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<自己肯定度をアップする方法>

山川亜希子さんとのコラボレーションの一部報告も含めて、、、

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08050690.jpeg

昨日、冬至の日、2019/12/22、逗子結ホールでの山川亜希子さんとのコラボは、今年最後のイベントの締めくくりとして、完璧だったな。

亜希子さんのお話も、あまりにたくさんのヒントがありすぎて、少ししか覚えていないのがメチャ残念。

メモしておけばよかった~~汗

亜希子さんのお話で覚えているのは

「幸せになることにリミットをかけない」

「有名になろう」

「自分をサボタージュしない」

「今大きな変容の時がきている。変容を恐れない」という言葉だけしか覚えていないけど、タイムリーなメッセージだったな

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08042214.jpeg

さて、今年、亜希子さんに私が一番聞きたかったこと。

昨年のイベントの時、亜希子さんは、自己肯定度はすごくアップしているけど、まだ少し自己否定する部分がのことっている、とお話しされた。

そこで今年の私の質問、「一年経って、あれから自己肯定度はアップされましたか?」

即座に「アップした、した」とお答えになった。

亜希子さんのお話は、北インドやいろいろと旅をして、ババジや、様々な人に合い、またいろんな出来事があった。

そして日本に帰ってみたら凄く自己肯定度がアップしている自分がわかった。

でも、一週間ぐらい前に否定性が出たりしたけど(内緒だけどこうやさんとのことらしい、、、)それもありなのよね、とお話しされた。

なるほど、旅やワークを経た後、自然に自己肯定度がアップすることってあるよな~~

意識や認知、考え方によってアップする方法もあるけど、旅やワークだけでアップすることってある。

自己肯定って、非言語的な体験だから、、、


で、私の自己肯定度もアップしたというお話もした。

昨年の亜希子さんとのコラボで、何かヒントになるものがあって、実はこの一年実践していたことがあった。

それは、過去に犯した自分の過ちに対して、感謝すること。


私はひどく性格悪かったから、随分とたくさんの人を傷つけてきた。

そのことをフラッシュバックのように思い出して、うわ~と自己否定感に襲われる。

とっても長い間、これが続いている。

そのたびに悔やみ、償おうともするのだけど、相手に直接謝罪しているわけでもないし、もう連絡も取れないし、、、

フラッシュバックは無くならないので、何度も何度も繰り返す。


で、昨年の亜希子さんとのジョインの後気づいたこと。

私は、人を傷つけるようなことを二度とやらないと誓い、その体験が自分のコミュニケーションスキルや、自己鍛錬のいい機会になっている。

実は私は傷つけた相手からたくさんのプレゼントをもらっているのだということに気づいた。

自己成長のいい機会になっているのだ。

そのように思い出すと、傷つけた相手に対して、感謝が自然に浮かんでくるようになった。

フラッシュバックが来る度にその相手に感謝するようになっていた。

そんな日々を過ごしている間に、すっかりフラッシュバックしなくなってる自分に気づいたんだ。

凄く楽になったんですね。

本当に感謝です。

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08054836.jpeg

それと、実は半日断食も大きな効果があると感じている。

魂は、他ならない身体が支えているんだよね。


それとそれと、、、、

去年の7月に「演奏させてください」というメッセージをブログにアップして以来、とっても沢山の方からお声をかけてくださっている。

本当にありがたいことです。

つまり、人との関わりも格段に増えたのだ。

様々な方に出会い、様々な考え方にも出会い、様々な性格に方にも出会う。

実はその中で自分のエゴを刺激さえることも多い。

一言で言うと受容力が試されるというか、、、

同時にバウンダリーをしっかり持つことも学ぶ。

そのような体験も自己肯定度をアップすること、受容力包容力をアップすることに繋がっていると感じている。

本当にありがたいことです。


あともう一つ報告したいこと、、、

何かいろいろ謎が解かれている。

一つの謎が解けると、それに繋がる謎がどんどん解けるんだね。

これらも少しずつブログにアップしていきたいな。


という訳で、亜希子さんとのコラボレーションはとっても実りの多いものでありました。

企画してくださった小山内夫妻、サポートスタッフの皆さん、参加してくださった皆さん、ありがとうございました~~



