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「大晦日のご挨拶(今年の総括)」
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ああ、ついに12月31日の大晦日になってしまいました。
今年も大変お世話になりました。
なんか、不思議な気分なのはなんでだろうな?
例年に無く年を越すことに、それなりに区切り感のようなものがあるような気がします。

何とはなしに今年を振り返ってみようかな、、、
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<活動面>
●今年のはじめに重子さんと東北の仮設住宅などに演奏しに行きました。
シンセサイザーを背中にしょって、旅芸人状態で、、、
●ギターの遠藤まさみ氏、美音志くんと三人でME-Wというグループを結成し、ライブ活動。
オトノハカフェ、エリーdeバカンス、TheGree
やっぱりグループは楽しい。
●アートカラーセラピスト末永蒼生さん、江崎泰子、そして美枝子と4人でOneDay「たましいの表現」ワークを始めた。
4時間ぐらいの間に、レクチャー・ワーク・そしてペインティングなどをやる、とっても楽しい新しい試みで、来年に続きます。
●今年は太陽光パネルを導入して、電気代節約してます。
●今年は断捨離が本格化して、高校時代からのLP、CD、本、機材など、一気に処分した。
でも、部屋の大改造をする前に頓挫中、、、
●「吉福伸逸の言葉」が出版された。
初めての執筆!
●Koide Blueに寄せ文を書かせていただいた。
●youtube動画「千年カフェ」に鈴木重子氏、高橋全氏、笹川敏幸氏、向後善之氏、新海雅彦氏、新倉佳久子氏、田中優氏などに出演していただいた。
一番しゃべりたかったのは自分かも、、、
●そして穂高養生園での二回目の「たましいの表現ワーク」
グループセラピーにちょっと見極めがついて、手応えがあった。
●311以降、時折デモに参加してきたけど、今年が一番回数が多かった。
8月30日の国会前には12万人の中に、友人たちを連れてど真ん中に入っていった。
●全国でコンサートをさせていただきました。
紀尾井町サロンホール、朝日カルチャー、NHK文化センター、大阪プチエルコンサート、建長寺、西念寺、碧南エメラルドホール、小蕪亭、浜松ゴロゴロコンサート、RENチャリティーコンサート、がん研有明病院、外立とし江個展、Kmopaコンサート、いわき市立美術館コンサート、浜離宮ホール、OtonohaCafeLive、etc.
どのコンサートも思い出深い。
●ニューエイジ系の雑誌「アネモネ」で超越体験を披露してしまった。
●ニューCD「Manul Cats」のリリース
●今年の浜離宮朝日ホールでは、本格的な政治的な発言をしてしまったことと、美音志君、永田真毅君にサポートしてもらって、フュージョン系の曲を演奏した。
(以上活動面)
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<内面的な動き>
●音楽面
今年はソロよりもME-WやManul Catsなど、美音志くんと一緒にやっている幾つかのグループにフォーカスしたがっている。
勿論ソロコンサートも一生懸命やっているけどで、、、
なにか「ブルードラゴン」はソロピアノの世界のある次元まで到達した感があり、意識をシフトしたいと感じているのでしょう。
グループの演奏はやはり楽しい。
来年は美音志くんがエレベーを本格的に演奏する気でいるので、フュージョン系に挑戦してみたい。
これが楽しくなりそう。

●ソーシャル面
311以降、ツイッターやフェイスブック等、インターネットで漁るように社会問題、政治問題をウォッチングしてきた。
あれから5年近くなって、何かようやく、朧気ながら「世界観」のようなものが見えつつある感じがしている。
今回の浜離宮朝日ホールは、音楽と社会的な内容の表現というものに直面し、苦悩した。
そしてジョン・レノン「イマジン」に向き合うことで、何か解ったような気がした。
その気づきを契機に、人生初めての歌詞を書いて、平和について作曲することが出来た。
来年早々、この曲を形にしつつ、その事によってSATOWA MUSICの音楽を通した社会活動に展開させてみたい。

●スピリチュアル面
87年から瞑想を始め、もう28年ぐらいになるのかしら、、、
以前は、年に一回ぐらい2週間以上の瞑想合宿をしていたけど、ある時から家庭の事情で家を開けられなくなってしまった。
いつか一ヶ月ぐらい、一日10時間の瞑想を続けるのが夢だな〜
「アネモネ」にクンダリニー体験、チャネリング体験など、いままで公開しなかった体験談を一挙に喋ってしまった。
其のことで、気持ち的になにか整理をつけることもできたように思う。
もっと体験を深めてみたいな〜
根源的な「聖なるもの」にもっと出会いたい。

