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<成長という希望> ウォンウィンツァン

<成長という希望>

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 一歳四ヶ月になる愛おしい孫娘の、驚くような成長ぶりを日々楽しんでいる。

昨日出来なかったことが今日出来るようになっている。

だれも教えていないのに、、、

それを見るたびに、家族たちは歓喜している。

子供の成長は、家族の希望だ。


 成長は希望だ!!

我が師匠、吉福伸逸さんも意識の成長に希望を持って日本に帰ってきた。

彼は80年代、夥しい数の本を翻訳出版し、日本にカウンターカルチャー、トランスパーソナル心理学を精力的に紹介した。

そして体験的グループセラピーというワークショップを続けてきた。

それは他ならない意識の成長に希望を持っていたからだ。

しかし晩年、成長ということに悲観的になってしまった。

彼が思い描いたような魂や意識の成長というものに、彼のワークショップに参加した人たちや、世の中の人々は答えることは無かった。


 吉福さんの苛立ちを、私なりに理解することもある。

311以降、社会問題や政治問題に意識を向けることが多くなった。

そして社会を良くするにはどうするべきなのか、どう関わることができるのか、私なりに思考し、行動しようとしてきた。

しかし、あれから9年を経て、日本はどう成長したのだろうか?

今の日本は三権分立すらままならない。

民主主義の危機と言ってもいい。

しかし有権者は動かない、、、

そう、成長の反対語は停滞と無関心かも知れない、、、


 地球温暖化はもう取り返しの付かないところまで来ていると、指摘する学者も多くなった。

しかしそれでも世界は動こうとしない。

成長ということから、人類は見放されているのかも知れない。


 そんな中、最近「ファクトフルネス」というある医者が生涯をかけて書いた本を読んだ。

人類は確実に成長していると、彼は指摘する。

私たちは成長のタイムスパンをあまりに短く見すぎたのかも知れない。

長い人類の歴史を俯瞰した時、大きな意味で成長しているのだ。

そして人類は成長の最終段階にはまだまだ程遠いところにいるのだろう。


 私が生きている間に、人類の成長の最終段階を見ることは叶わないだろう。

それでも、人類の一員として、かつての先人たちが頑張ったように、私もそのプロセスの片隅に参列したい。

人類の成長は、多くの名も知れない先人たちの努力によって支えられて来た。

そのために多くの犠牲も払ったことだろう。

己の犠牲を払ってでも彼らが戦ったのは、他ならない、人類の成長に希望を持ったからだ。


 私たちは希望を失うことなく、その時代その時代の役割を果たして行くのだろう。

成長は希望なのだから、、、


ウォンウィンツァン

2020/02/15