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「脱原発ムーブメントに思うこと」ウォンウィンツァン

『一部の利権や強欲のために、日本の産業や経済、そして命が踏みにじられてはならない』ウォンウィンツァン

大江健三郎さんや落合恵子さんの呼びかけで、5万人規模の集会とパレードが企画されています。私も参加しようと思っています。Twitterで脱原発ツイートを重ねてばかりでなく、皆と共に歩むことで、なにか熱いものを感じ取りたいという想いからです。シュプレヒコールを上げて主張するのではなく、5万人の中の一人としてそこに存在したいと思っています。
http://sayonara-nukes.org/2011/09/0906seime/

しかし、私は彼らの声明文を読んで「ああ、やはり」という落胆する気持ちが湧いてしまいました。脱原発派に対するいつも感じる違和感と重い気持ちを思い出してしまったのです。その声明文は野田政権に向けられたもので、その趣旨は「経済活動は生命の危機より優先されるべきものなのでしょうか。」と言う、脱原発派が常に推進派と言われる人に向かって投げつける常套句でした。「お前らは生命よりお金のほうが大事なんか」と言う、ある意味、人格批判と受け止められてめ仕方がないものです。

声明は政権に向けられたものではあるのですが、それは同時に一般国民に向けられたものにもなるはずです。一般国民とは日本の産業を支えている中小企業や製造業、そしてその雇用者と家族です。彼らは日々、円高や雇用の問題などを抱え、空洞化が懸念される日本経済の中、貧窮し、強い危機感の中にいます。そして今回の311原子力発電所事故による電力供給危機です。行政は彼らに15%の節電を強制し、従わない企業に罰金を課するほどの強硬な処置をしました。そして経団連やメディアや経産省は彼らに向かって「ほら、原子力発電が止まると電力危機が来て、製造が止まるぞ。」と脅しています。今まで長い間、彼らは中小企業に向かって「原子力発電を推進することによって経済が上向く。原子力が止まれば電力供給が止まり、日本は破綻する」と情報操作を続けてきて、彼らはそれを黙って受け止めざるをえないところにいたのです。

彼らは、倒産やリストラや解雇などの危機的な状況の只中にいて、もし電力が止まって製造が滞ってしまったら、一体どうしたら良いのかわからいような事態に直面しているのです。其の様な人々に向かって「生命より経済が大事なのか」という言葉を一体どのように受け止めるでしょうか。其の様な人格批判に対して、言いようのない憤りを感じるのは当然ではないでしょうか。彼らは原発推進派などではなく、電力が止まることに脅かされている、いうなれば「死活派」あるいは「実利派」とでも言う人々で、twitterであちこちで見かける、こころない、お互いに相手を踏みにじるような、やりきれない議論の相手は、多分殆どが其の様な人々なのではないでしょうか。

私たちの戦う相手は、いわゆる原子力ムラという、原子力発電を推進することによって利権や暴利を得てる、学者、財界、官界、政界、メディアなどに巣食う、一部の人々です。彼らは人数的にどれだけ居るか私には判りませんが、実は私たち脱原発派が見誤って推進派だと思っている人々は、私が先に上げた「死活派」や「実利派」がほとんどではないでしょうか。戦う相手をお互いに見誤り、それを原子力ムラはほくそ笑んで高みの見物をしているのではないでしょうか。本当に脱原発を実現したいと思うのなら、私たちはもっともっと丁寧な議論を、死活派や実利派と続けるべきなのではないでしょうか。

「生命より経済が大事なのか」このメッセージの意味は「原子力発電の稼働は命の尊厳を踏みにじっている。」そして「原子力をやめると経済は下向くが、それでも止めるべきである」と取ることが出来ます。これでは完全に原子力ムラの情報操作にやられています。

