<   2014年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

f0236202_14433154.jpg

私たち人間は、幸福を求める存在です。
わたし達がそれぞれの幸福を求めるために、それぞれに応じた環境や制度が必要です。
それを保証するのが憲法というものです。
幸福を追求する権利を守るために憲法というものがあるのです。
日本国憲法は、国民の幸福の追求を保証するために、あらゆる人権擁護を謳っています。
世界の憲法とくらべても、日本国憲法は理想に近いものです。
その憲法から見るならば、原発も、被災地を保証しないことも、集団的自衛権も、秘密保護法も、武器の輸出も、貧困も、違憲です。
為政者、現政府、官僚たち、政治家など、今の憲法が保証する国民の権利がうざいと考える権力者達は、憲法改正を企んでいます。
自分たちの都合のために、国民の幸福を犠牲にしてもよいと考える人達です。
今、改憲を企む国外からの勢力たちが、ますます強くなっています。
憲法の拡大解釈などで、現憲法を無効にしようとする勢力もいます。
彼らは自分たちの強欲のためならどんな事でもやるほどの、強い力を持っています。
権力を行使でき、マスメディアなどで世論を誘導できる立場にいます。
はっきり言って、わたし達は背水の陣です。
そのことに多くの国民が気づく必要があります。
わたし達は幸福を追求する権利を守るため、
現に行われている不正を弾劾するために、
現在の日本国憲法を死守せねばなりません。

2014/08/13
ウォン・ウィンツァン
[PR]
by wtwong | 2014-08-13 14:41 | essay
 私が吉福伸逸さんのワークショップに参加するようになったのは2005年でした。吉福さんは80年代、日本にトランスパーソナル心理学やアメリカのカウンターカルチャーを翻訳などで紹介し、またセラピストとしてワークショップを開催し、日本にムーブメントを引き起こしたカリスマ的存在でした。

 その後90年前後にハワイに移住されてからは第一線から退いていましたが、2001年の9・11を契機に再び日本でワークショップを再開したのでした。ですから私は吉福さんが再活動してからお会いしたことになります。お会いするきっかけは家人のSE(スピリチャルエマージェンシー)が発端でしたが、わたし達が受けたセッションは、私にとって世界観・人間観が根底から覆されるほどの驚きでした。

 それから私はトランスパーソナル心理学関連の本を読みあさり、吉福さんのワークショップに盛んに参加するようになりました。そのうちアシスタントの役割も仰せ付かるようになり、それなりに厳しい修行をさせられたものでした。しかし昨年の四月、残念ながら吉福さんはこの世を旅立たれました。そして吉福ワークでアシスタントをしていた向後善之さん、新海正彦さんと私の三人で、吉福さんのあとを継ぐべく「体験的グループセラピー」を開催することになりました。

 その内容は吉福さんがわたし達に教えた方法を踏襲しているとはいえ、もちろん彼の天才的なインスピレーションは唯一無地なものであって、わたし達には真似の出来ないことです。なのであくまでも「吉福風ワーク」以上のものではないのですが、それでも彼の方法を踏襲し、また新しく吉福ワークを学ぼうとする人達のために、今年も「体験的グループセラピー」を開催することになりました。なにかお感じになられることがありましたら、是非参加してください。

体験的グループセラピー
自分に向き合い、新たな自分に気づいていく3日間

http://transpersonal.jp/4270/
[PR]
by wtwong | 2014-08-13 14:38
 またひとつ忘れていた、エピソードを思い出した。高校時代、友人のフォークソングのグループにウッドベースで参加していた。楽器は持っていなかったので、ウッドベースを友人のミュージシャンのお父さんから借りることになった。しかし大きなウッドベースの移動がめちゃ大変で、タクシーで運ぶしかなかった。

 ある日、タクシーに乗せようとして、右後方のドアーを開けてスッタモンダしていたら、軽トラックがタクシーの後ろから回りこむような形で左折してきた。その時にドアーを引っ掛けてしまい。ドアーを無理やり開いたような形になっちゃった。バリっと大きな音がした。私はその時、軽トラックの左まどに小学生ぐらいの少年が頭を出して寄りかかるように寝ていたのを瞬間的に見た。もしや彼が怪我をしたのではビックリして、急いで軽トラックに走り寄った。軽トラックは止まって、私が駆けつけた時、運転をしていたお母さんが少年を叱責している。多分私が駆け寄ったのはその少年が悪さをして、私が怒って駆け寄ってきたと勘違いしたか、自分の問題を子供のせいにしたか、今はわからない。私は母親に子供を怒るのを止めさせ、怪我はないか聞いた。幸い怪我はなく、ほっと胸をなでおろした。

 しかし、タクシーの右後方のドアが壊れてしまった。それは軽トラックを運転していたお母さんの不注意となって、弁償させられたことだろう。その軽トラの親子がどんな生活背景があるかわからないけど、弁償がどれだけ負担だったろうと思う。いかにも生活疲れしているお母さんと子供の二人の姿が思い出される。私があんな大きな楽器を入れるために、左後方のドアを開けなければ、こんな事にはならなかったと、タクシーの運転手がいかにも苦々しい顔を私に向けたことを、私は今になって思い出している。あの親子は今、どこでどうしているだろう、、、
[PR]
by wtwong | 2014-08-13 14:37 | essay
 ライブツアー中というのは、ライブ以外のことはなかなか手につかなくなります。それでも意識の片隅にガザやウクライナのことが気になっていました。当事者ではないし、私が意識を向けたからといって何かが変わるわけでもないのもわかっているつもりなのですが、気になってしまう。結果的に中途半端な向き合い方になってしまったことを反省しています。

 今日は友人のセラピストたちと会っていました。主にDV関連のセラピストですが、彼らは今の日本の現状は、それこそ地獄のようであるといいます。それは表立ってはいないだけで、ガザであり、アフガンであり、イラクだ、といいます。「よりそいネット」という電話相談を担当されている方のお話です。

 宮沢賢治の言葉に「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」というのがあります。私はこの言葉はあまり好きじゃありません。「不幸な人がいるのに、お前は幸福でいていいのか?」と、どこか「ねばならない」的な押し付けでこの言葉を利用する人がいるからです。

 それに世界全体が幸福になる時があるとして、少なくとも私たちの世代ではないでしょう。もしかしたら数百年、いや数千年の月日が必要かもしれません。それでは今を生きている私たちは、生きているうちは幸せになれない。それに「自分が幸福でないのに、他の人を幸福にすることなど出来ない」ということもあります。

 あるセラピストが私に教えてくれた「アッパーリミット」という言葉があります。自分が幸福になれる条件の中にいるのに「自分は幸福を受け取る資格はない」と幸福を拒否してしまう無意識の傾向のことです。無意識の深いところでの自己否定なんでしょうね。

 何れにせよ私たちは「誰かの不幸を知って、自分だけが幸せになることは出来ない」と、「自分が幸福にならなければ、他の人を幸福にすることなど出来ない」のふたつを同時に実現しつつ、前に進んでいくのでしょうね。まあ、人類はいつか、個々人の幸福を築き上げるために揺るぎない地平に経つ時が来ると、どこか楽観しているところもあります。でも、今生中に幸福に成りたい〜wwつまり、私が生きている間に世界は平和になってほしい〜〜www なんか今夜は愚痴っぽいつぶやきです。
[PR]
by wtwong | 2014-08-13 14:35 | essay