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カテゴリ:Photo & Essay( 30 )

Wong WingTsan
SPREAD HOPE BEYOND COVID-19

YouTube LIVE
Music for Silent Season in Asia

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 中国、武漢から始まったCOVID-19(新型コロナウイルス)の猛威は、多くの中国の方々に感染し、たくさんの死者も出してしまいました。

ここに謹んでお悔やみ申し上げます。

そして日本では、水際対策の様々な問題もあり、これから本格的に蔓延するだろうことが予想されています。

そして、2月26日、安倍首相は、全国的なスポーツや文化イベントなどについて、今後2週間の中止や延期などを要請する方針を明らかにしました。


 そして今、多くの混乱と不安が日本を覆っています。

感染することの恐れだけでなく、経済活動の停滞を招き、難しい営業を強いられることでしょう。

倒産する企業が続出する可能性もあります。

いろいろな所に、そのしわ寄せが来ることでしょう。

果たしてそこまでする必要があるのかと疑問を呈する人も多くいます。

ウイルスの病原性はそれほど酷くなく、症状が出ずに済む人も多くいると聞いています。


 しかし潜伏期間中や無症状の人も菌をばらまいています。

そんな人たちが街を出歩けば、飛沫感染や接触感染を起こすことは確実です。

感染した人で亡くなられた方たちは、高齢者や基礎疾患を持っている場合がほとんどでした。

自分自身は体力があるから大丈夫と言っても、病原菌をバラ撒くことは、抵抗力のない人にはとっても危険です。

街に出なければならない人は、マスクはもちろん、グローブもして、手洗い、口うがいは今は必須です。

人にうつさない為に。

それでもウイルスの感染力は侮れません。


 2月22日のコンサートでは、わたしはマスクをして演奏しました。

まだ、日本は水際対策の真っ只中で、蔓延期に入る前ということもあり、コンサートを施行するにあたって、万全のウイルス体制で望むことになりました。

マスクをして演奏するなんて音楽人生で初めての体験です。

そして参加者全員にマスクをしていただき、スタッフたちはマスクはもちろん、グローブもして対応しました。

サイン会ではグローブをしてサインしました。

握手も、ハグもなしです。

それも全て、人にうつさない為です。

もし人が集まるなら、このぐらいは対策するべきと意識を持って望んだのです。

思い出深い前代未聞のコンサートになりました。


 3月のコンサートやイベントの予定は、全部で10本ありました。

でも、現時点でほとんどのコンサートやイベントは中止や延期になっています。

残りのイベントもそうなるでしょう。

1月2月はほとんどコンサートはありませんでしたから、3月からようやく活動し、収益もあげねばならないはずでした。

致し方がないことですので、諦念はしているのですが、やはり生活的にはきついですよね。

同じ窮状にいるアーティスト、パフォーマー、そして主催者、企画者がたくさんいると思います。

本当に困ったことです。


 しかし、私たちは手を拱いているわけにはいきません。

私たちにはインターネットという素晴らしいインフラがあります。

あの2011年3月11日の震災と原発事故を受けて、わたしはほぼ二ヶ月間、Ustream配信を使って、自宅スタジオから演奏し続けました。

その経験を踏まえ、これからそれを再開しようと思います。


 私たちは今、新しい音楽のあり方を試みようとしています。

それは音楽の価値観そのものの変革でもあります。

コンサートで生の音楽を享受することは、もちろん掛け替えのないことです。

しかし、今、日本が静かな眠りの中にいる時、それでも私たちは繋がっていることを確かめ合いながら、生きていることを感じていたい。

そしてわたしのプライベートな空間から、聴いてくださる方の日常に、ダイレクトに音楽を届けられる。

こんなにエキサイティングなことはないです。


ウイルスの猛威をなだめる音楽、、、、

眠るような街並みに漂う音楽、、、、

それぞれが、それぞれの営みの中で繋がっていく音楽、、、

生きとし生きるものの命としての音楽、、、、

皆が、自然に寄り添っていると感じられる音楽、、、、


そんな音楽を目指して、インターネットでライブ配信を行いたいと思います。

まずはyoutubeのチャンネル登録をしておいてください。

配信を始める日程時間を後ほどお知らせします。

ではでは、オンラインでお会いしましょう。


wingtsan wong

https://www.youtube.com/user/wongwingtsan

@YouTubeより


ウォンウィンツァン

2020年2月27日


今日は2月14日、バレンタインデーだけど、実はわたしの母親の命日でもあります。


亡くなったのは1981年、彼女が58歳、わたしが32歳の時だった。

膵臓癌でしたが、当時の癌治療は最悪、緩和ケアーと言うもの自体がなかったし、病院も医者も看護婦も酷かった。


お袋はよくがんばったと思う。

私たちは交代で病棟に寝泊りしながら、お袋が黄泉の国を彷徨っているのをずっと見守っていた。

