<   2017年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

「ほんもの・しあわせ・ローカリズム」
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<音楽離れ、つぶやき>

若い人たちの音楽離れは、深刻だとか、、、
まあ、商業音楽が粗製濫造されたことや、インターネットで自由化されて、コンテンツがフラット化されたことなど、いろいろ理由はあるだろうけど、、、
一番難しいのは、新しい音楽の未開地が、もう殆どなくなっていることだと思う、、、、
昔は音楽を作ることや聴くことって、なにか歴史や社会や文化とかいうものに、コミットしているという実感があった。
今は、空疎なカンジがするんだろうな、、、

でも、人間の音楽を求める根源的な要求がなくならない限り、音楽は生き続けると思うよ、どんな様相になろうとも、、、
音楽を作る人、演る人に言えることは、リアリティーを持てれば幸いだよね、ってことかな、、、

それを見つけて、得るのって、大変だけど、、、
あるから、リアリティーって、、、必ず、、、

<空疎な街、、、つぶやき>

空疎と言えば、今日の午後、渋谷で打ち合わせが終わって、ウォーキングがしたかったので、代々木まで歩いた。
その道すがら、ファッショナブルなお店が延々と並んでいるんだけど、全然意識が向かない。
なんかとっても空疎な感じがして、、、
ファッションに興味が無いせいかな〜〜

<ローカルな原宿、、、つぶやき>

空疎な街だな〜
そんなこと思いながら千駄ヶ谷ぐらいにたどり着いた時に「黒うどん」という看板が目に入った。
あまりお腹が空いていなかったので、ちょっと躊躇したけど、なんか惹かれるものがあって、地下にあるお店に入った。
そしたら原宿とは思えない、どこかの田舎の居酒屋みたいな感じで、カウンターの中にいる女性が、思わず「おかあさん」と呼びたくなるような方がいて
「煮込みうどんしか無いんですよ。
味噌味か、醤油味、、、」
私は迷わず「みそで、、、」
美味しかった。
「本物のうどん」だと思った。

<街の中のローカル、、>

本物って、あるんだよ、今でも、、、
でも、それは派手じゃないし、ファッショナブルでもない、、、
でも、空疎じゃない、本物は、、、
ローカライゼーションていうのは、場所の問題じゃないような気がする。
地方とか都会とかじゃなく、本物は、でもひっそりと生き繋いでいる。
それで良いんだと思う。
そのようにしか生きることが出来ないと思うし、、

キラビヤカな幸せじゃないかもしれないけど、、、、
本物の、慎ましい幸せなんだよな〜

<本物の幸せはローカリズムから、、、>

世界はグローバリズムが席巻している。
世界は無法地帯となって、それを制御するすべがない。
マネーという実態がないお金が飛び交って、本物をどんどん駆逐している。
その先に見える社会は、寒気がするほど空疎で、いや、それどころか、荒廃した人間たちが、、、
それに抗うのはローカライゼーションしかないと思う。
そこに私達人間の本来の生きる姿があると思う。
それは身近な人との出会いから始まる、、、
でも、社会システムをローカライゼーションにカジを切ろうとする政治的な動きは、ことごとく潰されているし、有権者の意識もそちらに向きにくい、、、
グローバリズムはキラビヤカで豪華だ、、、
ローカライゼーションは地道だし、派手じゃない、、、
なので苦戦している、、、

「本物の幸せはローカルにしかない」
その事に社会が早く気づいてほしい、、、

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by wtwong | 2017-11-28 01:07 | essay
「ほんもの・しあわせ・ローカリズム」
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<音楽離れ、つぶやき>

若い人たちの音楽離れは、深刻だとか、、、
まあ、商業音楽が粗製濫造されたことや、インターネットで自由化されて、コンテンツがフラット化されたことなど、いろいろ理由はあるだろうけど、、、
一番難しいのは、新しい音楽の未開地が、もう殆どなくなっていることだと思う、、、、
昔は音楽を作ることや聴くことって、なにか歴史や社会や文化とかいうものに、コミットしているという実感があった。
今は、空疎なカンジがするんだろうな、、、

