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<武器産業と平和貢献>
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国会議事堂前2015-9-14

 私の友人には、あらゆる武器を否定し、当然、自衛隊は武装解除、日本は武器の購入、製造も今すぐにでも止めるべきであると主張する人がいます。逆に、日本の平和は自衛隊の武装、日米同盟によって保たれているし、今までも武器を製造しているし、アメリカから武器も買っている。日本は軍需で儲けて来たし、武装によって平和維持しているのに、アメリカの武器産業を「死の商人」呼ばわりしているのは偽善だろう、と言う人もいます。わたし的には、どちらの考え方も極端で、現実に即していないように思うのです。

 今まで日本は専守防衛に徹し、軍事費もGDP1%以内に抑えてきました。武器製造も三菱重工など、儲けは全体の10%ぐらいで、主力産業とはいえないレベルです。日本を完全な平和国家とは言う気はないけど、世界的に見れば平和度ランキング8位ぐらいに位置しています。上位の国の中には徴兵制のある国もあります。つまり、平和の在り方は、それぞれの国の事情によるのだと思います。日米同盟が抑止力は東西冷戦が終わった今、あまり意味が無いと思っています。

 一番の問題は、アメリカのように武器製造が国の経済を支えてしまうことです。世界から戦争が減少すること、緊張が無くなってしまうことは、武器産業も衰退することになる。すると国の経済自体が不況になる。すると、戦争を求めるようになってしまう。「死の商人」というよりは「吸血鬼」です。戦争がなければ死んでしまう。アメリカは今後、軍費を削減していく。すると軍需産業は衰退する。そこを補わせるためにアメリカ軍産共同体は日本に目を向けた。安保法案(戦争法案)の一番の狙いはそこです。

 その事は何度もタイムラインにアップしました。安倍政権の「武器輸出三原則を見直し」によって、日本の企業も武器製造に本格的に参画するつもりです。朝鮮戦争やベトナム戦争の軍需の夢をもう一度です。そうなると、日本もアメリカと同じように戦争がなければやっていけない国になってしまいます。安保法案(戦争法案)に反対してきた、大きな理由の一つです。

 PKOについては、少なくとも自衛隊は民事作戦に限定するべきではないでしょうか。日本には日本にしか出来ない、平和貢献があります。自衛隊が武器を持って「駆け付け警護」すれば、何の憎しみもない少年兵や、関係のない民間人に銃を向ける可能性があります。赤十字は非武装で敵味方を差別しなかったから戦地で活動できた。日本はそれを見習うべきだと思う。もちろん赤十字も犠牲者を出しています。戦争直後の平和活動が危険ではないわけ無い。でも武装して危険が軽減するわけもなく、むしろ悔いが残る結果を招かないとは限らない。

 世界から戦争や紛争を徐々にでも無くしていくためには、少なくとも国や企業が、戦争がなくては成り立たなくなるような武器産業へ傾くべきでは有りません。その為には「武器輸出三原則を見直し」を直ちに止めるべきです。戦争法案の強行採決を喜んだのは兵器産業に手を出したい日本企業、アメリカ軍需産業と好戦的なシンクタンクです。時代に逆行しています。
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by wtwong | 2015-09-25 22:40
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<森に打ち捨てられたピアノ>

 昨年ぐらいから断捨離をはじめた。高校時代から集めたLP、CD、そして本、楽器、機材など思い出深い大切なモノを処分した。でも、とってもズルくって、LP、CDは友人に渡し、必要な本は自炊して、ほんとうの意味では完全に捨てたわけじゃない。いつでも取り戻せる。やはり執着があるんだろうか。断捨離は停滞している。コンサートがなくなると、また始めると思う。でも断捨離がどこに向かっているのか、よく解らない。

