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<命の自己決定権>


6月2日にNHKスペシャルの放映されたドキュメンタリー「彼女は安楽死を選んだ」は大きな衝撃でした。

人が旅立つその瞬間をテレビで放映されたことって、日本ではほとんどないと思います。

私も魂を揺さぶられました。

今、私が感じていることをお話ししておきたいと思います。


昔、まだ医療が進んでいなかった時代は命の指導権は魂、あるいは肉体、あるいは神にありました。

人の死は、事故や戦争以外は、病気も含め自然なことだった、あるいは自然に近い現象でした。

運命に、あるいは神に委ねるしかなかったわけです。

逆に言えば、死について、それほど考える必要もなかったのです。

死について、誰も考えたくもなかった、と言うことでもあるでしょう。


近年、医療が進み、胃瘻や人工呼吸などで、延命させることがいくらでもできるようになり、命の指導権が医療システムや家族の思惑に左右されてしまう時代にいると思うんです。

つまり、自分の意思に関係なく、救急車で運ばれれば、自動的に延命処置をされてしまうのです。

意思表示ができない場合、あとは家族に任せるしかない。

家族にとっては苦渋の選択を迫られるわけです。


今、私たちに突きつけられているのは、安楽死も、尊厳死も、そして延命も、その指導権を医療システムや、家族の思惑から、自分自身に取り戻すことがテーマだと思うんです。

自然や神に任せたつもりが、いつの間にか医療システムのコンベアーに乗っている。

そんなはずじゃなかったのに、いつのまにか、スパゲティー状態にされて、生かされている。

わたしの義理の父は、病院で、呼吸器など、様々な器具を自分から取り除こうとして暴れるので、手足をベルトで繋がれていまいました。

人の命は神や自然の采配の元のはもうないのです。

そのままほっておけば、医療システムに、自分の命を任せてしまうことになるのです。

私たちが今直面しているのは、自分の意思の元に命の決定権を取り戻すか、それとも医療システムに任せるのか、と言うことだと思うのです。

つまり生きるも死ぬも、自分の意思、自我の問題になっていると、そう思うんです。

だとすると、その自己決定権を持っている「自我」ってなんだ?という話になります。

しっかりした死生観を持つ前に、ほとんどの人が自分自身に向き合っていません。

そのような人生を歩んできた人が、死に向き合った時、いきなり死に向き合えるはずもなく、結局はその人の生き方は、死に方になっていくと、私は思うのですが、、、

自分でしっかりとした死生観を持つためには、それなりに勉強する必要があります。

「死の勉強」です。

私たちが「デス・ワーク」を始めた理由はそこにありました。


三十五年ほど前、母がすい臓がんで亡くなりました。

その最後の日の前日、医者が私に聞きました「もう、そろそろいいですよね?」

母が延命処置によって生きながらえていることを知らなかった私は驚きました。

そして、苦しみ続けている母を見てきたので、ただただ頷くしかありませんでした。

多分父親にその判断力がないと感じた医者は私に確認したのでしょう。

何も知らない父は、母が息を引き取るその時まで「死ぬんじゃない。頑張れ!!」と叫び続けていたそうです。

私は母が息を引き取る瞬間には立ち会えませんでした。

寝ずに看病していたのですが、、、

私はその時の引き裂かれた心情を、多分永遠に忘れないでしょうね、、、

母親とは言え、人の命の決定権を持たされたくはないですよね、、、

だから、私は自分で決定したいと思うのです。


「彼女は安楽死を選んだ」に対する世論は様々です。

わたしは、それが善であるか悪であるかと言うことよりも、その女性が自分の命の決定権を行使したことに、強い感銘を受けたのです。

同じように、そのドキュメンタリーでは、延命を選択した同じ病気の人も丹念に取材しています。

どちらの命も、自分の意思で選択したこと、そのことがこの映像が最も伝えたかったことではないでしょうか。


今回の文章は、以前、ファイスブックにあげた「彼女は安楽死を選んだ」について書かれたものを、加筆、修正したものです。


ウォンウィンツァン

2019/06/09


by wtwong | 2019-06-09 01:40 | essay

<世界の中心で、苦しみを叫ぶ>


生まれたばかりの赤ちゃんは、世界の中心にいます。

自分自身の存在と、世界とは分け隔てなく、一つなのです。

赤ちゃんこそがOnenessを実現している存在なのです。

お母さんも、お父さんも、自分自身なのです。

もし赤ちゃんが不安げな表情を表していたなら、

外界に晒されて、自分がもしかして中心では無いのかもしれないと、

薄々気づき始めているのかもしれません。


そして8~10ヶ月前後から、ついに自分が中心では無いことに気づきます。

母親が自分ではなく、自分の外にいる存在であることに気づきます。

吉福さんは、赤ちゃんにとって、出産と同じぐらい、きつい、激しい体験なのだと言います。

自分が中心ではない。

母親は自分では無い。

それは青天の霹靂と言っていいぐらいの災難なのだ、と吉福さんは言います。

自分の外側に広がる未知の世界は、どんなに不安に満ちていることでしょう。

その時から「自我」の成長が始まると言われています。

自我とは「内と外」の間に境界線を形成することに他なりません。

様々な次元の「内と外」に気づき、自分自身を守るために自我が成長を始めます。


さて、もし健全な自我の成長というものがあるならば、問題はないのですが、

普通、まずそんなことはありません。

もちろん信頼関係がしっかりした愛情深い家庭でなら、ある程度しっかりした自我を成長させることはできるでしょうが、それでも学校などのいびつな社会に晒されている場合もあるのです。

