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金満里ソロ公演「ウリ・オモニ」を見て、、、

金満里ソロ公演「ウリ・オモニ」を見て、、、

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 引越し作業の合間を見て、金満里女史のソロ公演「ウリ・オモニ」を見に行った。

荷物運びと実務処理に疲れて、気分を転換したいと思っていたところもあったけど、違う意味で意識が飛んでしまった。

この作品公演は以前も見ていたが、今回、改めて作品とパフォーマンスの底力に驚嘆した。


 「ウリ・オモニ」とは「私のお母さん」と言う意味だそうだ。

「1998年3月に86歳で他界した金満理の母、キム・ホンジュンは韓国の古典の歌、舞、楽器に秀で「至宝」と呼ばれた芸人であった。しかし流転の運命を背負い日本への移住を余儀なくされながら、しかし、母国を侵略したその国にあって、民族の魂の芸能を、戦時中にさえも上演し続けた気骨の人であった」とそうパンフレットに紹介されていた。


 そんな母親のもとに、重度の肢体障害を背負って生まれた満里も、またパフォーマーという業も背負うことになる

芸人としての母は「至宝」とまで呼ばれたのだろうから、その技量は素晴らしいものであったに違いない。

つまり身体を使う表現力を支えるその肢体は、よく訓練され、自在に駆使されたはずだ。

パフォーマーの表現を支えるのは、まさしく身体能力なのだ。


 しかし満里の身体は殆ど動かない。

あらかじめ技量を制限されて、表現媒体としての身体能力は極度に限られている。

にもかかわらず満里はパフォーマーとして以外に生きる道をなかったのだと思う。

それは自己規定などではなく、必然だった。


 1983年に身体障害者のパフォーマンスグループ「劇団態変」を創設し、今日まで休むことなく活動を続けて来た。

その持続力、生命力に驚くが、しかしその35年以上の間の、表現者として、差別社会に生きる障害者、そして異邦人として、その苦闘、苦悶はどんなに深かっただろうか?


 障害者のダンスパフォーマンス!!

私は一人の音楽家として今までに劇団態変と3作品ジョイントさせてもらった。

不思議な事だが、私がパフォーマーたちの姿を追い、そのに即興的に音をぶつけていく、その瞬間瞬間は、彼らが障害者で私が健常者であるということが、全く意味をなさなくなる。

彼らの動きのどこまでが表現でどこまでが付随運動なのか、そんなことはどうでも良くなる。

「動き」のすべてが表現なのだ。


 彼らの動きに即興的に演奏していくその瞬間は、障害者に寄り添うことでも、なぞることでもない。

身体と音の純粋な「そこに実存する」そのものなのだ。


 私にはCD「ミズスマシ」というのがある。

劇団態変とのジョイント公演のライブレコーディングである。

このCDを聴き返すとき、彼らの優雅な肢体の乱舞が、私の脳裏に飛来する。


 さて、今回の金満里の「ウリ・オモニ」は彼女の自叙伝的な作品だ。

あの伝説のダンサー大野一雄氏の監修、大野慶人氏の振付だ。

パフォーマーの血を背負った肢体障害者、あるいは、社会内存在としての障害者、その踊りとは、、、

そこには言葉を超えて、魂を揺るがすものが在る。


 東京公演は下北沢の「ザ・スズナリ」であと二日間、2月10日14時、2月11日14時、が残っている。

是非見てほしい、、、、


 さて、劇団態変のメンバーとの交友も楽しい。

パフォーマーの一人に両手両足がない、ちっちゃな女の子がいる。

私がその女の子に向ける眼差しを見て、満里が「ウィンツァンはスィートだからな~~。ダンサーを甘やかしたらアカンで~~」と一言、、、

いや、それは、無理というものだよ、、、

パフォーマンスのその時以外は、私もただの人間だもの、、、汗


29回下北沢演劇祭参加

金滿里ソロ公演

ウリ・オモニ




by wtwong | 2019-02-09 23:53 | essay