ではでは、メリークリスマス~~


ウォンウィンツァン

2019/12/23


<自己肯定度をアップする方法>

山川亜希子さんとのコラボレーションの一部報告も含めて、、、

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08050690.jpeg

昨日、夏至の日、2019/12/22、逗子結ホールでの山川亜希子さんとのコラボは、今年最後のイベントの締めくくりとして、完璧だったな。

亜希子さんのお話も、あまりにたくさんのヒントがありすぎて、少ししか覚えていないのがメチャ残念。

メモしておけばよかった~~汗

亜希子さんのお話で覚えているのは

「幸せになることにリミットをかけない」

「有名になろう」

「自分をサボタージュしない」

「今大きな変容の時がきている。変容を恐れない」という言葉だけしか覚えていないけど、タイムリーなメッセージだったな

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08042214.jpeg

さて、今年、亜希子さんに私が一番聞きたかったこと。

昨年のイベントの時、亜希子さんは、自己肯定度はすごくアップしているけど、まだ少し自己否定する部分がのことっている、とお話しされた。

そこで今年の私の質問、「一年経って、あれから自己肯定度はアップされましたか?」

即座に「アップした、した」とお答えになった。

亜希子さんのお話は、北インドやいろいろと旅をして、ババジや、様々な人に合い、またいろんな出来事があった。

そして日本に帰ってみたら凄く自己肯定度がアップしている自分がわかった。

でも、一週間ぐらい前に否定性が出たりしたけど(内緒だけど紘也さんとのことらしい、、、)それもありなのよね、とお話しされた。

なるほど、旅やワークを経た後、自然に自己肯定度がアップすることってあるよな~~

意識や認知、考え方によってアップする方法もあるけど、旅やワークだけでアップすることってある。

自己肯定って、非言語的な体験だから、、、


で、私の自己肯定度もアップしたというお話もした。

昨年の亜希子さんとのコラボで、何かヒントになるものがあって、実はこの一年実践していたことがあった。

それは、過去に犯した自分の過ちに対して、感謝すること。


私はひどく性格悪かったから、随分とたくさんの人を傷つけてきた。

そのことをフラッシュバックのように思い出して、うわ~と自己否定感に襲われる。

とっても長い間、これが続いている。

そのたびに悔やみ、償おうともするのだけど、相手に直接謝罪しているわけでもないし、もう連絡も取れないし、、、

フラッシュバックは無くならないので、何度も何度も繰り返す。


で、昨年の亜希子さんとのジョインの後気づいたこと。

私は、人を傷つけるようなことを二度とやらないと誓い、その体験が自分のコミュニケーションスキルや、自己鍛錬のいい機会になっている。

実は私は傷つけた相手からたくさんのプレゼントをもらっているのだということに気づいた。

自己成長のいい機会になっているのだ。

そのように思い出すと、傷つけた相手に対して、感謝が自然に浮かんでくるようになった。

フラッシュバックがくる旅にその相手に感謝するようになっていた。

そんな日々を過ごしている間に、すっかりフラッシュバックしなくなってる自分に気づいたんだ。

凄く楽になったんですね。

本当に感謝です。

自己肯定度をアップする方法_f0236202_08054836.jpeg

それと、実は半日断食も大きな効果があると感じている。

魂は、他ならない身体が支えているんだよね。


それとそれと、、、、

去年の7月に「演奏させてください」というメッセージをブログにアップして以来、とっても沢山の方からお声をかけてくださっている。

本当にありがたいことです。

つまり、人との関わりも格段に増えたのだ。

様々な方に出会い、様々な考え方にも出会い、様々な性格に方にも出会う。

実はその中で自分のエゴを刺激さえることも多い。

一言で言うと受容力が試されるというか、、、

同時にボーダをしっかり持つことも学ぶ。

そのような体験も自己肯定度をアップすること、受容力包容力をアップすることに繋がっていると感じている。

本当にありがたいことです。


あともう一つ報告したいこと、、、

何かいろいろ謎が解かれている。

一つの謎が解けると、それに繋がる謎がどんどん解けるんだね。

これらも少しずつブログにアップしていきたいな。


という訳で、亜希子さんとのコラボレーションはとっても実りの多いものでありました。


ではでは、メリークリスマス~~


ウォンウィンツァン

2019/12/23


映画「ナチスの愛したフェルメール」

映画「ナチスの愛したフェルメール」寸評_f0236202_21064920.png


(ネタバレあり)

