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<社会の中に生きる>
ウォン・ウィンツァン
2017-01-14
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以下の文章は、名古屋市の鶴田商会さんが発行してる通信紙「ゆっくりずむ」に投稿したものです。
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 初めまして。ウォン・ウィンツァンと言います。ピアニスト・作曲家・心理ワークのファシリテーターなどもしています。私が作曲した曲で現在NHKで放映されているのは「にっぽん紀行」「目撃!にっぽん」「こころの時代」のテーマ曲です。お聴きになった方もいらっしゃるかもしれません。

 私の父や母の家系は殆どが商売人です。父は自身を商売人と呼んでいます。香港の華僑の家系ですから、、、でも母方の祖母は神戸の芸者さんでした。私の音楽の遺伝は日本人の祖母から受け継いだに違いありません。

 19歳からプロとして活動をはじめました。とは言え自分の音楽スタイルを確信するには、40歳になるまで、ほぼ20年かかりました。その後もそれなりに錯綜するのですが、、、自分の音楽スタイルを見つけることが出来ず、暗中模索、五里霧中時代はやはり苦しい毎日でした。そして生きるために、所謂音楽業界の中で働いていました。スタジオミュージシャン、タレントさんの伴奏や、テレビCMの作曲などをして、生き繋いできました。

 とっても苦しい時代でした。でも今思い出すと、その修行時代は私が精神的に自立するのに必要な時代だったと確信します。特にTVCM制作は、、、、私の上には音楽プロデューサー、音楽制作事務所、映像制作プロデューサー&事務所、広告代理店、クライアント、そして社長と、それこそ士農工商作曲家、みたいな感じです。私の制作したCMを、上にいるあらゆる部署の偉いさんたちにプレゼンせねばならないのです。

 その試練は、私にコミュニケーション力や、相手の気持を察する能力や、自分の思い込みを手放す修行、自分の思いを伝えるスキル、何を言われようが自分を失わない強さ、それらを学ぶにはなかなか得難いシチュエーションでした。プライドを踏みにじられることも、決して少なくなかった。今思い出してもムカつきます。(笑)97歳になる父は「あなたは社会に出たことがないから、苦労を知らない」と決めつけられたりします。香港から戦前に留学し、戦中戦後と生き延び、華僑が日本で起業して、引退するまで、それ相当な苦労だったと思います。頭が下がります。

 さて、私は40歳になったとき、ようやく人前で演奏したり、自作の曲を披露できるほどになりました。その時、業界から身を引いて、奥さんと二人でインディーズレーベル(SATOWA MUSIC)を立ち上げました。あの当時は「自主レーベル」と言って、業界からデビューできなかったアーティストが仕方がなく、自費でレコードを出すことを指していました。

 でも私たちには業界で培ったスキルがありました。(因みに奥さんは店舗デザイナー)すなわちレコード業界のシステムでは作れない音楽やCDジャケットを、インディーズであるからこそ作ることが出来ると、私たちは確信していました。あるレコードメーカーの方が私たちのCDを見て「これはメーカーでは絶対制作できない」と感嘆していました。やった〜

 SATOWA MUSICはこの25年ぐらいの間に30タイトル以上のCDをリリースすることが出来ました。それも20年間の修行時代に、制作スキルと、コミュニケーションスキルなど、社会でしか得られない技量を得られたからに他ならないと思います。人間は社会の中でしか成長する機会がありません。どんな人も、自身の生き方を生きるためにも「社会化」は絶対必要なのだと思っています。

 さて、私たちは昨年、平和をテーマにした楽曲「光を世界へ」をリリースしました。このCDの制作では、沢山の友人達がボランティアで参加してくれました。CDの収益は友人の平和活動をしている5つのNGOに送られます。そんな活動ができるのも、友人知人、そしてオーディエンスに支えられているからだと、感謝の気持ちが湧いてきます。

 人間は一人では幸せになれない。ひとりの人間として、しっかりまっとうな、健全な人格を成長させ、沢山の愛する友人に囲まれてこそ、本当の幸せがあるのだと、つくづく思います。
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by wtwong | 2017-04-27 22:32 | essay
<元気になる草間彌生展>
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じつは草間彌生展は衝撃だった。

 私は現代アートとかってジャンルを、はっきり言って軽蔑していた。
美術館やあちこちで見かける草間作品も「何じゃこれ?」と、いささか苦々しく思っていた。
ここでくどくど現代アートについて批判するつもりはないけど、まあ、虚しいよね。
内容ないし、泡のようで、何の価値も感じられない作品がほとんど。
惹きつけられるものなんかないわけさ、、、、
なんで皆こんなものに騒ぐの?
なんでこんな作品にこんなお値段がつくの?
馬鹿みたいだよね。
現代美術館はスノッブな虚しいアミューズメント以外の何物でもないね。
(って言いながらよく行きますが、、、)