だれとも知れない子供達が母を囲んでいるようで、お袋は子供たち一人ひとりに対応しているようだった。

それを見続けていたわたしも精神状態がおかしくなっていた。

お袋が亡くなる朝、窓の外から「たすけて~」という声が聞こえて、慌てて窓を開けると、そこでは鳥たちが朝のさえずりで忙しそうだった。

わたしが聞いた「たすけて」という女性の声は鳥たちのさえずりだったのだ。

あの声は今でも鮮明に覚えている。


程なくして父親や他の家族も来たので、わたしは交代して家に帰った。

家に着いたころ、連絡があり母が亡くなったことを知らされて、また病院に行くことになった。

葬儀は家族だけで行われた。

雪の日、棺を向こうに置いて、父親と美枝子とわたしの3人がストーブで暖まっている風景だけが、やけに鮮明に覚えている。

雪明かりがガランとした部屋を浄化しているようだった。


母の死は、32歳のわたしは上手に受け止められなかった。

母との確執を解消することができずに死別してしまったのだ。

それは結局母への呪縛にもなった。

母親の呪縛から解放されたのは、2012年秋に行われた吉福伸逸氏の最後のワークショップだった。


実はわたしは吉福さんとは袂を分つ状態だった。

2010年秋のワークを最後に、わたしは吉福さんのワークには参加していなかった。

何故袂を分つことになったのかはいつかお話しするとして、、、

そんな吉福さんから、なぜか突然連絡がありワークに誘われて、いそいそワークに参加することになった。

そのワークが彼の最後のワークになり、かつそのワークで私は母親との関係性の本質に気づき、そして手放すことが出来たのだ。


吉福さんが亡くなる直前、私たち家族はハワイの彼の家に押しかけていた。

一週間ほどいて、皆と本当にたくさんのことを語った。

そして私たちが帰る日、彼の最後の言葉は忘れられない。

「わたしは様々ワークをやってきたけど、結局最後に残るのは母と子の問題なんだよ」

その言葉はもしかしたらご自身のことを語っていたのかも知れない。

吉福さんの母親は前年の秋に亡くなられている。

彼は母親を追うように亡くなったのだ。

2013年4月30日、私たちがハワイを離れた10日後に亡くなられた。

母と、そして精神の父親を亡くして、ようやく私も自立したのかも知れない、、、合掌


<成長という希望>

<成長という希望> ウォンウィンツァン_f0236202_20460276.jpeg

 一歳四ヶ月になる愛おしい孫娘の、驚くような成長ぶりを日々楽しんでいる。

昨日出来なかったことが今日出来るようになっている。

だれも教えていないのに、、、

それを見るたびに、家族たちは歓喜している。

子供の成長は、家族の希望だ。


 成長は希望だ!!

我が師匠、吉福伸逸さんも意識の成長に希望を持って日本に帰ってきた。

彼は80年代、夥しい数の本を翻訳出版し、日本にカウンターカルチャー、トランスパーソナル心理学を精力的に紹介した。

そして体験的グループセラピーというワークショップを続けてきた。

それは他ならない意識の成長に希望を持っていたからだ。

しかし晩年、成長ということに悲観的になってしまった。

彼が思い描いたような魂や意識の成長というものに、彼のワークショップに参加した人たちや、世の中の人々は答えることは無かった。


 吉福さんの苛立ちを、私なりに理解することもある。

311以降、社会問題や政治問題に意識を向けることが多くなった。

そして社会を良くするにはどうするべきなのか、どう関わることができるのか、私なりに思考し、行動しようとしてきた。

しかし、あれから9年を経て、日本はどう成長したのだろうか?

今の日本は三権分立すらままならない。

民主主義の危機と言ってもいい。

しかし有権者は動かない、、、

そう、成長の反対語は停滞と無関心かも知れない、、、


 地球温暖化はもう取り返しの付かないところまで来ていると、指摘する学者も多くなった。

しかしそれでも世界は動こうとしない。

成長ということから、人類は見放されているのかも知れない。


 そんな中、最近「ファクトフルネス」というある医者が生涯をかけて書いた本を読んだ。

人類は確実に成長していると、彼は指摘する。

私たちは成長のタイムスパンをあまりに短く見すぎたのかも知れない。

長い人類の歴史を俯瞰した時、大きな意味で成長しているのだ。

そして人類は成長の最終段階にはまだまだ程遠いところにいるのだろう。


 私が生きている間に、人類の成長の最終段階を見ることは叶わないだろう。

それでも、人類の一員として、かつての先人たちが頑張ったように、私もそのプロセスの片隅に参列したい。

人類の成長は、多くの名も知れない先人たちの努力によって支えられて来た。

そのために多くの犠牲も払ったことだろう。

己の犠牲を払ってでも彼らが戦ったのは、他ならない、人類の成長に希望を持ったからだ。


 私たちは希望を失うことなく、その時代その時代の役割を果たして行くのだろう。

成長は希望なのだから、、、


ウォンウィンツァン

2020/02/15


<自己肯定度をアップする方法>

山川亜希子さんとのコラボレーションの一部報告も含めて、、、

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昨日、冬至の日、2019/12/22、逗子結ホールでの山川亜希子さんとのコラボは、今年最後のイベントの締めくくりとして、完璧だったな。

