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亡くなった妹のこと、福島の避難のこと

妹がガンの宣告を受けたのは、確か2006年だったと思う。以前から体調の悪さを訴えていたが、検査を受けることをせず、黄疸が出てから、膵臓ガンであることが発覚した。
母親もやはり膵臓ガンで亡くなっており、何かしらの因縁を感じざるを得ない。
母親もそうだったが、手術するには難しい場所で、抗癌剤と放射線による治療が病院側から勧められた。

私は妹に、西洋医療の治療より、代替医療を薦めた。
そして食事療法やライフスタイルから抜本的に見なおすことを強く進めた。
しかし妹は私の提言を受け入れなかった。
私が強く言えば言うほど、私を拒否するようになって、コミュニケーションもままならないようになっていった。

なぜ私の提言を拒否するのだろう。
私は当惑した。
今でも、彼女の心のなかで否認の力が働くのを、うまく理解することができない。
膵臓ガン末期にとって、抗癌剤や放射線治療は、患者の体力を弱めるだけで、結果は目に見えていた。
本当に治るためには、半端な気持ちではどうしょうもない。
現実を直視し、向き合わねば、治るものも治らないだろう。
しかし、その事を力説すればするほど、彼女は私から遠のいていった。

私が強く押せば押すほど、妹は私を拒否しつづけるだろう。
そして、閉ざされたままで、私たちは別れを迎えることになることだろう。
そうあってはならない。
私は今の妹の考えや生き方を、まるごと受け入れることにした。
彼女の選択を尊重し、妹が求めるサポートのできうる限りをすると、決めたのだ。

それから彼女の亡くなるまでの約一年間、私たち夫婦は、私達ができうる最善を尽くして、彼女の面倒を見た。
妹は日々心を開くようになって、私達に信頼をよせるようになっていった。
そして、かつてお互いに話すことがなかった様々なことを話し合い、深い繋がりを確かめ合った。
妹の人生の48年間の中、こんなに深く話しあったことはなかった。
彼女は不安や苦しみを分かち合うようになり、少しは私の提言を受け入れ、漢方薬など飲むようにはなった。

しかし、ガンの進行は止まらず。2007年の7月、48年の人生を終えた。
もしかしたら私達の提言を受け入れていたら、もう少しは長く生きてくれたかもしれない。
でも、彼女の選択を変えられなかったことに悔いは残らなかった。
彼女の選択を尊重することによって、私達は深くつながることが出来、私達が彼女を見とることを受け入れてくれたのだ。
お互いに心を開き、お互いを受け入れ、本当の意味でつながることができた。
其の様な掛け替えのない手応えをお互いに持つことができたのだ。

妹の話を書こうと思ったのは、福島などの放射能汚染された地域に住む人達が、私達部外者からの避難の薦めにたいして、否認していることが、妹の時とある意味つながっているように思えたからだ。

行政など、住民の流出によって、税金の減少や県の衰退を避けたい人々は、被ばく線量をゆるく見積もったり、すぐには結果が出そうもない除染を進めている。
それはまるで西洋医療の抗癌剤治療や放射線療法などの対処療法の考え方に似ているようでならない。

かたや私たちは低線量被曝による健康被害をチェルノブイリなどの結果から、低線量被曝の危険、とりわけ子供たちや妊婦さんを強く危惧し、いち早い避難を薦めている。
避難を薦めている人の中には、相手の立場を考えずに、一方的に避難するのが当然が如く押し付けたり、避難しない人を責めたりしているようだ。
そのために無用な対立を生むような事態にもなっている。

少し前に私はtwitterで、様々な理由で避難せずに現地に居残る人に「あなたの選択を尊重します」とツイートしたことがある。
私の脳裏には妹のことがあった。
今、彼らの選択を尊重しなかったら、彼らは私達を拒否するだろう。
それよりは、私達は彼らの心の支えになっていきたいし、そうせねばならないと、私は妹の時と同じように感じていた。

今、私達が考え、理解せねばならないことは、低線量被曝による健康被害の恐怖と戦っている当事者たちの「こころ」にとってなにが必要なのかということだと思う。
東電や行政に対する強い怒り、生きがいを奪われた喪失感、どうすることもできない抑うつ、将来の結果への不安、恐怖、見えない被曝の否認、そして孤立、孤独、、、、
これらのことが彼らを圧倒している。
彼らは無知ではない。
低線量被曝による危険は無意識的には承知なのだ。
でも、否認しているのだ。
私たちの課題はいかに彼らに寄り添うことができるかなのだと思う。
私たちに出来ることは多くはない。
彼らは今までの人生をご破算にせざるを得ないほどの大きな決意をせねばならないのだ。
あるいは避難しないことをも選択せねばならないのだ。

私たちは彼らに提言などはもうしない。
もうすでに彼らの心の奥底では承知しているのだ。
私たちは彼らの選択を尊重する以外にないのだと思う。
あらゆる可能性の中で私たちの出来うることをすればいい。
私達はもう、そうすることしか出来ないし、そのぐらいの苦しみなど、彼らに比べれば大したことではない。
そして、彼らが私達に心を開いてくれる時まで、ただただそこに佇むことを、私たちは選択したい。

ウォンウィンツァン
2011/11/24
by wtwong | 2011-11-24 00:40 | essay