ですから、どんな人も危うい、脆い、いびつな自我を抱えて、戦々恐々としながら、この社会を生きていると言えるでしょう。



ここで話題にしたいのは、その危うい脆い自我は、どんな人も時に崩壊することがあるという話です。

様々な理由でそれは起こります。

何かに追い詰められたり、事業が破綻したり、出産の苦しみだったり、何日も寝ていなかったり、失恋したり、突然の死別だったり、そのようなショック体験の中で、自我の危機体験をすることがあるのです。

精神医学的にはそれを統合失調症とか急性妄想障害と言ったりします。

トランスパーソナル心理学では、それを「スピリチャル・エマージェンシー」(魂の危機)と呼んでいます。

まあ、魂のパンドラの箱を開けてしまったような状態です。


様々なアクティングアウト(行動表出)が現れますが、その一つに赤ちゃん回帰があります。

つまり世界の中心に戻ってしまうという体験です。

内と外の境界線がなくなってしまうような体験です。

そうなると、大人の知識や考え方と、赤ちゃんの中心回帰が重なって、全てのシグナルは自分に向けられていると感じたりします。

例えばテレビで話されていること、新聞で書かれていることが、自分のことを言っていると感じたりします。

ステージ上で歌っている意中の歌手が、自分に向けて愛を告白していると感じるかもしれません。

あるいはジョンレノンが自分に向けて「世界のことはお前に頼む、、、」と言うかも知れません。

(私は夢の中でジョンに言われました、www)

イメージの中の存在と実在の存在が同じ次元にいるような状態です。

あるスピリチャルエマージェンシー状態の方が「世界の苦しみを私一人に背負わせないでくれ~」と叫んでいました。

自分は世界を救うキリストのような存在であり、しかし十字架を背負うにはあまりに苦しすぎる。

それはまさしく世界の中心で世界の苦しみを一身に受けている状態なのです。


スピリチャルエマージェンシー状態の人は、脳内麻薬も炸裂して、最高の恍惚状態を体験するとともに、境界線が崩壊し、最悪の不安状態を、すごいスピードで交互に体験するような状態です。

以上のような急性状態の人もいれば、それほど激しくなく、でも自我の境界線が不明瞭のまま日々を過ごしている人もいます。

夢と現実の境がわからなくなったり、イメージと実在を混同したりします。


彼らが着地して、ある程度、自分を守れるような自我を再建できるようになるには、一番大切な条件は、信頼できる人間関係の中で、健全な関係性を結べるかどうかにかかっています。

もともとある程度自我を確立している人なら、向精神薬などで精神活動を抑えられていなければ、数ヶ月で戻ることができますが、生育的な問題などから、そもそもの自我が脆弱な人は時間がかかるかも知れません。

最近オープンダイアローグという対話による治療をフィンランドで開発されています。

基本は、やはり健全な、信頼できる、人間関係と環境ということになるのかも知れません。

しかし、これがなかなか実現するのが難しいのが現状です。

もしあなたの近くで、そんな魂の危機を体験をしている人がいたら、赤ちゃんをあやすように、暖かく見舞ってあげてください。


あなたにも、魂の奥底に、世界の中心で生きている赤ちゃんがいます。

自我を取り除けば、いつだって世界の中心に行くことができます。

そこは恍惚と不安の只中かも知れませんが、宇宙的な中心に立つ素晴らしい体験かも知れません。

健全な自我を保ちながら、世界の中心(Oneness)を体現した人を、悟りの人というかも知れません。

アニミズムでは、そのような体験者をシャーマンとして、皆を導いたり癒したりする存在として扱われたりします。


参考文献

「魂の危機を超えて」スタニスラフ・グロフ

「スピリチャル・エマージェンシー・ネットワーク」吉福伸逸

「引き裂かれた自己」RDレイン


by wtwong | 2019-06-04 23:32 | essay
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この数日、音楽家の友人たちがフェイスブック上に「実は自分は音楽人間で、他のことがどうでもよくなってしまう」的な内容の文章をアップしていました。