亜希子さんのお話も、あまりにたくさんのヒントがありすぎて、少ししか覚えていないのがメチャ残念。

メモしておけばよかった~~汗

亜希子さんのお話で覚えているのは

「幸せになることにリミットをかけない」

「有名になろう」

「自分をサボタージュしない」

「今大きな変容の時がきている。変容を恐れない」という言葉だけしか覚えていないけど、タイムリーなメッセージだったな

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08042214.jpeg

さて、今年、亜希子さんに私が一番聞きたかったこと。

昨年のイベントの時、亜希子さんは、自己肯定度はすごくアップしているけど、まだ少し自己否定する部分がのことっている、とお話しされた。

そこで今年の私の質問、「一年経って、あれから自己肯定度はアップされましたか?」

即座に「アップした、した」とお答えになった。

亜希子さんのお話は、北インドやいろいろと旅をして、ババジや、様々な人に合い、またいろんな出来事があった。

そして日本に帰ってみたら凄く自己肯定度がアップしている自分がわかった。

でも、一週間ぐらい前に否定性が出たりしたけど(内緒だけどこうやさんとのことらしい、、、)それもありなのよね、とお話しされた。

なるほど、旅やワークを経た後、自然に自己肯定度がアップすることってあるよな~~

意識や認知、考え方によってアップする方法もあるけど、旅やワークだけでアップすることってある。

自己肯定って、非言語的な体験だから、、、


で、私の自己肯定度もアップしたというお話もした。

昨年の亜希子さんとのコラボで、何かヒントになるものがあって、実はこの一年実践していたことがあった。

それは、過去に犯した自分の過ちに対して、感謝すること。


私はひどく性格悪かったから、随分とたくさんの人を傷つけてきた。

そのことをフラッシュバックのように思い出して、うわ~と自己否定感に襲われる。

とっても長い間、これが続いている。

そのたびに悔やみ、償おうともするのだけど、相手に直接謝罪しているわけでもないし、もう連絡も取れないし、、、

フラッシュバックは無くならないので、何度も何度も繰り返す。


で、昨年の亜希子さんとのジョインの後気づいたこと。

私は、人を傷つけるようなことを二度とやらないと誓い、その体験が自分のコミュニケーションスキルや、自己鍛錬のいい機会になっている。

実は私は傷つけた相手からたくさんのプレゼントをもらっているのだということに気づいた。

自己成長のいい機会になっているのだ。

そのように思い出すと、傷つけた相手に対して、感謝が自然に浮かんでくるようになった。

フラッシュバックが来る度にその相手に感謝するようになっていた。

そんな日々を過ごしている間に、すっかりフラッシュバックしなくなってる自分に気づいたんだ。

凄く楽になったんですね。

本当に感謝です。

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08054836.jpeg

それと、実は半日断食も大きな効果があると感じている。

魂は、他ならない身体が支えているんだよね。


それとそれと、、、、

去年の7月に「演奏させてください」というメッセージをブログにアップして以来、とっても沢山の方からお声をかけてくださっている。

本当にありがたいことです。

つまり、人との関わりも格段に増えたのだ。

様々な方に出会い、様々な考え方にも出会い、様々な性格に方にも出会う。

実はその中で自分のエゴを刺激さえることも多い。

一言で言うと受容力が試されるというか、、、

同時にバウンダリーをしっかり持つことも学ぶ。

そのような体験も自己肯定度をアップすること、受容力包容力をアップすることに繋がっていると感じている。

本当にありがたいことです。


あともう一つ報告したいこと、、、

何かいろいろ謎が解かれている。

一つの謎が解けると、それに繋がる謎がどんどん解けるんだね。

これらも少しずつブログにアップしていきたいな。


という訳で、亜希子さんとのコラボレーションはとっても実りの多いものでありました。

企画してくださった小山内夫妻、サポートスタッフの皆さん、参加してくださった皆さん、ありがとうございました~~



ではでは、メリークリスマス~~


ウォンウィンツァン

2019/12/23


<自己肯定度をアップする方法>

山川亜希子さんとのコラボレーションの一部報告も含めて、、、

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08050690.jpeg

昨日、夏至の日、2019/12/22、逗子結ホールでの山川亜希子さんとのコラボは、今年最後のイベントの締めくくりとして、完璧だったな。

亜希子さんのお話も、あまりにたくさんのヒントがありすぎて、少ししか覚えていないのがメチャ残念。

メモしておけばよかった~~汗

亜希子さんのお話で覚えているのは

「幸せになることにリミットをかけない」

「有名になろう」

「自分をサボタージュしない」

「今大きな変容の時がきている。変容を恐れない」という言葉だけしか覚えていないけど、タイムリーなメッセージだったな

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08042214.jpeg

さて、今年、亜希子さんに私が一番聞きたかったこと。

昨年のイベントの時、亜希子さんは、自己肯定度はすごくアップしているけど、まだ少し自己否定する部分がのことっている、とお話しされた。

