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 私は演奏者としては未熟なこともあって(謙虚でしょww)、良い演奏をするときもあれば、聴くに堪えない演奏するときもあります。いつも良い演奏をするとは限らないのです。当然、良い演奏を届けたいと強く思うわけで、日々努力をしているのですが、どうすることも出来ない場合も沢山有るわけです。そんなときにはお金を払って聴きに来てくれた方に、本当に申し訳ないと思います。謝罪!

 どんな時に良い演奏が出来き、あるいは出来ないのか、実はよくわからないのです。統合できないのです。ただ判っているのは、その時、その瞬間の自分(セルフ)が自分に重なっていない感覚というのはあるのです。それを魂のヴァイオリズムとでも言うのでしょうか。自分が自分に重なっていない魂の状態で演奏した場合、それはやはり最悪になるんですよね。

 例えばちょっとしたパーティーなどで最悪なデジタルピアノかなんかが置いてあって、演奏を望まれたりする場合があります。最悪ですよね。逆に最高のホール、最高のピアノが用意されている場合もあります。でも状況にはあまり関係ないんです。快く演奏しちゃう場合もあれば、全然弾く気にならない時もあります。全然弾く気になっていないのに、期待に答えたいという思いもありますから、ついついサービスしてしまうことも多々あります。そういう時の演奏は、やはり後悔が残るような演奏になっちゃうんですよね。逆に演奏する上でどんなに最悪な状況でも、魂が演奏したがっている時は、やっぱりいいんですよね〜

 このことに関しては本当に沢山苦い思い出があります。沢山エピソードがあります。魂が重なっていないのに、無理に演奏して、その後どうしょうもなく悔やむこと、、、けっこう有るんですよ~~今思い出しても冷や汗が出ます。

 今言えることは、どんなにワガママに思われても、嫌なことは嫌だということ。やりたくないと感じていることは、サービスしないで、ちゃんとやらないこと、、、このサービス精神というやつがとっても曲者で、無自覚にサービスしちゃ事ってあるんですよね〜 芸者のDNAが、、、(汗)、、、(備考:日本人の祖母は神戸の芸者さんでした。) 

 己の魂のヴァイオリズムに敏感になり、自分に嘘をつかないこと。どんなに他の人から見て気まぐれでワガママに思われても、自分のペース、自分の在り方、魂のヴァイオリズムに身を任せること、それがどんなに大切か改めて思う今日このごろです。
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by wtwong | 2016-09-28 11:44 | essay
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アニメ映画「君の名は」を見てきました。

 予告編を見た時は、なんかアリガチな恋愛ものだろうと見る気にならなかったのですが、興行実績が「シンゴジラ」を上回ったと聞いて、急に興味を持っちゃったのです。実は「シンゴジラ」に対してそれなりの評価をしながら、何か物足りないというか、はぐらかされているような不全感がありました。そんな時、同時期に上映された恋愛映画が「シンゴジラ」を凌ぐ人気のエッセンスとは何か、とっても興味を持ったわけです。

 約1時間45分、飽きること無く最後まで見れたということは、やはり良くできた映画なんだと思います。映画としてのグレードはとても高いと思います。勿論、中盤から最期まで殆ど泣きっぱなしで見たからとか、隣でおくさんが爆睡していたからとかは、あまり評価基準にはなりません。おじさんはそもそも涙腺が緩んでいるし、おくさんはキャパを超えるほどの仕事の疲れをためているわけですから、、、www ただ、号泣しながら冷めているところもあって、映画に置いてきぼりにされた部分も無きにしもあらずです。そのことは後で、、、

 二つの映画は、対極にありながら、共通するものがあると思いました。それは「超越性」と「世界を救う」ということです。「シンゴジラ」は人間による核エネルギーの無謀な節操のない乱用によって、超越的な存在(ゴジラ)を出現させてしまい、日本は危機にさらされる。ゴジラは現代文明に対するルサンチマン(怨念)の象徴のようでもあります。東京の高層ビルが破壊されるシーンを見ながら、溜飲を下げた観客も多かったのではないでしょうか。