音楽以外の、人間関係や、日常のことが、どうでもいい。

そのことで人に誤解されることもある。

そういう自分に戸惑いながら、「いや、これでいいのだ。人にどう思われようが、自分は音楽人間なのだ」そう書きます。

思い切った自己決意をアップしたものだな~と感心しながら、

同時に大きく頷いてしまう自分がいます。


わたしにも音楽以外、他のことなどどうでもいい時代がありました。

人間関係も、生活も、そう自分自身も、、、、

音楽のある高みに向かって、全てを投げ出したい。

もしそこにたどり着けないのなら、それは人生をやめることを意味する。

本気でそう思っていた時代です。

それを芸術至上主義というのかどうか知りませんが、、、、

そのような意識になるのは、主義や考えを選択するということではなく、もうそのような星に生まれてしまった、そういう生き方以外にないということなんですね。


とはいえ、そのような生き方は当然破綻しちゃうんです。

未熟で無知で、わかったフリの、なにもわかっていない。

才能もあるのかないのか、音楽に身を捧げるなんて身の程知らずもいいところです。

笑っちゃいますよね。汗

頭でっかちで、独りよがりの音楽のビジョンは、早晩破綻し、心身ともに疲弊していきます。

そして社会人として、人間として、あまりに無知で、他のことを何も出来ない。

世間知らず、苦労知らずのボンボン、そんな自分に戸惑いと焦燥感に襲われたりもしたものでした。


そんな追い詰められた状況で、少しずつ変化が現れます。

子供が生まれ、家庭というものに意識が向きはじめます。

家庭の中で、色々錯綜しながら、家族へのぎこちない愛を、少しずつ育むようになります。


 その後、瞑想に出会います。

瞑想の体験を通し、音楽の本質目覚めるとともに、霊的な成長ということも視野に入ってきます。

音楽よりも、自分が霊的存在であり、霊的な成就というものに意識を向けるようになります。

毎日瞑想が主になるようなライフスタイルを続けるようになります。

しかしこれも独善に過ぎず、日常生活も健康も、音楽も破綻していく道でした。


それが破綻すると、今度は心の問題、心理療法に目覚めます。

結局、心の問題をずっと棚上げしてきたことの歪みが、今の自分を作っていることに気づきます。

本当の自分に向き合っていなければ、まあ表現なんかもできないわけです。

一時はセラピストになることも考えに入ってきましたが、それも破綻します。

どんなこともそうですが、セラピーというものに人生を託すほどには覚悟がなかったのですね。


そうこうしているうちに2011年3月11日があり、今度は社会意識に目覚めます。

国会前にデモに出かけながら、何か社会の変革ということを夢見ます。

しかし、知れば知るほど、この社会の仕組みの歪みと、為政者や有権者の社会意識の希薄さに、

なにやら絶望的なものも感じはじめます。


そして2017年5月、父親を看取り、本当の意味で自立をせざる得なくなったのが、一昨年でした。

ライフスタイルそのものの変換、立て直しを余儀なくすることになります。

しかしそれは、ある意味、自分の寄って立つ地軸をハッキリさせるということでもありました。

残りの人生をどこに向かって生きるのか、ようやく見えてきたのでした。


そして昨年7月にある文章を書き上げます。

その内容は、残りの人生を音楽を通して、この社会に自分の存在を還元したいと言うものでした。

あれから一年近くが経ちましたが、たくさんの方から応援を頂き、各地でコンサートやライブを開催してくださる方が増えました。

わたしが演奏活動ができるのは、皆さんに応援してもらえているからで、本当に感謝の気持ちが自然に湧いてくる、本当にそう思うのです。

本当に幸運だと思います。


さて、大雑把に自分の音楽人生を振り返ってみました。

もっともっとたくさんの出来事がりましたが、、、、

こうやって俯瞰して、そして今、わたしはどこに立っているのだろう?

私はこの世界のどこに、その立ち位置を確信しているのだろうか?


 そう考えるとき、何か一巡して振り出しに戻ってしまったのではないか、そんな気がしているのです。

気分として、直感的に、振り出しに戻った、という感じ、、、

もちろん、あれから五十年も経っているのですから、同じわけはないのです。

にも関わらず、なにかあの頃の情熱を取り戻しつつあるような気がしています。

いや、今まで一度もその情熱を失ったことはないのです。

ただ、その情熱はどこか空回りしているような、いつも手応えのなさを感じていました。


 そして、今なら、想いに向けて、素直になれる。

昔に比べ独りよがりではなくなったし、頭でっかちでもなくなった。

物事の色々を体験し、相対的に自分を見ることもできるようなった。

少しは技術も音楽性も上がったし、、、

そして何より家族も、友人達も、そして主催してくださる方達も、応援してくれている。

人の愛情や信頼、そして責任ということも、少しは分かるようになった。


ここまで書いて、では、昨日と今日とどう違うのか、明日はどうか?

いや、なにも変わらないのではないか?