そこで今年の私の質問、「一年経って、あれから自己肯定度はアップされましたか?」

即座に「アップした、した」とお答えになった。

亜希子さんのお話は、北インドやいろいろと旅をして、ババジや、様々な人に合い、またいろんな出来事があった。

そして日本に帰ってみたら凄く自己肯定度がアップしている自分がわかった。

でも、一週間ぐらい前に否定性が出たりしたけど(内緒だけど紘也さんとのことらしい、、、)それもありなのよね、とお話しされた。

なるほど、旅やワークを経た後、自然に自己肯定度がアップすることってあるよな~~

意識や認知、考え方によってアップする方法もあるけど、旅やワークだけでアップすることってある。

自己肯定って、非言語的な体験だから、、、


で、私の自己肯定度もアップしたというお話もした。

昨年の亜希子さんとのコラボで、何かヒントになるものがあって、実はこの一年実践していたことがあった。

それは、過去に犯した自分の過ちに対して、感謝すること。


私はひどく性格悪かったから、随分とたくさんの人を傷つけてきた。

そのことをフラッシュバックのように思い出して、うわ~と自己否定感に襲われる。

とっても長い間、これが続いている。

そのたびに悔やみ、償おうともするのだけど、相手に直接謝罪しているわけでもないし、もう連絡も取れないし、、、

フラッシュバックは無くならないので、何度も何度も繰り返す。


で、昨年の亜希子さんとのジョインの後気づいたこと。

私は、人を傷つけるようなことを二度とやらないと誓い、その体験が自分のコミュニケーションスキルや、自己鍛錬のいい機会になっている。

実は私は傷つけた相手からたくさんのプレゼントをもらっているのだということに気づいた。

自己成長のいい機会になっているのだ。

そのように思い出すと、傷つけた相手に対して、感謝が自然に浮かんでくるようになった。

フラッシュバックがくる旅にその相手に感謝するようになっていた。

そんな日々を過ごしている間に、すっかりフラッシュバックしなくなってる自分に気づいたんだ。

凄く楽になったんですね。

本当に感謝です。

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08054836.jpeg

それと、実は半日断食も大きな効果があると感じている。

魂は、他ならない身体が支えているんだよね。


それとそれと、、、、

去年の7月に「演奏させてください」というメッセージをブログにアップして以来、とっても沢山の方からお声をかけてくださっている。

本当にありがたいことです。

つまり、人との関わりも格段に増えたのだ。

様々な方に出会い、様々な考え方にも出会い、様々な性格に方にも出会う。

実はその中で自分のエゴを刺激さえることも多い。

一言で言うと受容力が試されるというか、、、

同時にボーダをしっかり持つことも学ぶ。

そのような体験も自己肯定度をアップすること、受容力包容力をアップすることに繋がっていると感じている。

本当にありがたいことです。


あともう一つ報告したいこと、、、

何かいろいろ謎が解かれている。

一つの謎が解けると、それに繋がる謎がどんどん解けるんだね。

これらも少しずつブログにアップしていきたいな。


という訳で、亜希子さんとのコラボレーションはとっても実りの多いものでありました。


ではでは、メリークリスマス~~


ウォンウィンツァン

2019/12/23


<ピアノとの宇宙的な出会い、、、>

<ピアノとの宇宙的な出会い、、、>_f0236202_22285813.jpg


よく言われるのが、まあ、褒めてくれているんだと思うけど、

「ウォンさんは、どんなピアノでもウォンさんのサウンドですね~~」、、、

そう言ってくれるのは嬉しいことなんだけど、めちゃ苦労していたりする。

美枝子さんなんか「ピアノの状態が悪いほうが良い演奏するね」なんて、

人の苦労を知らずに言うもんね、、、、

つまり、手懐けにくいピアノほど、なんとか自分の音楽にしようと努力するので、

その分、神経をとがらせて演奏していると言うことはあるのだけど、

大変なんだからね、、、

どんなピアノでも良いと言うことではないですよ~~~


ピアノにはグレードがある。

電子ピアノより、アップライトピアノのほうがいいし、

それよりグランドピアノのほうがいいし、それよりもフルコンサートピアノのほうがいい。

使っている材料のグレードだったり、技術のグレードだったり、時間をかけたり、、


では、グレードの高いピアノのの方が音楽性が高いのかというと、

実はあまり関係がない。

どんなピアノでも、ピアニストのコントロールに応えてくれるピアノであれば、

電子ピアノでもアップライトピアノでも、オーディエンスに伝わる音楽性の質に差はない。

最高級のピアノで、ボロボロの演奏しても、音楽は伝わらない。

アップライトでも、ピアニストにちゃんとコントロール力があれば

音楽は伝わるものなんだよね。

要するに、演奏して、自分の音楽性が発揮できたなら、

どんなピアノであろうとも、最高のピアノなんだよね。

音楽性は、もし音楽家に表現力があるなら楽器は選ばない。


だから、アップライトのピアノの私の演奏を聴いて感動してくれたなら、

それはそのピアノが私にとって最高のピアノだったのですよ。

グランドピアノだったらもっと良かったに違いない、なんてことはまずない。

それじゃあ、アップライトや電子ピアノでもいいじゃんということになる。

それも、やっぱり困るんだな~~

アップライトピアノで申し訳ないと思う必要もないし、

でも「アップライトでいいだ~」と思われるのも、んん~~

ピアニストなら、当然だけど良いピアノに出会いたい、、、


