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シンセサイザーの可能性

 この一年近く、シンセサイザーにハマっています。でも実は20代30代も、新しいもの好きの私は最前線のキーボードやシンセサイザーにハマっていたのです。エレピやクラビネット、アープ・シンセサイザー(ミニムーグは持ってなかった)ウォルツアー・エレピとか、、、でも、40代に入りピアノソロをやるようになって演奏活動に電気楽器は使わなくなりました。だって、重いんだもん。ww

 でもCD制作の時はそれなりにシンセサイザーやサンプラーをオーバーダビングに使っていたわけで、縁がないわけではなかったのです。でも、今回のシンセグルメ方向は、今までとはちょっと違うスタンスです。発端は、昨年、ピアニストの高橋全氏のウォールの書き込みに「Korgのmicro stationがいいよ」というのを見ちゃってからです。遊び心をくすぐられて、お揃いで買ってしまったわけです。なんと重さが2.6Kgしかないんです。背中にしょって、オジサンはたのし〜〜www

 実はそれなりにシンセサイザーによるソロの世界の可能性というものは脳裏にあったのです。その可能性を垣間見せているのはCD「九寨溝」ですが、収録曲にシンセサイザーだけによる演奏が数曲入っています。それよりも以前から、シンセサイザーによるソロの世界をいつか展開したいな〜と心の奥底で目論んでいたんですね。ピアノという楽器は、当たり前ですが音色がピアノなんですね。でもシンセサイザーと使えば、他のあらゆる楽器が、それがバーチャルであっても、自分のものになっちゃうのです。サウンドの可能性は絶大です。

 シンセサイザーが様々な楽器のサウンドで演奏できるという可能性は絶大ですが、実は自分がフォーカスしていたのはもう少し違う次元なんですね。抽象的に言えば、ダイナミックレンジによる表現域の拡大です。鍵盤というものは、それを弾けばある特定の音程が発音されるわけですが、それと同時に強弱というものが決定されます。強く弾けば強い音、弱く弾けば弱い音が出ます。ピアノという楽器の表現というものは、実はそれしかないのです。だからピアノの元々の名前は「ピアノ・フォルテ」と言われる所以です。

 ピアノ以外の楽器はほとんどが直接弦に触れたり、ダイレクトに発音体に触れることが出来て、結果的に様々な表現ができます。ビブラートとか音色も変化させられますし、音程も変えられます。でもピアノは「強弱」以外の表情の付け方はないのです。しかも構造的に弱音がとっても演奏しにくい楽器でもあるのです。その代わり、両手を使って、伴奏を同時にしたり、和音を弾いたり、違う表現はできるわけです。しかし、メロディーそのものにビブラートを掛けたり、音色を変えたりすることは基本的に出来ないという、実に制限の多い楽器なんです。

 さて、シンセサイザーの音色にも鍵盤を弾く強さによって、強弱の表現ができるのですが、シンセサイザーを使う人によってはそれほどその機能は要求されないようです。大体はソコソコの強弱しか出せません。でも、私は強弱の変化にフォーカスしていたのです。強弱による表現の変化こそが大事だと思っていたのです。で、実際にKorgのmicro stationを使い出して、すごい驚いたのです。4万円にも満たないオモチャのようなシンセサイザーですが、コンピュータを使えば、サウンドを作るあらゆる要素のパラメーターをエディット(編集)することが出来ることが判ったのです。

 普通、メーカーがシンセサイザーなどの楽器を売り出すときは、購買層を、例えばプロ、セミプロ、アマチュア、初心者、などに区分して値段設定や機能設定をするわけで、アマチュア用や初心者用は、ソコソコの値段なわけで、もちろん機能もソコソコなわけです。ところがKorgは、たとえアマチュア用でもプロ用と全く同じに、編集機能は音色を変化させるほとんどのパラメーターが使えるのです。Korg!すばらし〜〜〜

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 micro stationはミニ鍵盤だし、搭載されている音源もソコソコ!でも、エディットによって、自分の表現したいサウンドが作れちゃうのです。とりわけ何が私に良かったかというと、鍵盤の強弱(ベロシティー)によるによる音量変化、音色変化を自由に設定できるということなんです。シンセサイザーの世界では鍵盤の強弱を「ベロシティー」と言います。ベロシティーを一番弱い信号は「1」、一番強い信号は「127」で、1から127の間の情報(安いキーボードはもっと荒い)を、シンセサイザーは受けて強弱や音色を変化させて発音するのです。

 シンセサイザーを購入してから今日まで、自分が表現したい、つまり演奏しながらイメージしている音量や音色に、実際にシンセから発言されるサウンドと、どれだけ一致させられるか、試行錯誤を続けながら、自分がどのような表現をしたいのか、見極めるための検証と修練でもあったのです。それはほんとうにいい勉強になったし、自分の表現の可能性が今までになく広がったことを感じています。

 奏者が演奏しているその時時のイメージしている音量音色が、ダイレクトに表現される、コレは実は生ピアノではなかなか出来ないことなんです。と言うよりは私にはピアノをコントロールしきれる実力がなかったのでしょう。でもシンセサイザーは、そのような私の力量のなさをカバーしてくれるのです。つまりピアノに安住していたら、自分が本当に出したかった表現に気が付かないままでいた可能性があるのです。

 そして、逆に、シンセサイザーによるイメージトレーニングのお陰で、生のピアノの表現の質も変わり始めています。本当に音楽って可能性が無限だな〜〜

 という訳で、ピアノの音楽の新しい領域に挑戦しています。10月20日(日曜)浜離宮朝日ホールで午後の5時から、生のピアノ(ベーゼンドルファー275)を演奏します。ぜひ聴きに来てください。

http://www.satowa-music.com/
by wtwong | 2013-10-02 01:20 | essay