なぜならもうすでにそのように生きているから、、、

改めて決意などせず、もうわたしは音楽人間そのものじゃないか、、、

家族を大事にすること、友人知人と関わること、求められる音楽を演奏すること、

そして普通に生活すること、それらが自然で無理がなく行われている。

そして、それらにとらわれることなく、音楽に耽溺することもできる。

その体制や立ち位置を、ようやく構築できた。

私は今、音楽が楽しくて仕方がないのです。

ピアノから一音が聴こえてくるその瞬間から、喜びが湧いてくる。


 私は7月に70歳の誕生日を迎えます。

ようやく出発点に立ったような気がしています。

昨年7月のブログにも書きましたが、私が元気に演奏できるのは、多分80歳まで、、、

もちろんその間に、病気なったり事故になったり、演奏を続けられなくなる可能性もあります。

そのことを心配したり不安がっても仕方があります。

途中で何があろうとも、構わないのです。

80歳まで、音楽をやり尽くしたい。


 友人たちの決意に満ちた熱いメッセージに刺激されて、自分の今までを振り返り、そして今を確信して、彼らに呼応するように、決意を新たにすることが出来ました。

友人たちに感謝ですね。

ありがと~


ウォンウィンツァン
2019-05-31

by wtwong | 2019-05-31 00:13 | essay

<ヒーラーたちの落とし穴と、本当の役割、、、その1


以下の文章は、フェイスブックに何気にアップした内容なのですが、600近い「いいね」50近いコメント、やはり50近いシェアをいただきました。

この内容がこんなに関心を持ってる方が多いことに驚き、とてもうれしかった。

なのでアーカイブの意味を含め、ブログにアップしておきます。

2019年5月6日

ーーーーーーーーーーーーーーーー


いわゆるヒーラーとか、セラピストとか、カウンセラーとか言う人たちは「自分がクライアントを癒す」という落とし穴に陥りやすい。

そして「人の心を扱う」という事が自分には許されている勘違いしがちだ。

吉福さんは、そのことをとっても強く戒めていた。

私たちにそのことを何度も強調していた。

そして私たちがワーク参加者の心を誘導する様なインストラクションに対して、怒りをあらわにしたものだった。


私たちはどんな人も何らかの問題を抱え、それを無意識に追いやって、そのことを見ることなく生活している。

しかしそれらの心の問題は、無意識レベルから常に日常生活や人間関係に現れて、その人を生きにくくさせている。

しかし、何らかの手がかりがあれば、その様な心の問題を、自ら解決しようと、魂レベルからの強い自己治癒エネルギーが立ち上がる。

どんな人にも、自然な自己治癒力を持っているのだ。

しかし、その治癒力が覆い隠されているのは、やはり自分の問題に直面したくないからなのだ。

自分の問題に直面するのは、やはり辛いことなのだ。

河合隼雄氏は自分の問題に直面することを「対決」とまで言っている。


そんな生きづらさを抱えている人が、ヒーラーやセラピストや、或いは私の様なあたかも包容力のある様な人のところに、引き寄せられて来る。

もちろん宗教にもそれを求める人も多い。

人は救いを求めて、すがる様な思いで彷徨っているのだ。


では、癒しが必要な人たちにセラピストたちは一体何ができるだろう。

とかく彼ら彼女たちを導こうとする。

「ああしなさい」「こうしなさい」「それはこうなのよ」

あらゆる方法で、彼らに方向ずけをし、気づきの内容を当てがおうとする。

彼らはその言葉に従いやすい。

なぜなら、そもそも依存傾向があるから。

そして自分の問題に直面せずに済むし、、、

それは果たして良いことなのだろうか?

吉福さんはそれはノーなのだと言う。

なぜなら彼らの自己治癒力を阻害して、

問題を先送りするだけで

依存対象をそのセラピストにシフトするだけに終わってしまうからだ。


私が心理学を学び始めた時、目が冷める様な思いがあった。

目の前の人が、どのような心の問題を抱えているのか分析できるようになったのだ。

どんな人も、一目瞭然のような気がしたものだ。

そして、その問題がその人にどの様に影響しているか、

まるで手に取るようにわかるようになった。

不遜にも私は、彼らに対して、ジャッジしていたのだ。

そして、こうするべき、ああするべきと、誘導しようとした。

とってもやな奴だった。

家族にも嫌われたものだ。www


(明日早いので今日はここまで、、、)

2019年4月28日


by wtwong | 2019-05-06 10:28 | essay

<音楽の彼岸から>

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Music is the space between the notes.

It’s not the notes you play; it’s the notes you don’t play.

Miles Davis


マイルスデイビスのこの言葉はとっても難解です。

(みなさんのご意見を読みながら)

ようやく私なりの解釈にたどり着きました。

よく解らなかった敗因に、

文章中に3回出てくる「the notes」にとらわれすぎて、

「you」が誰であるのか、どの次元の「you」であるかを忘れていました。

そして「Music」という言葉をどの次元で言っているかも混乱の要因でした。

マイルスにとって「Music」はまぎれもない、

本物の「Music」のことなのです。

それ以外は音楽ではないのです。


演奏家が演奏するとき、

ある表現したい「notes」を演奏します。

それは意思的な作業です。

しかし、そのように演奏された「notes」は

「意思的に表現されたnotes」なのです。

聴衆は「意思的に表現されたnotes」を受け取るだけです。

演奏家が美しいと考える音、あるいは悲しみの音、喜びの音、

それらは意思的に表現されたエゴの音なわけです。

聴衆は、演奏家が美しいと考える音、

悲しいと考える音、喜びと考える音を受け取るでしょう。


でも聴衆は音楽家の「Music」を受け取ることはありません。

なぜならそれらの音に「Music」が込められていないからです。

つまり演奏する「you」なる存在は、まさにエゴの存在なわけで、

聴衆はエゴしか受け取らないでしょう。

それでは「Music」は伝わらないのです。

エゴの存在である「you」が演奏する限り

それは「Music」では無いのです。


ではどうしたらいいのか?

そう、エゴを越えた「私ではない、なにものか」に演奏させるしかないのです。

ここでは「私ではない、なにものか」を、敢えて「魂」と置き換えます。

(人によっては「宇宙」と言うかもしれません

あるいは「神」と言うかもしれません)

つまり「you」が演奏するのをやめなければ「Music」にならない。

「Music」は「you don’t play」あなたの演奏ではない、

「魂」が演奏した音だ、と言っているわけです。


そして魂の演奏した音楽は、音そのものではないと言っています。

「the space between the notes.音と音の間」と言っています。

しかし、この言い方だと、

実際の音の音の時間的スペースと解釈されるかもしれませんね。

そのように解釈すると、演奏しすぎるな、とか、

音の数を少なくしろ、とか、間を大切にしろ、といった解釈になります。


でも、そうではなさそうです。

演奏が寡黙でも、饒舌でもいいのです。

寡黙でも饒舌でも、もしその演奏が「魂からの演奏」であるなら、

それは「Music」になるのです。

そしてそれは聴く人の「魂に届く」のだと思います。


私なりの言い方だと、

「Music」は音を使って表現される「notes」の向う側(彼岸)にある。

英語で言うなら「over there」か「behind」

或いは「beyond」になります。

拙い英語力で再解釈すると、、、


Music is over there beyond the notes.