でも、結局、一期一会なんだと思う。

大きな次元で言うならば、

宇宙的な采配が、そのピアノを弾けと言うなら、

私は躊躇なく演奏します、と言うことなんですよ。

大きな宇宙的な流れが、そのピアノに私を導くものがあったなら、

それがどんなピアノだろうが、

私は演奏します。


以前、ある会合で、ある僧侶が私に突然、その場にあるピアノを指して、

「あれで演奏して欲しい」と言われたんですね。

でもそのピアノは30年以上は調律していないし、

埃が積もっているし、

弦は錆びまくって、

何本か切れているし、

鍵盤が剥がれているし、

ハンマーも戻ってこないやつもあったり、、、、

私が出会ったピアノのの中で、ワーストNo1か2ぐらいだった。

リハーサルする時間さえない、、、


でも、何か何処かで自分がこのピアノを演奏しこなせると、

確信がやってきた。

良い演奏ができるかどうかなども考えてはいない。

ただ、そのピアノを私は演奏するんだ、と言うことだけだった。


演奏が終わって、皆んなが感動してくれた。

でも、その後、何年たっても、その僧侶に

「ウォンさんの演奏、あの時が一番良かったね」

なんて言われたりする。

困るんだよね~~~汗



<新年のご挨拶 2019年1月1日>_f0236202_11185052.jpg

皆さま、明けまして、おめでとう御座います。

昨年は、本当に多くの方から応援を頂きました。

心からお礼申し上げます。

お陰様で、たくさんのコンサートと、たくさんの出会いがあり、

とても充実した年になりました。

本当にありがとうございました。


私や家族にとって、昨年は、今までにない大きな変化と変革の年でした。

1月には息子が結婚式を挙げ、そして10月には新しい命が誕生し、つまり美枝子はおばあちゃん、私はおじいちゃんに、、、。

また、2月ごろから新しいライフスタイルを家族たちと模索しはじめ、家を建て直すことを決定したのは5月ごろ、これも急激な展開でした。

積もりに積もった家の中にある有象無象の断捨離、55年間住んでいた思い出深い古い家を取り壊し、新しい家の着工、そして仮住まいへの引っ越し、そこにすみ慣れたのもつかの間、今年2月には新しい家にまた引っ越しなおさねばなりません。

それらに付随して行わねばならない様々な実務仕事を、世間知らずの音楽家のおぼつかない足取りですから、行ったり来たりで、それはそれでなかなか大変な作業でした。

勿論まだ終了したわけでなく、まあ、文明と制度のこの社会に生きている限り、やり続けねばならないのでしょうけど、「ああ~もう」(亡き父の常套句)と愚痴ばかりが溢れ出る始末です。

そんなわけで、今年のお正月は、どこか落ち着かない、仮住まいのお正月となってしまいました。


そんな急激なライフスタイルの変化の中、音楽家としての気づきというか、覚悟のようなものも、出てきました。

19歳からプロのミュージシャンとして活動を開始、あらから50年も経った今も、相変わらず音楽をやり続けられていることに、深い感慨とともに、家族や応援してくれた人々への感謝、そして自分自身への労いの念が自然に湧いてきます。

音楽を求め続けることは、やはりそれなりに大変なことで、思い返すとよく辞めなかったと、自分を誉めたり、慰めたりするような気分になっています。


私は今年の誕生日で70歳を迎えます。

今の私にとって演奏したり作曲したりすることは、かつて10代前半にベンチャーズやビートルズをコピーしていた時のようにとっても楽しく感じています。

音楽をやることの純粋な喜びを、この年齢になって、ようやく取り戻せたような気がします。

音楽は、なんと楽しく、素晴らしいことでしょう。


私は昨年の7月、「演奏させてください」という一文をしたため、ブログやフェイスブックにアップしました。


<演奏させてください> ウォンウィンツァン



この文章を読んでくださった、全国の思いを寄せてくださった方たちから、コンサートや、ジョイントライブや、イベントなど、たくさんお声をかけてくださり、昨年9月ごろから年末にかけて、今までになくたくさん演奏の機会をいただくことができました。

本当に、感謝です。

そして友人たちからは私の健康を気遣ってくださるお声も頂いたのですが、なぜか私は今までになく元気なのです。

音楽と、人々との出会いこそが、元気の源ですね。


さて、今年70歳を迎えます。

私が元気に音楽活動を続けられるのは、多分80歳ぐらいまででしょう。

勿論、もっと演奏出来るかもしれません。

「死ぬまで演奏」というのも美学としてはあるでしょう。

でも、私の覚悟の拠り所として「あと10年、頑張る」というのが、1つのみきりのつけかたになっています。


80歳になったら、もしかしたら全く新しい人生を歩み始めるかもしれない。

どこかに出家願望のようなものもあります。

あらゆるシガラミを捨て、インドのライフスタイルで言うところの「遊行期」に憧れているところもあります。

どこかフラフラと、世界を放浪したい、そしてそのまま野垂死にしたい、そんな河原乞食をまっとうする人生、それも良いかなと、、、

まあ、夢ですけどね、、、


さて、あと10年、80歳まで、音楽を通して、この社会に還元したい、恩返ししたい、捧げたいと考えています。

私がこの社会に生かされているのは、私を生んでくれた両親、そして家族たち、たくさんの出会い、この社会の、そして宇宙的采配のおかげです。

私が音楽の喜び、生きていることの喜びを感じ取ることができるようになったのも、これまでの人生の様々な苦しみや悲しみ、悔や絶望、そして喜びや楽しみ、それらの経験の総体、そして私に与えられた本質、本性のおかげです。