●セラピー面
今年穂高養生園での「たましいの表現ワーク」は、グループセラピーの自分の立ち位置が見えた気がして、とってもやりやすかったし、動じなくなり、ブレが少なかった。
何かが見えたんだとおもう。
わが師匠、吉福伸逸さんが見たらどう言うかな〜
グループセラピーの体験を重ねたい、、、

●パーソナル面
社会問題、政治問題などソーシャル面の探求は、結局は自己探求になっている。
世界観が朧気ながらでも見え始めて、それはこの社会、この世界を受容することでもあると思う。
またジョンの「イマジン」の歌詞を掘り下げていくことで、音楽による社会性とは何なのか、少し理解し始めた。
あの曲は「人類が希求する永遠のテーマ」を歌っているんだと思った。
その意味であの曲は「反戦歌」ではなく「スピリチュアル」な曲なんだとおもう。
また、人間の本質的なアーキタイプとしての原初イメージ、例えば「聖なる母」「聖なる子供(天使)」を受け入れられる(相対化できる)ようになってきた。
或いは人類の根源的な希求、例えば「国を越えていくもの」や「宗教を越えていくもの」にも、眼差しを持てるようになってきた。

●リレーショナル面
66年の人生の中で、96歳の父と、今が一番仲がいい。
父も随分と性格が変容したし、私もようやく父親を受け入れられるようになった。
これってセラピーの勉強をしたおかげだと思う。
相変わらず友人たちとケンカしたり、再会したりしている。
「それでいいんだよな」と思う。
夢は、美枝子さんと世界を、ドライブしながら美術館巡り、遺跡巡り、温泉巡り、宿泊施設巡り、そば巡り、、、、いつになるやら、、、

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来年6月7日(火)夜、日本音楽著作権協会の「けやきホール」にて、平和をテーマにコンサートをします。
湯川れい子さん、鈴木重子さんに参加いただいて、「光を世界に」(仮題)と題し、平和のMelody、れい子さんのお話、重子さんの熱唱をお聴きください。
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さて、今年も色々お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
そして、皆さんにとっても、世界にとっても、素敵な年でありますように心から祈っています。

ウォンウインツァン
2015-12-31
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by wtwong | 2015-12-31 14:53
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 コンサートを終えて、なんとか最終の新幹線に飛び乗ることが出来た。
年末ということもあって車内は乗客でごった返していた。
一つだけ空いていた席に美枝子を座らせ、私は通路に立った。
風邪と疲労で立っているのがやっとだったけど、風邪は美枝子のほうが重かったし、なんとなく立っていたかった。

 マスクの下でゴホゴホとやっていると、一人の女性が他の乗客をかき分けて私に近づいてきた。
「もしかして、ピアニストのウォンさんですよね。私、フアンなんです」 
その女性の声はそれなりに大きかったので、周りの乗客は私をジロジロ見ながら「知らないな〜」とでも言いたげだった。
私的には疲労と風邪で相手にするのも面倒だ。
中途半端に有名だと本当に面倒だ、、、

 女性は私が風邪であることを察し
「ウォンさん、私ヒーラーなんです。是非私にエネルギーを送らせてください。きっと良くなる。」
そう言うと、いきなり私に手をかざし、何やら口でモグモグ言いながらイキミ始めた。
周りの乗客は、呆れた風で何とも言えない気配が立ち込めて、わたしも困り果ててしまった。

 私は突然、彼女の手をとって、語り始めた。
「いや、いいんです。私は治りたくないんです。
いいですか。私の魂が風邪で居たいと言っているんですよ。」
すると彼女は驚いたようにキョトンとしている。
私は優しく彼女の肩に手をおいて、話し始めた。
「私は魂の赴くままに生きているんですよ。
魂の赴くままコンサートをし、人を愛し、そして魂の赴くまま風邪をひいているんです。」
彼女の顔はますます不思議そうだ。
「例えば幼稚園の子供達は、魂の赴くまま遊び、踊り、歌い、そして風邪をひくよね。
でも、人は大人になるに連れ魂の赴くままには生きられなくなる。
勉強しなくてはいけない、感情を表してはいけない、働かねばいけない、風邪をひいてはいけない、健康でなければいけない。
そうやっていつの間にか、魂の意志にそって生きていくことを忘れてしまうんだ。
皆ゾンビになってしまうんだよ。
そうなると人は生きづらく、不安を抱えながら生きていかねばならなくなるんだよ。」

