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皆さま、明けまして、おめでとう御座います。

昨年は、本当に多くの方から応援を頂きました。

心からお礼申し上げます。

お陰様で、たくさんのコンサートと、たくさんの出会いがあり、

とても充実した年になりました。

本当にありがとうございました。


私や家族にとって、昨年は、今までにない大きな変化と変革の年でした。

1月には息子が結婚式を挙げ、そして10月には新しい命が誕生し、つまり美枝子はおばあちゃん、私はおじいちゃんに、、、。

また、2月ごろから新しいライフスタイルを家族たちと模索しはじめ、家を建て直すことを決定したのは5月ごろ、これも急激な展開でした。

積もりに積もった家の中にある有象無象の断捨離、55年間住んでいた思い出深い古い家を取り壊し、新しい家の着工、そして仮住まいへの引っ越し、そこにすみ慣れたのもつかの間、今年2月には新しい家にまた引っ越しなおさねばなりません。

それらに付随して行わねばならない様々な実務仕事を、世間知らずの音楽家のおぼつかない足取りですから、行ったり来たりで、それはそれでなかなか大変な作業でした。

勿論まだ終了したわけでなく、まあ、文明と制度のこの社会に生きている限り、やり続けねばならないのでしょうけど、「ああ~もう」(亡き父の常套句)と愚痴ばかりが溢れ出る始末です。

そんなわけで、今年のお正月は、どこか落ち着かない、仮住まいのお正月となってしまいました。


そんな急激なライフスタイルの変化の中、音楽家としての気づきというか、覚悟のようなものも、出てきました。

19歳からプロのミュージシャンとして活動を開始、あらから50年も経った今も、相変わらず音楽をやり続けられていることに、深い感慨とともに、家族や応援してくれた人々への感謝、そして自分自身への労いの念が自然に湧いてきます。

音楽を求め続けることは、やはりそれなりに大変なことで、思い返すとよく辞めなかったと、自分を誉めたり、慰めたりするような気分になっています。


私は今年の誕生日で70歳を迎えます。

今の私にとって演奏したり作曲したりすることは、かつて10代前半にベンチャーズやビートルズをコピーしていた時のようにとっても楽しく感じています。

音楽をやることの純粋な喜びを、この年齢になって、ようやく取り戻せたような気がします。

音楽は、なんと楽しく、素晴らしいことでしょう。


私は昨年の7月、「演奏させてください」という一文をしたため、ブログやフェイスブックにアップしました。


<演奏させてください> ウォンウィンツァン



この文章を読んでくださった、全国の思いを寄せてくださった方たちから、コンサートや、ジョイントライブや、イベントなど、たくさんお声をかけてくださり、昨年9月ごろから年末にかけて、今までになくたくさん演奏の機会をいただくことができました。

本当に、感謝です。

そして友人たちからは私の健康を気遣ってくださるお声も頂いたのですが、なぜか私は今までになく元気なのです。

音楽と、人々との出会いこそが、元気の源ですね。


さて、今年70歳を迎えます。

私が元気に音楽活動を続けられるのは、多分80歳ぐらいまででしょう。

勿論、もっと演奏出来るかもしれません。

「死ぬまで演奏」というのも美学としてはあるでしょう。

でも、私の覚悟の拠り所として「あと10年、頑張る」というのが、1つのみきりのつけかたになっています。


80歳になったら、もしかしたら全く新しい人生を歩み始めるかもしれない。

どこかに出家願望のようなものもあります。

あらゆるシガラミを捨て、インドのライフスタイルで言うところの「遊行期」に憧れているところもあります。

どこかフラフラと、世界を放浪したい、そしてそのまま野垂死にしたい、そんな河原乞食をまっとうする人生、それも良いかなと、、、

まあ、夢ですけどね、、、


さて、あと10年、80歳まで、音楽を通して、この社会に還元したい、恩返ししたい、捧げたいと考えています。

私がこの社会に生かされているのは、私を生んでくれた両親、そして家族たち、たくさんの出会い、この社会の、そして宇宙的采配のおかげです。

私が音楽の喜び、生きていることの喜びを感じ取ることができるようになったのも、これまでの人生の様々な苦しみや悲しみ、悔や絶望、そして喜びや楽しみ、それらの経験の総体、そして私に与えられた本質、本性のおかげです。