It’s not the notes you play with ego ;

it’s the notes that can not be notes you play with transcend.


音楽は、音を超えた彼岸にあります。

それは、あなたが演奏した音ではありません。

それは、あなたが超越して演奏する、音にならない音です。


さて、マイルスの最初の言葉を咀嚼する時、

マイルスが音楽を本当に愛しているのがわかります。

そして音楽は必ず聴く人に届くと、

音楽に対する深い信頼も感じることが出来ます。


ウォン・ウィンツァン

2019-04-06


by wtwong | 2019-04-06 05:05 | essay

<超越体験とナルシズム、神体験と利己主義>

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 「解脱」とか「悟り」を求める人達が、いつの時代にもいました。

インド思想史、仏教史には、そのような人物が連綿と続きます。

彼らは、それらを何故求めるのか、様々、個々の理由はそれなりにあるのでしょう。

救済を求める人、人間の精神性の高みを求める人、この現世の不条理に絶望した人、神になりたい人、それぞれです。


 時代を超えて延々続く「行者」を俯瞰する時、人間には根源的な成長欲求が、つまりは「神への指向」が有るのではと、私には思えます。

それが幼児的な段階では、鉄腕アトムだったり、スーパーマンだったり、なにか「超越的な存在への指向」が、人間の原初的な情動としてあると、私には思えるのです。

そう、人間は神になりたいのです。


 インド思想では「梵我一如」という考えがありますが、深い瞑想修行を繰り返すことで、宇宙意識、神意識、最終的には統合意識「ブラフマン」の高みに至ると説かれています。

仏教でもブッダがたどり着いた境地「さとり」を追い求めるのが、仏教の修行目的です。

そのお悟り指向、神指向を、あるいはスーパーマン指向を、私は「原初的な超越指向」として人間が誰でも持っているアーキタイプ(原型)なのだと思っているのです。

そのアーキタイプに突き動かされて、人は「解脱」あるいは「さとり」という言葉に沢山の幻想を添付してきました。

別な角度から言及するなら、さまざまな宗教は、この投影だと、私は思っています。


それでは、なぜ分別の有る大人が、常識人が、論理的思考が出来るエリートたちが、そんなスーパーマン幻想に囚われてしまうのでしょうか?

かれらの「超越的存在への指向」を下支えするのは、一体何なのでしょう?

それは、まさに「超越的体験」にほかなりません。


 人は「超越的体験」をすることが出来る生物です。

有る意識状態の中で神々しい存在に出会ったり、宇宙的体験をしたり、クンダリニーという超越的な生理体験をしたり、もう、それは人類の歴史の中で、アミニズムやシャーマニズム、などなど、人類の宗教史を積み重ねてきたことを思い返すと、それだけで壮大な精神史を形作っているのがわかります。


 近年、科学合理主義が台頭し、非科学的なものとして、宗教的な幻想はだいぶ剥がれてしまいました。

 にもかかわらず人が体験する超越体験は減ることはありません。

それは他ならぬ人間にはそのような超越体験をする脳機能が有ることが、最近の脳科学の世界で証明されてきました。

超越体験のさなかでは、脳の中の辺縁系と言われるところが活性化していることが確認されています。

辺縁系を持っている人は、つまり脳機能が普通にある人達は、超越体験をする可能性があるということが、逆に証明されたのです。


 では「超越体験」とは一体どういうものなのでしょう?

彼らは何を見、何を感じ、何を考えるのでしょう。

超越体験によって彼らは「自分は神になれる」「このプロセスを続ければ、必ず解脱に至る事が出来る」そう考えたに違いありません。

そのぐらい強烈な体験をするのです。

その体験は、本当にめくるめく至福の体験、圧倒的な宇宙的な体験の中「自分は神に愛されている」そう見誤ったとしても、不思議ではないほどの魅力的で、強烈な体験なのです。

体験者の私が言うのですから、それは本当です。

そのような妄想を、実は私も持ったのですから、、、

 「神に愛されている」ほどの体験した人に、一体何が起こるでしょう。

そう、誰でもが持っていて、しかし抑圧されている情動「ナルシズム」が開放されるのです。

ナルシズム、自己愛傾向は、実は誰でもが持っている傾向です。

しかしそれは様々な抑圧によって心の奥底に閉じられています。

その抑圧とは「世間様」であったり「自己規制」であったり、とっても常識的な自己抑圧装置のことです。

その抑圧は、本当は不本意であり、出来るのことなら取り除きたい情動を実は誰でもが持っています。


 しかし、もしあなたに超越体験、圧倒的な光りが降り注ぐ中で、ゼウスのような神々しい存在があなたに振り向いたら、いったいあなたに何が起きるでしょう。

不本意にもっていたナルシズム抑圧装置が開放されたとしても不思議ではないと思いませんか。


 「自分は神に愛された。そして修業によってわたしも神となる。そして人を愛し、人からも愛され、皆を導く存在になるのだ」と考えても不思議じゃないのです。

そのぐらい強烈な体験であり、誰でもが持っているナルシズムを開放するに十分な体験なのです。

以上のようなことが組織として起きたのがオウム真理教事件でした。


 私たちは彼らを断罪します。

それは犯罪を犯し、無実の人々を殺めたのですから、それは当然です。

しかし、では私たちにそのような「超越指向、神指向」「ナルシズム」は関係のないものでしょうか?