その70歳までの人生の全部を受け止めて、残りの10年間、捧げものとしての音楽に身を投じてみたい。

そんな強い想いで、胸がいっぱいになっている、仮住まいのお正月です。


また、これからの10年間を通して、サトワミュージックを次世代に引き継いでもらうことも考えています。

そんなこともあり、昨年から息子の美音志くんとのジョイントも増えています。

是非、彼のことも、応援してください。


いつか皆さんのお会いする機会もあると思います。

皆様におかれましても、自分の本質を生きる幸せな人生を歩んで欲しいと、祈っています。

今年も、そしてこれから10年間、どうぞよろしくお願いします。


ウォンウィンツァン

2019年1月1日


<つらつら、愚痴っぽい、、>

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昨年は、初夏にフュージョングループの演奏をやって、秋には16人編成のストリングスとの共演を果たしたり、死のワークやアートワーク、絵の展示やら、まあ、やりたいこと、やり残したことを、自由にやらせてもらった。

そんな事ができたのも、父を天国に見送れたことや、音楽的には「青の龍」あたりで、なにか到達感があったり、、、、

そう、昨年の初夏から今年の1月ごろまで、本当に開放感に満たされ、幸福感いっぱいだった。


でも、CDの制作もやっていないし、どちらかと言うと、さとわミュージックの運営そのものは、低迷している。

それでも余裕感があったのは、それなりにストックがあったし、背負うものもなかったから、、、


でも、それは長く続かなかった、、、

今年2月頃から、我が家周辺では大変革がおっぱじまった、、、

考えてみれば、必然と言うか、当然の流れなのだ、、、

それは親父が亡くなる前から予測できていたことだし、親父が一番心配していたことでもあった、、、

他の家族のことも、この世で生きていれば、当然やってくること、、、

(すごく抽象的にしか書けないけど、、、)


要するに自分や家族の将来的なことを何も考えていなかったことのしっぺ返しがやってきだけのことなのだけど、、、


2月3月と私たちの現状の把握と、将来の可能性を、考えに考えて、3月31日にはその結論を出し、そして今はそれを実行に移している。

いま急ピッチで家にある物という物を整理し、もうじき仮住まいに移動し、母屋の解体が始まり、8月下旬には工事が始まり、来年1月上旬には、今より小さくなるけど、それでも自分たちの新しい家に住むことになる。

スムーズに行けばだが、、、


家を新築すると、言葉にするとそれだけだけど、これって相当大変な一大事業なんだよね。

何よりも、しっかり社会のお金や制度のシステムに取り込まれ、これからもそれに縛られて、生きていくことになる。

もちろん今までだって社会に生きているわけで、お金のシステムにしっかり絡め取られていたわけで、今に始まったことじゃないんだけど、

それでも、お金に無頓着にいられたという、まあラッキーな状態だったわけ、、、

しかし今は、しっかりお金のやりくりの只中で、毎日、計算せざるを得ない中にいるわけだよ。


もちろん、これも気の持ちようで、別にお金なんか無くなったってっていいんだよね。

お金にとらわれるな、もっと大事なことがあるだろう、、、

そう言い聞かせてここまでやってきたさ、、、

無い頭を使ってお金のことを一生懸命考えて、本当に馬鹿らしいよ。

時々全部投げ出したくなる。


2月の時、家族会議の中で、私はピアノもスピーカーも売って、引退したい、って言ったんだよね。

出家なんかは出来ないけど、風来坊になって生きていきたい。

もちろん、そんなことはありえないんだけどさ、、

出来るわけないんだけどさ、、、

どこか魂の根深いところで、脱社会して、生きて行きたいという願望がある。

根強い見果てぬ夢がある、、、


3月31日、家を建て替えることを決定し、そしてその後、私は不安症とうつ病になっちゃったんだ、、

それってお金に対す不安もあったけど、結局社会のシステムに更にディープに絡め取られることになることへの絶望なんだよね、、、


ああ、俺は社会内存在として、そこから永遠に抜け出すことが出来ないのか、、、

出来ることなら、最も社会から遠いところで、密やかに生きていたい。

なんてね、これってあくまでもいい気な自己憐憫、ダンディズムであって、本音じゃない。

そんな事は解っているんだけど、酒でも呑みながら言いたいわけだよ。

ああ、そんな愚痴を聞いて、受け止めてくれるガールフレンド、いないかな~~


いや、俺は現状から逃げていないし、本当に一生懸命やってるよ~

誰のためにって、もちろん家族のためだよ。

いや、私自身のためです。

私の選択を、ちゃんとやり通しますからね、、、

別に全部やめてもいいんだけどね、、、

でもやります、、よ、、、


「社会システムに取り込まれていることからへの脱却は、自己の有り様を失わずに、魂を売り渡すこと無く、大切なものを見失わずに、より積極的に社会システムへ参加することにある。」某ピアニスト