その70歳までの人生の全部を受け止めて、残りの10年間、捧げものとしての音楽に身を投じてみたい。

そんな強い想いで、胸がいっぱいになっている、仮住まいのお正月です。


また、これからの10年間を通して、サトワミュージックを次世代に引き継いでもらうことも考えています。

そんなこともあり、昨年から息子の美音志くんとのジョイントも増えています。

是非、彼のことも、応援してください。


いつか皆さんのお会いする機会もあると思います。

皆様におかれましても、自分の本質を生きる幸せな人生を歩んで欲しいと、祈っています。

今年も、そしてこれから10年間、どうぞよろしくお願いします。


ウォンウィンツァン

2019年1月1日


<つらつら、愚痴っぽい、、>

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昨年は、初夏にフュージョングループの演奏をやって、秋には16人編成のストリングスとの共演を果たしたり、死のワークやアートワーク、絵の展示やら、まあ、やりたいこと、やり残したことを、自由にやらせてもらった。

そんな事ができたのも、父を天国に見送れたことや、音楽的には「青の龍」あたりで、なにか到達感があったり、、、、

そう、昨年の初夏から今年の1月ごろまで、本当に開放感に満たされ、幸福感いっぱいだった。


でも、CDの制作もやっていないし、どちらかと言うと、さとわミュージックの運営そのものは、低迷している。

それでも余裕感があったのは、それなりにストックがあったし、背負うものもなかったから、、、


でも、それは長く続かなかった、、、

今年2月頃から、我が家周辺では大変革がおっぱじまった、、、

考えてみれば、必然と言うか、当然の流れなのだ、、、

それは親父が亡くなる前から予測できていたことだし、親父が一番心配していたことでもあった、、、

他の家族のことも、この世で生きていれば、当然やってくること、、、

(すごく抽象的にしか書けないけど、、、)


要するに自分や家族の将来的なことを何も考えていなかったことのしっぺ返しがやってきだけのことなのだけど、、、


2月3月と私たちの現状の把握と、将来の可能性を、考えに考えて、3月31日にはその結論を出し、そして今はそれを実行に移している。

いま急ピッチで家にある物という物を整理し、もうじき仮住まいに移動し、母屋の解体が始まり、8月下旬には工事が始まり、来年1月上旬には、今より小さくなるけど、それでも自分たちの新しい家に住むことになる。

スムーズに行けばだが、、、


家を新築すると、言葉にするとそれだけだけど、これって相当大変な一大事業なんだよね。

何よりも、しっかり社会のお金や制度のシステムに取り込まれ、これからもそれに縛られて、生きていくことになる。

もちろん今までだって社会に生きているわけで、お金のシステムにしっかり絡め取られていたわけで、今に始まったことじゃないんだけど、

それでも、お金に無頓着にいられたという、まあラッキーな状態だったわけ、、、

しかし今は、しっかりお金のやりくりの只中で、毎日、計算せざるを得ない中にいるわけだよ。


もちろん、これも気の持ちようで、別にお金なんか無くなったってっていいんだよね。

お金にとらわれるな、もっと大事なことがあるだろう、、、

そう言い聞かせてここまでやってきたさ、、、

無い頭を使ってお金のことを一生懸命考えて、本当に馬鹿らしいよ。

時々全部投げ出したくなる。


2月の時、家族会議の中で、私はピアノもスピーカーも売って、引退したい、って言ったんだよね。

出家なんかは出来ないけど、風来坊になって生きていきたい。

もちろん、そんなことはありえないんだけどさ、、

出来るわけないんだけどさ、、、

どこか魂の根深いところで、脱社会して、生きて行きたいという願望がある。

根強い見果てぬ夢がある、、、


3月31日、家を建て替えることを決定し、そしてその後、私は不安症とうつ病になっちゃったんだ、、

それってお金に対す不安もあったけど、結局社会のシステムに更にディープに絡め取られることになることへの絶望なんだよね、、、


ああ、俺は社会内存在として、そこから永遠に抜け出すことが出来ないのか、、、

出来ることなら、最も社会から遠いところで、密やかに生きていたい。

なんてね、これってあくまでもいい気な自己憐憫、ダンディズムであって、本音じゃない。

そんな事は解っているんだけど、酒でも呑みながら言いたいわけだよ。

ああ、そんな愚痴を聞いて、受け止めてくれるガールフレンド、いないかな~~


いや、俺は現状から逃げていないし、本当に一生懸命やってるよ~

誰のためにって、もちろん家族のためだよ。

いや、私自身のためです。

私の選択を、ちゃんとやり通しますからね、、、

別に全部やめてもいいんだけどね、、、

でもやります、、よ、、、


「社会システムに取り込まれていることからへの脱却は、自己の有り様を失わずに、魂を売り渡すこと無く、大切なものを見失わずに、より積極的に社会システムへ参加することにある。」某ピアニスト


<人生の選択、、、>

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一週間ほど前、私は激しい不安に襲われた。

ジッとしていると、恐れが吹き上がって、居たたまれなくなるのだ。

まるで怯えた子供のようになって、奥さんのベッドに潜り込んだ。www

今なら照れながらも笑って開示できるけど、その時は、本当に怖かったのだ。


何が怖かったのだろう?

