<現代社会のニーズに応える映画 Parfct Days>
久しぶりに映画を見た。
以前から気になっていた「Parfct Days 」がアマプラに上がってきた。
もうたくさんの方がご覧になっていて、今更という気もするけど、自分がどんな風に感じたかを記しておきたい。
淡々と続く主人公平山の「禅的・美的生活」を監督ヴィムベンダースの彼独特の映像センスで追いかけ続けていく。
小さな出会いのエピソードや、カセットテープやフイルムカメラなどのオールドアイテムを通して、平山の人間像が浮かび上がってくる。
特に夜、うとうとと眠りに堕ち始める時、その日の出来事が、幻想的な映像コラージュとなって可視化される。
ヴィムヴェンダースの真骨頂の映像美だと思う。
さて、そんなシーンがただただ繰り返されているだけで、中盤ちょっとかったるくなると同時に、平山という人物に強い興味が湧き始める。
彼の出自というか、人生観というか、なぜこのようなライフスタイルが可能なのかとか、そんな好奇心が映画の推進力になっていく。
映画も中盤を過ぎたあたりに、姪っ子の登場することで、一気に彼の過去と、ライフスタイルが見えてくる。
姪っ子との会話の中に「今度は今度、今は今」というセリフが連呼されたりする。
そして運転手付きの黒塗りの車に乗って姪っ子を迎えにくる妹の登場によって、彼の出自も明らかになっていく。
そして彼にも、失ったもの、損なったもの、決別したものがあり、その痛みと悲しみを抱えて生きていることが、少ないセリフの中から浮き上がってくる。
そして映画は最も感動的なラストにつながっていく。
主人公平山を演じる役所広司を正面に捉えたラスト、私も涙が止まらなくなった。
さて、けして多くない私の映画歴の中で、この映画は特筆すべき記憶に残るものの一つだと思う。
もちろん映画にとって映像の美しさ、出会いのエピソードの数々、オールドアイテムと古本、アメリカンオールデーズな名曲たちは、この映画にとって必須アイテムだ。
主人公平山の生き方を見て、憧れる人は多いと思う。
現代社会に生きて、目に見えない重苦しい抑圧の中で、自分を殺してしか生きられない人は多い。
いや、ほとんどの人はそのように生きているのかもしれない。
そしていつか自分を取り戻したいと、人知れない願いの中で皆生きている。
この映画はまさにそのような社会全体のニーズに応えてくれる、とてもタイムリーな作品だと思う。
彼らにとってこの映画は「自分を生きる」「自分らしく生きる」ことへのエールになることだろう。
ウォンウィンツァン
2025/01/23