 そして、ハグレ官僚と自衛隊の犠牲的な貢献によって、日本を危機から救うというのがこの映画でした。気になることは、この映画には沢山犠牲者が出ているはずなのに、血なまぐさいシーンは殆どありません。つまりこの映画はあくまでフィクションなのです。映画の全体に原発批判や対米隷属批判を盛り込みながら、最後はどこか国家主義に陥っている。実際シンゴジラは自衛隊募集の広報に使われています。自衛隊は現実だというのに、、、

 かたや「君の名は」は政治的なことは皆無です。主人公の父親が政治家であるとかは、あくまでも背景です。主人公は先祖から巫女の家系で、霊感の強い少女です。祖母から「結び」の言い伝えを聞かされる。世の全ては「結び」によって繋がっている。これらの考え方はスピリチュアル・ムーブメントでは基本的な言説ですし、エコロジーの考え方でもあります。ある時から主人公は夢の中である青年と入れ替わるような体験を始める。その青年は主人公に導かれて、村の危機を知ることになる。そして、二人の若い男女の強く求め合う力によって、彗星の落下による危機から、村人たちを救うことになる。映画が観客に伝えていることは「超越的な愛によって世界を救うことが出来る」というものでした。前者が「力は世界を救う」に対し、後者は「愛は世界を救う」です。ただ「愛」とは言っても「恋愛」ですけどね。恋愛は、やっぱりフィクションですよ、いい意味で、、、(^_^)/~

 「君の名は」の興行実績が「シンゴジラ」を上回ったということは、実はホッとしています。「力」を求める人より「愛」を求める人のほうが多いということだと思うから、、、www

 映画の技法としてみた時は「シンゴジラ」は、なるほど新しいのかもしれません。カットはとっても短く、セリフは畳み込みかける勢いで、スリリングでした。まあ、おじさんは付いていくのがやっとでしたが、、、。かたや「君の名は」良くも悪くも普通の映画でした。それぞれのキャラクターはよく見るアニメの典型的な美形だし、編集は普通に時間の流れを逸脱すること無く、自然にストーリーを追いかけることが出来ます。何よりもアニメならではの美しいシーンも盛り沢山です。美しいシーンを見るだけでももう一度見てもいい。ひねくれ者の私としては「いまどき新しい技法で奇をてらったってしょうが無いじゃん。普通でいいじゃん、美しけりゃ!」とか言っちゃいそうです。

 さて、映画ってなんだろう?と思います。この二つの映画が社会現象といえるほどの興行実績を挙げられたのは、高度にエンターテイメント、つまり娯楽であったからだと思います。斬新な技術や芸術性を散りばめ、現代社会問題や若者文化を背景に、何よりも現実ではありえない、世界を救うほどの「力」や「愛」を疑似体験させる娯楽映画だったからなのだと思います。

 私がいつも映画に不全感を抱くのは、結局「本当の力とは」「本当の愛とは」という、なんとも抽象的で重いテーマでは娯楽映画が成り立たないということなのかもしれません。娯楽が悪いと言っているのではありませんが、、、。私達が生きている現実が、あまりにどうしょうもなく、力も愛も希薄になっている実生活の中で「超越的な力」や「超越的な愛」によって「世界を救う」疑似体験ぐらいさせてくれ〜という叫びが、これだけの興行実績を上げていると思うのです。で、それらの映画が、観客をして、現実に直面して、本当の力や愛を見つけ出す契機になるのかどうか?ということに私は関心があるのですが、、、

 さて、全体について、二つの映画を例えるなら、男子映画と女子映画と言えるでしょうか。あるいは辛党と甘党かな、、、私は美味しい日本酒が好きですが、まあ、せいぜいオチョコに一杯か二杯、多くて三杯、いや、もうちょっと行くかな、、、www  でも、普段、殆ど飲まないし、どちらかと言うと甘党です。でも甘すぎるのは食べられない。日本のスイーツは全体的に甘すぎて食べられません。何が言いたいのかというと、酒だろうがスイーツだろうが、過剰な味は受け入れられなくなる、ということです。でも日本で売れているスイーツは甘いんだよな〜 日本の好みのスタンダードと、自分の好みが一致しないというのは、表現者としては困ったもんだな〜〜 (汗)