 どなたかが「友人関係を断舎利している」とおっしゃってたけど、人間関係も断捨離と言うのだろうか?何らかの理由で別れた友人たちとも、またいつか会えるだろうと思う。別れは辛い。その人と出会うことで、掛け替えの無いものを育み、そして築いた。築いたものに執着があるのか?いや、そうじゃなくって、出会うことで始まった、クリエイティブな掛け替えのない時間が、再びやってこないことが辛いんだ。一緒に築いたものは無くならない。出会いがあり、別れがある、その間に育み、築いたものは大切な思い出です。
 
 別れる理由はいつも曖昧で、言葉にはならない。「何か仕方がないから」とか「流れがそうだから」としか言えない。そうとしか言えないはずなのに、いつも取り繕って、何か不本意な理由を言ったりするのは、私のいい加減さで、相手に不誠実だったと思う。でも、まったく理由も言わずに、別れられるものだろうか。私もどこかで別れたくないと思っている。どこかで相手を自分の都合のいいように変わってもらいたいと思っている。変わってくれれば、会い続けることが出来るかもしれない。でもそれは詮無いこと。私が言うことじゃないし、相手に失礼なことだ。

 説明のつかないことが多い。「たましいの選択」と言う言葉はスピ系の常套句だけど、そうとしか言えない。人生ではいつも「たましいの選択」に直面する。自分が直面していることに気づかなかったり、なんとか合理化しようとすると、むしろ傷を残すことになったりする。全体性への眼差しを失うと、つまらない別れ方や選択になっちゃう。でも、魂が自立出来ている人は、別れを恐れないのかもしれないけど、そう言う人は冷たい気がする。

 かつて、「あなたは冷たい」と友人に言われたことがある。彼らは私にスキンシップ的なねちっこい関係を求めていて、私はそれに答えられなかったのだ。その言葉に傷ついたけど、しょうがない。子供の頃、人はだれでも一度は同性の友人や先輩にスキンシップ的な関係を求める時があると思う。同性愛的なものではなく、心的な依存関係を求める時期があるのだろう。私にもあった。そして勿論それは成就しない。その時感じたものは「裏切られた感」だった。私にフラれた友人も「裏切られた感」を持ったに違いない。そのトラウマから、私は人間関係にある距離を持つことを学んだのかもしれないな。

 今でもスキンシップ的な関係性を求めてくる人がいるけど、私はどうも苦手で、申し訳ないです。そういう人は大抵「あの人はね〜〜わたしにこういう事してくれたんだよ〜」的な自慢話を話す。自分のために人が動いてくれたことが、とっても嬉しいんだよね。そのことは理解できるんだけど、でも、いつも自分が中心にいるので、話を聞いていて気持ちが悪い。過剰に貢いだり、特別扱いしてくれたりする人もいる。そうすることで相手に特権意識を膨らませてくれるんだけど、どうも居心地は悪い。権威と忠誠という関係性って、そういうところから始まるんだろうか、、、人間関係だから、相手との特別な関係性を大事にするのは自然なことだけど、過剰になると不自然だ。

 ある懇意にしている美味しいお蕎麦屋さんがある。そのおそばが好きで時々行くのだけど、行くたびにコレでもかというぐらい沢山美味しいお料理で大歓待してくれる。私を大事に思ってくれることはとっても嬉しい。でも、私が食べたいのはお蕎麦で、お蕎麦に辿り着く頃は、お腹がいっぱいで美味しく食べられない。その事をお蕎麦屋さんに言っても、まったく聞く耳持たない。「美味しいからいくらでも食べれるよ」とか「別腹だから」とか言って、全然私の話を聞いてくれない。そうなるとやはりそのお蕎麦屋さんには行きづらくなってしまう。私はその方が好きだし、前菜は勿論とんでもなく美味しいのだけど、困ってしまうのです。いつも死にそうに満腹になって、店を後にすることになる。