自分の選択は、もしかして自分たちを不幸にするのではないか、、、

何か大きなものを失うことになるのではないか、、、

未来に対する恐れや怯えなのだろう。


不安や怖れは、何らかのサインなのかもしれない。

違和感や不安を無視して、強がって、

あたかも勇気があるかのような振る舞うのは、

自分があるべき姿、あるべき選択を放棄することかもしれない。

選択に不具合があるかもしれないのだ。

仏教で言う「自灯明、法灯明」を教える内なる声は、

時に不安や怖れである場合がある。


私たちは大きな宇宙的な流れに乗って生きている。

それは例えば、父や母の子であり、この時代に生き、

子供を授かり、家族とともにこの国のこの場所に生きていること、、、、

そして父や母や妹が旅立ったこと、、、

いつか私たちも旅立つこと、、、

そのような運命的なことだ。


そんな大きな流れに乗りながらも、同時に、

その都度その都度、選択を迫られている事でもある。

それは例えば、音楽を選択し、美枝子さんと一緒になったことや、

さとわミュージックを立ち上げたこと、

大きなピアノを購入こともそうだ。

それらは、個人的な選択である。

しかしながら、振り返って見るならば、やはりそれらも、

何らかの采配によって、選択させられたのだろうと感じてしまうのだ。



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1450万円のピアノを購入する時も、

私は大きな不安に襲われていた。

そのピアノは自分が求めているピアノなのかどうか?

その頃ピアノのことなど、なにも解っていなかった。

そのピアノを自分が弾きこなせるのか?

演奏技術など無かったのだ。

そのピアノが録音に使えるのか?

録音技術もなかったのだ。

自分の音楽に自信があるわけではなかった。

追い求めている音楽の高みを、いつも実現できているわけではなかった。

分不相応な高価なピアノを買ってしまったのではないか、、、、

著名なクラシックピアニストなら、

大きなフルコンサートピアノを自宅に持っても当然だろうけど、

私のような技術のないピアニストには釣り合わないのではないのか、、、


でも録音に耐えうるピアノを購入する以外に、私には選択肢がなかった。

演奏技術のない私が、スタジオという特殊な場所で、

限られた時間内で、良いレコーディングが出来ると思えなかったのだ。

自分の音楽を活かしめるためには、その選択しか無かった。

ピアノを購入しないということは、己の可能性を捨てることになる。

どんなに不安で恐れがあっても、それは必然的な選択だったのだ。

それを判りながらも、

それでも怯んでいる私を後押ししてくれたのが寺山心一翁さんや、

「アルケミスト」を送ってくれた山川夫妻だった。

そして何よりも親父と美枝子さんのサポートによって、

ピアノを購入することが出来た。


選択の基準とはなにか、

今までの自分を振り返って、

言えることは「己を活かしめる」ということだと思う。

自分自身が輝く方向はどちらか、ということのように思う。


私が不安に襲われたのは、

それを放棄しようとしていたからに他ならない。

私は守りに入っていた。

失うことを恐れていた。

その選択によって、不幸になるかもしれないという恐れだ。

消極性こそが不安の元凶だったのだ。

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自分自身を輝かせるための積極性、

それこそが不安症からの脱却の処方箋なのだろう。

その選択によって、何かを失うこともあるかもしれない。

だが、それも一つの答えなのだろう。

また一つの選択は、他の選択の放棄でもあるのだから、

他の生き方を失うことでもあるのだ。

どのみち一つの選択とは、他の選択を失うことなのだ。

ならば己が輝く方向へ、選択すべきなのだろう。


不安や怖れに向き合い、それらの原因を見定め、

目をそらさずに居れば、自ずと路は見えてくる。

他の選択肢が、本当に己が、或いは宇宙が望んでいることなのか、

しっかり見極めること。

それが自灯明・法灯明ということだ。

たとえ恐れがあっても、積極性を失わなければ、克服できることなのだ。


そして、いつか自分の人生を振り返って、

その時その時の選択は、

そのようにしか有り得ない選択だったと気づくのだろうか。

SF映画「メッセージ」は、未来を予知してしまった主人公が、

それでも定められた、その運命を生き抜くということがテーマだった。

私たちは基本的に未来を予知することは出来ない。

(占星術や予言は、大雑把過ぎるし、

無自覚にそれに従うことは、

選択の自己責任を放棄することにほかならない)