 この映画がただの恋愛アニメよりも評価したい部分があるとするなら、私はやはり祖母(一葉)が語る「結び」にまつわる話ですね。仏教的な「縁起」でもあり、エコロジー言説でもあり、ニューエイジ言説でもあり、「永遠の哲学」とでも言うような、人間の最も宗教的な側面を言い表していると思いました。美枝子さんが共感していました。そして美枝子さんは、一葉、三葉、四葉が、儀式を執り行うために結界の中にある祠にたどり着く途中、美しい紅葉のトンネルを抜けていくシーンが一番気に入っていました。

追記ーーーーーーーーーーーーーーーー
 アニメ映画「君の名は」の主題にあるのは「出会い」だったと思います。映画の中で「何処かに出会うべく人がいる」的なセリフが幾度も語られています。すなわち「出会い」とは偶然ではなく、なにか人知を超えた、超越的な必然があるのだと言っています。それを映画の中で「結び」という言葉で象徴しています。主人公の祖母、一葉が語る「結び」の考え方は、仏教やエコロジー、ニューエイジ、スピリチュアルムーブメントなどで見られる基本的な考え方です。「すべては必然的な結びつきの中で起きていて、それは何か宇宙的な采配なのだ」ということです。これは科学的根拠のない宗教的とでも言えるビリーフで、一笑に付す人も多いでしょう。無宗教が多いと言われる日本人ですが、にも関わらずこの映画がヒットする背景には、ただ単に恋愛願望だけではなかったはずです。物事への見え方の全てを合理性や科学で割り切ってしまう人生には潤いはありません。ちょっと意識を変えて世界を見渡せば、なんと「超越的、必然的な出会いに満ちている」ことでしょう。
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by wtwong | 2016-09-26 19:57 | essay
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高レベル放射性廃棄物最終処分実験地見学ツアー(企画人:田口ランディ)


通称「穴ツアー」。
「女だけの『穴ツアー』なんだけどさ、行く?」とランディさんに
声をかけていただいた。
「え、えっ、女だけの あ、穴ツアー?」一瞬、身構えたものの
「地下500m、高レベル放射性廃棄物最終処分実験地見学」舌のもつれるようなツアー名にただならぬ気配を感じ「い、行きます!」と即答。
「現場主義、身体で感じる」がモットーの私は
このチャンスは逃せないと直感。
長い年月にわたり原子力問題に向き合い様々な活動をされているランディさんの企画、尊敬、敬愛する湯川れい子さんもご一緒なさると伺いさらにモチベーションが高まり、参加メンバーは年齢バラバラ(19歳~80歳)職業さまざま、も魅力。この願っても無いリアル体験は自分にとって大事なものになるだろう予感の参加になった。

♪発車~オ~ライ~♪
♪あかるく~あかるく~走るのよ~~♪

「高レベル放射性廃棄物最終処分実験地見学ツアー」はランディさんの歌声「バスガール」でスタート!ほとんどが初対面の女子だけ12名の貸し切りバスは名古屋市内から目的地(岐阜・瑞浪)へ向かう。原子力問題のなんとも重いテーマを抱えての見学ツアーのスタートはいきなり始まったランディさんの♪「バスガール」でみんなの緊張が一気に和らいだ。
バスガイド席に立ちフルコーラスをしっかりと歌われ、
出だしは快調。天気は快晴。
走行バス中、同行の経産省の担当の方(勿論女性)からたいへん流暢に詳細な説明が始まり、熱心に耳を傾ける参加者。その後、一人一人の自己紹介が続き、あっという間に70分が経過。緑豊かな自然に囲まれた目的地「瑞浪超深地層研究所」に到着。案内してくださる研究所(科学者)の方から事前説明を一時間ほど受け、現場作業服に着替え、ヘルメットをかぶり、いよいよ未知の世界、地下500mへ。地上から深度470m地点まで円筒形の現場エレベーターで降下、残り30mを螺旋階段90段を徒歩で降り、深度500地点に到着。
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意外に深地下の実感がない。地上のトンネル建設現場のよう。
しかし、説明を聞きながら進むうち、湿度100%、微妙な暑さの温度、その空気感に少しずつ息苦しさと緊張を感じながら、石と水の深地下世界を体感していく。作業服のツナギの中は徐々に汗でびっしょり、さながらダイエットスーツのよう。
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天井や壁から常に滴り落ちる水を避け流すため工夫したという白いシートラインのアーチが連続し、両壁には幾数種、幾数本の配管が横走り、実験研究の計測器や装置が各所に設けられている。
コンクリート吹き付け壁のあちこちから湧き流れ出る水はコンクリートの石灰分を溶かし白い浸み垂れのかたまりになっている。
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に触れてみるとなま温かくわずかな滑りがある。なんと、この目の前に流れ出ている水は2万年前の雨水だそう。今この瞬間に2万年前の水に触れている現実に感動!初めて500mの深地下であることを実感する。途中、案内役の研究所の方も初めて見たというこの環境で生息する一匹の生き物の遭遇。「イモリ?ヤモリ?とかげ?」みんなで盛り上がるが結論は不明のまま。
(後に調べた結果、イモリは井守りで水を守る両生類、ヤモリは家守りで陸上のみで生息する爬虫類、故にイモリと決定。)くっきりと鮮明な縦縞模様の背は2万年前の雨水に濡れ光って美しい。地球は「水の惑星」なのだと地中でも実感。こんな神聖な地中に放射性廃棄物を埋め10万年もかけなければ地球に還せない。人間の進化っていったいなんだろう?

