「ほっ」と。キャンペーン

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昨年の秋頃、スピリチャルリーダーの代表のような方にお会いした。彼は長年、日本のスピリチャルムーブメントのトップを走っているような方だった。色々お話が弾んで、お互いの霊的体験を披露しあってしまった。私は瞑想によってクンダリーニーが覚醒してチャクラを見たり、背骨に火柱が登るような体験、あるチャネラーのインストラクションで、亡くなった母やインドのグル、宇宙存在とチャネリングがはじまったことなどお話した。わいわいきゃきゃお話して、最後に私が「それらの霊的な体験は素晴らしい体験で、自分の人生を180度ぐらい変えたけど、体験そのものに、本当は意味は無いと思うんですよ。体験は人間はスピリチャルな存在であることを教えてくれたけど、それは言葉によって説明できないものだし、説明し始めた時に大きな間違いを犯してしますよね」とついつい本音を言ってしまった。スピリチャルリーダーにそんなこと言っちゃまずかったかな、と心配したら「いや、本当にそのとおりだね。人類の霊的な歴史は大きな錯誤をおかし、宗教戦争などで、人類の霊的成長を大きな遅れをとった。また、今のスピリチャルムーブメントも、結局、エリート意識、独善、上から目線、マテリアリズムなど、本当にひどい状態だよ。でもね、ウォンさん、霊性に目覚めた始めた人が夢を見ることはそれはそれでいいんじゃないかな〜 霊性には本質的に意味が無いと言っても、夢がなくなっちゃうよ。身も蓋もないじゃない。皆、夢がほしんだよ。www」そっか〜〜夢、ね〜〜〜www
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by wtwong | 2015-01-05 09:29
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今日、1月4日、カウンセラー&セラピストとして、日本のDV問題に大きな貢献を残した野本律子さんの告別式がありました。
告別式はご家族、ご親族と、数人の親しい友人だけで執り行われました。
昨年12月27日の9時44分に息を引き取られましたが、
年明けの今日を待っての葬儀でした。
享年66歳でした。

7年前に癌を発症し、一時は回復しましたが、2年前に再発していました。
昨年頃から代替医療などを続けていましたが、ある程度の覚悟はされていたようです。
昨年11月15日に最後の講演会で、今までのDV問題への総括と、ご自身の命について語り、参加者とお別れを交わしました。
170人ほどの参加者のほとんどは野本さんのクライアントとして、彼女のカウンセリングとサポートによって、困難を切り抜けた人々ばかりでした。
講演会は、亡くなる一ヶ月前とは思えないパワフルな発声で、最後までユーモアを失わない、哀しいテーマにもかかわらず、なにか清々しい、爽やかさが残る講演会となりました。

その後、ベッドに付し、一ヶ月十日経った12月27日、一人娘の阿礼(あれい)さん一人に看取られて、命を全うされました。
蝋燭の火が消えるように、静かな最後だと聞いています。
11月15日以降、姪御さんと数人の友人達が交互にサポートと介護を続けました。
私もその一人として、ほぼ2〜3日に一晩ぐらいの割合で、野本さんの側に居させていただきました。
そして忘れがたい思い出を沢山頂きました。

野本さんと知り合ったのは、随分昔になります。
会うたびに、私自身が抱えている問題に、的確な提案をしてくれました。
そう、彼女のカウンセリングは、指導ではなく、いつも納得のいく見立てと、あくまでも「提案」でした。
彼女の見立てと提案によって、私自身がどれだけ救われたか解りません。
野本律子さんは、カウンセラー・セラピストとして、日本屈指の存在だったと思います。

しかし彼女に、本格的に会うようになったのは昨年の5月頃からです。
私はその頃、自分の人生の総ざらいをしたいと思っていました。
一人のクライアントとして、野本さんに人生総ざらいのカウンセリングをお願いしたのです。
その時に彼女からの提案は「お互いにカウンセリングをしよう」と言うものでした。
人生の最期に差し掛かって、自分も人生を振り返ってみたい、と言うのです。
それからと言うもの、それぞれの生育的な問題をとことん開示し合いました。
そして心理療法の知識のシェアも沢山しました。
それらのセッションから、私がどんなにか沢山の知識とヒントをもらえたか判りません。
彼女は本当に読書家で、勉強家でした。
ベッドに横になった野本さんが私に発した忘れがたい言葉の一つは「もっともっと、心の問題について、話したかったね、、、」と言うものでした。
それを思い出すと、本当に悔しい想いで涙が溢れます。

忘れがたい彼女の言葉に「お化けになって出てくるから、よろしくね」と言うものでした。
それは講演会で私が野本さんに、霊というもの、輪廻というものをどう考えるかという質問に対する答えでした。
そんな私の無粋な質問にも真摯に、しかもユーモアを絡めながら答えてくれたことが、まるで昨日のことのように思い出されます。
野本さんの思い出に浸りながら、しばらくはボーっとしていたいお正月です。
ここに改めて、ご冥福をお祈りします。

ウォン・ウィンツァン
2015/01/04
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ずっと焦燥感に翻弄されてきた。
生育的な問題なのか、生来のものなのか、それは判らないが、、、
とは言え、音楽など、謎を追い求める原動力は、他ならない焦燥感、飢餓感だったと思う。
しかし、やはりどこか不健全なのだろう。
焦燥感に振り回されて、消耗し、無駄なこと、遠回りしたり、やけに効率の悪い人生だったように思う。
自己探求?の末、この焦燥感の扱いも、随分と上手になった。
瞑想や心理療法、ウォーキングなどで、フラットな地点に戻すことは自由にできるようになった。
逆に言えば、瞑想なり、ウォーキングなりを日常的にやっても、焦燥感はやってくる。
一般に心理学の世界では、焦燥感は、何らかの心理的な欠損、満たされない何かを無意識層に抱えているからだと言われる。
それらの欠損を埋めるための心理療法ではあるけど、実は本質的には埋めることは出来ない。
でも自覚化し、相対化することは出来る。
なので、いろいろワークショップなどで無意識層の探求を続けてきたけど、幸い、音楽への原動力になる焦燥感は、失うことはなかった。www
しかも、それに振り回されることも、心理療法のお陰で、殆どなくなった。
焦燥感を必要としないのなら、瞑想やウォーキングをすればいい。
モチベーションが欲しければ、ほっとけば嫌でも焦燥感、飢餓感はやってくる。
効率が良くなったものだ、、、www
何かを探求している、追い求めている自分が好きだ。
でも、何もしていない、ボーっとしている自分も好きだ。
瞑想をしている自分も好きだ。
瞑想とボーっとしていることとは本質的に違う。
ボーっとしている時はフツフツと焦燥感を感じているが、瞑想中に感じることはない。
焦燥感を感じながら、ボーっとしながら、なにもしないでいる状態を楽しめるのは、俺も成長したものだと思う。www
(でも、これは嘘だ。だってこの文章を書いているじゃないか、、、
それに、いつも何らかの活動もしている。
フェイスブックやったり、写真撮ったり、年末には作曲までした。
ボーっとなんかしていない、、、
カッコつけて言っているだけだって、、、www)
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by wtwong | 2015-01-03 18:05