<人生の選択、、、>

<人生の選択、、、>ウォンウィンツァン_f0236202_08574435.jpg



一週間ほど前、私は激しい不安に襲われた。

ジッとしていると、恐れが吹き上がって、居たたまれなくなるのだ。

まるで怯えた子供のようになって、奥さんのベッドに潜り込んだ。www

今なら照れながらも笑って開示できるけど、その時は、本当に怖かったのだ。


何が怖かったのだろう?

自分の選択は、もしかして自分たちを不幸にするのではないか、、、

何か大きなものを失うことになるのではないか、、、

未来に対する恐れや怯えなのだろう。


不安や怖れは、何らかのサインなのかもしれない。

違和感や不安を無視して、強がって、

あたかも勇気があるかのような振る舞うのは、

自分があるべき姿、あるべき選択を放棄することかもしれない。

選択に不具合があるかもしれないのだ。

仏教で言う「自灯明、法灯明」を教える内なる声は、

時に不安や怖れである場合がある。


私たちは大きな宇宙的な流れに乗って生きている。

それは例えば、父や母の子であり、この時代に生き、

子供を授かり、家族とともにこの国のこの場所に生きていること、、、、

そして父や母や妹が旅立ったこと、、、

いつか私たちも旅立つこと、、、

そのような運命的なことだ。


そんな大きな流れに乗りながらも、同時に、

その都度その都度、選択を迫られている事でもある。

それは例えば、音楽を選択し、美枝子さんと一緒になったことや、

さとわミュージックを立ち上げたこと、

大きなピアノを購入こともそうだ。

それらは、個人的な選択である。

しかしながら、振り返って見るならば、やはりそれらも、

何らかの采配によって、選択させられたのだろうと感じてしまうのだ。



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1450万円のピアノを購入する時も、

私は大きな不安に襲われていた。

そのピアノは自分が求めているピアノなのかどうか?

その頃ピアノのことなど、なにも解っていなかった。

そのピアノを自分が弾きこなせるのか?

演奏技術など無かったのだ。

そのピアノが録音に使えるのか?

録音技術もなかったのだ。

自分の音楽に自信があるわけではなかった。

追い求めている音楽の高みを、いつも実現できているわけではなかった。

分不相応な高価なピアノを買ってしまったのではないか、、、、

著名なクラシックピアニストなら、

大きなフルコンサートピアノを自宅に持っても当然だろうけど、

私のような技術のないピアニストには釣り合わないのではないのか、、、


でも録音に耐えうるピアノを購入する以外に、私には選択肢がなかった。

演奏技術のない私が、スタジオという特殊な場所で、

限られた時間内で、良いレコーディングが出来ると思えなかったのだ。

自分の音楽を活かしめるためには、その選択しか無かった。

ピアノを購入しないということは、己の可能性を捨てることになる。

どんなに不安で恐れがあっても、それは必然的な選択だったのだ。

それを判りながらも、

それでも怯んでいる私を後押ししてくれたのが寺山心一翁さんや、

「アルケミスト」を送ってくれた山川夫妻だった。

そして何よりも親父と美枝子さんのサポートによって、

ピアノを購入することが出来た。


選択の基準とはなにか、

今までの自分を振り返って、

言えることは「己を活かしめる」ということだと思う。

自分自身が輝く方向はどちらか、ということのように思う。


私が不安に襲われたのは、

それを放棄しようとしていたからに他ならない。

私は守りに入っていた。

失うことを恐れていた。

その選択によって、不幸になるかもしれないという恐れだ。

消極性こそが不安の元凶だったのだ。

<人生の選択、、、>ウォンウィンツァン_f0236202_08501733.jpg

自分自身を輝かせるための積極性、

それこそが不安症からの脱却の処方箋なのだろう。

その選択によって、何かを失うこともあるかもしれない。

だが、それも一つの答えなのだろう。

また一つの選択は、他の選択の放棄でもあるのだから、

他の生き方を失うことでもあるのだ。

どのみち一つの選択とは、他の選択を失うことなのだ。

ならば己が輝く方向へ、選択すべきなのだろう。


不安や怖れに向き合い、それらの原因を見定め、

目をそらさずに居れば、自ずと路は見えてくる。

他の選択肢が、本当に己が、或いは宇宙が望んでいることなのか、

しっかり見極めること。

それが自灯明・法灯明ということだ。

たとえ恐れがあっても、積極性を失わなければ、克服できることなのだ。


そして、いつか自分の人生を振り返って、

その時その時の選択は、

そのようにしか有り得ない選択だったと気づくのだろうか。

SF映画「メッセージ」は、未来を予知してしまった主人公が、

それでも定められた、その運命を生き抜くということがテーマだった。

私たちは基本的に未来を予知することは出来ない。

(占星術や予言は、大雑把過ぎるし、

無自覚にそれに従うことは、

選択の自己責任を放棄することにほかならない)