現在、日本では法律で高レベル放射性廃棄物は「地層処分」と決まっているが処分地は決定していない。この岐阜(瑞浪)と北海道(幌延)の2ヶ所で研究実験が進行しているがあくまでも研究実験地であって決定地ではない。と、経産省の方も研究所の方も何度も説明、解説中に話される度に、建前と現実の狭間、その深刻さが痛い。実際の処分地決定には諸問題の数々で多くの困難を抱え、決定には数十年掛かり、決定してからも建設から完成までに100年、その後廃棄物が問題のない状態になるまで10万年、その全プロセスに費やされる資金も半端ない桁数だろう。~~頭クラクラ。。。把握不能。。。このとんでもなく現実離れした数字の数々が現実!!なのだ!!
そして、紛れもなく廃棄物は現実に存在し、処分地決定から施設完成までの長期間、地震や様々な不安を抱えながら地上で中間貯蔵され続けなければならない。これ以上増え続ける再稼動など許されるはずがない。
こんな超危険なゴミ遺産を残すなんて、未来に対してどう謝罪し、どう許されるだろうか。戦後、発展、進歩、開発のスピードに「魂」を置き去りにし、その平和と豊かさに油断した果ての堕落なのだろうか。
原子力の問題はその象徴の一つだ。。。
なんで?なぜ?どうして?。。。日本も世界もあまりにも多くの問題が益々浮き彫りにされ、閉塞感いっぱいで八方塞がりに思える現況。そんな「今」に私たちは生かされ、生きている。
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この先、」。。。
力強く優しく牽引してくださるお二人の後ろ姿。

」から地上に出た時、目の前に広がったあまりにも美しい青空と雲。
この開放感は、かつてない特別の感覚だった。
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今回の体験は、原子力という重いテーマをリアルに自分の問題として捉え
「知ること」「感じること」「考えること」「表現すること」を再認識するツアーとなった。ともかく今自分ができる最良のことを一つ一つ積み重ねよう。規模や力は小さくとも「未来への良き種を」と、私たち社会全体が、置き去りにしてきてしまった「魂」を取り戻し、「意識の成長」に繋がっていくことを強く想い描きながら。。。

帰路のバスが終点に近づいた頃、「あっ、虹!」と参加者の一人が発見。太陽の周りに縦に短く太い虹が(アーチ状でもくっきりの虹でもなかったけれど)まるで今を象徴する希望を示してくれたようで、嬉しくも身の引き締まる想いでツアーを終えた。きっとオフィス・レインボーの湯川先生がご一緒してくださったからの「虹」かもしれない。

「バスガール」の明るい歌声でスタートし、
「虹」で締めくくれたこのツアー
♪発車オーライ~♪
♪あかるく~あかるく~走るのよ~♪


ランディさん、湯川先生、ご一緒くださった皆さま、
ありがとうございました!
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by wtwong | 2016-09-24 01:06