 私の父は昔、西銀座で高級中華料理店を経営したいた。なので子供の頃は最高級の中華料理食べ放題だった。月に二三回は宴会があったろうか。親戚縁者が集まって、広東料理のフルコースを食べるのだ。でもあまりに料理の多さに、最期は死にそうになる。出されたものを食べるのが礼儀、そして料理を盛るのが礼儀。ほとんど椀子蕎麦状態でお料理を両隣の人が私のお皿に盛り続ける。死ぬよ。なので今はベジタリアンになってしまった。一生分中華料理を食べちゃったんだね。

 権威主義者は大嫌いだ。権力を傘に威張り腐っている人間や、権威にへつらう人間を見ると、哀れみすら覚える。人格評価的に残念に思う。私の音楽は権威とは無縁だ。クラシックでもジャズでもない。でも、私自身に権威主義が無いのかというと、どうもそうではなさそうだ。なんと無意識にあるということを夢の中で体験してしまった。ショック、、、これは差別意識と同じで、人間の生存本能の一種としてあるのだと思う。人類は生き残るために集団を形成することを選んだ。そして上下関係、権威と忠誠、差別(排外)というものを本能として有していたからこそ集団を形成し得たのだろう。無自覚に権威にへつらう自分は、やはり腹立たしい。そんな本能的な傾向をわたしもしっかり持っていて、同時にそれに対する強い反発も持っている。その二律背反を、最近ようやく気づいている。

 ちょっと前に発達障害に対する理解を深めるためのブログをシェアしたことがある。「障害」と言う言葉が嫌いで「発達デコボコ」と言った。それはあるセラピストが「あれは障害なんかじゃなく、発達がデコボコなだけよ。誰にだってある個性なのよ」と言う言葉から、なるほどと思って借用した。そうしたらある方から「デコボコと言う言葉に傷ついた。」と言われてしまった。私は迷ったけど、その言葉を敢えて撤回しなかった。でも、その理由は相手には解らないと思う。なので私は差別主義者になってしまった。

 写真を撮ることで相手を傷つけてしまうこともある。一昨日、清里フォトミュージアム(Kmopa)に、鈴木重子さんとのジョイントコンサートに出向いた。Kmopaとのお付き合いも長い。なんとフロント・カウンターには私の写真も飾ってもらっているのだ。今ちょうど、マグナムの報道写真展をやっていて、キャパを始めとするマグナムのメンバーの壮絶な写真を見ることができた。その中で、足の不自由な老婆の写真があり、そのキャプションに「写真を撮ることで相手を傷つけるだろう。でも私はシャッターを押した」と書かれてあった。写真を撮影することが、相手を傷つける時がある。写真を本気で撮影しようとした人なら、そのような状況を体験する。私にはその時、シャッターは押せない。なので写真家には成れなかった。

 鈴木重子さんとのコンサートは素晴らしかったな。重子さんとのジョイントもずいぶん長くやらせてもらているけど、一昨日のコンサートはその中でも特筆すべきものがあったと思う。重子さんはある高みにたどり着いていた。そこに至るためには、自分のすべてを放擲せねばらないほどの厳しいステージ(場)に立たねばならない。それが可能になるのは、一生のうちでそう多くはない。そこに居合わせた私も幸福でした。音楽って、やっぱり凄いな。

 なんとそのコンサートで、私は思わず「いま、音楽に全然興味がないんだ。社会問題、政治問題のほうが興味があるし、社会の解読がとっても楽しい」と喋っちゃった。本当にそうだからしょうがない。3・11以降、社会の仕組みが一体どうなっているのか、知りたくってひたすらインターネット、ツイッターやフェイスブックにハマっていた。そして最近、ようやく何かが見えてきたように思う。勿論、まだまだなんだけど、、、、戦争法案(安保法案)に揺れ動く日本、とってもダイナミックなウネリが起きているように感じる。私もそこに居合わせたいと思う。今夜、国会議事堂前に行きます。

なんとなく感じていること、思うことをつらつら書いてみました。
ウォン・ウィンツァン
2015-09-14
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by wtwong | 2015-09-14 13:27 | essay