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<弱音が吐ける安全を、、、>

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 人は普通、弱音や愚痴を言いたくなるときって、必ずある。

弱音を吐くな、愚痴を言うな、という「ねばならない」状態を続けると、いつか人は倒れる。

最近では電通の女子職員が痛ましい死に至ってしまった。

弱音や愚痴を言うと何故か攻撃される。
フェイスブックやツイッターも言いたいことを自由に言える安全な場所ではない。



 攻撃する側はいつも偽善の衣をまとっている。
例えば「貴方の為を思って、、、」とか
「私の言葉はエールなのよ、、、」とか、、、

「あなたを愛しているから殴るのよ」と言って子供を虐待しているのと同じことをやっていることに気づかない。

結局相手の弱みに付け込んで、自己主張したいだけ。
上から目線のナルシズムだと気づいていない。

だいたい自分が喋りたいだけで相手のことなど見ていない。
「一流は弁解しない」とか言ってる。二流で悪かったな〜プンプン



 ずいぶん昔になるけど、あるセラピスト三人とお食事をしている時、私は父について愚痴を言い始めた。その頃父との関係は最悪で鬱憤が溜まりに溜まっていた。

その時二人のセラピストが「お父様はウォンさんを愛してらっしゃると思いますよ」とか「親孝行ができるのも今のうち」とか言い出す。
私は何も言えなくなって黙ってしまった。

でも残りの一人のセラピストは「そうね〜。そうだよね〜。」とひたすら私の愚痴を聞いてくれた。
そのセラピストの対応が私にとってどんなにありがたかったか。
その方は野本律子さんと言って、その後私にとって友人であり理解者になってくれた。

でも、彼女は今はもうこの世にいないけど、、、、



 私は「光を世界へ」の歌詞に「弱い命に寄り添って、感じ合えればいいよね」と書いた。

障害を持った人や病気の人だけが弱い命じゃない。
命は、そもそも弱い存在なのだ。

私達は互いに寄り添って、感じ、分かち合うことが必要なのだ。

もし相手の立場になることが出来れば、助言とかエールとかの偽善で攻撃などできなくなる。

ただただ相手の立場になって感じるしか無い。

そして相手の立場になりきることが出来ないことを痛みとして感じるかどうかと言うことでもある。



 愚痴や弱音を吐く人の立場になって聞いてあげるだけで、実は本人は自分で解決の方法を見出す。

聞く側が相手の立場になって感じようとすればするほど、話す側はちゃんと自己セラピーが始まって、自分で立ち直る方法、次のステップをちゃんと見出すことができるようになる。

つまり答えはちゃんと自分でわかっているのさ、、、

助言など余計なおせっかいだということです。



さて、私も此処で弱音や愚痴を言うことがあります。
それに対して無骨な、無神経な助言などする人は友達ではありませんので、容赦なく友達削除しますので、よろしく、、、
by wtwong | 2016-10-12 13:41 | essay