それでも、未来の自分から過去である現在を振り返って、

その選択が悔いのないものなのか、どうか、

私達はもうすでに知っていることなのだと思う。


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制作:ウォン美枝子

<自己変革とソマティック>

最近、自分を変えたいけど、なかなか変えられない、という方に何人かFBFで知りました。
ネット上に自己変革に関する情報にあふれているよね。
まあ、大抵は企業の中で成功するための自己開発セミナー系だけど、、、
それだけ自己変革を望む人が多いんだろうな〜〜

かく言うわたしの人生を振り返ると、20代30代って自己変革できずに、悶々としていたな〜
その頃の方法は言葉や考え方、思想で自分を変えようと思っていた。
だからやたら本を読んだな〜
大体は思想書だった。
吉本隆明、埴谷雄高、蓮實重彦、などなど、、、
でも、全部ダメだった。
言葉や思考、思想では自己変革できないと身をもって分かったのは、もうすぐ40歳になるって時だった。
随分と打ちのめされたものだったですよ。

そんな時に出会ったのが、瞑想でした。
いや〜すごく抵抗感ありましたよ。
今まで論理的に自己改革をしようとした人間が、突然、非論理的な世界に、、、、
合理的思考では理解できない世界に突入しようと言うんだから、、、
でも、後ろがない、相当追い詰められている状態だったから、、、
このままだったら、残された道は人生やめることだったからね。
飛び込みましたよ。
ジャンプ、それは飛翔だったと思う。

そうやってわたしの新たな人生が始まったわけですね。
その後も様々な自己変革のチャンスに恵まれ、自己変革し続けた。
吉福伸逸さんと言うセラピストに出会ったのも決定的だった。
自己変革の楽しさと言うか、自分が日々変わっていくことの喜びに溢れましたね。
今は自由で、豊かで、生きてるって感覚を持っている。
音楽も成就し、つまり夢が叶ったわけですね。

さて、自分の変革がどんな時に起きているか、振り返ると共通していることがあります。
それは瞑想にしろ、サイコセラピーにしろ、それは優れて<身体的>であったと言うことなんです。
瞑想も、吉福メソッドも、どちらも身体にアプローチするメソッドだった。

最近、と言うか、もうだいぶ経ってるけど、心理療法の世界では「ソマティック」という言葉が流行っています。
ソマティックとは身体性のこと。
トラウマや心の問題は、どうも神経系統に刻印されているらしい、と言うことが判ってきました。
自律神経、交感神経や副交感神経、迷走神経とかですね。
神経系統にトラウマや神経症などの問題が焼き付いている。

なので、言葉や認識面のアプローチや、情動の開放を何度やっても、また同じことの繰り返しをしてしまう。
言葉で解ってても、身体が変わらない。
感情を何度開放し、大泣きしても、またその場面になれば同じ様になってしまう。
それは当然といえば当然なんですね。
神経系統のトラウマはまだ解消されていない。

そこで心理療法の世界では今一番注目されているのが「心身心理学」(ソマティック・サイコロジー)なんですね。
なので、最近の心理療法のネイミングが、やたら「ソマティック」が多いwww
でも、そのようなネイミングがなくてもソマティックなアプローチはいろいろあります。
瞑想もそうだし、吉福伸逸氏の「体験的グループセラピー」も身体的、ソマティックなものだった。
例えば運動でもいいわけです。
吉福さんは私達に「激しい運動がいいんだよ」と口を酸っぱくしていっていました。
彼はサーフィンを薦めていた。

マラソンでもいいんです。
三ヶ月でフルマラソンが出来るようになるそうです。
毎日少しずつ距離を伸ばしていって、約三ヶ月後には、、、
細胞の新陳代謝が正常であれば身体は三ヶ月で新しく生まれ変わるそうですが、関係あるのかな、、、

我が愛妻は五体投地(チベット密教の行法)を、毎日少しづつ増やし、三ヶ月後に、一日かけてなんと3000回もやったのです。
私は本当に心配しましたが、本人はケロッとしています。
「なんか悟るかと思ったのに、何もなかった」と本人は言っていますが、いやいや、ビフォーアフターの違いは私が一番良く知っています。www

さて、身体的アプローチだけで良いとは私は思いません。
認知行動療法的アプローチや、情動の開放アプローチは、やはり必ず必要だと思います。
身体的にトラウマが解消されても、考え方が以前と同じではしょうがない。
マラソン選手が全員開放されているなんてことはないですからね、、、

