「ほっ」と。キャンペーン
<社会意識のめざめ> ウォン・ウィンツァン
f0236202_2141589.jpg

 私はFBやツイッターで様々なジャンルの話題を取り上げていますが、当然その中に社会問題も入ってきます。
日本の問題だけでなく、世界で起きている様々な問題も取り上げています。
とりわけ日本で生まれ育った者としては、日本のことに一番関心があります。

 2011年3月11日の震災と、それに続く原発事故は、私の社会意識を根本的に変えました。
それまでも障碍者の問題や、地雷犠牲者の問題などにも取り組んできましたが、でも、それは自分自身の日常に危機感があったわけではありませんでした。
そんな悠長な社会意識しかなかった私にとって3・11は衝撃でした。
原発事故は、もしかしたら東京もヤバイかもしれないという危機感がありました。
つまり原発事故の被害者になる可能性があるという、まさに当事者意識をいきなり目覚めさせられたのです。

 原発事故をキッカケにツイッターやフェイスブックなどから情報を盛んに集めるようになり、それをシェアをし続けました。
今ではさほど苦労せずとも色々情報が入ってくるようになりましたし、シェアをすることはごく自然なこととしてやっています。
それらの情報をシェアするのは、正しい情報を他の人と共有することがとても大切だと考えるからです。
個人レベルでも情報を発信することが、今の時代に重要なことだと認識するからです。
一般の報道はかなり偏りがあると言われています。
何しろ報道自由度ランキング72位ですから、、、
私たち個人がメディアになって、信憑性のある情報を共有し合うことはとても重要だと考えます。

 とは言え、個人レベルの情報のシェアが、一体どれだけの広がりがあるかと言えば、はなはだ心もとないものがあります。
FBやツイッターにも限界がありますし、何より情報というものは入手しようとしない限り、届きません。
自ら情報をゲットしようとしない限り、情報に何の意味もないのです。
個人レベルの社会意識の目覚めというものが、どうしても必要です。

 「外国籍のくせに日本のことに口出すな」とネトウヨに言われていますが、私のFBFでそんなことを言う方はいらっしゃらないので、FBFの良識は素晴らしいなと思います。
私は日本の問題に限らず、世界の問題に関心があります。
関心を持つ話題なり情報は、国内外に限らずシェアしたいと考えています。

 それでも私が日本人ではないことで、私から触れないよう気を使うような話題もあります。
明確な線引があるわけではないのですが、例えば慰安婦の問題などは触れたいと思っていない自分がいます。
私が日本国籍だったら、歴史認識の問題として触れていくと思うのですが、、、、

 やはり外国人であることで、触れないようにしようとする自己規制があることは確かです。
私はフリーランスですが、それでも自己規制が働く、保身が働くのです。
ましてや企業や業界など、何らかの組織やコミュニティーに属している人が社会問題、政治問題に対して積極的な発言ができないのは、仕方がないことなのかもしれません。
逆に、其のような状況にも関わらず、果敢に発言をしている人は本当に勇気があると尊敬します。

 日本では社会問題や政治問題に積極的になることに寛容でない雰囲気は強くあるように思います。
それが国民性の問題なのか、教育の問題なのか、いろいろあるとは思います。
それに私たちの日常は、別にニュースなど知らなくても平穏だし、他人事ですよね。
私たちは放射能汚染地域に住んでいるわけじゃないし、沖縄や水俣や広島長崎に住んでいるわけでもない。
当事者意識を持つことはなかなか難しいことです。

 社会システムやインフラは高度に発達し、複雑になっています。
水道の蛇口をひねれば水は出てきますが、その向こうがどのようになっているか、殆どの人は知りません。
スイッチを押せば電気がつきますが、その電気の由来が原発なのか火力なのか水力なのか、誰も知りません。
日々使っているお金がどのような仕組みなのか理解できません。
銀行に預けたお金が、戦争や武器、原発に使われていることも知りません。
社会システムは巧妙に誰も当事者であることを知覚されないように出来ています。

 そんな中でどうやって社会意識や政治意識が育つでしょう。
難しいテーマです。
それこそ直接的な問題が自らの上に起きて、当事者にならない限り、社会意識の目覚めというのは期待できないのではと思ったりもします。

 幸福度ランキングがいつも上位になる北欧などでは、子供の頃から民主主義というものを勉強します。
ドイツでは戦争責任を徹底的に検証し、反省を重ねています。
日本はそのどちらもやっていません。
国を自分の都合よく運営したい為政者にとって、国民が社会意識に目覚めることは都合の悪いことかもしれません。
なので、積極的に民主主義教育を取り入れようとはしません。

 さて、日本はいつになったら、北欧並みの民主主義国家に成長するのでしょう。
今のところ先が見えないのが現状です。
投票率などを見ると、まだまだと言うしかありません。
日本という国がどのようなプロセスで、自立した民主国家に成長するのか、シナリオはなかなか見えてきません。

 もちろん、少しずつではありますが、若い人たちのに社会意識を持つ人が増えていると感じています。
ゆっくりですが民度は上がっています。
残念ながら、それはごく一部というしかありませんが、それでも変化の兆候はあります。
まあ、長期戦の構えで、根気よくシェアを重ねるしかないのだと思います。
心折れることもありますが、、、、
それでも自分のやれることを、気負わず、急がず、やり続けるしかないのかな、、、
そんなことを、ネトウヨ君からのメッセージを読んでから、つらつら考えていたクリスマスでした。

2016-12-25
[PR]