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<5回のジャズ・フュージョン・セッションを終えて>
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 突然思い立って、ジャズ・フュージョンをライブハウスで演奏しようと決めたのは、たしか3月頃だったと思います。
どうしてそんな気になったのか、まあ、アンフィニッシュド・ビジネスと言う言葉がありますが、やり残した感があるんでしょうね。

 1960年代後半、Miles Davisが電気楽器を導入し、リズムもロック的なものになっていきます。
私も見よう見まねで、エレキベースを演奏するメンバーを入れて、高価なエレキピアノを購入、ロックとアバンギャルドを混ぜ合わせたような演奏を新宿ピットインなどではじめました。
考えてみれば日本でいち早くジャズにロックを導入た方だと思います。
でも、そのグループは形にならず、途中で霧散してしまいます。
私自身が音楽の何たるかも解らずに、新しい楽器やサウンドを導入したからと言って、良い音楽を演奏できるわけもありせん。

 その後、ソウルバンドでムーゲンなどのディスコや、米軍キャンプなどで演奏するようになります。
それは私なりにタイム感、ドライブ感の修練のために、始めたことでした。
そして75年頃、ブラウンライスというポップグループで全米ツアーをするのですが、帰国後は、やはり8beatや16beatのバンドを結成し、リハーサルを重ねます。
そのバンドのリハーサル中、私は何度も何度もドライブの極みというものを体験します。
われをも失うぐらい、透明で、超越的な演奏!!
それは音楽的な至高体験だった。

 しかし、なぜだか音楽として統合された形にすることが出来ない。
例えば、曲として楽譜を用意すると、一番大事にしているエッセンスはなくなってしまうのです。
すばらしいドライブ感を何度も体験しながら、それでも人前に演奏するようにはならない、音楽として仕上がらないというもどかしい時間が過ぎていきます。
そして85年頃でしょうか、結局、私はバンドを形にすることを諦めます。
グループで演奏し、世の中的に認められたいという願望を諦めます。

一人でやるしか無い。
それがピアノソロを始める切っ掛けだったと思います。
その後、瞑想に出会い、ピアノ音楽のフォルムを形作り、90年代から演奏活動を開始し、今日に至るわけですが、、、、
(因みにピアノソロをする上で、あの時代のグループでの修練は大きく影響し、役立ってくれたことは、とってもありがたいことです。)

 でも、あの時代にたどり着いた至高体験が忘れられない、、、
年齢的には、自分が演奏できる期間は、そう長くはない。
今やらないと、もうやることはないだろう。
そんな思いがあってフュージョングループを再度始めようと思ったのです。

 あの頃に比べ、ミュージシャンの意識も全く別物になりました。
一週間前に楽譜と音源を渡して、リハーサルは当日だけ、、、、
でも、当日、楽器をセッティングして、演奏し始めたら、もうそれはいつでもレコーディングしても良いぐらいの仕上がりなのです。
スタジオミュージシャンとして長年キャリアを積んできたから、そのぐらい当然、と言えばそれまでですが、なかなかそんなミュージシャンには出会えません。
自分の音楽を展開したい私としては、こんなにやりやすいメンバーはいないですね。
私は自分の音楽と演奏にフォーカスするだけで良いわけです。
ある意味、とっても厳しいけど、なにか侍的というか、演奏というものへの気構えが、自分的にビシッと来るんですね。
ちょっと前に「クリエイター」についてのtogetterをシェアしましたが、売れているミュージシャンは、才能や技術はあって当然、音楽への向き合い方がシッカリ出来ている、人間としてちゃんとしているんですね。

 私と言えば、まあスタジオミュージシャンとして働いていた時代はあるのですが、やはりやりきれませんでした。
技術も気構えも出来ていなければ、人間性も出来ていなかったから、まあ、やれないですよね。www
ミュージシャンの資質として、私はスタジオ向きではありませんでした。
でも、ピアノソロの活動をする中で、人々と関わる中で、また瞑想やトランスパーソナル心理学などに出会う中で、ようやく音楽への向き合い方が定まってきたということもあるかもしれません。
年の功とかって言うことも出来るでしょうが、、、
なので、嘗てのスタジオ時代に一緒にやっていたメンバーと、もう一度セッションすることが出来たのだと思います。