さて、皆さんの自己変革の旅を楽しんでほしいと思っています。
ご都合主義で自己変革は出来ないことは確かですが、そんなに大変なことでもないと、振り返ると思います。
必要なのはジャンプ、飛翔する勇気です。
では、ボンボヤージ!!!

http://integralsomatics.jp/iweb1/somatikku_xin_li_xue.html

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<乖離からリアリティーへ、自灯明法灯明>

人間は常になにかを感じ、考えている。
「感じること」や「考えること」は高速度に頭脳を横切っている。
それを捉えるのは難しい。
なぜなら、人は何を感じているのか、なにを考えているのか、知りたいとは思わないからだ。
魂が感じていること、考えていることは、ほとんどがアイデンティティーの揺らぎを起こす。
だから、自分自身を知ること、自覚することがとっても難しい。
違和感や不快な考えや感覚だけでなく、心地よいと思うものも拒否することが多い。

でも魂は嘘をつかない。
嘘をつくことが出来ない。
だから魂が感じたり、考えたりすることは、自己イメージを揺るがしてしまうのだ。
はっきり言えば、ほとんどの人が自分に嘘をついて生きている。
私たち人間はそのように育てられてきたのだ。
家庭や学校、社会からの圧力によって、自分に向き合わないように訓練されている。
あるいは、トラウマなど、心理的外傷によって、自己防御が働き、
魂が感じたり、考えたりしていることを封印してしまうのだ。

だが、そのような生き方は、自分自身が自分自身に重なる感覚を持つことが出来ない。
心理学では「乖離」と言う。
それが酷くなると「解離性人格障害」と言われたりする。

私は長い間、自分が生きていると言う感覚を持つことが出来なかった。
何をやっても、自分が行動している感覚がないのだ。
でも、今、自分が何をやっても、どんなにつまらない行動でも、
それは自分がやっている感覚を持つことが出来ている。
行為している自分がいる。
私は命を生きていると言う感覚は、本当に掛け替えがない、素晴らしい感覚だ。
幸福だと思う。

最近、私たちの生活に大きな波が押し寄せている。
初めての経験でもあり、事象の大きさに、圧倒され、飲み込まれそうになっている。
その事象に流されることによって、これからの人生が苦しいものにならないとも限らない。
でも、ちゃんと自分に向かい、感じていること、考えていること、望んでいることをしっかり自覚し、家族たちとも共有することによって、本当に私たちが求めていることがなんなのか、しっかり見極めることが出来ている。
家族たちと共有することで、理解も結束も深まっている。
事象の激しさに振り回されることなく、これからも一つ一つを乗り越えていけると思う。

「自灯明 法灯明」とは、、、
「自」と「法」は同じことのように思う、、、
宇宙的ことわり(法)の現れとしての自=魂だから
魂が感じていること、
魂が考えていることに耳を傾け、
そして見極める叡智によって、
その理由や根拠を理解し、
現実の次元に照らし合わせながら、
実際に発言し、行動すること、、、

