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Wong WingTsan
SPREAD HOPE BEYOND COVID-19

YouTube LIVE
Music for Silent Season in Asia

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 中国、武漢から始まったCOVID-19(新型コロナウイルス)の猛威は、多くの中国の方々に感染し、たくさんの死者も出してしまいました。

ここに謹んでお悔やみ申し上げます。

そして日本では、水際対策の様々な問題もあり、これから本格的に蔓延するだろうことが予想されています。

そして、2月26日、安倍首相は、全国的なスポーツや文化イベントなどについて、今後2週間の中止や延期などを要請する方針を明らかにしました。


 そして今、多くの混乱と不安が日本を覆っています。

感染することの恐れだけでなく、経済活動の停滞を招き、難しい営業を強いられることでしょう。

倒産する企業が続出する可能性もあります。

いろいろな所に、そのしわ寄せが来ることでしょう。

果たしてそこまでする必要があるのかと疑問を呈する人も多くいます。

ウイルスの病原性はそれほど酷くなく、症状が出ずに済む人も多くいると聞いています。


 しかし潜伏期間中や無症状の人も菌をばらまいています。

そんな人たちが街を出歩けば、飛沫感染や接触感染を起こすことは確実です。

感染した人で亡くなられた方たちは、高齢者や基礎疾患を持っている場合がほとんどでした。

自分自身は体力があるから大丈夫と言っても、病原菌をバラ撒くことは、抵抗力のない人にはとっても危険です。

街に出なければならない人は、マスクはもちろん、グローブもして、手洗い、口うがいは今は必須です。

人にうつさない為に。

それでもウイルスの感染力は侮れません。


 2月22日のコンサートでは、わたしはマスクをして演奏しました。

まだ、日本は水際対策の真っ只中で、蔓延期に入る前ということもあり、コンサートを施行するにあたって、万全のウイルス体制で望むことになりました。

マスクをして演奏するなんて音楽人生で初めての体験です。

そして参加者全員にマスクをしていただき、スタッフたちはマスクはもちろん、グローブもして対応しました。

サイン会ではグローブをしてサインしました。

握手も、ハグもなしです。

それも全て、人にうつさない為です。

もし人が集まるなら、このぐらいは対策するべきと意識を持って望んだのです。

思い出深い前代未聞のコンサートになりました。


 3月のコンサートやイベントの予定は、全部で10本ありました。

でも、現時点でほとんどのコンサートやイベントは中止や延期になっています。

残りのイベントもそうなるでしょう。

1月2月はほとんどコンサートはありませんでしたから、3月からようやく活動し、収益もあげねばならないはずでした。

致し方がないことですので、諦念はしているのですが、やはり生活的にはきついですよね。

同じ窮状にいるアーティスト、パフォーマー、そして主催者、企画者がたくさんいると思います。

本当に困ったことです。


 しかし、私たちは手を拱いているわけにはいきません。

私たちにはインターネットという素晴らしいインフラがあります。

あの2011年3月11日の震災と原発事故を受けて、わたしはほぼ二ヶ月間、Ustream配信を使って、自宅スタジオから演奏し続けました。

その経験を踏まえ、これからそれを再開しようと思います。


 私たちは今、新しい音楽のあり方を試みようとしています。

それは音楽の価値観そのものの変革でもあります。

コンサートで生の音楽を享受することは、もちろん掛け替えのないことです。

しかし、今、日本が静かな眠りの中にいる時、それでも私たちは繋がっていることを確かめ合いながら、生きていることを感じていたい。

そしてわたしのプライベートな空間から、聴いてくださる方の日常に、ダイレクトに音楽を届けられる。

こんなにエキサイティングなことはないです。


ウイルスの猛威をなだめる音楽、、、、

眠るような街並みに漂う音楽、、、、

それぞれが、それぞれの営みの中で繋がっていく音楽、、、

生きとし生きるものの命としての音楽、、、、

皆が、自然に寄り添っていると感じられる音楽、、、、


そんな音楽を目指して、インターネットでライブ配信を行いたいと思います。

まずはyoutubeのチャンネル登録をしておいてください。

配信を始める日程時間を後ほどお知らせします。

ではでは、オンラインでお会いしましょう。


wingtsan wong

https://www.youtube.com/user/wongwingtsan

@YouTubeより


ウォンウィンツァン

2020年2月27日


今日は2月14日、バレンタインデーだけど、実はわたしの母親の命日でもあります。


亡くなったのは1981年、彼女が58歳、わたしが32歳の時だった。

膵臓癌でしたが、当時の癌治療は最悪、緩和ケアーと言うもの自体がなかったし、病院も医者も看護婦も酷かった。