 今回の演奏は、ジャンルとしては以前と同じジャズ・フュージョンになるのでしょうが、意識や考え方や、音楽性は、あの頃とは全く違っているように思います。
シーズンを終えて、今感じているのは、厳しかったけど、楽しかった、につきますね。
そして、たどり着きたい所に、まだたどり着いているわけではないので、もう少し続ける。
そして、可能ならレコーディングしたいと、まあ欲望は尽きません。
一緒に演奏したミュージシャンたちに、そして聴きに来てくださった皆さんに、心から感謝です。
ありがとうございました。
これらも、応援、よろしくお願いします。m(_ _)m
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by wtwong | 2017-07-27 03:18 | essay
ヘルマン・ヘッセ著「シッダールタ」
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 一人の青年が、晩年に悟りの境地に達するまでの、実に美しいドラマチックな物語!
若い頃に読んで、理解できずに途中で投げ出していたのですが、友人の僧侶に「いいよ〜〜」と言われて、もう一度読む気になりました。
1922年、ヘッセが45歳の時の作品です。
ヘッセが仏教やインド神秘主義、そして心理学者ユングとの交流、当時流行り始めていた実存主義とかの知識を総動員して、「解脱」というテーマで書き上げた、ファンタジーアドベンチャーと言う感じ!!!
あの当時、第一次大戦直後の不安の時代に、きっと多くの人を魅了したと思う。
今だったパウルコエーリョの「アルケミスト」のように受け入れらて、ニューエイジムーブメントに影響を与えたかもしれないな〜

 でもやはりこれはファンタジーなんだよな〜
私ごとで言えば、87年に瞑想に出会い、インド思想にどっぷり浸かって、瞑想によってエンライトメントに導かれると本気で信じていたけど、その10年後ぐらいにそれは幻想だとはっきり思った。
瞑想によって、さまざまな恩恵に預かることが出来たけど、それが解脱に導くことはないとはっきりした自覚があった。
いやむしろ瞑想は、時に直視せねばならないことを覆い隠すことすらあると思った。

 その頃オーム真理教事件などが起こったわけだけど、何故あのような事件が起きたのか、私なりの解釈は、解脱幻想への執着が、ありえないことを可能にしたと思った。
理性的に考えれば罪以外の何ものでもないものを、東大出の優秀な青年がやってしまう。
そのぐらい解脱への幻想は、奥深いものがあると思う。

 瞑想修行、あるいは伝統的な宗教修行は、自我の問題をクリアーできないと、私は考える。
健全な自我を確立しない限り、本当のスピリチャリティーを獲得することは出来ないと私は考える。
「シッダールタ」では、主人公が美しい理知的な娼婦や商人に出会い、愛欲と金銭欲や物欲にまみれ、浸りきった末に自我を超えるストーリーになっているけど、どうだろう?
私たち人間が自我を超えることって、出来るだろうか?

 我が師匠、吉福伸逸氏が私たちに提供したワークは、自我をテーマにしたものが多かった。
私たちは彼から自我の自覚化と、相対化の方法を学んだように思う。
そしてあらゆる未完プロセスを完了させ、存在不安からの脱却、そして開放の実現だった。

 「シッダールタ」は最晩年、渡し守りとなって解脱に至り、そこで得た「さとり」を修行仲間の友人に開示するのだけど、それはやはり深い瞑想の中で体験する「梵我一如」あるいは「統一場」というものだったと思う。
古典的な文体で、読みにくいところもあるけど、とっても格調高い、ファンタジー・アドベンチャーだと思う。

シッダールタ (新潮文庫) ヘッセ
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by wtwong | 2017-07-14 19:23 | essay