようにすら見える

「なぜ」と問うことは、たしかに虚しい
答えなどないからだ
全ては意味もなく、目的もなく、始めも終わりもなく、ただただ流れている

私達は宇宙からやってきて、宇宙に帰る
流れを感受する事ができる現実の世界では、「生きている」ことと「生かされている」ことを同時に生きている
その束の間を、私は「十全に生きたい」
そして「生かされている」ことの有り様を見届けたい
それが自我的な願いであっても、、、、

ウォン・ウィンツァン
2014/04/12
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by wtwong | 2014-04-12 12:34 | essay