でも、人間の音楽を求める根源的な要求がなくならない限り、音楽は生き続けると思うよ、どんな様相になろうとも、、、
音楽を作る人、演る人に言えることは、リアリティーを持てれば幸いだよね、ってことかな、、、

それを見つけて、得るのって、大変だけど、、、
あるから、リアリティーって、、、必ず、、、

<空疎な街、、、つぶやき>

空疎と言えば、今日の午後、渋谷で打ち合わせが終わって、ウォーキングがしたかったので、代々木まで歩いた。
その道すがら、ファッショナブルなお店が延々と並んでいるんだけど、全然意識が向かない。
なんかとっても空疎な感じがして、、、
ファッションに興味が無いせいかな〜〜

<ローカルな原宿、、、つぶやき>

空疎な街だな〜
そんなこと思いながら千駄ヶ谷ぐらいにたどり着いた時に「黒うどん」という看板が目に入った。
あまりお腹が空いていなかったので、ちょっと躊躇したけど、なんか惹かれるものがあって、地下にあるお店に入った。
そしたら原宿とは思えない、どこかの田舎の居酒屋みたいな感じで、カウンターの中にいる女性が、思わず「おかあさん」と呼びたくなるような方がいて
「煮込みうどんしか無いんですよ。
味噌味か、醤油味、、、」
私は迷わず「みそで、、、」
美味しかった。
「本物のうどん」だと思った。

<街の中のローカル、、>

本物って、あるんだよ、今でも、、、
でも、それは派手じゃないし、ファッショナブルでもない、、、
でも、空疎じゃない、本物は、、、
ローカライゼーションていうのは、場所の問題じゃないような気がする。
地方とか都会とかじゃなく、本物は、でもひっそりと生き繋いでいる。
それで良いんだと思う。
そのようにしか生きることが出来ないと思うし、、

キラビヤカな幸せじゃないかもしれないけど、、、、
本物の、慎ましい幸せなんだよな〜

<本物の幸せはローカリズムから、、、>

世界はグローバリズムが席巻している。
世界は無法地帯となって、それを制御するすべがない。
マネーという実態がないお金が飛び交って、本物をどんどん駆逐している。
その先に見える社会は、寒気がするほど空疎で、いや、それどころか、荒廃した人間たちが、、、
それに抗うのはローカライゼーションしかないと思う。
そこに私達人間の本来の生きる姿があると思う。
それは身近な人との出会いから始まる、、、
でも、社会システムをローカライゼーションにカジを切ろうとする政治的な動きは、ことごとく潰されているし、有権者の意識もそちらに向きにくい、、、
グローバリズムはキラビヤカで豪華だ、、、
ローカライゼーションは地道だし、派手じゃない、、、
なので苦戦している、、、

「本物の幸せはローカルにしかない」
その事に社会が早く気づいてほしい、、、

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by wtwong | 2017-11-28 01:07 | essay
<コンサート「おくる音楽」を終えて>
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 さて〜〜
コンサート「おくる音楽」無事終了しました〜
疲れたけど、やり終えた感でいっぱいです。

 私の曲が、ストリングスと相性が良いのは判っていました。
でも、なかなか自分の思った音楽にならないのが、悩みでした。

 CD「フレグランス」の録音では14人ぐらいの編成でしたが、自分的には不満が残りました。
その後、CDの制作には、シンセサイザーやサンプリング音源で、サウンド作りをしたわけです。
それは生のストリングスでは自分の望むサウンドにはなりにくいので、それだったらシンセサイザーのほうが、よほど自分のイメージするサウンドにすることが出来ると思ったからです。
それは成功したと思います。
シンセサイザーの音質とは言え、ゴージャスなサウンドになっています。

 生のストリングスが、自分の思うサウンドにならないのは、私の編曲の技量の問題、演奏者との関係性の問題、録音の問題、お金の問題、などなどがあります。
「光の華」では、再チャレンジしたのですが、もっと不満が残り、結局ピアノソロと、ストリングスありの、二枚組にしたものです。