 彼女はようやく何かに気づき始めている。
「例えば君も、ご両親に愛されて、でも自由に生きることを許されなかった。なのでいつの間にか自分が誰だかわからなくなっちゃったよね。」
彼女の目は自分を見つめ始めている。
「親の言うことを聞いている時は愛されて、自分らしく生きようとすると認められなかった。
そうしている内に見捨てられることの不安と、強い承認願望に揺れる日々になっちゃった。
そんなときに出会ったのがヒーラーの道だったのかもしれない。」

 彼女は言い当てられてのだろう。
私を見てうなずいた。「でもね、どんなにスピリチュアルな目覚めがあっても、マインドは昔のまま、、
見捨てられ不安と、認められたい願望に振り回されて、それでは自分を取り戻せているとは言えないんだよ。
ありのままの自分ではないからね、、、
だからヒーリングに一生懸命になって、人を癒やし、そうすることによって自己イメージを高めようとした。
でも、いつも揺らいでいるんだよ」
どうもその通りだったようで彼女は涙ぐみ始めた。

 「もういいんだよ。過去の呪縛を解く時が来たんだ。
君は君のママで生きるんだ。
たましいの赴くままに生きれば、人に認められようが関係ない。
無意識の奥底に巣食ってしまった呪縛を、一つ一つ丁寧に手放していけばいい。
大変なことじゃない。
いそがないで毎日薄皮をはぐように、一つ一つに感謝してさよならを言おう。
そんなある時、自分が魂の赴くまま生きていることに気づき、生きていることを心から謳歌することができるようになる。
だいじょうぶ、そうなるよ。」

 彼女は涙ぐみながら頷いていた。
私はソッと彼女を引き寄せて、ハグをしてあげた。
彼女は泣きながらハグを返してきた。
素敵な瞬間だった。
乗客たちはどこかで話を聞いていたのだろうか。
身に覚えがある人がほとんどだろうけど、彼らが話をどう受け止めたのかは私のあずかり知らないことだ。
だが、突然私はやけにキツイ視線を感じて現実に引き戻された。
「おいおい、このスケベオヤジが〜〜」
おっと〜〜 私は女性を引き剥がしながら「まあ、魂の赴くまま行動してはいけない時もあるけどね、、、」などと弁解した時、夢が覚めたのだった。。。。
おわり、、、

ウォン・ウィンツァン
2015-12-29
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<なぜ戦争が起きるのか?>
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田中宇氏の論評「国家と戦争、軍産イスラエル2015年12月28日」より一部をコピー・ペーストしました。

「国境線をめぐるわずかな土地の紛争をめぐり、隣接する諸国間の戦争や対立が世界中で延々と続いている。その理由は、戦争が、最も手っ取り早い国民国家装置の加速手段だからだ。力づくで領土民を支配していた封建国家と異なり、国民国家は領土民を「国民」と名づけ「主権在民」「国家の主人」とおだててその気にさせ、国家のもとにすすんで結束させ、喜んで国家に貢献させてタダ働きさせ、納税や兵役をさせることが不可欠だ。国民がその気になって(だまされて)愛国的にがんばるほど、国民国家は成功する。
 国民国家の結束を、最も簡単に促進できるのが「戦争」を使ったナショナリズムの扇動だ。「震災復興」や、五輪など「スポーツ」も、国民の結束を加速できる(だからプロパガンダ機関であるマスコミはこれらのテーマを好む)。だが「他国の脅威」を煽る方が効率が良い。世界のすべての領土紛争は、為政者が必要なときに国家を結束させるための道具として、わざと解決せずに残してある。「両国がその海域にこだわるのは海底油田があるからだ」などという解説は、大体が目くらましの誇張である。(良いガス田なら早く掘ればいいのに何もしてない) 」
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by wtwong | 2015-12-29 03:49
<私たちは武器を信じるのか?>

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 911から始まった対テロ戦争は、アフガニスタンとイラクを、結局泥沼に化し、多くの一般人犠牲者を出した。そしてそれはISISという最悪なテロ集団を作り出す原因にもなった。ISISをアメリカなどが空爆し始めた頃、また同じことを始めるのかと思ったし、即止めるべきだとも思っていた。

 そんなころ私はある中東で子供達の救済活動するNPOの方とお話したことがある。「空爆してもまた同じじゃないんですか。他の方法を考えるべきでは、、、」するとその方は「でも、もうここまで来たらISに対し武力を行使する以外に道はないと思います」と、とっても苦しそうにお話された。私は東京に住んでいて現場の事情なんか想像もつかない。偽善的な平和主義を唱えて一体何になる。

 ロシアがIS空爆を始めた時、私は肯定した。それしかないんだろうと思うし、アメリカの空爆とは明らかに違うことも見て取れた。でも、空爆下には、たとえ極悪テロ組織だとしても、彼らの家族がいる。子供達もいる。私たちはなすすべもなく、引き裂かれる。