世の中を見渡せば、権力指向、ボス指向、お金持ち指向、などなど、実はこの世界の繰り広げられている様々な事象は、人間が根源的に持っている幻想「神指向」と「ナルシズム」の投影だと、そのよう見えると思いませんか?


 そのような通俗的な出世欲や権力欲からみれば、解脱欲、お悟り欲は高尚に思えるかもしれません。

しかしどうでしょう?

私には利己主義のもっとも強いものとしか思われないのです。

何しろ神指向ですから、、、

求道精神に萌え、解脱修行をしている人は、無自覚に最も強いエゴイズムを体現しているのです。

解脱を求めることは最も利己的な行為なのです。


 さて、ここまで来て読む人は、私が求道をやめろと言っていると思うかもしれません。

解脱やお悟りを求めることを利己的行為だと言っているのですから。

でも、それは正しくありません。

やめとろも、あるいは続けろとも言っていません。

ただ少なくとも、お伝えしたいことが有るとしたら、今申し上げたことです。

解脱や悟りを求める営為は、最も利己的な営為なのだということを忘れないで欲しい、と伝えたいのです。

そしていかなる超越体験も、体験以上のものではないということを、気づいてほしいのです。


 その上で、自分が何を求めているのか?

何をなそうとしいるのか?

求道とエゴイズムの間で、私たちは何を気づき、何をなし得るのか?

それは、まさしく密教的な気付きの世界です。

誰からも教わることが出来ない、もっとも個人的な気づきなのです。


 私の師匠、吉福伸逸さんのワークショップは、そのような密教的な気付きというものにフォーカスされていました。

しかし、それを標榜してワークショップはしていません。

参加者皆それぞれのプロセスをたどり、それぞれの気づきとしてのコンテンツを得る。

そのコンテンツは、吉福さんや、勿論インストラクターとしての私たちも介入できません。

気づきはその人だけの最も個人的なものなのです。

しかし、それでも、吉福ワークには、もっともディープな、密教的な気付きにフォーカスされていることを、吉福さんは勿論、私たちインストラクターも内心、意識されているのです。


ウォン・ウィンツァン


by wtwong | 2019-03-26 01:22 | essay

金満里ソロ公演「ウリ・オモニ」を見て、、、

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 引越し作業の合間を見て、金満里女史のソロ公演「ウリ・オモニ」を見に行った。

荷物運びと実務処理に疲れて、気分を転換したいと思っていたところもあったけど、違う意味で意識が飛んでしまった。

この作品公演は以前も見ていたが、今回、改めて作品とパフォーマンスの底力に驚嘆した。


 「ウリ・オモニ」とは「私のお母さん」と言う意味だそうだ。

「1998年3月に86歳で他界した金満理の母、キム・ホンジュンは韓国の古典の歌、舞、楽器に秀で「至宝」と呼ばれた芸人であった。しかし流転の運命を背負い日本への移住を余儀なくされながら、しかし、母国を侵略したその国にあって、民族の魂の芸能を、戦時中にさえも上演し続けた気骨の人であった」とそうパンフレットに紹介されていた。


 そんな母親のもとに、重度の肢体障害を背負って生まれた満里も、またパフォーマーという業も背負うことになる

芸人としての母は「至宝」とまで呼ばれたのだろうから、その技量は素晴らしいものであったに違いない。

つまり身体を使う表現力を支えるその肢体は、よく訓練され、自在に駆使されたはずだ。

パフォーマーの表現を支えるのは、まさしく身体能力なのだ。


 しかし満里の身体は殆ど動かない。

あらかじめ技量を制限されて、表現媒体としての身体能力は極度に限られている。

にもかかわらず満里はパフォーマーとして以外に生きる道をなかったのだと思う。

それは自己規定などではなく、必然だった。


 1983年に身体障害者のパフォーマンスグループ「劇団態変」を創設し、今日まで休むことなく活動を続けて来た。

その持続力、生命力に驚くが、しかしその35年以上の間の、表現者として、差別社会に生きる障害者、そして異邦人として、その苦闘、苦悶はどんなに深かっただろうか?


 障害者のダンスパフォーマンス!!

私は一人の音楽家として今までに劇団態変と3作品ジョイントさせてもらった。

不思議な事だが、私がパフォーマーたちの姿を追い、そのに即興的に音をぶつけていく、その瞬間瞬間は、彼らが障害者で私が健常者であるということが、全く意味をなさなくなる。