<自分語りって、、、>

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「問はず語り」とか「自分語り」という言葉があるが、

どんな人にも自分のことを語りたい気持ちって、フツフツとあると思う。

まあ、それが強い人と、それほどでない人もいるけど、、、


私の場合は、語りたいと思う時と、沈黙している時と、

その時その時、その時期その時期で、気分なんだよね。

自分のことを無性に語りたいときもある。

誰でもいいから聞いて欲しい。

FBやツイッターで、ともかく書いちゃう。


なにも語りたいとは思わない時もある。

そんな時は、語ることすら思いもつかない。

静かなんだけど、でも自分に無関心になっているということかもしれない、、、


自分語りをしたがる人を、世の中的には、承認願望が強い人、

自意識が強い人と見られがちだだよね。

自分語りがくどい人、どうでもいい内容の語りが続く人って、やっぱりウザがられる。

ナルシスティックに、自己憐憫や、自己顕示でいっぱいの人も多い。


でも、自分のことをウォッチングしている人たちもいて、そういうひとの「自分語り」は面白い。

きちんと自分に向き合っている語りは、共感を呼ぶことも多い。

ある一人のひとの感受性は、そのひと個人だけのものじゃない。

ひとりの問題は、だいたい他の人の問題に置き換えることができるから、、、


ある人に「ウォンさんは自分のことをオープンに語れて、羨ましい」と言われたことがある。

そうかもしれないけど、自分ではそうでもないと思っている。

私にも恐れがあるよ。

本当にオープンに語って、理解されるとは、あまり思っていない。

ちゃんと人に受け入れやすいことを、理解されやすい言葉で、共感を呼ぶように、したたかに語っている。


こんなことを言うと「もっと無防備に、誤解されることを恐れずに、もっともっとオープンに語ればいいのに」と忠告してくる人がいたりする。

「オープンに語れないのは自分を信じてないからだ~」とかね、、、

だからオープンになれないんだけどね、、、って人のせいにする私、、、www


実はオープンになりたくないのかも。

秘めるものがある方が、人間として奥行きあっていいじゃない、、、www


<地下500m、10万年のメタフォー>
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今日は、地下500mまで潜ってきました。
瑞浪超深地層研究所です。
つまり、放射性廃棄物を地層処理するための技術ノウハウを研究するところです。
田口ランディさんの企画で、所謂アーティスト系の人々が集まりました。
アーサー・ビナードさんもいらっしゃって、ディスカッションでは色々発言されていました。
この研究所の視察は、どなたでも出来ます。
https://www.jaea.go.jp/04/tono/kengaku/kengaku.html
放射性廃棄物の処理に関する技術的な問題をお知りになりたい方は、是非、直接申し込んで、現地をご覧になってください。。
丁寧に、いろいろ説明してくれます。

さて、私が疑問に思ったことだけをここに書かせていただきます。
(1)原発に使われる濃縮ウランのうち、95%は再利用され、5%が放射性廃棄物とし処分される。
使用済み燃料は、現在の総量、1.8万トン!
その5%は、埋葬されるガラス固化体にして2万5千本相当に当たる。
現在計画されている地下処分場(場所未定)には4万本が埋葬可能だと言う。
そのコストは3.7兆円で、それは各電力会社、つまり私達が払う電気代金で賄われる。
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さて残りの95%が再処理されて、MOX燃料となる。
でも、一回しか再利用されない。
という事は、やはり5%だけじゃないと思うけど、、、
因みに再処理された場合、その容量は1/12になると言う。
ん〜〜4万本、3.7兆円で終わるとは思いにくい、、、
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(2)地層処理の研究開発、事業運営は「原子力発電環境整備機構(NUMO)」がやっている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/原子力発電環境整備機構
この組織のメンバーは、各電力会社から派遣されていて、つまりは原発推進せねばならない人たちの集まりなのだ。
組織の職員が私にバリバリの原発推進言説を繰り広げていた。
311以降、原発の是非を散々議論してきた私としては、もういいよって感じだった。
彼に「組織の職員の中に、反原発を言う人はいないのか?」と聞いてみた。
首を傾げていた、、、
原発を再稼働させることが出来なければ、それらは全部負債になる。
電力会社が倒産すれば、彼等も職を失うのだから、必死かもしれない。

でも、どうなんだろう。
放射性廃棄物の処理を彼らに任せていいのだろうか?
もっと中立的な立場にある組織でないと、嘗ての原子力保安庁のように、どうしょうもなくなるのでは、という懸念が私にはある。
彼等が必死だけに、、、
一応、原子力規制委員会の検査、監査があるとは言うが、、、

NUMOの技術担当者の説明には誠意を感じられて、好感をもった。
しかし、今回の参加者から聞こえてくる声は「不安」であったり「不信」であったり、、、
原発をどうして導入したのか、という「そもそも論」も出てきた。
NUMOがどんなに誠意を持って説明努力をしたとしても、向こうサイドの人間の言葉を、信頼することはなかなか難しい。
私は、中立的な、第三者機関を設けるべきではと思う。
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私が得た結論は「保留」だ、、、
まだ何もかも煮詰まっていないと思う。
電力会社側としては地層処理が決まらないと、再稼働もままならないのだろうか?
だが私たちが、原発を止めることが国レベルで決められない限り、地層処理を許容することは難しい、、、
それも、今回の選挙で決まる。
推進側が政権を取れば、再稼働も始まり、地層処理事業も進む可能性はある、、、
だがまだ地層処理に名乗りを上げる地域はいない。
自分たちの故郷が放射性廃棄物を10万年以上、未来永劫抱えることなんて、許せるはずがない。
処分地が見つかるまで、保留にせざるを得ない、、、
嘗て原発が誘致された時は、べらぼうなお金が地域にばらまかれた。
でも311以降、それも難しくなったのかもしれない。
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「そもそも論」で私も憤懣が湧いてくる。
原発問題は今でも責任が有耶無耶だ、、、
でも放射性廃棄物の処理は、嫌がおうにも国民全体の問題になってしまった。
ランディが言うように、国民レベルの議論が必要になっていると、私も思う。
<幸福の条件>
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パパさん語録に「三つの幸福の条件」と言うのがある。
「健康第一、少なくてもいい必要十分なお金、汚くても我が家」
確かに幸福になるために、このような具体的な条件は必要かもしれない。
でも、パパさんが、この「三つの幸福の条件」を唱える時、あまり幸福そうには見えなかった。
つまり、不幸なとき、その条件が満たされていることを確認して、自分は幸福なはずだと言い聞かせているのだった。

