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 皆さんお元気ですか。年に一回のダイレクトメールの時期が来ました。早いですね。今回は出生についてお話してみたいと思います。名前からお判りになると思いますが、私は日本人ではありません。なんとイギリス人なのです。行ったこともないのに、ろくに英語も話せないのに、イギリス国籍なんですね。

 母親は神戸に、中国人華僑と日本人の芸者さんの間に生まれました。所謂ハーフです。父親は当時イギリス植民地であった香港で生まれ育ち、戦前、18才頃に関西の大学に留学し、戦中戦後と、困難な時代を生き抜いて、以来、日本の地で今日まで頑張って生きてきました。95歳で健在です。ですので私の身体には1/4の日本の血、3/4の中国の血が流れているわけです。

 私は神戸に生まれ、東京で育ち、日本語をしゃべり、日本人の妻を持ち、日本で音楽をやりながら、沢山の日本人の友人に恵まれ、そしてほぼ間違いなく日本で死んでいくでしょう。マインド的には日本人と言っていいと思います。

 父は、時折、思い出したように、「なんで、日本国籍にしないんですか?」と言います。日本で商いを続けてきた父にとって異国人であることは、それなりに不利だったと思いますし、差別もあったでしょう。なので息子には日本人に帰化することを勧めます。外国人が日本で生きることの難しさを体験してきた父にとっては、子供に同じ思いをさせたくないのは自然なことです。

 わたしは今まで日本で差別を受けたことがあるでしょうか?確かに学生時代に名前のことでイジメられたり、差別的な視線を向けられたこともありました。或いは入国管理事務所や法務局などで、、、。でも、19歳で音楽の世界に入って以来、異国人であることが不利になったり、差別の対象になったことは、一度も有りません。音楽の世界は、なんとフェアーな世界でしょう。ほんとうに有難いことです。父には想像できない世界ですね。

そんな私ですが、日本人に帰化することは何度か考えたことがあります。永住権を持っているので、権利や義務は日本人とほぼ同じです。ただ参政権がない。それと実務的、手続き的にいろいろと面倒。それにワイフと息子は日本人です。行ったこともない仮初のイギリス国籍を捨てて、日本人になることは自然なことなのかもしれません。でも、なんて言うか、、、自分でもよく解っていないのですが、帰化することにどこか逡巡している。だからと言って、イギリス人というのも居心地がいいわけないのですが、、、中国籍を取る気も毛頭ないし、、、、国籍を変えようとも、私の身体に流れる血を変えることは出来ないのです、、、そう考えながらも、国会議事堂前のデモに参加している自分もいます。

 2011年3月11日、東日本大震災とそれに続く原発事故以来、私はツイッターやフェイスブックで社会問題や政治問題に対して発言するようになりました。以前は、たとえ政治に疑問を持っても、発言するようなことはしませんでした。やはりどこか自分の国ではないと言う意識、余計なおせっかいと言う気持ちがあり、自ら政治的な発言をするのは憚られました。しかし震災と原発事故は、そんな自己規制などすっ飛んでしまうぐらい強い危機感がありました。新聞やテレビでは伝わってこない原発事故の情報を、ツイッターで探し求め、それをそのままリツイート(再掲載)することを繰り返していくうちに、いつの間にか私自身も発言するようになっていったのです。

 嘗てテレビニュースも見ない、新聞すらほとんど読まなかった私が、3・11を契機に、ツイッターやフェスブック、メールニュースなどで、漁るよう最新情報を集め、それを再掲載し、自分なりの意見を述べることが、ごく自然な日常になり、さらには反原発や、反安保法案のデモに参加したり、著名な社会運動家を招いてイベントを開いたり、積極的な行動もするようになっていきました。すごい自己変革だな〜〜と我ながら思います。3・11で突然、社会意識、政治意識が目覚めちゃった感じです。

 いったい何が自分に起きているのだろう?日本人でもない私が、日本の政治に対して発言することって、どうなの?そんな風に自分を振り返ります。国籍的には日本人ではない。でも、日本に生まれ育ち、日本的な情緒感性を持ち、日本的な考え方をしている私は、深く日本を愛しているのだと思い至ります。日本が安全で、精神的に豊かで、皆が愛する文化を育てたい。格差社会を無くし、弱者にやさしい、皆がそれぞれの幸福を求められる国。経済成長よりも、平和で、豊かな文化を謳歌できる、世界に誇る国になってほしい。

 日本は戦後70年、まがりなりにも平和を保ってきました。しかし今、分水嶺にいると感じています。どの道が日本にとって正しい道なのか、未だ見えてはいません。だからこそ今、日本に住む私達は、政治に対しても、社会に対しても、他人ごとではなく、自分の問題として、オープンに話し合う時が来ていると思うのです。それが民主主義というものだと思うのです。戦後、平和を享受してきた私たちは民主主義というものを学ぶ状況も、必要もあまり有りませんでした。そして気がついてみると、危険な原発が日本全国に54基も乱立していて、未だアメリカの強い圧力のもと日本全国に130箇所以上もの米軍の基地や施設があり、竹島や尖閣諸島や北方領土で緊張があり、そして今、アメリカの戦争に巻き込まれようとしている。

 日本の未来を決めるのは政治家じゃない。日本国に住む国民、すなわち主権者です。主権在民と憲法に謳われています。今の政権はその憲法を踏みにじってでもアメリカの要望に答えようとしています。後方支援や武器を製造することは、戦争に参加するということです。平和憲法9条が無意味化されそうになっています。平和憲法9条を始めとする日本国憲法は、世界の憲法と比較して人権擁護の項目がもっとも多い、世界に誇る理想と理念の憲法です。なんとしても守らねばと思うのです。

 さて、スピリチャル的には、社会に起きていること、世界に起きていること、宇宙に起きていることに「善」も「悪」も有りません。起きるべきして起きている。諸行無常、般若心経のとおりです。そして私たちは宇宙の流れの中にあって、宇宙の流れの小さな小さな一滴として、その役割をも果たしています。宇宙の外に居るのではなく、宇宙のまっただ中に居るのです。宇宙内存在としてのそれぞれの命を全うしたい。宇宙の流れの一滴として、そのウネリの中に身を浸し、その生命を生き切りたいと感じています。社会問題の難しさに直面しながら、日々たしかな手応えを感じながら、私は生きています。

 さて、そんな想いを音楽というもので表わすためにはどうしたらいいだろうと、音楽家としてはそれなりに考えます。ところが、自分の作曲した曲を振り返ると、戦争や平和をテーマにした曲、東アジアをテーマにした曲が意外と多いのに気が付きます。どこか心の隅で、アジアの平和というものを希求しているんでしょうね。そんな理由で、11月28日、浜離宮朝日ホールで行われる年に一回のコンサートのテーマは「Peace and Music」になりました。

 私は日本で一生を終えるでしょう。掛け替えの無い家族や友人たちと、日々をともに生き、そしていつの日かエイリアンとして旅立ちます。そして母と妹が眠っている外国人墓地に埋葬されるでしょう。その日まで、この国で、家族や友人やみなさんと、楽しく、手応えのある日々を謳歌したいと思っています。ありがとうございました。

ウォン・ウィンツァン
2015-09-20
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by wtwong | 2015-10-10 04:41 | essay