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<本性を生き始める>

<本性を生き始める>

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承認願望は、どんな人にも強くあるものです。

自分を受け入れて欲しい、認めて欲しい、そのように思うのは、自然な要求です。


でもその為に、本性以上の自分に成ろうとするのは、虚しいことです。

自分をどんなに大きく見せても、中身がないことは相手には透けて見えてしまうものです。


相手に見透かされていることに気づいた時、随分と恥ずかしい思いをしたものです。

そして自責で、自己嫌悪に陥ってしまうのです。


中身のない人、自分の本質を失っている人、そう言う人は大体は生育的な問題を抱えていることが多いと思います。

つまり親からの過剰な介入によって、自分の意志で物事を考えたり、行動するチャンスを失ったまま育ってしまった、まだ子供のままの大人たちです。


実はほとんどの大人たちも中身のない、自身の本性に気づかずに生きている、虚しい人たちばかりです。

この社会全体が自身の本性で生きることを許していないのです。

実に巧妙に自分を失わせるようにこの社会は出来ています。

それが自己嫌悪を呼び起こし、その裏返しとして反社会性や差別意識、排他性で自己防御し、この社会をさらに殺伐としたものにしています。

大人社会のパワハラやいじめや、ヘイトクライムは無くなりません。

皆自分の本性で生きていないからです。


己の本性に目覚め、本質に生きている人は受容力も優しさも強さもあります。

自分自身を生きること、それはレッスンです。

何歳からでも始められます。


どんな人にもその人の本質があります。

その本質に根ざして生きる人は、とても自然な生き方になっていきます。

自分を大きく見せる必要もなくなります。


まず、自分が本性で生きていないことに気づくこと。

それはとてもショックで、その後劣等感や自己嫌悪に陥って、絶望するかもしれません。

でもそれは遅かれ早かれやってくることです。


恐れないで、、、

そこからが出発点です。

今あなたは自分自身を生き始めているのです。

本当の希望を見つけて、生きてください。


ーーーーーー


<付録>

この文章を読んで、自分の本性で生きていないことに気づいた人は、実は軽症です。

長い間、自分を大きく見せることに腐心し続けた人は、絶対気付こうとはしません。

自分が築き上げてきた肥大した自己イメージを手放すほど、恐ろしいことはありません。

そしてそう言う人はとても依存的です。

自分の肥大した自己イメージを支えてくれる、やはりそれに見合った人に認められることが必要なのです。

そのような対象を見つけ、自分を認めてもらうために相手を称賛し、崇めて、同時に自分を認めてもらおうとします。

共依存関係を望むわけです。

そして、それが拒否されると、今度は自分自身を守るために相手をこき下ろし、攻撃します。

その度合いはすざましいものです。

自分を守るためには、絶対相手を許しません。

我が師匠、吉福さんは、そのような人からはひたすら逃げろと言っていました、冗談抜きに。

どんなセラピストにも限界はあるのです。

半端な愛情や慈悲心では、どうにもならないことはあるのです。

本人が自らそのことに気づき、受け入れない限り、誰にもどうすることも出来ないのです。