しかし晩年になるに連れ、このパパさん語録は影を潜めていく。
つまり家族との関係性を回復し、信頼し、昔のルサンチマンや怒りも解消され、家族以外との関係性も増えていくに従って、どんどん幸福になっていったのだと思う。。
最後の数ヶ月は老人施設で介護士たちや同居人たちや、そして私達家族も毎日通ってきてくれる。
今年の4月頃は「ここは天国です。長生きしたかったらここに住めばいい」とまで言っていた。
そして5月には天国に旅立ったけど、最期は安らかで、本当に天国に行ったんだと、残された家族たち誰もがそう感じた。

さて、幸福の条件とはなんだろう?
健康やお金や家も大切だけど、結局心の健康の問題なんだと思う。
「心の健康」すなわち「健全な自我の確立」が一番大事なことなんじゃないだろうか。
どんなに具体的な良い条件を揃えても、自分自身の問題に向かわない限り、幸福になんかになれないんだよ。
幸福な人は友人が多いと言うけど、自分自身の問題をクリヤーしない限り、人間関係が良くなるわけもない。
無意識領域に巣食っている、歪んだ魂を持ったまま、ひとは幸福にはなれない。
「自分に直面すること」それこそが幸福への一番の近道だと、私は思うな、、、
<音楽を教えるということ>
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  「音楽を教える」ことってなんだろうな〜?と、ここ数年、考えることが多い。
自分が獲得したものを、なんとか伝えたいと思い始めた。
多分それって年齢的なものなんだろうと思うね。
歳をとると、本能的に何かを次世代に伝えたいと思うものなのかもしれない。
とは言え、まとまって考えているわけじゃないし、ノウハウがあるわけでもない。

 それに、その「獲得したもの」とか「伝えたいもの」ってなんなの?って話だけど、あまりに茫漠としていてる。
所謂、音楽教育、演奏の優れたカリキュラムなど、いくらでもあるし、それを私は教えたいわけじゃない。
優れた先生は、きっと沢山いる。

 昨年ぐらいから「Primal Music Meditation」というワークショップを始めた。
「音の存在力」と言うものを伝えたい。
音楽が聴く人の魂に伝わるということがどういうことなのか、何とか伝えたいと思った。
でも、どうなんだろう?
考え方と、開発したメソッドを伝えることって出来るだろうか?
その考え方も抽象度が高く、伝わりにくい。
メソッドはあまりにシンプルすぎて、自分でも呆れてしまう。
それに、音楽のエッセンスを自分のものにして、音として表現出来るようになるには、もうその人その人の魂に賭けるしかない。
まあ、それで良いんだよね。
それしか私には出来ないし、、、

 私の音楽スタイルを自分のものにし得たのは、今のところ息子かもしれない。
勿論、本人は弟子になったつもりもないし、私も先生になったつもりはない。
彼に何かを直接的に教えるような時間は、殆どなかったと思う。
でも、何よりも私という音楽家の環境にいた。
居ざるを得なかった、、、
音楽家のライフスタイルのど真ん中に居合わせてしまったのだ。

 彼は私が30代後半にようやく獲得した音楽性を、高校生の後半には表現できていた。
すごい話だと思うかもしれないけど、環境というもののチカラなのだ。
子どもが母親の話し方を聞いて言葉を覚えるように、彼は私の音楽環境の中で、それを母語として獲得したのだ。

 そして20代前半にリリースしたCDは、彼に言わせると、私の音楽の再現なのだという。
彼は自分の音楽ではなく、私の音楽を実現したのだ。
なるほどと思う。
「守破離」と言う言葉がある。
それは、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つを表している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/守破離
この古典的なメジャーを当てはめるなら、彼は「守」を実現したことになる。
そして、いま彼は「守破離」の「破」の段階にいるように見える。

 インド音楽などの師弟関係は、もうそれこそグルと出家の関係だ。
グルの日常のアレコレの面倒を見ながら、グルの演奏を見よう見まねで、自分のものにしていく。
つまり日常的に一緒に居て、芸を盗むのだ。
そんな師弟関係は、もうないよね。

 私には音楽的環境はなかった。
でも音楽を教えてくれた人はいた。
まずピアノの先生。
小学生に入った頃、情緒教育でピアノ教室に通わされた。
嫌で嫌でしょうがなかった。
先生もそんな子供に教えたいとは思わないだろうね。
数年で止めてしまった。

