<   2018年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

<写真表現の夢>

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 おびただしい量の写真プリントが出てきた。

顔料インクを使用したインクジェット・プリンターが発売されてから、フォトショップを使って、銀塩プリントに肉薄するほどのプリントができるようになったのは、何年前だったろう。

それからというもの試行錯誤しながら、いろんなプリントを試みてきた。

銀塩プリントはラボにおまかせするしか無いけど、自分でプリントが出来るようになって、ちょっとしたトーンなど、さまざま試せるようになった。

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 なんで?

そもそも、なんでそんな事やってたの?

そう、写真表現に夢見た時代の名残りが、これらのプリントの山なのだ。

もう捨てる!

そう決めて、一応一枚一枚見ていたら、やはり後ろ髪惹かれるプリントもあって、捨てる手が止まる。

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 写真というものに夢を見ていた時代。

何か、見えないけど何かが写ってる。

それはやはり夢とか、幻想とかいうものだったのかもしれないな、、、

人間なんて、夢とか、幻想とかを追いかけ続けて、右往左往しながら生きている存在なのかもね、、、


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by wtwong | 2018-05-17 02:12

<甦ったコマーシャル時代>

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先週、テレビコマーシャルを作曲していた時代の音源が再生できず、もう二度と聞くことができなくなってしまった、などとブログに書かせていただきました。

「さようならテレビコマーシャル時代」と題して、涙の決別宣言をしたのでした。


ところがなんと、なんと!!!

断食会から帰ってきたら、その間に、息子の美音志君が三日間かけて、なんとか再生させて、記録を蘇らせてくれたのです。

どうやったのか?私にはわからないのですが、ともかくベータービデオデッキを色々操作して、デジタルデータとして再生することが出来たのです。

驚きました。

いや~~これは嬉しかったです。


私が記録してあったのは、デジタル時代になってからの音源だけで、アナログ時代の作品の音源はなかったのですが、それでも嬉しい~


昨夜一晩、なんとなく聴き続けていました。

CMだけでなく、グループのリハーサルや、ピアノソロや、ジャズトリオのリハーサルやら、何やら、、、

それらを聴きながら、懐かしいと言うよりは、あの頃の一生懸命さや、未熟さや、コマーシャル作曲に疲れている感じや、なにかいい音楽をやろうとしている直向きさや、あがいている感じが、強烈に伝わってきて、胸が痛いというか、切ない、、、、

ああ、自分は本当に音楽に魅せられて、音楽に夢を見て、そして右往左往しながらも、やはり今も夢を見続けているんだな~


機会を見て、そんな未熟な音源も、少しずつ、皆さんに聴いてもらえれば嬉しいなと思いました。


この件に関して、ビデオデッキを提供してくれた佐々木泰三さんや、貸してくれようとくださった方たちに、またご心配をおかけした皆さんに感謝と謝罪をさせていただきます。

ありがとう~ そして、お騒がせしました~

そして何よりも、再生努力をしてくれた息子に、心から感謝です。


30代の未熟でも、想いいっぱいの音源が蘇り、その音楽を聞き返すことで、改めて、まだやらねばならない夢、実現したい夢を諦めずに、残りの人生を生き抜こうと思いました。

