<乖離からリアリティーへ、自灯明法灯明>ウォンウィンツァン

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<乖離からリアリティーへ、自灯明法灯明>

人間は常になにかを感じ、考えている。
「感じること」や「考えること」は高速度に頭脳を横切っている。
それを捉えるのは難しい。
なぜなら、人は何を感じているのか、なにを考えているのか、知りたいとは思わないからだ。
魂が感じていること、考えていることは、ほとんどがアイデンティティーの揺らぎを起こす。
だから、自分自身を知ること、自覚することがとっても難しい。
違和感や不快な考えや感覚だけでなく、心地よいと思うものも拒否することが多い。

でも魂は嘘をつかない。
嘘をつくことが出来ない。
だから魂が感じたり、考えたりすることは、自己イメージを揺るがしてしまうのだ。
はっきり言えば、ほとんどの人が自分に嘘をついて生きている。
私たち人間はそのように育てられてきたのだ。
家庭や学校、社会からの圧力によって、自分に向き合わないように訓練されている。
あるいは、トラウマなど、心理的外傷によって、自己防御が働き、
魂が感じたり、考えたりしていることを封印してしまうのだ。

だが、そのような生き方は、自分自身が自分自身に重なる感覚を持つことが出来ない。
心理学では「乖離」と言う。
それが酷くなると「解離性人格障害」と言われたりする。

私は長い間、自分が生きていると言う感覚を持つことが出来なかった。
何をやっても、自分が行動している感覚がないのだ。
でも、今、自分が何をやっても、どんなにつまらない行動でも、
それは自分がやっている感覚を持つことが出来ている。
行為している自分がいる。
私は命を生きていると言う感覚は、本当に掛け替えがない、素晴らしい感覚だ。
幸福だと思う。

最近、私たちの生活に大きな波が押し寄せている。
初めての経験でもあり、事象の大きさに、圧倒され、飲み込まれそうになっている。
その事象に流されることによって、これからの人生が苦しいものにならないとも限らない。
でも、ちゃんと自分に向かい、感じていること、考えていること、望んでいることをしっかり自覚し、家族たちとも共有することによって、本当に私たちが求めていることがなんなのか、しっかり見極めることが出来ている。
家族たちと共有することで、理解も結束も深まっている。
事象の激しさに振り回されることなく、これからも一つ一つを乗り越えていけると思う。

「自灯明 法灯明」とは、、、
「自」と「法」は同じことのように思う、、、
宇宙的ことわり(法)の現れとしての自=魂だから
魂が感じていること、
魂が考えていることに耳を傾け、
そして見極める叡智によって、
その理由や根拠を理解し、
現実の次元に照らし合わせながら、
実際に発言し、行動すること、、、

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