 昨年の浜離宮朝日ホールのコンサート「光を世界へ」を最後にこのホールからも卒業しようと思っていました。
朝日ホールの響きもピアノも大好きなのですが、私のピアノの音楽には大きすぎるといつも感じていました。
いらっしゃるお客様も、徐々に減っていきましたし、収支的にもギリギリでした。

 私が本当にやりたい音楽は生のピアノ一台で、同じ目線で、目の前のお客さんに向かって、語るように、まさにムーントークをしたい、それが原点でした。
拍手もいらない、一音一音、音を紡ぐように、演奏したい。
そういう演奏は、むしろ各地のコンサートでは出来ていました。
100人前後の規模での演奏が、自分には一番あっているといつも感じていました。
いわゆるサロンコンサートですね。

 ですので、今年は朝日ホールはやらないはずでした。
ところがもうすでに予約してあった朝日ホールのキャンセル料が、実は馬鹿にならなかったのです。
どうしょうかな〜と思っていた時に、今年3月頃、NHKの番組「目撃!にっぽん」のタイトル曲の依頼がありました。
そのストリングスの録音に、たまたま日本にいた金子飛鳥ストリングスにお願いできたのです。
そのサウンドを目の当たりにして、欲望が出てしまいました。
浜離宮朝日ホールの大きさや響きに、このグループは最適だし、最後はこのストリングスと一緒にやりたい!!

 彼等も私のサウンドを気に入ってくれました。
そして、すでに決まっていた秋の朝日ホールのコンサートの日に彼等を抑えることが出来たのは、飛鳥さんも奇跡的だと言うほどでした。

 さて、それからが大変、、、
編曲は9月の下旬から始めたのですが、やはり力量の壁がありました。
何度も何度も書き直しながら、日にちばかりが過ぎていくし、他のスケジュールもあるので、編曲だけ集中しているわけにも行かないし、結構焦燥感で追い詰められたりしたものです。
はじめは試行錯誤で、何度もやり直したり、なかなか先に進みません。
編曲の書き直しは、コンサートの直前まで続けて、金子飛鳥ストリングスのメンバーに何度もメールで新たに楽譜を送り、随分と迷惑をおかけしたものです。
飛鳥さんにもチェックして頂き、演奏上無理なことも書き直したりしました。

 どうなることかと思いながらも、コンサートの前日のリハーサルの日がやって来ました。
実はリハーサルのための時間を充分押さえてなかったんですね。
一曲最低30分のリハーサルとして、15曲やると、8時間、セッティングや休憩も入れるなら9時間から10時間は欲しいところです。
でも、私のミスで、なんと6時間しか押さえてなかったんです。
どひゃ〜〜です。
でもなんと6時間で全曲のリハーサルをやり終えたんです。
本当に奇跡!!

 そしてコンサート当日の昼、全曲を一回通して、後は本番に望みました。
コンサートはあっという間の2時間半でした。
全15曲、自分のミスはともかく、すばらしいアンサンブルが実現しました。
コンサートに来てくださったお客様はそのサウンドに魅了されたのか、沢山好意的なアンケートを残していってくれました。
それを読みながら、やはりやってよかったと、深く思いました。

 ストリングスのメンバーからも「これだけ短時間でまとまったのは、編曲や譜面がしっかりしていたから」とお褒めいただいたし、また、あのいい加減な指揮ぶりに、「思いが伝わってきたから、すごくやりやすかった」と言ってくださり、本当に嬉しかった。
メンバーからの賛辞が一番嬉しいですね。
でも、何よりあの素晴らしい音楽が実現したのは、メンバーの音楽の力量以外の何物でもありません。
すばらしいです、音楽家としても、人間的にもです!!