 じゃあ、翻って、価値のある作品ってなんなの?って話になる。
勿論、あります。
でも、価値があるとか、無いとかの次元の前に、所謂、美術展ってなんだろう?
私たちは美術が好きなので、美術展にも割とよく行きます。
多分友人の中でもよく行っている方だと思う。
しかし、じつは美術展って、疲れるんだよね。
もともと、多動症の私は、圧倒的な量が展示してあって、圧倒的な量の鑑賞する人の中で、ヘトヘトになっちゃうんだよ。
せいぜい一時間ぐらい、二時間は見てられない。
息も絶え絶えになって、会場から出てくるんだよ。
結局、図録を買って、家でじっくり見たほうが、よほどシッカリ見れる。
でも、所詮、図録だから、オリジナル原画から伝わってくるものは、ない。

 そんなわけで、美術が好きだし、美術館にあしげく通うのに、いつも「もう二度と行くもんか、、、」みたいな気持ちになってる。
なんだろう?
本当は美術なんか好きじゃないのかも、、、
カッコつけてるだけかも、、、

 だから草間彌生展も行く気なかったよ。
ミュシャ展には行ったのに、同じ美術館なのに行く気なかった。
たまたま、ミッドタウン界隈で時間が余ったので、じゃあ、寄ってみようか、ってなった。
一応、かなり大きな展示会になってるし、一度は見とかないと、批判するにも話題にできないよね。

 で、中央の展示室は、広々として、ど真ん中に「咲く花」シリーズが並んでいて、壁面全体に、隙間なく「わが永遠の魂」シリーズが展示されている。
写真撮影OKで、観客が皆それぞれスマホで撮りあったり、自撮りしたりしている。
 これは面白いとばかり、私たちも、作品の前で撮影ごっこを楽しみ始めた。
作品はどれもカラフルで、まるでアポリジニーを起草させるような、ネイティブなモティーフ満載だ。

 いろんな作品の前で美枝子さんを撮影して楽しんだ。
そして、ふっと我に返ると、なにか、自分に大きな変化が起きていた。
なんと、元気になっているんだ!
いつも美術館でヘトヘトになって、陰鬱になるのに、、、、
なんだろうこの違いは??
なにか、開放されて、明るい気持ちになっている。
私は驚いた!!
よりによって美術展で元気になるなんて!!!

 そうなると美術の価値って、一体なんだろう?って話になっちゃう。
勿論、自分の今までの、美術に対する価値だと感じていたものを、だからといって否定しているわけじゃない。
でも、草間彌生の元気!これもありじゃないか、と感じたのは、今までにない美術への見え方、感じ方だ!!!
国立新美術館のあの大きな展示室で、明るい照明の元(美術館って概して暗い)、原色の作品群の中にいると、人は明るくなるって、エネルギーが充填される。
これも、美術の価値と言って、当然いいんじゃなか。
「魂のアミューズメント」!!

 なにか、新しい世界観を、草間彌生に、気づかせてもらえた、そんな草間体験だった!
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<私は今、ウツを楽しんでいる>
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人は必ずウツになるのではないだろうか
ウツになることが自然なんだよ
心に問題がなくても、、、

でも問題を抱えて、なおかつウツになると、
とってもシンドいことになる
場合によっては自死してしまう

私は十代の後半、二十歳になったら死のうと思っていた
いろいろ心の問題を抱えていたのだ
でも今は六十七歳になってしまった
なんとか死なずに、此処までこれた

この歳ともなれば、
ある程度は心の問題をクリアーしているので、
ウツになっても死ぬことはない
ウツを楽しむことが出来るようになった
この何年間にもウツになりながら
若い頃のウツとは雲泥の差があるな〜
と感じている

人間には生きる意味なんか与えられていなんだよ
虚無なんだよ、基本的に、、、
何にもしなくたっていいじゃないか、、、
ただ、ダラダラと生きていればいいよ、、、
心の問題も、必ずクリアーできるさ
クリアーできない問題なんて無いんだよ
セラピーを勉強して、そう思うよ
そもそも虚無なんだし、、、

生きる意味なんか追い求めているから、
ウツになって、
逆に生きる意味を失うんだ
始めっからそんなものはないのを知っていれば、
絶望することもない

そんなことを言ったら、誰かに反論されそうだな
「でも、お前には実績があるじゃないか、、、
ともかく30枚以上のCDをリリースしてる
そのCDに価値があるかどうかは別にして、
そんな人間が
『人生なんか意味はないから、
追い求めるな』と言っても
説得力ないぜ」

そうだな、と思う
人に、ウツを楽しめ、なんて言えないな
だいたいそんなことを言うのは
ウツになっていないってことだよ 
人に何かを伝える
何かを伝えられる、と思っているんだから、、、
音楽に価値が無いんて言えるほどには
ウツになっていない、、、
時折、そんな実績も、自分を支える何の根拠でも無くなるときもあるけど、、、

それに、このウツも、
時間が経てばクリアーして
また行動し始める
いつのまにかモチベーションにスイッチが入って、
何かクリエイティブなことをしようとすることは
わかっているじゃない
クリエイションしなくたって、もういいし、、、
ウツは、私にとって、休息なんだよ、ただの、、、

だから、今だけ、私だけの話だよ
私は、ウツを楽しんでいる
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by wtwong | 2017-04-02 02:34