 ある時、再びピアノを習いたいと思った。
高校年の頃だったと思う。
その先生の所に私は出向いていった。
その時、その先生からひどく冷たいあしらいを受けた。
教える気がないなら、そう言えばよかったのに、、、、
その後、私は独学でピアノの練習を始めた。

 音楽活動を始めたある時、その先生にご縁のある方にお会いする機会があった。
そして「先生があなたに謝罪したいと仰ってたのよ」と伝えてくれた。
その先生が他界した後の話だった。

 私はピアノの先生からひどい扱いをされながら、でも止めなかった。
それは、根性とかじゃなくって、やはり運命的のものだったのだろう。
私は今、その先生に感謝している。
彼女は私の最初の音楽の先生なのだから、、、

 今日までに、私が音楽を続けるプロセスで、いったいどれだけネガティブなエピソードがあることだろう。
あまりに多くて、思い出せない、www
そうそう、ある時、同級生に「まだ音楽なんかやってるの?」と言われたこともある。www

 それでも私には希望が見えていた。
音楽のビジョンを見ていたんだ。
だから続けられたのだと思う。
でも、30代の中頃、それも色あせて、もう息たえだえになった。
求めても求めも、それは遠のいていくばかりだった。
音楽をもうこれ以上続けられると思えなかった。
思い起こすと、その頃が一番シンドかったかな。
それを乗り越えられたのは、瞑想のおかげだと言っていい。
瞑想に出会わなかったら、どうなっていただろう。

 さて、音楽を学ぶとはどういうことだろうか。
どんな素晴らしい先生に出会おうとも、結局は自分次第、、、
「独学」しかないと思う。
一番肝心なものは誰も教えてくれない。
どんなに遠回りしようとも、
どんなに道に迷うとも、
どんなに遅かろうとも、
自分でやるしか無いと思う。
はっきり言って「シンドイ」と思うよ。
楽な道は、やっぱり無いんだよね。
売れようとも、売れなくとも、シンドイと思う。
よほど好きじゃないとやれない。
或いは運命的なものもあると思う。
スピリチャルな言い方で言えば、「魂の選択」
もっと超越的な言い方で言えば「すべて宇宙の計らい」www
まあ、頑張って欲しいけど、音楽家として生き残れるの人は、そう多くはない。
それでも音楽をやりたいかどうかだけだと思う。
音楽の旅は祝福されている。
ボンボヤージ!!!
音楽は至福だ!!
よい旅を、心から祈っています。

ウォンウィンツァン
2017-09-05
<春分の日、朝日カルチャーセンターでのトーク&コンサート>
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 今日、春分の日は、新宿住友ビル10階にある、朝日カルチャーセンターでトーク&コンサートでした。
アサカルは震災直後の横浜教室から、今回で6回目になります。
教室いっぱいの受講生たちには小学生から80歳以上のご高齢の方まで、70名ぐらいの方たちが受講してくださいました。
講演では、主に映像と音楽制作のお話をさせていただきました。
また自分のナショナル・アイデンティティーに関するお話と「サトワの夢」の演奏。
また軽い初歩的な瞑想導入から即興演奏をさせていただきました。
あっという間の2時間、充実した内容だったと思います。

 それと瞑想に関するお話で、「皆さんは感動というものを体験したことが有りますか?」という質問に、殆どの人が挙手してくれました。
「感動こそが、もっともスピリチャルで、超越的な体験なのです。
瞑想は、感動の源、つまりは魂にたどり着くためのノウハウです。
魂から発する音楽は、聴く人の感動の源、つまりは聴く人の魂に触れることが出来る、というのが私のビリーフです。」というようなお話をさせていただきました。

 とっても驚いた講演後のエピソード。
受講してくださったご家族がいて、私の即興のCD「ビハインド・ザ・フォーレスト」の中の「雲と影絵」を、11歳の女の子が、自分で耳コピーして演奏してくださいました。
即興曲ですから、楽譜に記譜できないようなタイミングがいっぱいです。
和音的にも結構高度なものが入っています。
それなのにシッカリコピーして、小さな子供の手で演奏してくれました。
感動でした。
どんなに才能があったとしても、相当努力しないと演奏できない曲です。
自分の音楽や演奏が、11歳の小さな魂に届いている。
いい加減な気持ちで音楽できないな〜と自戒するひと時でも有りました。
彼女の将来が楽しみ。
ぜひ存分に音楽を楽しんでほしいものです。
彼女の演奏する姿はとっても印象度が高いものでした。

2017-03-20
ウォン・ウィンツァン