カテゴリ:essay & photo( 6 )



f0236202_16223877.jpg

 皆さん、いつも応援ありがとうございます。

音楽活動を始めたのは19歳。

この7月11日で69歳の誕生日を迎えましたから、50年もの間、音楽をやってきたんだと、感慨深いです。

ここ数年、ようやく「自分の音楽の確立」と言うことを意識しています。

CD「月の音階」や「青の龍」で、私はある到達点に立てたと感じています。

つまりここまで来るのに50年もかかったんだな~

音楽の道は、そう容易いものではありませんでした。

でも、到達できた。

大きな喜びを感じています。

大いなるものに感謝でいっぱいです。


 しかし、そんな感慨に浸る暇もなく、私達は次のステップに行かねばなりません。

やっとたどり着いた音楽性を、なるべく沢山の人々に聴いてもらいたい。

今だから表現できる音楽の境地を、皆さんに受け取ってもらいたい。

自分の到達できた音楽を、この世界に返していきたい。


 私が音楽家として体力的に元気に活動できるのは、多分あと10年だと考えています。

つまり80歳が、ある意味、音楽活動の節目になると感じています。

ですので、これからの10年、死に物狂いで演奏したいと思っているんです。

残りの人生を、音楽に身を捧げる決意しました。

今は、毎日でも演奏したい気持ちでいっぱいです。

f0236202_16224154.jpg

 どんな場所でもいいです、演奏させてください。

サロン・コンサート、カフェ・コンサート、ホーム・コンサート、ギャラリー・コンサート、ライブハウス・コンサート、、、、

グランドピアノ以外でも良いです。

アップライトピアノや、電子ピアノもセッティング次第では可能です。

車で運べる範囲でしたらシンセサイザーのコンサートもファンタスティックです。

お客さんも少なくて構いません。

ギャランティーも相談させてください。


 またジョイント・コンサートやコラボレーションもやりたいと思っています。

歌い手さんや、他の楽器奏者と、、、

ダンサーや詩の朗読や語り、、、

トークと音楽もあるかもしれません。


 音楽は大いなるものからのプレゼントです。

なんと大きな大きな喜びでしょう。

大いなるものから付与された、この音楽を、この世界に返したい。

音楽を所有するのではなく、友人たちとシェアし合いたい。

そして共感し合う喜びで、すべてを満たしたいのです。


ですので、どうか心置きなくお声をお掛けください

そして、私に演奏させてください。

主催の経験の無い方でも大丈夫です。

一緒に企画していきましょう。

よろしくお願いします。


連絡方法:

1)FacebookのMessenngerでお送りください。

https://www.facebook.com/messages/t/wongwingtsan


2)メールをお送りください。

wtwong@satowa-music.com

wingtsan@gmail.com


3)私のiPhoneにお電話ください。

090-6120-2801


ウォンウィンツァン

2018-07-22


[PR]

f0236202_16134217.jpg

確かに、この世で最高のスピーカーとの別れは、心揺さぶられるものがありました。

様々なスタジオやオーディオ・ショールームで聴いてきた中で、これ以上のスピーカーはないだろう、というものとの別れですから、、、

その瞬間には流石に躊躇がありました。

往生際、悪いですね。汗

f0236202_16134156.jpg

 でも、わたしにとって「良い音」を所有することは、価値では無くなりました。

どんなに素晴らしい音質であっても、わたしが個人で聴いているだけの話で、そこに外に向かう広がりはありません。

 聴きたいのは、受け取りたいのは、音質ではなく、音楽です。

他のスピーカーでも、それは受け取れるのです。

また、音楽制作上、このスピーカーでなくてはならないこともなくなりました。

このスピーカーを所有していることの意味はもうないのです。

このスピーカーのおかげで「良い音」というものを教えられました。

最高の音質に出会えたことは掛け替えのない体験です。

でも、音質の意味を理解した瞬間、得心したその時から、ある意味手放すことも始まっているのでしょう。

f0236202_16134104.jpg

どこか保管場所さえ見つかれば、新しい家に置くことも可能だったかも知れません。

でも、手放すことを自分に課してみたかったのです。

手放すことで起こる自分の内側の感覚をウォッチングしてみたかった。

f0236202_16134114.jpg

わたしにとって引退するとは、このスピーカーのような最高のものを身の回りにおいて、ワイングラスを傾けならが、残りの人生を悠々自適で、時が過ぎ去るのを待つことなのかもしれません。

でも、そんなことはありえない。


引退を潔くしないものは、自分自身すらも自分の所有物であることを手放し、人のため、世のため、と言うよりは、もっと漠然とした大いなるもの為に、残りの人生を捧げるということ、そんな風に、まあ、頭の中では考えたりしているわけです。

そのことを自分に証明するための、このスピーカーの放棄だったのかもしれません。

f0236202_16134003.jpg

ありがとう、ラージモニタースピーカー、、、

このスピーカーのお陰で、究極の音質というものを知ることが出来た。

でもこのスピーカーを十分堪能したとは言えないかもしれない。

何しろ普段、音楽を鳴らしているのは、一万円も満たない、ブルーツース・スピーカーだったりする。

このスピーカーを昔はよく鳴らしていたのに、簡単にすぐ鳴らせるスピーカーに移行していったのは、音質の良さが私にとって大きな価値ではなくなったことと、不精になったこと、、、。

今、大きな人生の節目に、このスピーカーを手放すことを自分に課し、次に進む決心を新たにしたい。

もう一度、ありがとう。

このスピーカーを勧めてくれた亡きエンジニア、森卓也さんの思い出とともに、ありがとう。

そして、さようなら、、、


ウォンウィンツァン


[PR]
<内田達也氏との別れ>
f0236202_214227.jpg

                                                      (撮影:岩切等)