 さて、一つの壁を超えられた気がします。
その壁を超えるためには、これだけ年月が必要だったし、タイミングや縁起などの支えも必要だったと思います。
大きな宇宙の計らいをいうものを感じざるを得ません。

 金子飛鳥さんとストリングスのメンバーに、来てくださったお客様に、沢山の影のスタッフ、そしてさとわミュージックを支えている二人の女神に、そして天国から見守ってくれているたくさんの霊に、こころから深い感謝です。
ありがと〜〜

ウォンウィンツァン
2017-11-24
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by wtwong | 2017-11-24 03:31 | essay
<おくる音楽>
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 <おくる音楽>

 来る11/23のコンサートは、この5月に大往生したパパさんを偲ぶものにしたいと思いました。
それとともに、今まで天国に見送った家族や友人・知人たちにも、同じ思いを届けることができれば、とも思います。

 思い起こすと、多くの知己を見送りました。
昨夜、数えてみたのですが、40人近くにもなってしまいました。
一人ひとりを思い出しながら、死者を弔うこと、悼むことを考えていました。
みなそれぞれの亡くなり方です。
父のように充分歳を重ねて、大往生した人。
でも、若くして、思いを残して現世を去らねばならなかった人は、やはり無念な気持ちはあっただろうと、やるせない気持ちになります。
また、自死した何人かの友人には、何もできなかったことに淡い悔恨もあります。

 カトリック教会には「レクイエム」という葬送形式があります。
それを元に作曲されて有名なのがモーツアルト、ヴェルディ、フォールの「三大レクイエム」だそうです。
レクイエム自体には「鎮魂」の意味は無いのだとは、wikiを読んで初めて知りました。
近代、現代では、形式から離れて、葬送する音楽として独自のスタイルになっています。
武満徹作曲の「弦楽のためのレクイエム」はよく聴きました。

 でも、今回、父や帰らぬ故人たちに向けて、彼等を偲ぶ音楽は、でも決して「レクイエム」ではない気がしました。
「弔う」でも「悼む」でもない、でも、やはり「祈り」であり「偲ぶ」ではあると思いました。
そんなふうに思いを馳せていたら「おくる」という言葉出てきました。

 ご存知「おくりびと」の「おくる」と言う言葉です。
「おくる」には「送る」「贈る」あるいは「遅れる」という意味もあります。
「送る」には、彼等を天国に送り届けたいという思い、、、
「贈る」には、天国にいる彼等に贈る音楽を、、、
そして「遅れる」には、先に逝った彼等に遅れてしまったけど、でもいつか私達も、、、
そんな想いを託して「おくる音楽」とタイトルを付けました。

 家族や数人の知人を看取った、その「余韻」はかけがえのない大切な記憶です。
いつか旅立つ日まで、彼等を偲びながら、日々を大切に、生き繋ぎたいと思います。

ウォンウィンツァン
2017-11-17
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by wtwong | 2017-11-17 17:06
<いわき市立美術館&アリオス「新しい幸福へ」ワークショップ>
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 2017年11月3日、4日の二日間、いわき市立美術館とアリオスの連携主催によるワークショップが行われました。
タイトルは「新しい幸福へ 音楽・絵・ボディをとおして自分に出会う」
講師はカラーセラピストの末永蒼生さん、江崎泰子さん、そしてwong美枝子さんと私です。
その他にサポートとして色彩学校の馬目佳代子さん、仙台から佐藤さんが駆けつけてくれました。

 参加者は10名ほどの少人数になりました。
広報が遅かったり、文化の日の二日間であったりで、それに内容が不透明(汗)だったから、、、
でも少人数なったおかげで濃密な内容になりました。

11月3日

 最初は講師の自己紹介、そして参加者の自己紹介。
自己紹介でとっても温かい雰囲気でいっぱいになっちゃって、
思いついて予定外に一曲演奏しちゃいました。

 そして美枝子さんのムーブメント。
体をほぐし、その場に馴染んでいきます。

 そして末永さんによる「ベルエポックぬり絵を楽しむ」
ロートレックやモネなど、世紀末の画家たちの作品をベースに、ぬり絵をそれぞれおもいおもいの色彩で描いていきます。
これが実に楽しく、それぞれの色彩に、それぞれの思いが現れる、これだけでセラピーになっていきます。

昼食後、、、、

 末永蒼生さんのレクチャー「ベルエポックの時代と画家たち」
ロートレックやドガなど、当時の画家たちの作品と魂のあり方を丹念に掘り起こしていく、とっても興味深い内容。

 江崎泰子さんのレクチャー「ベルエポックとジャポニズム」
当時の画家たちが北斎など、浮世絵にどんなに影響されているかを紹介していきます。
当時の日本の文化は、ヨーロッパの画家たちの憧れだったのです。