彼らの動きのどこまでが表現でどこまでが付随運動なのか、そんなことはどうでも良くなる。

「動き」のすべてが表現なのだ。


 彼らの動きに即興的に演奏していくその瞬間は、障害者に寄り添うことでも、なぞることでもない。

身体と音の純粋な「そこに実存する」そのものなのだ。


 私にはCD「ミズスマシ」というのがある。

劇団態変とのジョイント公演のライブレコーディングである。

このCDを聴き返すとき、彼らの優雅な肢体の乱舞が、私の脳裏に飛来する。


 さて、今回の金満里の「ウリ・オモニ」は彼女の自叙伝的な作品だ。

あの伝説のダンサー大野一雄氏の監修、大野慶人氏の振付だ。

パフォーマーの血を背負った肢体障害者、あるいは、社会内存在としての障害者、その踊りとは、、、

そこには言葉を超えて、魂を揺るがすものが在る。


 東京公演は下北沢の「ザ・スズナリ」であと二日間、2月10日14時、2月11日14時、が残っている。

是非見てほしい、、、、


 さて、劇団態変のメンバーとの交友も楽しい。

パフォーマーの一人に両手両足がない、ちっちゃな女の子がいる。

私がその女の子に向ける眼差しを見て、満里が「ウィンツァンはスィートだからな~~。ダンサーを甘やかしたらアカンで~~」と一言、、、

いや、それは、無理というものだよ、、、

パフォーマンスのその時以外は、私もただの人間だもの、、、汗


29回下北沢演劇祭参加

金滿里ソロ公演

ウリ・オモニ




by wtwong | 2019-02-09 23:53 | essay

<瞑想と坐禅>

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最近、瞑想と坐禅を比べて論じる人が増えている。

これらは別物なので、

比べようもないと思うけど、

似ているところもあるで、

比べたくなるのも仕方がない、、、


瞑想については、

87年から、30年以上、ほぼ毎日やっているので、

まあ、少しは何か、言えることはあるかもしれない。


でも、坐禅は、一向に上手にならないので、

なんとも言えない。

坐禅断食会に参加するようになって、

10年以上は経っている。

二泊三日の間に、約25分の坐禅を15回、

年に3回以上は参加しているので、

それなりの回数になるのだけど、

一向に上手にならない。

時折クリアーな、良い体験になることもあるけど、

ともかく座っているのがキツイ、、、

多動な私は、ジッとしていられない、

足は痛い、痺れてくる、、、


にもかかわらず参加しているのは、

坐禅断食会の後は、

心身ともに浄化されて、

霊的なエッセンスに満たされる。

そして瞑想の体験も深まるのも嬉しい。


私が日々実践している瞑想は、

古代インドから伝わる伝統的なスキルを、

現代の都会人にも実践できるように、

アレンジしたものだ。

ヨーガ・スートラという経典がベースになっていて、

マントラ(真言)を心の中で唱える瞑想法だ。


坐禅に比べると、実にフランクだ。

どんな座り方でもいい。

頭を寄りかかったりしなければ、

足を投げ出して座ってもいい。

だから、どこでだって瞑想できる。

例えば電車の中でも出来るし、、、

雑念もOK、、、

寝ちゃってもOK

努力もいらない、、、


マントラに頼って、

努力しないやり方に、

坐禅を信奉する側から批判的な声を聞くことがある。

マントラは意識を曇らす、とまで言う人もいる。

そういう事を言う人は、

だいたいマントラ瞑想をやったことがないか、

やってもあまり効果を感じなかったからかもしれない。


瞑想は努力をしない。

努力をすると、自然に瞑想状態になるのを妨げて、

間違った意識状態になる可能性がある。


インド人って、生来けっこう合理主義、実際的な気風がある。

霊的体験を深め、至高の意識状態に到達する、

と言う目標に向かって、

最短距離で効果を上げる瞑想法を、

三千年もかけて開発してきた。

それがヴェーダという叡智だ。

求道者たちは

エンライトメントという至高の意識状態になる為に、

ヒマラヤの山奥に籠って、

ひたすら瞑想に励むのだろうか、、、


私は瞑想体験が良かった。

一時は、ひたすら瞑想に明け暮れたことがあった。

体験が良いと、さらに体験を良くしたい。

このまま進めば、インドの経典にあるような、

至高の意識状態になるのでは、と夢見たのだ。


しかしそれは、無謀な試みだった。

瞑想が深くなるにつれ、

意識状態や心身の状態が過剰に鋭敏になり、

日常生活が、普通に過ごせなくなる。

新陳代謝が底をつき、

食べ物にも鋭敏になり、

かなり禁欲的なベジタリアン料理しか食べられなくなり、

体重は極端に減っていく。

一時は40kg以下にまで落ち込んだことがある。


しかしその頃から、瞑想体験を深めることにより、

なんらかの至高の意識状態なること、

「エンライトメント」に到達することに

疑問を持ち始めた。


たしかにすごい体験ではあるけど、

人間は、霊的な存在だけではない、

日常的な、生活人であり、社会人でもあり、

パーソナルな問題も抱えている存在でもある。

瞑想体験がどんなに良くても、

それらを蔑ろにして、

エンライトメントというのは、無理がある。

そう気づいたのは、

オーム真理教事件が起きる前のことだ。


瞑想が危険だと言われる所以は、

体験に飲み込まれてしまうことだろうけど、

ちゃんとプログラム通りやっていれば、

全く問題がない。

日常的に瞑想をやることで、

日々、どれだけ恩恵を預かっているかわからない。


坐禅をする側からは、恩恵のために座るのではない、

と言われそうだ。

効果とか、効用とかを得るために座るのではない。

何も求めない、のが坐禅だ、という考え方だ。


さて、どちらが良いかは、それぞれの考え方や、

感じ方の問題だろうと思うけど、

出来れば、両方とも体験してみると良い。

そして、自分に合う方を選べばいいと思う。

頭で考えて、どうこう言うのでなく、

まずは体験してみることだと思う。


瞑想や坐禅をする事で、

霊性のエッセンスを、

日常生活に注ぎ込むことができる。

霊性のエナジーが、心身の全体に広がるのだ。

すると生きることの意味そのものが変わってくる。


ウォン・ウィンツァン

2018-11-08



(写真はガラス工芸作家、狩野智宏さんの作品「amorphous」)

by wtwong | 2018-11-08 09:36 | essay

<ファイティング・ポーズ>

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自分はファイティング・ポーズをとっていないと、ダメになるタイプだと思う。

