<さようなら、ラージ・モニターよ、、、>

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確かに、この世で最高のスピーカーとの別れは、心揺さぶられるものがありました。

様々なスタジオやオーディオ・ショールームで聴いてきた中で、これ以上のスピーカーはないだろう、というものとの別れですから、、、

その瞬間には流石に躊躇がありました。

往生際、悪いですね。汗

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 でも、わたしにとって「良い音」を所有することは、価値では無くなりました。

どんなに素晴らしい音質であっても、わたしが個人で聴いているだけの話で、そこに外に向かう広がりはありません。

 聴きたいのは、受け取りたいのは、音質ではなく、音楽です。

他のスピーカーでも、それは受け取れるのです。

また、音楽制作上、このスピーカーでなくてはならないこともなくなりました。

このスピーカーを所有していることの意味はもうないのです。

このスピーカーのおかげで「良い音」というものを教えられました。

最高の音質に出会えたことは掛け替えのない体験です。

でも、音質の意味を理解した瞬間、得心したその時から、ある意味手放すことも始まっているのでしょう。

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どこか保管場所さえ見つかれば、新しい家に置くことも可能だったかも知れません。

でも、手放すことを自分に課してみたかったのです。

手放すことで起こる自分の内側の感覚をウォッチングしてみたかった。

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わたしにとって引退するとは、このスピーカーのような最高のものを身の回りにおいて、ワイングラスを傾けならが、残りの人生を悠々自適で、時が過ぎ去るのを待つことなのかもしれません。

でも、そんなことはありえない。


引退を潔くしないものは、自分自身すらも自分の所有物であることを手放し、人のため、世のため、と言うよりは、もっと漠然とした大いなるもの為に、残りの人生を捧げるということ、そんな風に、まあ、頭の中では考えたりしているわけです。

そのことを自分に証明するための、このスピーカーの放棄だったのかもしれません。

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ありがとう、ラージモニタースピーカー、、、

このスピーカーのお陰で、究極の音質というものを知ることが出来た。

でもこのスピーカーを十分堪能したとは言えないかもしれない。

何しろ普段、音楽を鳴らしているのは、一万円も満たない、ブルーツース・スピーカーだったりする。

このスピーカーを昔はよく鳴らしていたのに、簡単にすぐ鳴らせるスピーカーに移行していったのは、音質の良さが私にとって大きな価値ではなくなったことと、不精になったこと、、、。

今、大きな人生の節目に、このスピーカーを手放すことを自分に課し、次に進む決心を新たにしたい。

もう一度、ありがとう。

このスピーカーを勧めてくれた亡きエンジニア、森卓也さんの思い出とともに、ありがとう。

そして、さようなら、、、


ウォンウィンツァン


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