 ウォン美枝子さんのレクチャー「ダンスシーンに見るベルエポック」
イサドラ・ダンカンやロイ・フラー、当時注目されていた二人のダンサーを通して、ダンスの醍醐味を語ります。
そして実演!!
勢いに乗って、参加者全員で、ヒラヒラした紙を使って、天女舞のワーク!!
ピアノの伴奏で、みなさん気持ちよさそうに踊っておりました。

 そしてウォンのレクチャーもどき「ベルエポックと音楽」
エリック・サティを中心に当時の音楽の雰囲気、画家たちとの交流をお話ししました。
サティの独白的な文章を取り上げ、彼の生きづらさに触れたりもしました。
そして講師四人によるフリートーク、盛り上がりました〜〜
ウォンのピアノ演奏 サティやドビュッシー、オリジナルを演奏、、、

休憩を挟んで

 「私のベルエポック」表現
参加者一人一人の人生の中で、ベルエポックの時代はいつだろう?
その感覚を色彩で表現してもらいました。
みなさん創作意欲が湧いたのか、とっても熱心に描いていました。
そしてシェアリング、、、
末永さんを彼らの作品を読み解いて行きます。

 そしてそして、最後は、ベルエポック時代に流行った「カンカン踊り」
美枝子さんが夜なべして作った紙製のスカートを履いて、踊りまくりました。
私は「天国と地獄」を演奏する羽目に、、、(汗)
そして記念撮影をして、その日は終了

11月4日

 午前中はワークショップ「親子イメージ遊び《音・色・からだ》」
総勢50人ぐらいの親子が参加してくれました。
テーマは「ファミリー・オリジナル・フラッグを作る」
馬目佳代子さんがインストラクターとして進行します。
それぞれの家庭を象徴する旗を、家族で作ります。

 そして作品発表、末永さんがそれぞれフラッグの家族の意味を解読し、評価していきます、
そして美枝子さんのリードで旗を持って行進します。
そして冒険の旅へ、、、
小川になったり、風になったり、最後はゴジラになったり、、、(汗)
盛り上がりました〜〜

午後は、昨日のつづきのワーク、、、

 人数は7人、講師4人、濃密なワークです。
昨日のワークが良かったので、中学1年生の息子さんを連れて来られる方もいらっしゃいました。
まず昨日のシェアリング、みなさんすごくいい体験されたようです。

 美枝子さんのムーブメント、
そのまま呼吸法、あくびワーク、ため息ワーク、
そのまま発声して、歩き回ったり、ハグしながら発声したり、いろんなことが起こります。
ハグしながら発声し、お互いに振動を感じあうワークです。

 そして、呼吸法を使って「誕生、人生、死」を象徴するダンスワーク
ピアノが人生ダンスに寄り添います。

休憩を挟んで

 末永蒼生さんのレクチャーは「画家にみる幸福論、ニキ・ド・サンファル」について語りました。
ニキは射撃画家と異名が付いていますが、子供の頃、父親から受けた性虐待を克服するために、情念のほとばしりを、キャンバスにライフルを向けることで、自分自身を癒しました。
絵画表現がセラピーに結びついていくことにが、どういうことなのか、丁寧に掘り下げて行きます。

 それに絡めて、ジョン・レノンがアーサ・ヤノフの原初療法に巡り合って「マザー」というLPが作られたことに触れて行きます。
「表現とセラピー」は大きなテーマです。

 そして最後は「私の幸せのポスターを作ろう」
一人一人おもいおもいの自己アピールを作品にして行きます。
私は、先日亡くなられたゴスペルシンガー亀渕友香さんと最後に交わした言葉「Keep on Music」をテーマに、ピアノの周りを棟方志功の天女たちが舞う絵を描きたかったのですが、、、、(汗)
そして全員でシェアリング、、、、

 二日間、すごく充実した、内容盛りだくさんのワークショップになりました。
これも四人の講師だけでなく、いわき市立美術館と会場のアリオスのスタッフたちの下支えがあって可能になりました。
心から感謝です。
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by wtwong | 2017-11-05 22:07 | essay