前者の「原発は生命を踏みにじる」は今回のフクシマ原発事故で起きた数々の悲劇を省みるまでもないでしょう。そして私たちが知っているのは、ウラン鉱山で働く名もない労働者のこと、原子力発電所を誘致するときに地域を従わせるためにお金にモノを言わせて蹂躙していく様、被曝しながら働かされる原発ジプシーと呼ばれる人々のこと、処理方法も決まっていない使用済み燃料の10万年続く危険。そして原子力発電を推進するために行われた様々な捏造、事故の隠蔽、虚偽、やらせなど、原子力ムラの人々の腐敗。それらの事は「死活派」「実利派」の人々もうすうす判っていると思うのです。

「原子力をやめると経済は下向くが、それでも止めるべきである」これは「原子力による電力供給によって経済は成り立っている」という原子力ムラのプロパガンダをそのまま裏返しただけです。少なくとも今すぐ原子力発電をやめても電力供給は止まらないことを確認するべきです。原子力発電所は不安定な電源は、いつ止まるかわからないので、必ずバックアップに火力発電や水力発電などを併設することが義務付けられています。
http://red.ap.teacup.com/kysei4/492.html
(原子力発電は過去10年の間に事故のため三回も電力危機を起こしています。)


現在稼動しているのは54基中11基ですが、仮に全てが止まったとしても併設されている火力や水力による発電で、電気供給が止まることはないのです。したがって、供給不足によって製造業などが困ることはまず無いと考えることが出来ます。むしろ原子力発電は高コストで、政府が原子力コスト試算案 1キロワット時16~20円という数字を出しています。
http://www.shimbun.denki.or.jp/news/main/20110823_02.html
そのコストは全て電気料金に上乗せられています。つまり原子力発電は一部の原子力ムラの方たちには暴利ですが、日本経済にとってはむしろ足かせになっていると考えられないでしょうか。原子力発電は一民間企業では経営が成り立たないことが、隠蔽されていた数字から徐々にハッキリしてきました。

もし原子力発電が全てと止まり、一時的にも不足分を火力発電で補うために必要な燃料費がはたしてどれほどなのか、それがどれだけ電気料金に跳ね返るのか、きちんと算出し、提示し、それでも二回目のフクシマのリスクは、もうとれないのだということを、日本国民の大勢がしっかり理解、受容する、其の様な丁寧で相手の立場にった議論が必要のではないでしょうか。一方的に「生命より経済を選ぶのか」といった間違った主張をつきつけるやり方は、反感を買うだけで、脱原発ムーブメントにとって、私にはマイナスになるとしか思われません。

もし私たちが声を上げるとするなら『一部の利権や強欲のために、日本の産業や経済、そして命が踏みにじられてはならない』となるのではないでしょうか。

野田首相の就任演説は、どちらかというと脱原発、あるいは減原発ともとれる内容です。今、いわゆる原子力ムラのかなり強い圧力が野田政権にかかっていると考えられます。和を重んじる(?)野田政権、今後どのように転ぶかわかりません。菅政権の時、国民は彼を支えませんでした。今、私たちは野田政権の経済優先傾向を批判するのではなく、脱原発傾向を後押ししなければならないと私は思っています。私たち国民の脱原発への強い思いを示し、野田政権の脱原発傾向を評価すべきだと思っています。鉢呂吉雄経済産業相の今までの言動を見ると脱原発方向を明確に進めていますが、やはり相当な圧力があるはずです。

脱原発を実現するために、原子力ムラをしっかり見定め、それ以外の原子力ムラのプロパガンダに脅かされている中間的な人々を理解し、彼らの立場になって丁寧に想いを伝えていく作業を、根気よく続けていかねばならない。そして多くの国民の理解を得て、一方的ではない、揺るぎのないメッセージを政府や原子力ムラに送る必要があるのではないでしょうか。

経済重視と脱原発は二項対立ではありません。再生可能エネルギー発電(私は非枯渇系エネルギー発電と呼んでいます)はこれからの日本の産業や生活を支え、新しい産業を創出します。輸入エネルギーから自立し、技術立国だからありえる無尽蔵の自然エネルギーを謳歌する時代が私たちの夢です。

ウォンウィンツァン
2011/09/08
by wtwong | 2011-09-08 10:14 | essay