 もしロシアの空爆によってもISを掃討できず、シリアに平和を平和を取り戻すことが出来なかったら。私たちはもう二度と武力というものを信じないだろう。でも、もしまかりなりにも平和を実現できたとしたら、国際世論は武力をまた肯定するのだろうか、、、、恐ろしいことだ。

 二週間ほど前、あるワークショップに参加した。その中でゲームを参加者全員でやったのだが、それは、企画者が用意した「様々な石ころ」を使って、自由に遊ぶというものだった。参加者たちをいろいろクリエイティブに遊ぶ中で、私は小学高学年の頃、友人と渓流にハイキングに行った時のことを思い出した。私達のゲームは、川の両側から石を投げ合って戦争ごっこをすることだった。石は対岸の岩石にあたって「コキーン」と森のなかをこだました。石だから当たれば大変なことになる。それでも私たちは夢中で遊んだ。その時、私は頭部に強い衝撃を受けて、目の前が真っ白になった。

 石を投げる。なんとも原始的な戦闘方法は、例えばパレスチナの子供達や、革命運動などでは、廃れること無く、敢えて言えば今でも抵抗の主流だ。たとえそれが戦車などに無力だとしても、、、

 人類が最初に持った道具とは、例えばそこら辺に落ちている石を外敵に投げつけるようなこと、すなわち武器だったのではないだろうか。「2001年宇宙オデッセイ」の冒頭部分は、類人猿が外敵と戦う時に武器を持ったほうが勝利したシーンだったのを皆さんも覚えていると思う。そしてそこに黒々と屹立して、状況を神のように凝視していたのがモノリスだった。類人猿が敵を骨のような棒で外敵を強打し、打ち勝つ。その勝利の雄叫びとともに、骨の武器を中空に放り投げた。そして回転しながら中空に投げられた武器は、宇宙でゆっくり回転する宇宙ステーションにオーバーラップされる。人類最初の道具である骨の武器から、宇宙ステーションという高度な科学の結集に、連なっているということを、一瞬で象徴した見事なシーンだった。あのシーンに流れる「美しく青きドナウ」とあいまって、深く感動したものだった。

 さて、人類の戦争は技術革新と切り離せない。殺傷能力が高い武器を所有したほうが勝利すると信じられている。日々革新されていて、今では航空母艦すら戦略的には意味がなくなっているという。ミサイルが一発当たればそれで終わりなのだ。今はミサイルの射程距離と命中精度が格段と伸び、例えば中国から日本のどこにでもミサイルを打ち込むことが出来る。日本全土が射程距離内に入っているのだ。もし戦争になったとしたら嘉手納基地や横田基地がまずやられて、54基の原発が攻撃されれば日本は壊滅する。ミサイルを防衛する手立てはない。辺野古に基地を作っても、戦略的には何の意味もないのだ。

 それでも安倍政権は5兆円も出費して、アメリカの武器産業に貢いでいる。日本の軍事専門家は一体どういう軍事シュミレーションをしているんだろう?アメリカのシンクタンクは台湾近海で中国と戦争が起きたら負けるだろうと予測した。つまりもう日本近海で戦争が起きたら、中国にはどの国も勝てない。日本に残された道は中国とは勿論、近隣諸国との友好関係の強化、平和外交の決めの細かい、確実な関係性を築く以外に道はないことは、もう自明なことだと思う。つまらないプライドを固持するだけでは、日本を窮地に追い込むだけだ。

 さて、人類の技術というものは武器を持つことから始まったのか?多分そうだろう。文化人類学者に聞いてみたい。そして私が知りたいのは、人類は武器からいつ卒業するのだろうか?ということだ。つまり人類は戦争というものを選択しないと、いつ決めるのだろうか?巨大に膨れ上がった武器産業は死活をかけて戦争を仕掛けてくるだろう。戦争を起こす謀略は幾らでも計画されている。今までそうしてきたように、、、

 例えば尖閣に中国軍が上陸したなどと幾らでも言える。先日の靖国爆発騒動のように、北朝鮮テロ組織がパリのテロのようなことを起こすかもしれない。偽旗作戦は謀略の主流だ。何が起きても不思議じゃない時代に入ったのだ。その時、日本世論は不戦、非戦の覚悟でいられるのか?日本政府が隣国と戦争を起こそうとしている時、ノーという覚悟を私たちは持てるのか?私たちは突きつけられている。私たちは日頃から何度も自分に問わねばならないと思う。
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by wtwong | 2015-12-26 04:05