ありがと~


2018-05-16

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<さようなら、テレビコマーシャル時代よ、、、>


残っていたCM音源

https://youtu.be/SCOz1o-Qpxk

@YouTubeさんから


 15年間分の録音し続けてきた音源が、もう再生できないことが判った。

それなりにショックだけど、失うことって、まあ、そういう事なんだと思う。


 私は20代なかばから、30代の後半まで、テレビコーマーシャルの作曲をやっていた。

月に5本ぐらい、多いときで10本ぐらい作曲していた。なので曲数としては相当な量になると思う。

当時のアーカイブはオープンリールだったりカセットテープだったりで、所謂アナログメディアだ。

それを後生大事に長い間、捨てずに残してきた。


 それらのアナログ音源を、ある時、デジタルに変換することにした。

デジタルなら経年変化による劣化が無いだろうと思った。

当時、テープが癒着したり、カビたり、色々問題が続出していた。

そしてデジタルは劣化しないと、まことしやかに喧伝されて、私もそれを信じた。


 10年分以上あるテレビコマーシャルのアナログ音源をデジタル変換し、元のアナログテープメディアは数年前、破棄した。

あの頃、CDやLP、本や器材など、かなりの勢いで断捨離ししたのだ。

その流れで、使い物にならなくなった大きなテープデッキとアナログテープも破棄した。


 今回、家の建て替えを契機に、更に断捨離をすることになった。

新しい家は、今の家より遥かに小さい。

なるべく身軽になる必要がある。

デジタルテープメディアも、今度はコンピュータに取り込み、ファイルとしてアーカイブすることにした。

IT技術の進化によってスペースをどんなにか有効に使えるようになったことだろう。


 まずベータービデオデッキを探すところから始まった。

デジタル音楽データを画像データとしてビデオデッキに記録しているのだ。

以前、ヤフオクで数万円で落札したデッキは、使い物にならなかった。


 今回はFBでベータービデオデッキを持っている方を募った。

沢山の方が気にかけてくださり、いろいろサゼッションを頂いた。

ありがたいことです。

それでも現役で可動しているベータービデオデッキをお持ちの方はほとんどいなかった。

そしたらなんと青森の友人が持っていた。

彼はシンガーソングライター、そして調律師、そして何でも出来るスーパーマンだ。

早速送ってもらって、再生を試みた。


 でも、ほとんどダメだった。

かろうじて再生された音源も、結構デジタルノイズが乗っている。

30年も経つと、かなり劣化していて、まともに再生できないのだ。

デジタルデータをアナログテープメディアに記録している。

アナログアーカイブと変わらないのだ。

映像だったら劣化してもかろうじて見ることが出来が、デジタルは、データが欠けていると、無音になる。

エラーをどんなに修正しても限界がある。

まあ、迂闊でしたね。


 曲数的に、どのぐらいあったろう?

時間にして約10時間分。

テレビコマーシャルだから30秒とか15秒、長くて60秒の作品だから、数的には相当になる。

あの当時の関係者の誰かがストックしているかもしれないけど、可能性は低い。

テレビコマーシャル時代のアーカイブはもう永遠に聴けなくなった。

空白の15年、、、、


 <さようならテレビコマーシャル時代、、、>


 辛うじて再生された数曲をyoutubeにアップしてみることにした。

ご興味のある方は聴いて見てください。


残っていたCM音源

https://youtu.be/SCOz1o-Qpxk

@YouTubeさんから


補足、、、

1990年から、私は演奏活動を始めた。

そしてコンサートのたびにDAT(デジタル・オーディオ・テープ)で録音してきた。

ハードディスクを使ったデジタルレコーディングを導入する2004年までの約15年間、コンサートをひたすらDATでレコーディングし続けた。

そのストックは約400本!!

一本の時間は60分から120分。

だが、DATはアナログテープだ。

デジタルデータをアナログテープに記録するということでは、ビデオテープと同じことだ。

これら音源も、もしかして、いや、たぶん、もう聴けないかも、、、


ウォンウィンツァン

2018-05-13(父の一周忌に、、、)


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by wtwong | 2018-05-13 06:15 | essay

ピアノの置き場所、決定!!!

私のピアノ、ベーゼン290が使えるようになります>

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 お騒がせてしていました、家の建て替え中のピアノの居場所が、なんと今日、決まりました~

もっとも理想的な居場所になりました。

そこはスタジオなので、平置きに出来るし、湿度管理もしっかりしているし、しかも誰でも弾ける状態にすることが出来る。


 そのスタジオは調布市菊野台にあるJindai studioなのですが、いつもワークショップをやらせていただいているのです。

でも、私のピアノを入れちゃったら、広さ的にワークショップは無理です。

なので、全然思いつかなかったのですが、今日突然、オーナーの大島さんが連絡してきて「ベーゼンを私のスタジオに置くのってどうでしょう?」と、、、


 「ええ~ 置けるかもしれないけど、でも、ワークショップとか出来なくなるよ」

「いいですよ。やる気ないし、、、」

「ええ~ いいの~?

それじゃあ、置かせてもらっている間、弾いてもいいよ。

なんだったら、ピアノスタジオとして、リハーサルレンタルや、レコーディングに貸し出したらいいかもね、、、」

「ええ~ いいんですか~~?うれしい~~」


 ということで、7月中旬から、来年1月中旬まで、調布市菊野台にあるJindai.studioで、私のベーゼンドルファー290をリハーサルやレコーディングに使っていただくことが出来るようになりました~



 当初は、色々な可能性を、FBにアップしたりして、模索していたのですが、やっぱりプロに頼んだほうがいいよね、ということで、ベーゼンドルファーの専門の業者に、保管を依頼していました。

しかし、見積もりを見ると、36万円(消費税別)!!

しかも足を外して立てた状態での保管です。


 ピアノって、やっぱり平置きの方が良いし、弾いていたほうがいいのです。

なので保管としても理想だし、レンタルすれば運送費も充当できるかもしれない。

往復の運送費は片道約10万円、往復20万円がかかるのです。

仮住まいなど、湯水のように経費が出ていく中で、こんなに嬉しいことはないです。


Jindai Studioの大島厳さん、ありがと~

そしてよろしく~~

そして、そして、ベーゼンドルファー290でリハーサルしたい人、

或いはレコーディングしたい人、

ぜひ彼に連絡してみてください~~~


Jindai studio

https://www.facebook.com/jindai.studio/



ウォンウィンツァン

2018-05-07


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by wtwong | 2018-05-07 20:27 | essay