それでも、未来の自分から過去である現在を振り返って、

その選択が悔いのないものなのか、どうか、

私達はもうすでに知っていることなのだと思う。


<自己変革とソマティック>ウォンウィンツァン_f0236202_15001412.jpg
制作:ウォン美枝子

<自己変革とソマティック>

最近、自分を変えたいけど、なかなか変えられない、という方に何人かFBFで知りました。
ネット上に自己変革に関する情報にあふれているよね。
まあ、大抵は企業の中で成功するための自己開発セミナー系だけど、、、
それだけ自己変革を望む人が多いんだろうな〜〜

かく言うわたしの人生を振り返ると、20代30代って自己変革できずに、悶々としていたな〜
その頃の方法は言葉や考え方、思想で自分を変えようと思っていた。
だからやたら本を読んだな〜
大体は思想書だった。
吉本隆明、埴谷雄高、蓮實重彦、などなど、、、
でも、全部ダメだった。
言葉や思考、思想では自己変革できないと身をもって分かったのは、もうすぐ40歳になるって時だった。
随分と打ちのめされたものだったですよ。

そんな時に出会ったのが、瞑想でした。
いや〜すごく抵抗感ありましたよ。
今まで論理的に自己改革をしようとした人間が、突然、非論理的な世界に、、、、
合理的思考では理解できない世界に突入しようと言うんだから、、、
でも、後ろがない、相当追い詰められている状態だったから、、、
このままだったら、残された道は人生やめることだったからね。
飛び込みましたよ。
ジャンプ、それは飛翔だったと思う。

そうやってわたしの新たな人生が始まったわけですね。
その後も様々な自己変革のチャンスに恵まれ、自己変革し続けた。
吉福伸逸さんと言うセラピストに出会ったのも決定的だった。
自己変革の楽しさと言うか、自分が日々変わっていくことの喜びに溢れましたね。
今は自由で、豊かで、生きてるって感覚を持っている。
音楽も成就し、つまり夢が叶ったわけですね。

さて、自分の変革がどんな時に起きているか、振り返ると共通していることがあります。
それは瞑想にしろ、サイコセラピーにしろ、それは優れて<身体的>であったと言うことなんです。
瞑想も、吉福メソッドも、どちらも身体にアプローチするメソッドだった。

最近、と言うか、もうだいぶ経ってるけど、心理療法の世界では「ソマティック」という言葉が流行っています。
ソマティックとは身体性のこと。
トラウマや心の問題は、どうも神経系統に刻印されているらしい、と言うことが判ってきました。
自律神経、交感神経や副交感神経、迷走神経とかですね。
神経系統にトラウマや神経症などの問題が焼き付いている。

なので、言葉や認識面のアプローチや、情動の開放を何度やっても、また同じことの繰り返しをしてしまう。
言葉で解ってても、身体が変わらない。
感情を何度開放し、大泣きしても、またその場面になれば同じ様になってしまう。
それは当然といえば当然なんですね。
神経系統のトラウマはまだ解消されていない。

そこで心理療法の世界では今一番注目されているのが「心身心理学」(ソマティック・サイコロジー)なんですね。
なので、最近の心理療法のネイミングが、やたら「ソマティック」が多いwww
でも、そのようなネイミングがなくてもソマティックなアプローチはいろいろあります。
瞑想もそうだし、吉福伸逸氏の「体験的グループセラピー」も身体的、ソマティックなものだった。
例えば運動でもいいわけです。
吉福さんは私達に「激しい運動がいいんだよ」と口を酸っぱくしていっていました。
彼はサーフィンを薦めていた。

マラソンでもいいんです。
三ヶ月でフルマラソンが出来るようになるそうです。
毎日少しずつ距離を伸ばしていって、約三ヶ月後には、、、
細胞の新陳代謝が正常であれば身体は三ヶ月で新しく生まれ変わるそうですが、関係あるのかな、、、

我が愛妻は五体投地(チベット密教の行法)を、毎日少しづつ増やし、三ヶ月後に、一日かけてなんと3000回もやったのです。
私は本当に心配しましたが、本人はケロッとしています。
「なんか悟るかと思ったのに、何もなかった」と本人は言っていますが、いやいや、ビフォーアフターの違いは私が一番良く知っています。www

さて、身体的アプローチだけで良いとは私は思いません。
認知行動療法的アプローチや、情動の開放アプローチは、やはり必ず必要だと思います。
身体的にトラウマが解消されても、考え方が以前と同じではしょうがない。
マラソン選手が全員開放されているなんてことはないですからね、、、

さて、皆さんの自己変革の旅を楽しんでほしいと思っています。
ご都合主義で自己変革は出来ないことは確かですが、そんなに大変なことでもないと、振り返ると思います。
必要なのはジャンプ、飛翔する勇気です。
では、ボンボヤージ!!!

http://integralsomatics.jp/iweb1/somatikku_xin_li_xue.html