守りに入ると、抑うつや不安、怒りも出て来るんだよね。


私が戦い系になったのは、18か19歳ごろ、何か開き直るキッカケがあったのかもしれない。

中学三年に校内暴力を受けて、その後、3年間の抑圧的で屈折した高校時代を経て、その間、社会ではベトナム戦争、安保闘争など、対立的で戦闘的な雰囲気が醸し出されていた。

テレビから流れるデモ隊と機動隊がぶつかる様を見ながら、冷たく戦慄していた自分を思い出す。

映画「アルジェの戦い」を見たことも、大きな意味を持っていたかもしれない。

世界は、社会は、戦いなんだ、どこかでそう確信し、自己規定したに違いない。


音楽も、人間関係も、ある種緊張した関係性の中で、戦いを挑み続けていたと思う。

瞑想に出会っても、それは癒しではあったと同時に、エンライトメントに挑戦することでもあったし、癒し系の音楽をやっていても、自分に甘える音楽はしたくなかった。

どんなに音楽が優しく聴こえようとも、ある表現の頂きに挑戦するという戦いだった。

吉福伸逸氏に出会って、ワークショップに参加するようになるけど、そこでも私は戦っていたように思う。

父親が仕事を辞め、家にいるようになると、私は彼との関係性の修復という戦いに挑戦したのだと思う。


父が死んで、私はこの歳になって、ようやく親から自立せねばならない所に来た。

今まで自分は自立していると思っていた。

でも、父が他界してから一年以上が過ぎ、私は今まで父親の庇護の元にいたのだということを、思い知らされている。

この歳にもかかわらず、自立のなんたるかを知らなかったのだ。

私は棺にこう書いた。

「パパさん、ありがとう。やっとパパから自立できるね」

私はその時、まだその意味をよく理解していなかったと思う。

もちろん今でもわかっていない。


もう守ってくれる人はいない。

今度は私がパパさんの位置にいるのだ。

そのことで、パパさんのことをいろいろ思い出しながら、ようやく父親のことが理解できるような気がする。

パパさんも戦いの人だった。

そして、最後は私たち家族に心を許し、身を委ね、ファイティン・ポーズを下ろし、天国に旅立った。


さて、私は今、新たな戦いに入ったと思う。

多分、向こう10年が、私の音楽家としての活動ができる限界だと、自己規定しよう。

今、70歳を前にして、自分の音楽にある手応えを持っている。

自分の音楽に確信がある。

歳を重ねて来て、得られたリソースでいっぱいだ。

それらを解放したい。

戦い方も上手くなった。

無駄な戦いはしない。

何よりもその戦いは、感謝と恩返しの戦いだから、、、

私を受け入れてくれた友人たち、そして聞いてくださった人たちへのお返しの最後の活動だから、、、


しかしそれもあと10年だと思う。

精神的にも、肉体的にも、あらゆる意味で、それが私の限界だ。

80歳まで、戦おうと思う、死に物狂いで、、、

途中で生き絶えるかもしれない。

疲弊して、倒れるかもしれない。

その時はその時、、、、


そして、もし、なんとか80歳にたどり着いたなら、

私は自分を許し、手放したい、、、

私は、私自身と世界を手放したい、、、

そして、私と家族と、全てに感謝して、旅立ちたい、、、


ウォンウィンツァン

2018年6月19日


by wtwong | 2018-06-22 15:01 | essay
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昨日の夕方、古い友人が訪ねてきてくれた。

「ちょうどアメリカから帰国しているので、

ちょっと寄るね」と言うことだった。

久しぶりに会えて、本当に嬉しかった。

何しろ17歳頃の友人だから、、、


私の姉はある高校学校でマリーだった。

その時のピーターとポールがこの二人だった。

もちろんあの当時流行ったフォークグループ「PPM」の

コピーバンドのことだ。

私もそのバンドで遊ばせてもらったのは、

楽しい思い出として今でも残っている。


「ねえ、一緒に与論島に行ったの覚えてる?」

「そうだった~ よく思い出すよ~」

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私が18歳の頃、メンバーの一人が「与論島に行くから一緒に行かないか」と誘ってくれた。

あの頃、与論島は秘境だった。

フェリーに乗るために鹿児島まで電車で行ったと思うけど、どうやってたどり着いたのか全然覚えていない。

フェリーに乗り込んで、なんと台風が来て、私達は大揺れに揺れる船底船室で、ただただひたすら、吐き気をこらえながら、嵐を過ぎ去るのを待った。


一夜明けて与論島に到着すると、そこは別世界だった。

遠くまで続く純白の海岸と、透明な海、限りなく青い空、、、

そして民宿に宿泊し、そこで隣室の女性に秋波を送られたこと、、、

経験のない私はただタジログだけだったけど、、、(汗)

私は篠笛を持っていて、満月の夜、海岸で吹いていた。

ふと気がつくと、周りにゴソゴソ気配がする。

見渡すと、無数の蛇の鱗が、月明かりが鈍く反射している。

「ぎゃ~~」

私は焦ってそこから走り去った、、、

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思い出とはなんだろう?

この懐かしさと、友人に対する想いは、なんだろう?

あれから50年が経った。

年月とともに思い出は、淡いセピア色に輝く、、、

二度とは帰らないあのひと時を、私達は共有している。

それだけで、なにか特別ななにかを感じている。

人生の、最も大切な、なにかを、、、


by wtwong | 2018-05-29 00:50 | essay