<日本のルーツ>


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古い戸籍謄本が数枚出てきた。

母方のルーツだ。

あまりに達筆で、ちゃんと読めないけど、、、

それに依ると、、、


 私の母「WONG TO ME(黄多美)」は生まれた時は日本国籍だった。

多美の母は「石川ハル」と言って、神戸の芸者さんだった。

石川ハルさんは、華僑である黄ヨクドウさんとの間に、私生子女「多美子」を生む。

つまり、私の母の最初の名前は「石川多美子」だった。


 その後、母は黄ヨクドウさんの中国大陸の本家に引き取られ「黄多美」という名で、中国籍になる。

十代後半、神戸に戻り、私の父、黄頌徳と結婚し、香港籍に入る。

イギリスパスポートを取得し「WONG TO ME」が正式名になる。


 日本の戸籍や権利書関係の名前には英語は使えない。

なので戸籍係などの当時の役人の勝手な読み方で、名前が錯綜する。

「ウォング・トメ」「ウォング・トーメー」「ウォン・トオ・メイ」「コウ・タミ」「ワング・タミ」などなど、、、

これらが同一人物であることを証明せよ、www


 さて「石川ハル」さんは神戸の芸者さんだった。

明治35年9月に生まれ、除籍謄本に依ると、大正15年8月に亡くなっている。

つまり、24歳の若さで死去しているのだ。

一説によると、実の子供を引き離され、傷心の中、病死したと言われている。


 石川ハルさんと黄ヨクドウさんの間には4人の子供いた。

つまり、私の母は4人兄妹だった。

戸籍謄本には「華一」「セミコ」「多美子」「富美子」の名がある。

24歳までになんと4人も子供を生んでいる。

私は「華一」さんと「セミコ」さんは知らない。

でも母がよく「セミちゃん」という名を呼んでいた。


ちなみに黄ヨクドウさんは、いろいろ奥様を作られていて、私の母には異母兄弟が沢山いる。

いつか、母方の従兄弟たちの家系図も作らねばとは思うけど、、、


石川ハルさんの出身は、ハルさんの祖父の地籍である大阪府中河内郡龍華村大字安中だ。

除籍謄本によると、亡くなった場所も、龍華村の実家だった。

ハルさんの両親の名前は「石川元吉」と「ぬイ」、、、

「元吉」の両親は「石川熊吉」と「ツネ」、、、

「ぬイ」の両親は「伊田治兵衛」と「セイ」、、、


石川熊吉の戸籍謄本には「族稱」という項目があって「平民」と書かれている。

よく調べてみると龍華村大字安中は、今で言う同和地区だ。


以下は想像だけど、、、

石川ハルさんの出身地は部落で、とても貧しい村だったはずだ。

そして、ハルがまだ若いうちに、芸者として神戸に売られたのではないだろうか。

ハルは芸達者だったと伝えられている。

芸者として修行を積んで、才能が花開いたのかもしれない。

そんなハルを、当時、華僑商人として名を挙げ始めた黄ヨクドウが見初めたのだろう。

そして16歳で最初の子供「華一」を生み、

その後「セミコ」「多美子」「富美子」を生んだ。

しかし、子供たちは皆大陸の本家に引き取られていく。

そして失意の中、24歳で亡くなった。

それがハルの一生だった。

なんか、涙が出ちゃう、、、


私の母の生まれた時の名は「石川多美子」

その母の名は「石川ハル」

その両親の名は「石川元吉・ぬイ」

元吉の両親は「石川熊吉・ツネ」

私の4世代前の先祖。

戸籍謄本から判るルーツはそこまでだ。

私の日本の血筋の故郷は「龍華村大字安中」

ちなみに「龍華村」という地名は其処にしかない。


2018-05-04

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CD「DohYoh1」のライナーノーツ


無限の「いのち」が遠い過去から遥かな未来へと連なっていきます。

ひとつひとつはか細い糸に過ぎない「いのち」たちの織りなすものは、なんと鮮やかな無限世界なのでしょうか。

その「いのち」の無限織物の広がりに想いを馳せる時、私達はまるで「カレイドスコープ」を覗き込んだときのような目眩と、ある感慨を覚え、誰しもが人間の果てしない営為に対する慈しみの念に包まれずにいられません。


そして自分というちっぽけな「いのち」は最初の「いのち」がこの世に誕生した時、すでに予感されていたのであり、やがては限りなく再生され続ける「いのち」の彼方に、その姿を残してゆくのだと思い至るのです。


このCDは、過去の贈り物である童謡をどう引き受け、音楽としてどう刻印し、連綿と続いていゆく「いのち」の群れに託すことが出来るかという音楽家としての私なりの儀式であり、そして祈りです。


ウォンウィンツァン1997


CD「DohYoh1」

http://www.satowa-music.com/cd/cd-doyo.html


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by wtwong | 2018-05-04 02:15 | essay