お袋はよくがんばったと思う。

私たちは交代で病棟に寝泊りしながら、お袋が黄泉の国を彷徨っているのをずっと見守っていた。

だれとも知れない子供達が母を囲んでいるようで、お袋は子供たち一人ひとりに対応しているようだった。

それを見続けていたわたしも精神状態がおかしくなっていた。

お袋が亡くなる朝、窓の外から「たすけて~」という声が聞こえて、慌てて窓を開けると、そこでは鳥たちが朝のさえずりで忙しそうだった。

わたしが聞いた「たすけて」という女性の声は鳥たちのさえずりだったのだ。

あの声は今でも鮮明に覚えている。


程なくして父親や他の家族も来たので、わたしは交代して家に帰った。

家に着いたころ、連絡があり母が亡くなったことを知らされて、また病院に行くことになった。

葬儀は家族だけで行われた。

雪の日、棺を向こうに置いて、父親と美枝子とわたしの3人がストーブで暖まっている風景だけが、やけに鮮明に覚えている。

雪明かりがガランとした部屋を浄化しているようだった。


母の死は、32歳のわたしは上手に受け止められなかった。

母との確執を解消することができずに死別してしまったのだ。

それは結局母への呪縛にもなった。

母親の呪縛から解放されたのは、2012年秋に行われた吉福伸逸氏の最後のワークショップだった。


実はわたしは吉福さんとは袂を分つ状態だった。

2010年秋のワークを最後に、わたしは吉福さんのワークには参加していなかった。

何故袂を分つことになったのかはいつかお話しするとして、、、

そんな吉福さんから、なぜか突然連絡がありワークに誘われて、いそいそワークに参加することになった。

そのワークが彼の最後のワークになり、かつそのワークで私は母親との関係性の本質に気づき、そして手放すことが出来たのだ。


吉福さんが亡くなる直前、私たち家族はハワイの彼の家に押しかけていた。

一週間ほどいて、皆と本当にたくさんのことを語った。

そして私たちが帰る日、彼の最後の言葉は忘れられない。

「わたしは様々ワークをやってきたけど、結局最後に残るのは母と子の問題なんだよ」

その言葉はもしかしたらご自身のことを語っていたのかも知れない。

吉福さんの母親は前年の秋に亡くなられている。

彼は母親を追うように亡くなったのだ。

2013年4月30日、私たちがハワイを離れた10日後に亡くなられた。

母と、そして精神の父親を亡くして、ようやく私も自立したのかも知れない、、、合掌


<成長という希望>

<成長という希望> ウォンウィンツァン_f0236202_20460276.jpeg

 一歳四ヶ月になる愛おしい孫娘の、驚くような成長ぶりを日々楽しんでいる。

昨日出来なかったことが今日出来るようになっている。

だれも教えていないのに、、、

それを見るたびに、家族たちは歓喜している。

子供の成長は、家族の希望だ。


 成長は希望だ!!

我が師匠、吉福伸逸さんも意識の成長に希望を持って日本に帰ってきた。

彼は80年代、夥しい数の本を翻訳出版し、日本にカウンターカルチャー、トランスパーソナル心理学を精力的に紹介した。

そして体験的グループセラピーというワークショップを続けてきた。

それは他ならない意識の成長に希望を持っていたからだ。

しかし晩年、成長ということに悲観的になってしまった。

彼が思い描いたような魂や意識の成長というものに、彼のワークショップに参加した人たちや、世の中の人々は答えることは無かった。


 吉福さんの苛立ちを、私なりに理解することもある。

311以降、社会問題や政治問題に意識を向けることが多くなった。

そして社会を良くするにはどうするべきなのか、どう関わることができるのか、私なりに思考し、行動しようとしてきた。

しかし、あれから9年を経て、日本はどう成長したのだろうか?

今の日本は三権分立すらままならない。

民主主義の危機と言ってもいい。

しかし有権者は動かない、、、

そう、成長の反対語は停滞と無関心かも知れない、、、


 地球温暖化はもう取り返しの付かないところまで来ていると、指摘する学者も多くなった。

しかしそれでも世界は動こうとしない。

成長ということから、人類は見放されているのかも知れない。


 そんな中、最近「ファクトフルネス」というある医者が生涯をかけて書いた本を読んだ。

人類は確実に成長していると、彼は指摘する。

私たちは成長のタイムスパンをあまりに短く見すぎたのかも知れない。

長い人類の歴史を俯瞰した時、大きな意味で成長しているのだ。

そして人類は成長の最終段階にはまだまだ程遠いところにいるのだろう。


 私が生きている間に、人類の成長の最終段階を見ることは叶わないだろう。

それでも、人類の一員として、かつての先人たちが頑張ったように、私もそのプロセスの片隅に参列したい。

人類の成長は、多くの名も知れない先人たちの努力によって支えられて来た。

そのために多くの犠牲も払ったことだろう。

己の犠牲を払ってでも彼らが戦ったのは、他ならない、人類の成長に希望を持ったからだ。


 私たちは希望を失うことなく、その時代その時代の役割を果たして行くのだろう。

成長は希望なのだから、、、


ウォンウィンツァン

2020/02/15