稀代の贋作画家、ハン・ファン・メーヘレンの半生を描いた、なんとも切ない、身につまされる実話映画です。


画壇にデビューしようとしたメーヘレンは、評論家に酷評、蔑まれ、画家としての生命を絶たれてしまいます。

「メーヘレンの作品には個性も創造性もない」と、、、

メーヘレンは自分を愚弄した評論家や画壇に復讐を誓います。

6年を費やし、苦労して、あたかもフェルメールが描いたかのような画法を編み出します。

フェルメールには空白の時期があり、メーヘレンはその時期に描いたであろうとイメージできるような「エマオの食事」という作品を描きあげます。

メーヘレンには古典的な画法に長けていたのです。

そして、300年前の作品に見せるための様々な贋作のテクニックを編み出します。

そして、なだたる評論家たちはまんまと騙され、画商は高額でその絵を買い取ります。

メーヘレンはそれが自分が描いた贋作であることを公表し、彼らの権威を失墜させようとするも、そのタイミングを逸してしまいます。

その後、画商のオーダーに答えるようになり、メーヘレンは大金持ちになっていきます。

そして第二次大戦が始まると、今度はナチスのゲーリングが彼の贋作を買い上げるようになります。

そして戦後、彼はオランダの文化財をナチスに売った罪人として、裁判にかけられ、長期の懲役刑を求刑されてます。

そこで彼はこれらの作品が自分が描いた贋作であることを告白します。

そして、実際にそれを描いて周囲を驚かせます。

X線鑑定なども行われ、真実が明らかになり、彼は非国民から一転し、ナチスを騙した画家として英雄になります。

結局、詐欺罪としては最短の懲役一年の判決が下ります。

しかし、その一ヶ月後、長年の飲酒と麻薬でボロボロだったメーヘレンは、心臓発作で58歳で亡くなってしまいます。


その様な一人の芸術家の精神の激しい狂おしい揺らぎの半生を、丁寧に優しさを込めて描写した名画と言って良いと思います。

主人公を演じた俳優も好演です。

ーーーーーーーーーーーー

真作と贋作の違いはなんだろう?

それはサインの問題だと言います。

あたかもフェルメールが描いたような作品に「フェルメール」とサインを入れたその時点で、それは贋作になり、もしそれを売買された場合、詐欺罪に問われる事になる、バレればですが。

しかし、もしその絵に自身の名前を入れたなら、この場合「メーヘレン」とサインすれば、その作品はメーヘレン本人の作品になる。

そして評論家に「フェルメールの影響を受けた、個性も創造性もない、凡庸な作品」と酷評されるでしょう。


さて、ここからが私の独断ですが、、、、


裁判のとき、もしメーヘレンが真実を告白しなかったらどうなったろう、と意地悪な私は想像します。

メーヘレンは売国奴の汚名を着せられ、長い懲役刑に服しながら、しかし彼の作品は、彼の望み通りレンブラントやフェルメールの真作と肩を並べて、永遠に国立美術館に飾られたかもしれない。

そしてメーヘルンは評論家や画壇だけでなく、絵画全体の世界へ復讐を遂げたかもしれない。

ざま~みろ、です。www


<絵の価値とはなんだろう>


それにしてもその絵が本物かどうかを、名だたる評論家さえ見抜けないものでしょうか?

はい、見抜けなかったのです。

私はプロの評論家の目があてにならないということを言いたい訳じゃないのですが、、、

そのぐらい芸術の本質や価値を見抜くことは難しいのでしょう。


翻って、ではそれが真作か贋作か、そんなに重要なことなのでしょうか。

その絵に感動したなら、それで良いではないですか。

私たち素人にとって芸術の価値は、個別的な体験です。

感動したその人にとって価値があるのであって、世の中的に絶対的な価値基準などないのが芸術です。


にも関わらずそれほど真贋が重要な要件になる理由はなんでしょう。

それは、もしその作品が贋作だったとしたら、その時点で投資価値が失われるからです。

お金が余っている人たちにとって、絵画は、株や土地の売買と同じ、投資なのです。

偽物だと発覚したら、その作品は紙屑同然になってしまいます。

私は、彼らが絵画に対する愛情などない、などと言っているのではないのですが、、、www


<認められると言うこと>


映画では幾度となく「認められたい」という言葉が出てきます。

当時、いわゆる画壇というものが台頭し、権威を持つ様になっていました 。

つまり「絵」という商品の売買マーケットが確立してきたということです。

そして「認められる」ということは、その作家の作品が将来、レンブラントやフィルメール、あるいはゴッホやルノアールのように、高額な値段がつく可能性がある、ということを画壇が保証する、と言うことなのです。

高額で買ってくれたクライアントに対し、その作品の価格が落ちないように一生懸命下支えしているのが、絵画マーケットシーンなわけです。

まるで、金融が暴落しないよう、国や金融機関が必死になって、あの手この手と暗躍しているようなイメージを持っちゃいますね。


そう、画家が「認められたい」と言うことって、大会社の社長になりたいとか、総理大臣になりたいとか、マイケル・ジャクソンになりたいとかと本質的に変わらない。

この社会で地位を占めたい、と言うことだと、まあ私なんかは思っちゃうんですね。


当然そのような世界では「オリジナリティー」の意味も私達が考えているようなものではありません。

彼らのオリジナリティーとは商品価値なのですから、そんなバイアスを強く作用しているのが絵画市場です。

以上は私の偏見でしょうか。


では、ほんとうの意味で「認められる」とはどういうことでしょう?

それはまた改めて言及したいと思いますが、最後に、、、


ある日メーヘレンは一人の女性を描きます。

その絵を見た妻は、メーヘレンがその女性に強い思いを持っていることを見抜きます。

そして「伝わってくる、愛情が、、、」そう呟き、妻は彼のもとを息子と一緒に去っていきます。

映画監督が元妻に呟かせたその一言こそ、彼が本当に言いたかったことなのでしょう。

描く対象への愛、それが絵画の本当の価値だと、、、

そして監督の、人間メーヘレンを描くその根底にも、メーヘレンを通して浮き上がってくる、はかない切ない人間存在への眼差しと深い愛を感じるのです。


ウォン・ウィンツァン

2019-12-18


by wtwong | 2019-12-18 21:05