 大切な友人が、また一人、星になりました。
昨日の朝、8月26日午前5時、「光を世界へ」の最後のパートを歌ってくれた内田達也さんが、大腸がんのため死去されました。
確か52歳ぐらいだったと思います。

 私は前日の25日、朝一番早い便で福岡の病院に駆けつけ、タッチャンとの最後の別れを交わすことが出来ました。
午前中に病院に到着し、タッチャンに「ウォンだよ。東京から駆けつけたよ」と言うと、とってもビックリしていた。
そして、その日は、タッチャンと、奥さんのゆうこちゃん、中2の息子さんのみさとくんと、一緒に過ごしました。
午後の5時頃、「さあ、これから帰るよ」と言うと、タッチャンはひどく悲しい顔をして、それが私が見たタッチャンの最後の顔になりました。
真夜中の2時頃、ゆうこちゃんと、みさとくんから、最期の呼吸が始まったことを知らせてくれました。
私達家族は祈っていましたが、朝の5時頃、息を引き取ったのでした。

 ガンが発覚したのは今年の3月だったそうです。
5月に彼に会った時、あまりに痩せていたので、心配して体調を聞くと、その時はもうすでに末期であることを明かしてくれました。
私は友人の緩和ケアの先生を紹介し、その病院に入院、ストマなどの施術をして、一時は回復傾向でした。
食欲も取り戻し、退院したら、新しいCD制作に取り組もうと、私たちは話し合っていました。
彼の残されたフェイスブックを見ると、そんな想いでいっぱいです。

https://www.facebook.com/tatsuya.uchida21?ref=ts&fref=ts。

 しかし、今から一週間ほど前、体調が突然急変したのです。
何よりも本人が、驚き、受け入れがたかったことだと思います。
やり残したことが、あまりに沢山あったから、、、

内田達也氏は、シンガーとしての力量を、私たちは高く評価していました。
「光を世界へ」で最期のパートを歌ってもらったぐらいです。

「 光 を 世 界 へ ~ Yes All Yes ~ 」ウォン・ウィンツァン 初の作詞による平和へのメッセージ・ソング(Official Mu... https://youtu.be/B814KSBXDQA @YouTubeさんから

彼は、今までにシングルCDを二枚しかリリースしていません。

http://swbluemoon.com/?s=内田達也

 でも作曲家としても素晴らしい才能を持っていて、未発表の曲が沢山あるのです。
私たちの手元に、録音したものが数曲あるのですが、それも彼の理想には届いていないと、そのままになっているのです。
それらのストックを、形にして皆さんにお届けできるようにしようと考えています。
タッチャンの理想には届いていないかもしれないけど、、、

 タッチャン、君が残していった、ゆうこちゃんや、みさとくんや、曲たちを、私たちは大切にするからね、、、
天国から見守ってくれよな、、、
不肖な弟子へ、、、
タッチャンの師匠より、、、

ウォンウィンツァン
2017-08-27
[PR]
f0236202_15111859.jpg

 生まれてから9ヶ月ほどたった時、幼児は目の前の母親が自分でないことに気づくそうです。母親が他者であることに驚愕し、恐れと不安から、自我の成長が始まると言われています。他者の出現は、出産に続く、宇宙との合一からはじき出される大災害体験なのだ師匠は言います。

 人間の一生は、その二つの喪失を穴埋めするためのジタバタコメディーなのではないでしょうか。権力指向や強欲、哲学も、芸術の希求も含め、人間のあらゆる営為は、永遠に充当されない喪失に振る舞わされた悲喜劇だとするなら、アベシンゾウも許せるかもしれません。

 さて、もし私たちの営為のすべてが無自覚な二つの喪失を補填するための代償行為だとして、その事に自覚的になるなら、つまり自我について俯瞰的な視点を獲得するなら、私たちは世界をもう少し上手に理解することが出来、生きることも楽になるかもしれません。と言うのが私の戦略なわけですが、、、確信があるわけではありません。(汗)
[PR]
f0236202_20421134.jpg

「自分には差別はない」と言う人を信じない!
なぜなら、どんな人間には必ず差別意識が潜んでいる。
そのことに無自覚な人間が隠れた差別を生む。

「自分は中立だ」という人も信じない!
なぜならそれも絶対ありえないから。
自分の偏向に無自覚な人間が中立を説く時、真実が曲げられる。

根深い差別意識や感情や幻想にとって都合の良い情報や理屈が選択されている。
その事にどれだけ自覚的になれるかが、その人の真実を育む。
(自戒を込めて、、、)

ウォン・ウィンツァン
2016/03/24
[PR]
f0236202_4185354.jpg

よく言われるんですが「私もウォンさんの曲弾きたい〜」と、、
で、いつも「是非、弾いてください〜」と言います。
すると、だいたい帰ってくる答えは「でも、基礎がないし〜」
これって呪いの言葉ですよね。
「基礎からやらねばならない、、、」
どんなことでも、何かをやりたいと思うと必ずかかるブレーキ、呪いの言葉、、、
「ルノアールみたいな絵が描きたい〜」
「基礎からやらなくっちゃダメよ」
「ピアノが弾きたい〜」
「バイエルから始めたら、、、」
はっきり言えば、そんなもの関係ないです。
基礎なんてクソくらえです〜〜
あらゆる創造性の出発にはモチベーション、「やりたい」と言う衝動があります。
それにブレーキをかける沢山の呪いの言葉を、どれだけ排除できるかが、その人のクリエイティビティーが発揮されるかどうかが決まります。
「基礎がないから」
「才能がないから」
「時間がないから」
「技術がないから」
関係ないっすよ、、、

ウォン・ウィンツァン
2016/03/20
[PR]